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ナオライ代表取締役・三宅紘一郎さんが聞きたい、「自然から感謝されるメーカーのあり方」

ナオライ代表取締役・三宅紘一郎さんが、

立命館大学教授・久保 幹さんに聞く、
「自然の流れに沿った科学技術の生かし方」

日本酒酒蔵の再生を目指すナオライの三宅紘一郎さんは、事業が発展するほど自然環境が崩れていくビジネスのあり方への違和感から、「自然から感謝されるメーカーのあり方」を問いに掲げてカンバセーションズでインタビューを進めています。前回のインタビューで「自然と一体化する伝統的な酒造り」に大きな学びを得た三宅さん。今度は、最新技術の活用事例についても知識を広げるべく、「SOFIX(土壌肥沃度指標)」という独自の指標を用いて理論的な有機農業を実践・提案している立命館大学生命科学部教授の久保幹さんにお話を伺いました。

Text:米山凱一郎

三宅 紘一郎
いま日本の農業はどうなっていますか?

ナオライは、私の母校でもある立命館大学が2020年度に日本で初めて設立した大学発のソーシャルファンド「立命館ソーシャルインパクトファンド」から出資いただいています。その関係者の方から久保先生とお話しさせていただける機会をいただけました。あらためて本日はよろしくお願いします。

久保:よろしくお願いします。

まずは自己紹介をお願いいたします。

久保:私は現在、立命館大学生命科学部生物工学科で教授を務める傍ら、2015年から一般社団法人SOFIX農業推進機構を立ち上げ、代表理事として日本の農業の発展に向けた取り組みを行っています。我々が独自に開発したSOFIXとは、「土壌肥沃度指標(Soil Fertility Index)」を意味する指標で、これを用いて土の状態を測定・診断し、再現性のある有機農業や減農薬・減化学肥料を促進しています。

インタビューに対応してくれた久保 幹さん。立命館大学 研究室より

以前、ナオライの拠点である瀬戸内の久比/三角島で、私たちにレモンのオーガニック栽培を教えてくださっている一般社団法人まめな代表理事の梶岡秀さんという方のご紹介で久保先生の講演レポートを拝見した時、とても衝撃を受けました。それまで私たちが感覚的に「オーガニックが良い」「虫を殺したくない」と考えていたところを、先生は理論的かつ科学的に説明されていてとても勉強になったんです。先生から見て、いまの日本の農業や土壌の状態にはどのような課題があるのでしょうか?

久保:19世紀まで1000年以上続いた有機農業から、20世紀以降は化学肥料に依存した農業へと移り変わってきた結果、環境負荷の増大や食糧自給率の低下が大きな課題となっています。日本の地形の特徴として、森林から里山、樹園地、牧場、畑、水田に至るまでにたくさんの有機物が肥料として還元されながら、また水となって循環していくのですが、これらのつながりがいまは断たれつつあるんですね。例えば、管理されていない森林が増えたことで、本来バイオマスエネルギーや肥料になるはずの木々が鬱蒼と茂ったままで良い水が出てこなくなってしまったり、昔は肥料として活用していた牛の堆肥を捨ててしまって、化学肥料の原料のほとんどを他国からの輸入に依存してしまっているのが現状です。

化学肥料を使うことによって、どのような弊害がありますか?

久保:化学肥料を使う農法とはつまり、微生物に頼らない農法なんですね。本来は時間をかけて微生物が分解する窒素・リン酸・カリウムを初めから化学合成して土に入れるため、即効性はあるのですが、やがて微生物が住めなくなり土が固くなっていきます。また、土壌にミミズを放つ実験を1ヶ月間行ったところ、化学肥料を使っていない土ではミミズはすべて生きたままでしたが、化学肥料濃度が高い土では生存数が半減してしまうことが分かりました。ちなみに、1ヘクタール当たりの化学肥料使用量は日本が世界一なんです。

