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「問い」をカタチにするインタビューメディア

「天盃」酒蔵訪問レポート by CIAL

CIALデザイナー・戸塚佑太さん、ブランドエディター・加藤大雅さんが、
123年続く焼酎蔵・天盃で考える、 「続いていくものづくりのために必要なことは?」

デザイン事業とコーヒー事業を手がけるクリエイティブチーム・CIALは、カンバセーションズでのインタビューを通じて「地域独自の食文化を、“自続”可能な形にするデザイン」を追求しています。カンバセーションズでのアウトプットとして、福岡にある焼酎メーカー・天盃とともにコーヒーリキュールを開発することになったCIALは、先日の天盃5代目・多田匠さんへのインタビューに続き、今回初めて天盃の酒蔵を訪問しました。CIALの代表兼デザイナーの戸塚佑太さんとブランドエディターの加藤大雅さんは、現地で何を見て、何を感じてきたのでしょうか。今回は、CIALのメンバーや天盃の4代目・多田格さん、5代目・匠さんへのインタビューなどを交えながら、酒蔵の訪問レポートをお届けします。

Text:菊池百合子

Photo:イノウマサヒロ、菊池百合子

ものづくりの現場で、何を見たいですか?

CIALのデザイン事業部は、企業やブランドのアイデンティティ・デザインを軸に活動しています。代表兼デザイナーの戸塚佑太さんとブランドエディターの加藤大雅さんは、カンバセーションズで行った3組へのインタビューを通じて、どうすれば地域に続くものづくりを実現できるのかを考えてきました。まずは出発前に、これまでのインタビューを振り返りながら、今回の訪問への意気込みを聞いてみましょう。

Q.これまでのインタビューを踏まえて、「地域独自の食文化を、“自続”可能な形にするデザイン」という問いについて、いまどのように考えていますか?

加藤:CIALは首都圏を拠点に置いたまま地域のものづくりに関わってきたのですが、インタビューでは主に、地域に関わり続けるものづくりのあり方について聞いてきました。これまでの僕たちのやり方だと、プロジェクトの目的を達成した時点で地域との関わりが終わってしまうことが多かったのですが、もっと長い目線でのものづくりもできるんだなと、1回目にインタビューしたKIGIのお二人の話を通じて関わり方の視点が増えましたね。

戸塚:関わりの継続が、ものづくりの“自続”と紐づいていますよね。これまでの僕たちは、アイデンティティデザインに関わっても、どこかのタイミングでつくったものを託して去らないといけなかった。でも、インタビューを経て、「続けていくこと」に向き合うために、これまでとは違う関わり方もあるんじゃないか、と思うようになりました。つくって託してそれで終わりではなくて、その先にもっと責任を持てるんじゃないかと。

Q.「その先」に関わるために必要なことは、何だと思いますか?

戸塚:一緒にものづくりをする方の意志と、僕たちの意志をどれだけ重ね合わせられるかが重要だと考えています。僕たちは、地域にある風景やものづくりが続くことを支えるために、ものづくりをするのだと思うんです。それは最終的には意志によってしか続かないけれど、裏を返せば、意志さえあれば続く。地域の方と僕たちの「続けたい」という意志を重ね合わせていくことで、ものづくりが僕たち自身の営みになっていくんじゃないかなと思っています。

CIALの代表兼デザイナー・戸塚佑太さん。

Q.今回福岡まで来たのは、そのシンクロ率を高めるためなのかもしれませんね。

戸塚:あぁ、そうかもしれないですね。酒蔵の周りの景色やものづくりの現場を見ることで初めて、天盃の「続けたい」という意志を、自分たちの意志と重ね合わせることができるのかもしれないです。

加藤:僕はあらためて、「何のためにものづくりをするのか」という問いへの答えを見つけたいなと思います。ものづくりをする理由はたくさんありますが、自分が天盃とのものづくりを通じて何を残したいのか、というピュアで根源的な動機を見つけに行きたいです。それが景色なのか、働く人なのかはわからないけれど、自分が残したいものを見つけたときに、初めて本気で自分ごとにできる気がしています。

Q.今回の出張で特に見たいものはありますか?

