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「問い」をカタチにするインタビューメディア

問いから学ぶ

アート思考キュレーター・若宮和男さんが聞きたい、「日本社会の変化を促す、アートシンキングの可能性」

アート思考キュレーター・若宮和男さんが、HafH共同代表・大瀬良 亮さんに聞く、
「日本の地域を変えるために必要なこと」

アート思考の根幹にある「ユニークバリュー」という考え方が、今後は日本の地方都市や自治体においても大切になってくると常々語ってきた若宮和男さん。そんな若宮さんが、前回の「HOLG.jp」の加藤年紀さんへのインタビューに続き、アート思考の地域における展開をテーマにインタビューするのは、世界中の拠点を自由に選べる定額制のコリビングプラットフォーム「HafH(ハフ)」の共同代表を務める大瀬良 亮さんです。出身地である長崎県を中心に、全国のさまざまな地域でまちづくりの現場を見てきた大瀬良さんに、若宮さんが聞きたいこととは?

若宮和男
なぜ、「HafH」を始めたのですか?   

今回、大瀬良さんをインタビューしたいと思ったきっかけは、長崎県のスローガン案に対するSNSの投稿でした。僕自身、日本の地方都市には当たり障りのない“世界平和”的なバリューではなく、そこにしかないユニークバリューがこれまで以上に重要だと考えています。最初に大瀬良さんがHafHという事業を通して、どう地域と関わっているのかということについて伺いたいのですが、まずは大瀬良さんご自身の地域に対する思いからお聞かせいただけますか?

大瀬良:僕は長崎の出島出身で、五島列島に祖母が住んでいたので、2歳から12歳くらいまでの夏休みは必ず行っていました。いま振り返ると、その頃から2拠点生活をしていたわけです(笑)。大学卒業後は電通に入社したのですが、周囲に優秀な人たちがたくさんいる中で自分の強みについて考えるようになり、入社2年目の時に長崎オタクになると決めたんです(笑)。子供の頃は色々な部分が中途半端に感じられた長崎のことが嫌いで、早く出たいという思いが強かったのですが、大人になっていざ外に出てみて、改めて良い街だったことに気づいたんすね。そして、被爆の歴史をデジタルマップで伝える「ナガサキ・アーカイブ」や、在京長崎県人会「しんかめ」などをつくるようになりました。

HafHが提案している、世界中の拠点を自由に選べる働き方や暮らし方に興味を持ったきっかけは何だったのですか?

大瀬良:政府に出向し、SNS運用のお手伝いをするために世界を巡る仕事についたことがきっかけでした。明日はケニア、明後日はアルゼンチンといった具合に毎日のようにさまざまな国を移動する中、どこで何をしているのかわからなくなるような日々だったのですが(笑)、次第にPC、スマホ、Wi-Fiがあればどこでも働けるという感覚が強くなりました。時代的にもLCCの台頭で航空券の価格が飛躍的に安くなり、世界中を旅しながら働くデジタルノマドやアドレスホッパーと呼ばれる人たちが世界中には増えていました。さらに調べていくと、彼らは東南アジアのリゾート地などのコリビング施設に、現地の物価からするとかなり高額な住宅費を払って滞在しているということもわかってきたんです。

そうしたコリビング施設を日本にもつくろうと。

大瀬良:はい。世界の裏側から東南アジアなどに来ているデジタルノマドたちからすれば、日本は目と鼻の先なのですが、彼らにとって日本は物価が高くビジーな国というイメージが強かったんですね。でも、地方などに行けばいくらでも生活費を抑える方法はあるし、それこそ五島列島のような場所は絶対彼らも喜ぶはずだという思いがありました。また、日本各地にはゲストハウスが点在していて、これらは10億人規模と言われるコリビング市場の受け皿にもなり得ると考えました。そして、異国の文化と地域の文化が出会い、新たな風土を生んだ長崎にコリビング施設をつくるとともに、全国のゲストハウスをネットワークしたコリビングサービスを提供することにしました。HafHを通じて世界中のノマドワーカーたちが日本のローカルとつながり、多様なコミュニティが育まれていくことは、地域創生にもつながっていくと思っていました。

若宮和男
いま、地域には何が必要ですか? 