インタビュアーの三宅紘一郎さん。広島県大崎下島 久比浄溜所より

そのことを知っている日本人はあまりいないのではないでしょうか。

久保:いないと思いますね。もちろん農林水産省の方は知っていますので、環境負荷だけでなく輸入のコスト面から考えても、国内の有機物を循環させる有機農業に変えていくメリットがあると私からは伝えています。

農薬についても教えてください。

久保:化学肥料を使うことで土の中の拮抗菌が少なくなってしまい、病原菌や病害虫が暴れ出しやすくなります。これらを殺すために農薬や除草剤が開発され、化学肥料と農薬を使う農法はいわゆる「慣行農法」として一般化しました。しかし、農薬についても、単位面積あたりの使用量は韓国に次いで日本が世界で2番目に多いのです。人体への悪影響が使用から数十年後に分かることもあり、海外では企業に対する訴訟や農薬の基準引き締めが行われている国もありますが、日本の基準は特に緩いですね。一方、ベトナム戦争で枯葉剤の被害にあったベトナムではほとんどの農薬が使用を禁止されていて、その分有機農業の農作物が日本の倍くらい売れていますから、環境や健康意識の面で日本は遅れていると言わざるを得ませんよね。

三宅 紘一郎
「SOFIX」で農業はどう変わりますか?

慣行農法には効率的に農業ができる代償として、多くの課題があることがあらためて分かりました。「SOFIX(土壌肥沃度指標)」を用いると、農業はどう変わるのでしょうか?

久保:SOFIXは有機物と微生物の調和を目指した技術であり、農業の基本である「土づくり」において、良い土・健康な土をつくるための科学的な指標です。健康な土とは、化学物質が残留・蓄積しておらず、適切な有機物が滞りなく循環していて、微生物を含めた生物がたくさんいる土のことと私たちは定義しています。SOFIXを用いることによって、土の中の微生物の数と動き、残留している農薬や化学肥料の多寡、不足している物質の量を測定し、その土に合わせた対応を取ることができます。「再現性」は工学において非常に大切ですから、経験と勘ではなく「SOFIX」という数値に基づくことで、安心、安全、そして、安定した有機農業を目指すことができるのです。

具体的には、どのように土を測定・分析しているのですか?

久保:微生物の数であれば、土の中から微生物のDNAを抽出する「eDNA」という技術を用いて定量分析し、1gあたり微生物が何匹いるかを測定します。また、微生物の動きはアンモニアやリン酸を分解するスピードによって点数をつけていきます。このようにして微生物の数と動きを分析し、トータル19項目で農地を評価することで、「特A」から「D」までの5段階で土の状態を診断していくんですね。「特A」であれば間違いなく有機農業をやられていますし、逆に「D」は化学肥料や農薬が入っていることが分かりますから、それぞれの「SOFIX診断書」に合わせて処方箋を出すことができます。ちなみに、「B」以上の土は、良い土であることを証明する「SOFIX認定土壌」として認定しています。

そこまで数値化している有機農業は世界的にも珍しいですよね。次に、処方ではどのようなことを行っていますか?

久保:SOFIXによる評価が低くても、もう絶対にだめということではありません。人間が炭水化物とタンパク質を食べるように、土の中に炭素と窒素を適切な量与えてあげることで微生物も元気になることが分かってきました。また、炭素の量と細菌の数の関係にも着目し、それらが増えるように有機物を与えることで、「特A」まで上げていくことができます。この他にも、山のバイオマスを活用して「特A」の土壌である「SOFIX有機標準土壌」を自分たちでつくり、土づくりの改善に努めています。

SOFIX有機標準土壌の効果はいかがですか?

久保:市販の土壌とSOFIX有機標準土壌にそれぞれ小松菜の種を植えて定点カメラを置き、1ヶ月ほど観察したところ、はじめは育ちが遅れていたのですが、やがて微生物が元気になってきて、その後肥料をどんどん供給するとこれくらい育ちました(写真右端)。これ以外にも果物や豆、芝生など、植物種を変えても同じ結果になりました。

こんなに違うんですか! すごいですね。学生さんはどのような反応をされますか?