戸塚:「焼酎のつくり方と、工程や人の動き、その時間の感覚が生むリズムのようなものが、人々の営みをどうつくっているのか」を見てきたいです。僕はものづくりに使う道具に興味があって、自分ならその道具をどう使ってどんな営みをするのかをよく想像します。そうすることで、その土地に受け継がれてきたリズムを自分の中に落とし込める気がするんです。

加藤:天盃のお酒づくりに、地域ぐるみのものづくりにおけるサステナビリティを考えるヒントがあるのではないかと考えているので、天盃と地域との関係性を見てきたいです。僕が現地に行って見る景色は、その土地で生まれ育った多田さんにとって地元の景色で、その意味合いは違うはずです。その意味に触れたときに、僕が「続けたい」と思うものが見つかるかもしれないな、と思っています。

CIALのブランドエディター・加藤大雅さん。

123年続いてきたものづくりにおいて、曲げられないことは?

天盃があるのは、福岡空港から車で30分程度の朝倉郡筑前町です。1898年の創業以来、焼酎の製造を123年にわたって続けています。そんな天盃についてさらに深く知り、今後のコーヒーリキュールづくりに反映させるべく、2021年8月にCIALチームで天盃を訪問。5代目の多田匠さんに、酒蔵やその周辺を案内していただきました。

焼酎は通常、秋から冬にかけて仕込みが行われるため、今はちょうど準備期間。仕込みがされていなかった分、蔵の奥までじっくり見させていただきました。

焼酎をつくる工程、機械の設計、天盃独自の工夫、季節ごとのサイクルなどなど、CIALチームにとって初めて知ることばかり。特に焼酎の味を左右するのは蒸留の技術で、その技術は4代目から5代目へと一子相伝で受け継がれているそうです。

酒蔵見学の中でも特に盛り上がったのが、仕込み水の試飲でした。天盃では地下120メートルまで井戸を掘り、焼酎の仕込みに使っています。地面を何箇所も掘って選んだという仕込み水の、想像を超えるおいしさに一同びっくりしていました。

案内してもらっている途中、「天盃として『ここは曲げられない』という部分はどこですか?」とCIALメンバーが聞いたところ、こんな答えが返ってきました。

5代目・匠さん:自分たちしか実現できない技術で、自分たちしかつくれない味わいの焼酎をつくって、届けることです。それによってお客様に楽しんでもらうことがすべてなんじゃないかなと思っています。

この言葉の通り、多くの人に楽しんでもらうために、変化を恐れずに試行錯誤を続けていることが酒蔵の隅々から伝わってきました。

未来に引き継ぎたいものは何ですか?

天盃で受け継がれてきた営みを知るために、今回の訪問では、4代目・多田格(いたる)さんにインタビューしました。脈々と続く天盃の物語を聞いてみましょう。

戸塚:天盃のコンセプトとして「世界に誇れる本格麦焼酎づくり」を掲げるようになった背景を伺いたいです。

4代目・格さん:「世界に誇れる本格麦焼酎づくり」という目標を決めたのは、僕の父である3代目です。3代目の時代は、焼酎が日本酒より格下に見られていました。父は幼い頃から、焼酎が低く見られることが嫌だったそうです。というのも、小学校の同級生の親がアルコール中毒で、朝も晩もうちに焼酎を飲みに来ていて、そのせいで家庭が貧しかったそうなんです。父は、自分の家でつくる焼酎で同級生が苦しんでいる姿を目の当たりにしながら育ちました。

天盃の代表取締役を務める、4代目の格さん。

戸塚:それはものすごく重たい現実ですね。

格さん:だから父は本当は家を継ぎたくなかったけれど、それでも継ぐしかなかったと聞いています。それならいっそ、儲けることで家業の価値を上げようと奮闘した結果、実際に事業は上向いたようです。でも子どもが生まれたことで、自分の幼少期を思い出したんでしょうね。儲けることはできても焼酎の価値は上がらず、跡継ぎが生まれてもなお、家業は蔑まれる仕事のまま。その現実に向き合った父は、僕が生まれた後に当時儲かっていた事業をわざわざ手放して、一気に方針転換しました。日本の蒸留酒である焼酎は格下に見られているけれど、世界を見渡したらウイスキーやブランデーがある。これらの酒のように、自分たちも格の高い焼酎を目指そうと。そう決意して「世界に誇れる本格麦焼酎づくり」を掲げ、焼酎の価値を高めるために奔走しました。

加藤:3代目の思いを引き継ぎながら、格さんの代ではラベルを変更されたり、「究極の食中酒」を掲げたブランド「craftsman多田」を始めたりと、新しい挑戦をされていますね。

