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「問い」をカタチにするインタビューメディア

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CIAL代表兼デザイナー・戸塚佑太さん、ブランドエディター・加藤大雅さんが聞きたい、「地域独自の食文化を、“自続”可能な形にするデザイン」

CIAL代表兼デザイナー・戸塚佑太さん、ブランドエディター・加藤大雅さんが、
SAYS FARM・飯田健児さんに聞く、
「地域に新たな文化を根付かせる方法」

CIALは、デザイン事業とコーヒー事業を両輪に、さまざまな職能を持つスペシャリストたちが集うクリエイティブチームです。そんなCIALがカンバセーションズのプロジェクトで「問い」に掲げているのは、「地域独自の食文化を、“自続”可能な形にするデザイン」。代表兼デザイナーの戸塚佑太さんと、ブランドエディターの加藤大雅さんによるインタビューを通じて、製品や事業などのアウトプットを模索していきます。2回目となる今回のインタビュー相手は、寒ブリをはじめとする豊かな魚介類で有名な富山県氷見市で、ワイナリー「SAYS FARM」の立ち上げから奔走してきた飯田健児さんです。飯田さんはIターンで移住した氷見市で、ワイン文化を広めようと立ち上がったSAYS FARMを起点に、新たな文化を未来につないでいこうとしています。そんな飯田さんに、地域で文化をデザインする方法を伺いました。

Text:菊池百合子

CIAL(戸塚佑太、加藤大雅)
なぜ、SAYS FARMに参加したのですか?

加藤:もともと東京でSAYS FARMの商品を見たりお話を聞いたりして、2020年1月に初めて富山県氷見市に足を運びました。最初のイメージは、SAYS FARMと、海辺にある宿・HOUSEHOLDくらいだったのですが、地域の方たちとお話をしていく中で、土地の食や人の温かさに触れました。その後も何度か氷見を訪れて、SAYS FARMが土地固有の食文化ではなかったワインをどのように広めてきたのか、すごく気になったんです。そこで今日はぜひ、SAYS FARMの文化づくりについて伺いたいと思い、飯田さんにインタビューを申し込ませていただきました。

飯田:ありがとうございます。

加藤:まずは飯田さんが、富山にはどんなきっかけで引っ越されたきっかけをお聞かせ下さい。

飯田:僕は生まれも育ちも大阪なのですが、両親が富山県出身です。両親のバックグラウンドが富山の農家だったので、いずれ土地を継ぐために兄弟の誰かが帰らなくてはいけないと思っていました。僕は末っ子だったんですけど、いずれ自然の近くで暮らしたいというイメージを持つようになり、富山に帰ることにしたんです。それが11年くらい前で、31歳の頃ですね。

加藤:SAYS FARMとの出会いについても聞かせて下さい。

飯田:富山と東京を拠点にするデザイン事務所「51%(五割一分)」の代表から、「氷見の魚商『釣屋魚問屋』がワイナリーを立ち上げようとしているんだけど、興味ある?」と声をかけられました。当時のSAYS FARMにはまだ畑とプレハブ小屋しかなかったのですが、おもしろいことが始まりそうだな、と惹かれました。

加藤:その時点でどんなお仕事をするか、決まっていたのでしょうか?

飯田:いえ、決まっていませんでした。まずはこの場所が何なのかを示すために、ホームセンターで鉄棒と鉄板を買ってきて看板を自分でつくり、丘の上に挿したのが、SAYS FARMの始まりです。大阪にいた頃に、家具などをつくったり、写真を撮ることをライフワークにしていたんです。そうした大阪の頃の経験が、自然とSAYS FARMにつながりました。

CIAL(戸塚佑太、加藤大雅)
ディレクションで大切なことは何ですか?

加藤:SAYS FARMの立ち上げにあたってどんなことををされましたか?