久保:私の研究室の学生は他の農法をまだあまり知らないので、「化学より有機の方が良いですよ」と確実に言いますね(笑)。また最近は、牛や鳥の堆肥の代わりになる最高級の有機資材「SOFIXパウダー」も自分たちでつくっています。家庭菜園などでもパッと撒くだけで本当によく育つようになりますから、こういうものが増えれば日本の農業も本当に変わっていくんじゃないかと期待を抱いています。

三宅 紘一郎
企業の行動を変えることはできますか?

久保先生が自然や有機農業に興味を持たれた原体験は何でしたか?

久保:三宅さんと同じ広島県で生まれた私は、10歳まで因島という島で育ち、海や山に囲まれた環境の中で毎日遊んで、本当に自然が大好きな幼少期を過ごしました。また、私のひいおじいさんは福山市で暮らしていて、ある日私を里山に連れて行ってくれたんですね。その時に、薪の取り方、松の燃え具合、松茸の生える場所、山の重要さ、いまで言うバイオマスなどについて教えてくれまして、それがいまだに鮮明に記憶に残っています。

久保先生は工学系の道に進まれていますが、工学と聞いて私たちがイメージするような機械や工業の分野ではなく、生物や自然、環境の分野に行かれたのはなぜだったんでしょうか?

久保:もともとはエンジンやエネルギーに興味があったのですが、私が大学の研究室に入った当時が遺伝子工学の勃興期だったこともあって、博士論文で遺伝子組換えについて書くほど遺伝子の研究をするようになったんです。当時の私は、「遺伝子組換えを極めれば何でもできるようになるんじゃないか」と本当に思っていました。ところが、生物のキャパを越える実験を行うと、変異が起きて変な組換え体が出てくることがあったんですね。これを目の当たりにした時に、遺伝子組換えは不自然なことだと肌で感じ、自然の流れに沿うのが一番だと考えるようになりました。

とはいえ、方向転換をすることは、立場や実績がある方であるほど難しいと思います。なぜ、久保先生はそのようなアクションができたのでしょうか?

久保:もちろん、いきなり方向転換するのは非常に勇気が要りますよね。私も立場上論文を書く必要がありますから、数年間かけて徐々にシフトしていくことにしました。ただ、考えれば考えるほど、自然と向き合えば向き合うほど、遺伝子組換えはやはり不自然な行為だと実感していったので、「SOFIXをやろう」と決めた頃に遺伝子組換えはやめました。自然に逆らわず、自然の流れに沿って技術を使っていくことにしたんです。

先ほどの化学肥料や農薬の使用量のデータをはじめ、環境問題への対応がこれだけ叫ばれている世の中で、行政や企業、そして消費者はどう方向転換していけるでしょうか?

久保:農林水産省は最近変わりつつあると私は認識しています。農水省はおよそ30年後までに国内の25%ほどを有機農業に変える「みどりの食料システム戦略」を打ち出し始めています。これは、私たちが目指している『「有機資材」から「流通・販売」のバリューチェーン』ととても似ていて、資源調達・栽培・流通・販売までの各プレイヤーを束ねる構想です。このことを私たちは「オーケストレーション」と呼び、ICT(情報通信技術)でプレイヤーを繋ぐことで実現を目指しています。廃棄物だと捉えられている堆肥も、科学技術を使って活用すれば農家さんは潤い、消費者もより良いものを食べることができます。また、山のバイオマスを資源として活用し製品化できれば、化学肥料より安く仕入れられるだけでなく、作物の高付加価値化も可能です。諸問題の責任を各プレイヤーに求めずに、全体を繋ぐ仕組みや科学技術で解決していけたら良いですよね。

三宅 紘一郎
自然界における人の役割は何ですか?