格さん:3代目はデザインも得意先も製法も変えずに売り上げを上げろ、という人でしたから、僕のやり方にはNOと言うと思います。ですが、僕はそれだけでは天盃が続いていかないと考えて判断しました。よく「定番商品」と言いますが、定番ってお客様が決めるものですよね。ですから味に関しても、僕たちではなくお客様に主導権があると思っています。売れている商品がお客様にとっての「定番」であり、「天盃らしいお酒」ですから。僕は3代目と考え方が違って、この味でなければいけない、この製法でなければいけない、という決めごとは持っていません。

加藤:では、天盃の変わらない部分はどこにあるのでしょう?

格さん:それはコンセプトです。ブランデーとウイスキーを超える麦焼酎を模索して、世界に誇れる蒸留酒づくりを目指していること。これは、お客様との約束だと思っています。味ではなく、企業の哲学やつくり手の考え方に「変わらなさ」がある。そして、お客様との約束をさまざまな方法で果たすための手段が、この蔵の「味」なんです。

加藤:格さんが、焼酎を通じて未来に引き継ぎたいものは何でしょうか?

格さん:うーん、引き継ぎたいものか……。個人的な話になりますが、自分が経営者になったとき、3代目のようにお金を捨てて同じ決断ができるかと考えてみたのですが、正直わかりませんでした。3代目の時代、焼酎づくりは人に言ったらバカにされる仕事でしたから、そのままでは続いていかないことはわかります。でも、焼酎と焼酎をつくる家業の価値を高めるために、儲かっていることをすべてやめる決断をしたんです。

戸塚:すごく強い決断ですよね。

格さん:経営者には、従業員の生活を預かる責任があります。その恐怖から逃れるために売り上げを上げることは、ひとつの正義だと思うんです。その正義を捨ててまで、親父は何を夢見たのだろう、と考えていて。家業や焼酎の価値を高めるために売り上げを捨ててもいいという覚悟は、自分にはまだ持てていない。儲かることよりも家業の価値を高めることを選んだ親父の気持ちを、僕が知りたいのかもしれません。だから次の世代にも残してほしいのは、うちの家業をそうやって続けてきた先人の思いですね。あともうひとつは、故郷です。

加藤:家業をずっと続けてきたこの土地を、ということですか?

格さん:そうです。故郷を失わないために、家業を続けていくことが重要です。父は、売り上げがどん底まで落ち、同業者が夜逃げしていた時代にも自分が決してそれをしなかった一番の理由を、「帰る場所がなくなるから」だと話していました。この土地だけで商売が成り立つわけではありませんが、それでも東京や世界に出ていく上で基礎となる場所は、地元なのだと思います。だからこそ、続けることにこだわりたくて、そのためには「焼酎屋」にとらわれなくていい。「自分たちの家でやってきたことで一番評価されているのは焼酎だということは忘れないでね」とは伝えていますが、その上で何をやるかは自由ですから、息子には好きなようにやってもらいたいですね。

天盃の周りに広がる景色への思いも語ってくださいました。

ものづくりを続けるために大切なこととは?

それぞれの仮説を持ち、「天盃で何が続いているのかを見たい」と出発した今回の出張。半日の酒蔵見学と4代目へのインタビューを経て、CIALの2人は何を思うのでしょうか。

戸塚:受け継ぐことイコール、「変わらない」技術と考え方が継承されることではないんだな、と感じましたね。家を続けていくための手段として、お酒づくりを選んでいるんだなと。受け継ぐという言葉に、僕は勝手に「変わらなさ」をイメージしていたのかもしれないと思いました。味や技術をただ保存するのではなく、常に更新していくことによって生業が続いていく姿を見て、「継ぐ」ことへのイメージが変わったかもしれません。

加藤:僕は、天盃が「地域ぐるみのものづくり」をしているという仮説を持っていたのですが、今回うかがった範囲では、「地域性」が強く見えなかったように思います。多田さんは、地域というマクロの視点ではなく、もっとミクロな視点で「続けていくこと」を捉えているのかもしれないなと。例えば、多田さん親子は、話し方も話している内容も似ていたじゃないですか。「継ぐこと」ってもっと人間くさい営みなのかもしれないなと思いましたね。