飯田:立ち上げ前にワイン造りが盛んな長野に研修に行ったのですが、「富山でワイナリーなんてできるの?」と失笑されました。そのときにワイン文化がない地域でゼロからワインをつくるというのは、言わばマイナスからのスタートなんだという現実を突きつけられましたね。すごく悔しかったですけど、その分やりがいや反骨精神が持てました。そういう場所でワイナリーを成り立たせるためには、これまでにないものを生み出して、人に来てもらう必要がある。それならどこにエッジを立てるのか、ブランドの立ち上げ前に1年くらいかけて考えていました。何か新しいものをつくるのであれば、若い世代が興味を持って「見たい」「行きたい」と思える場所をつくらないと、先がありませんから。

加藤:飯田さんはディレクターとしてブランドづくりに関わられていますが、ご自身の役割をどのように考えていますか?

飯田:SAYS FARMで働いているメンバーは地元の方がほとんどで、彼らにデザインリテラシーがあるかというと、そうではありません。そういう人たちが立ち上げたワイナリーにおいて、地域で生きる人たちの営みとデザインというものを結びつけることが重要な役割だと考えています。


戸塚:CIALは地域で続いていくものづくりをしたいと考えているのですが、デザインという切り口でそれを実現していくことの難しさを日々感じています。

飯田:地域に新しい文化をつくろうとするときに、デザインにだけ力を注いでも軽薄なものになってしまいます。地域の営みとデザインの結びつきについて話しましたが、SAYS FARMでいえば、誠実な農業とものづくりがマッチしたときに初めて、長く続くものが生まれる。これは東京から有名なクリエイターを呼んでデザインだけしてもらっても、地元には根付かないんです。人の営みに結びつくデザインは、一朝一夕にできることではありません。SAYS FARMが地に足をつけていられるのは、デザインの重要性をオーナーが少しずつ理解してくれたから。「それでええ」と信じて任せてくれたから、いまのSAYS FARMがあります。

加藤:SAYS FARMのクリエイティブは、どのようにつくられているのでしょうか?

飯田:ブランド立ち上げ時に、ワイナリーの建築とワインのエチケット(=ラベル)のデザインを五割一分さんにお願いしたのですが、彼らがパートナーとしてブランドづくりにトータルで関わってくれたことが、SAYS FARMにとってすごく重要なことでした。全体のディレクションとしては僕が担当したのですが、写真の見せ方やエチケットのデザインなどのアイデアを出し合いながらトーンを決めていけたので、心強かったです。

加藤:ディレクションにおいて迷うことはありませんでしたか?

飯田:ありましたよ。売れない時というのは、すごく迷うんですよね。例えば、SAYS FARMのエチケットはミニマルなデザインですが、有名なジャーナリストの方に「デザインを分かりやすくするべき」と言われたこともありました。僕としては「そこじゃないでしょう」と思いつつ、実際売れないし、売れなければ飯が食えない。そのせめぎ合いがありました。他にも、「POPの文字をもっと大きく書いてほしい」とか「看板が小さい」とか色々言われました。でも、それらをすべて聞き入れていくと地域の「お土産」になってしまうんです。僕たちのポリシーは、ワイナリーのある程度大きな規模感の業態で、ミニマルなものを形としてつくり上げることでしたから、そこは戦わなきゃいけないと思っていました。「これくらい尖っていていいんだ」ということを自分たちが見せることで、次の世代に自信を持ってやってもらいたいという思いもある。だから、かっこ悪いことはしたくないんです。

CIAL(戸塚佑太、加藤大雅)
どうやって活動を広げてきましたか?

戸塚:コマーシャリズムと一定の距離を保ちつつ、自分たちの美意識に則ったものづくりをされてきたSAYS FARMさんですが、販売面でのブレイクスルーはあったのでしょうか?

飯田:あまり特別なことはしておらず、真摯に畑と向き合ってものづくりをしてきました。ただ、いまはただ美味しいものをつくっても、人には届かない時代なので、誰に飲んでほしいかということは明確にしていました。自分たちが届けたい人たちに届けることを目指して、やるべきことを真面目に、淡々と続けてきただけですね。

加藤:「届ける」という部分については、どのようなことを心がけているのですか?