私たちナオライは、お酒を造れば造るほど自然環境が豊かになっていく「自然から感謝されるメーカーのあり方」を模索しています。久保先生は、自然界における人の役割をどうお考えですか?

久保:学会に参加すると、植物の生存戦略について語られることが時々あるのですが、私自身は植物や微生物には戦術や戦略はあまりないのではないかと考えています。生物ですから、美味しいものがあると集まってきたり、気持ちの良い環境ではよく育ったり、本能に従って生きているのではないでしょうか。一方で人は、戦術・戦略を立てられる存在ですから、ビジネスを行う上でも、他の生物と繋がりながら自然の流れに沿った戦術・戦略を描き、実行していくことが大切だと思っています。

戦略・戦術が描ける人だからこそ、自然界でやるべきことがあるということですね。大変参考になります。SOFIXの今後の目標についても教えてください。

久保:私たちが描いている「オーケストレーション」を実現していくことが目標です。良い農作物ができても売れないといけませんから、良いものをきちんとした値段で売れるようにしていきたいと思っています。そのためにも、「SOFIX認定土壌」の認知度を高め、ブランド価値の向上に寄与したり、有機農業でつくっていることがひと目で分かる指標にしていきたいですね。「SOFIXだから美味しい」ということを広げていきたいです。

(左)久保 幹『土壌づくりのサイエンス』(2017年/誠文堂新光社)、(右)久保 幹『SOFIX 物質循環型農業』(2020年/共立出版)

お話の中で、「19世紀以前の農業は有機、20世紀の農業の化学」というご説明がありましたが、久保先生は21世紀の農業をどう描かれていますか?

久保:いまはまだ20世紀の農業を引きずっている状況ですが、経験と勘でやっていた19世紀以前の農業に戻ることも難しいですよね。私は21世紀の農業を「科学技術に基づいた物質循環型農業」と提唱しています。それは、経験と勘ではなく科学技術によって情報をフィードバックしていく、持続可能で再現性のある有機農業のことです。20世紀の人間中心社会のあり方をしっかりと反省し、いろんな生物が共存する豊かな社会を目指していきたいと思っています。

貴重なお話をありがとうございました。最後に、未来に向けたメッセージをお願いします。

久保:自然の流れに沿った研究や事業をすることが私の目標です。森林があって、里山があって、樹園地や牧場があって、畑や水田がある。この自然の流れをしっかりと理解して、人は自然とともに生きているということを原点に置くよう、学生にもよく伝えています。志のある皆様にも、自然の流れに沿った活動をしていただきたいと思っています。

(左下から時計回りに)久保 幹さん、三宅紘一郎さん、カンバセーションズ原田優輝、ライター米山凱一郎さん。

インタビューを終えて

科学技術を活用して農業に挑むことが、自然環境を改善するだけでなく、農作物の高付加価値化にも繋がる。これからのメーカーのあり方として、とても気づきの多いお話を伺うことができました。「オーガニックだから良い」といった感覚的な部分を数値に落とし込むことで、自分たちの理解も深まりますし、お客様の感動レベルも上がると思うので、ぜひナオライの事業にも取り入れていきたいです。
一方で、化学肥料や農薬に関する衝撃的なデータをいくつもお聞きして、売上や経済合理性を優先する社会のあり方にあらためて疑問を抱きました。久保先生からのメッセージにあった通り、自然の流れに沿ったビジネスがいま本当に求められていると思いますし、「自然から感謝されるメーカーのあり方」についてまたひとつ深まった感覚があります。
自分たちの事業以外のことに目を背けずに、たとえば近隣のゴミを拾うことも仕事と捉えたり、社会の課題や現状を情報発信していくことも、これからのメーカーの役割なのかもしれません。ナオライも自然環境や農家さんの生産性を守り続けるために、農業や日本酒業界の課題をもっと発信するなど、事業を通じてさまざまなアクションをしていけるメーカーになりたいと強く感じるインタビューになりました。