天盃の目の前に広がる風景。

戸塚:続けるために守らなきゃいけないことと、変えなきゃいけないことってなんだろう、と改めて考えさせられますね。天盃の場合、守りたいのは自分たちにしかつくれないお酒をつくること。それ以外は、お客様に必要とされるためならすべて変えていい。「うちの伝統なので」という言葉が一度も出てこなかったことが印象的でした。

加藤:これまで「続いていくものづくり」について考えてきましたが、前提として、人によって何を続けていきたいかって違うんですよね。CIALのアイデンティティデザインのプロセスでは、相手の持ち物をいかに引き出して表現するのかを考えてきました。でも今回は、すでに「続けたいこと」が固まっている天盃とコラボレーションする以上、むしろ自分たちが何を続けたいのかを見つめる必要がある。その原点に立ち返れて、ものづくりに向かう気持ちがシンプルになりました。

戸塚:自分たちにしかできない酒づくりを更新していく心を持ち、その営みを続けることが、天盃にとっての「風景を守ること」なんじゃないかなと。天盃にとっての「風景」は、自分たちの機械やつくる姿、人に受け入れられるものをつくっていく土壌であって、それらによって自分たちの命もつながれていく。多田家という家と、帰る場所を残していけること。自分が想像していた「風景」よりも個人的なものだったけれど、そういう天盃にとっての「風景」を守るために僕らにできることは、小さいながらにきっとあると思っています。お互いに大切にしたいものをつなげるために、天盃にとっても僕たちにとっても、「僕たちだからつくれたんだよ」と言えるコーヒーリキュールをつくっていきたいです。

続いてきた「文化」を形づくっているのは、その時代を生きる一人ひとりの営みであり、個人的な意志であること。天盃への訪問を経て、CIALにはそんな気づきがあったように思います。

CIALがデザインにおいて大切にしてきたのは、その人の価値観が堆積した「偏り」です。戸塚さんと加藤さんは天盃を訪問したことで、多田さん親子という個人が持つ「偏り」を見つけたように感じました。

天盃 4代目・5代目と、CIALチームで。

天盃訪問を終えて

戸塚:最近、ものづくりの原点に立ち返るためには、自分たちが責任を取る立場でつくる必要があるのではないか、と考えていました。今回の出張でも、天盃とのコーヒーリキュールづくりにおいて、「なぜ コーヒーリキュールをつくるのか」という自分たちの意志が欠かせないのだと実感しましたね。その意志のもとでものづくりをして、結果的にわずかでも天盃が続いていく一助になることが、ものづくりをする誠実なあり方なのではないかと考えています。ちょうどCIALの今後についてあらためて考えているタイミングだったので、福岡出張はCIALの大きな転換点になりました。

僕はものづくりをする上で、自分がその場で仕事している様子を想像し、どういうリズムで生活が刻まれているかを落とし込みたいと思っています。天盃の酒蔵を見せていただいた時も、ここで自分はどんな動作をするかを思い浮かべていました。(戸塚)

加藤:改めて自分たちの意志に立ち返ってものづくりをすることは、難しさもあると思います。自分たちでコーヒープロダクトをつくるところからCIALが始まって、他者の意志に寄り添う経験を積み、今はもう一度自分たちのやりたいことを掘り下げる段階なんだろうなと。だからコーヒーリキュールづくりにおいても苦しむ瞬間があるんじゃないかなと想像しています。一方で、自分たちだけでものづくりをするわけじゃないことも、今回の出張で実感しましたね。「続けることは更新すること」だと教えてくれた多田さんたちに、少しでも「こういう方法もいいんじゃないか」と思える発見をお返しできたらいいなと思いました。

これは、天盃の仕込み水を汲み上げている井戸の写真です。僕は「土地の力にどう支えられているか」が、その土地ならではのものづくりにつながっていると考えています。天盃でも土地の力の借り方を知りたいと思って現場を見ていたので、天盃を陰ながら支えている井戸が印象に残りました。(加藤)

Profile
多田 格
1965年福岡県朝倉郡の「本格焼酎蔵」の4代目として生まれる。小さい頃から蔵は遊び場として幼少期を過ごす。代表取締役社長でありながら、自ら杜氏として焼酎造りを行い、業界初の乳酸発酵にて醸した焼酎の開発等を行う。2020年よりスピリッツ・リキュールの商品開発に着手。「コーヒースペシャリテ」をリキュール第一弾の商品として、2020年10月にリリース。 趣味はロードバイク、山登り。