飯田:広告はしない。でも、広報はする。ということですかね。つくり手として求められる情報については、社会的に責任として提供しますが、経費が商品に上乗せされてしまう広告はしないと割り切って、自分たちがイメージする場所に最短で届ける方法を考えてきました。SAYS FARMのワインが合いそうな方々は、食のリテラシーが高い人たちだと考えています。なぜなら、フランスやイタリアのワインと比べて決してコスパが良いとは言えない日本ワインを好む人は、日本の風土に思いを馳せながら、1回の食事を大切にする人たちだと思うんです。そう考えて、届け方を模索していきました。

加藤:具体的にはどのような届け方をされてきたのですか?

飯田:まず、SAYS FARMに来てもらいやすいように宿泊施設をつくりました。その施設で、東京から著名な料理家さんを呼んで料理教室を開催しています。目的のひとつは、料理家さんの発信力によって感度が高い方々にSAYS FARMを知ってもらうことです。また、ワインに合わせられる料理をみんなが再現しやすい形で伝えることで、文化としてこの土地にワインを根付かせたいという思いもありました。SAYS FARMでは、地元に愛される「地酒」になることを目指してずっと活動に取り組んでいるんです。

加藤:料理教室を始めてみて、実際にどんなことがありましたか?

飯田:地域を体験してもらうことのおもしろさを実感しました。氷見には何十軒と魚屋があって、生活に根付いています。料理家さんには魚屋に買い出しに行って、土地の人と喋ってもらうことで、氷見の日常を体験してもらえるじゃないですか。こうやって外の人に地域のおもしろさを体験してもらうことが、仰々しいけれど「地方の活性化」にもつながるんだ、と思いました。だから、SAYS FARMの宿泊も、食事は提供しない素泊まりスタイルにしたんです。魚屋のおっちゃんから「今日はこれがおいしいよ」と勧められて魚を買い、料理する体験を通じて、氷見を楽しんでもらいたいと思っています。氷見での滞在をSAYS FARMだけで完結させるのではなく、SAYS FARMから氷見を知ってもらえたらいいですね。

SAYS FARMが運営する宿泊施設。

CIAL(戸塚佑太、加藤大雅)
氷見においてどんな存在でありたいですか?

加藤:SAYS FARMを続けてきたことで、氷見に変化はありましたか?

飯田:HOUSEHOLDさんもそうですが、若い人が起業する流れが出てきています。富山の街中でクラフトビール屋を開くか迷って相談しに来てくれた人も、氷見に出店しました。SAYS FARMが今ここでやれていることで、もしかしたらちょっとだけ若い世代に自信を届けられたのかもしれないな、と思っています。重要なのは場所じゃなくて、なりたいものと志、ここに来てほしいという意思があれば、地方でも自信を持って出店できるし、それが地方を盛り上げることにもなると思っています。

戸塚:そういう動きが加速すると、さらに人が集まってきそうですね。

飯田:若い世代が起業して点が増えていくことで、「楽しそうな街だな」「ここでもやれそうだ」という雰囲気が醸成されてきているに感じます。それは行政が取り組むまちづくりだけでは実現できないことなので、SAYS FARMは「ここでも挑戦できるよ」と大きな旗を振っているんです。

加藤:ワイナリーがオープンしてから10年経ちますが、これからチャレンジしたいことはありますか?

飯田:評価されるワインを氷見でつくる。これはSAYS FARMの活動を通じてこれまでの10年で実証できたので、これから先の10年は、ワイン用ブドウの「産地化」を視野に入れていきたいです。いまは自社畑のみの「ドメーヌ」スタイルでやっていますが、地域には少子高齢化や耕作放棄地の増加などの課題がありますから、自分たちだけここで畑をやれていればそれでいいとは思っていません。自分たちの活動が少しでも地元の方たちに役立つのなら、課題解決の手段として、ブドウ栽培を地元に広げて産地化にチャレンジしたいです。

加藤:持続可能な地域のあり方を模索されているんですね。そう思うようになったきっかけはありますか?

飯田:氷見の漁業に、無理をしないことを学んだように思います。氷見の漁業って底引網のようにすべてを獲り尽くすのではなくて、定置網を使っていて7割くらいの魚を逃すんですよ。自分たちが暮らしていけるだけの魚を獲れば、魚にも優しい。さらに定置網って、毎日何時に網を揚げて何時に帰れるかが決まっているので、漁師さんにも優しいんです。氷見は、「サスティナブル」という言葉が広がる前からずっと、人にも環境にも魚にも優しい漁業を営んできたんですよね。まさに「足るを知る」です。自分たちは自然の恩恵を受けて食べさせてもらっているという考え方が、氷見の根底にあるんだと思います。SAYS FARMは、わざわざ「サスティナブル」を掲げて立ち上げたわけではないですが、「SAYS FARMって結局サスティナブルだよね」と思えるようなスタイルに落ち着いたのは、必然的だったんだなと感じています。

加藤:Iターンされた飯田さんが、SAYS FARMを通じて氷見に強い思いを持つようになったことが伝わってきました。

飯田:それはSAYS FARMの始まりに影響を受けているかもしれません。SAYS FARMは、親会社である釣屋の代表の弟さんが構想したブランドなんです。彼が先頭に立って、ワイン文化のない氷見にワイナリーをつくりました。でも、彼は末期癌だったので、SAYS FARMのワインを飲む前に亡くなっています。僕はSAYS FARMに入ったときから、オープンまでの1年間をずっと彼と一緒に過ごしてきたのですが、そのときに彼が言っていた言葉が忘れられなくて。「ワイナリーは金儲けのためにやるわけじゃない。ただ、氷見を来るたびにいいよね、また来たいねって言われる場所にしていきたいんや」と言っていた彼の言葉に尽きると思っています。ワインを始めて、宿泊施設をつくって、養蜂やガーデンにも手を広げて、さらにワイナリーが手狭になるのでセラー棟を別につくる予定だったりと少しずつ発展していますが、よそからブドウを買ってまでワインを量産したいとは思いません。自分たちで目の届く範囲の中で、あくまで農業的なワインづくりをベースに、無理をせずに少しずつ大きくしていきたいと思います。


インタビューを終えて

前回のキギさんへのインタビューでは、地域の外からどのように地域と関わってデザインをしていくかを伺いましたが、今回の飯田さんは地域の中でデザインを実践されていました。氷見にいる飯田さんが、地域の方々とデザイナーとの間に入りながら「こうしたい」「こういう人に届けたい」とディレクションすることで、その土地固有のデザインや世界観が生まれるんですよね。
そして、飯田さんの立ち位置だから光を当てられる地域の価値があることも実感しました。地域に分け入っていくことで、わかりやすくはないけれど、すごく価値のあるものや考え方が見えてくるような気がします。例えば、今日のお話でいえば、底引網による漁業のサステナビリティのように根底にある考え方を見つけ、地域の外にある文脈と結びつけて可視化することは、地域の外を知っている人じゃないとなかなか難しいと思うんです。飯田さんのやっていらっしゃることは、僕が将来的に地域に入ってやりたいことに近くて、ロールモデルのような方だと思いました。(加藤)

今日のお話で一番印象に残ったのは、「デザイン主導では地域に根付かない。デザインと地元の人の活動が結びつくことで初めて地域に根付く」ということでした。CIALはいま、地域の外からデザインをしていますが、「続いていくものづくり」のために、デザインという切り口で地域と関わり続けていくことの難しさを感じています。つくった後に使っていただくプロセスは、地域の方々に託さざるを得ない仕事がどうしても多くなってしまう。そこから地域に根付いていくかどうかは、デザインした人ではなく、それを使う地域の方々がどれくらいデザインを信じてくれるかどうかなのだな、と改めて感じました。僕としては、地域ともっと深く関わりながら、その地域の中にいるだけでは持ちえない視点も意識していきたいので、飯田さんのお話を受けて改めて、デザインで地域にどう関わるかを考えていきたいなと思いました。(戸塚)