ノマドワーカーやアドレスホッパーには、一見故郷やローカリティなどとは無縁な「根無し草」的なイメージもあります。でも、HafHはそうではなく、大瀬良さんの故郷・長崎の魅力の再発見が出発点となっていて、場所という制約から自由になるサービスの提供を通じて、むしろローカルとつながる機会をつくっている。その構造がユニークだなと感じます。

大瀬良:HafHでは、一人ひとりのライフスタイルやワークスタイル、価値観やバリューなどに合わせて、自分が落ち着ける場所を世界中から見つけてもらいたいと考えています。実際にユーザーの方たちは自分のことを寛容に受け入れてくれる人たちがいる場所に滞在する傾向がありますし、放っておけない人に会いに行くような感覚で各地を移動をしている人も多いですね。

まさにHafHの名前の由来(=Home away from Home)にもなっている、第2、第3の故郷のような感覚が芽生えていそうですね。

大瀬良:僕はよく、デコとボコがうまく合致することで、地域の関係人口が増えるという話をしています。いま、日本の地域に必要なのはボコ、つまり凹んでいるところなんです。コロナ禍によって最近はワーケーションが注目されていますが、観光とワーケーションというのはまさに凸と凹の関係だと思うんですね。これまでの観光は、地域の突出している部分を見せ続けていて、逆にボコの部分は隠されてきました。でも、例えばマツコ・デラックスさんは自分の番組で、地元の人が恥だと思うような部分を笑いに変えていて、そのツッコミによって地域が魅力的に見えてきたりするんですよね。ワーケーションや移住などを通じて地域の暮らしに入っていくとそうしたボコの部分が見えてくるわけですが、それこそが実は地域の魅力だったりする。でも、そのことにローカルの人たちが気づいていないことが多いんです。

HafH Nagasaki SAI

アート思考では、「いびつさ」がユニークバリューの源になると考えるのですが、多くの人はいびつさを欠点だと思い、隠そうとしてしまうんですね。ボコがあるということは、その分どこかがデコになっているはずなのですが、そのボコをなかったことにしてしまうと、デコも見つからなくなり、平均的な円い石になってしまう。

大瀬良:例えば、長崎というのは廃藩置県の時にお米がつくれる土地と温泉を佐賀に持っていかれてしまい、残ったところが長崎になったと自虐的に言うことがあるんですね。でも、実は長崎というのは北海道に次いで海岸線が長い県で、僕はそんな長崎のことを日本のインドネシアだと言っているんです。地域ごとに独自の言葉や文化があり、対馬や五島などに至っては韓国の文化も入ってきている。陸がないから不便だと考えるのではなく、例えば海を挟んで中国から最も近い場所にある地域だということをしっかりアピールできれば、スタートアップ企業の誘致などもしやすくなるのではないかと常々話してきました。地域に住まわれている人からすると、ピンと来ないこともあるみたいなんですが(笑)。

若宮和男
地方行政はどうあるべきですか? 

いまの地方行政には、地域のボコを見せるということがしにくい構造がある気がしています。冒頭にも話しましたが、誰からもツッコミが入らないようにするために、当たり障りのない“世界平和バリュー”ばかりが目指され、それが地域の均質化につながっているように感じています。

大瀬良:最近よく思うのは、従来の政治制度とは異なるまちづくりのあり方を、ゼロベースでつくり直した方が良いということです。近代の市民革命以降、政治をある種“副業”的に行っていた貴族に取って代わる形で、フルタイムで政治を行う市民、つまり政治家が生まれたわけですが、これが大きなターニングポイントだったと思うんですね。間接民主制という現在の政治制度のもと、多くの市民は何の責任も負わずに色々なことを言うようになったと感じているのですが、好き勝手なことを言うのが民主主義ではないし、自由と無責任はまったく別のものですよね。市民が好きなことを好きなだけ言って、一方の政治家も好き勝手なことをするという状況が起きているように感じるし、結局好き勝手同士が折り合おうとしたら、「世界平和」を謳うことしかできなくなってしまう。

民主制において市民というのは、国や自治体のあり方にコミットし、自分たちで舵を握っているという感覚を少なからず持つべきですよね。それはある種「株主」に近いものだと思うのですが、いまの日本には「従業員」のような感覚の人が多い気がします。前回、HOLGの加藤年紀さんにインタビューした際も、まちをつくるのは行政ではなく市民であり、それが実践されている地域ほど元気だという話がありました。

大瀬良:まさにそのとおりだと思いますし、それが地域にとっても幸せな状況ですよね。例えば、福岡市はスタートアップ企業をまちづくりのコアに置くということを宣言しているんですね。これには多様な評価があるかもしれませんが、民間の事業のサポートに精力を注ぐというのは、地方行政のあり方として本質的だと思いますし、潔い腹のくくり方ですよね。もともと福岡市は、北九州市にならって工業都市をつくろうとしていたと聞いたことがあります。そして、その際に水にも土地にも恵まれていないという自分たちのボコと向き合い、その中でいかに価値をつくっていくのかという問いから生まれたのがこの施策なんです。

それもとても興味深い話ですね。そういう話を聞くと、市民のまちづくりのためにやっぱり行政や政治も大事で、変化を期待したいところもありますよね。

大瀬良:あります。一方で、いまは地方行政ががんばりすぎなんじゃないかとも思っていて。行政というのはそもそも三権分立における執行機関であって、僕らがまちづくりにおいてもっと目を向けるべきは政治なんです。いかに自分たちの責任で代議士を選ぶかということはもちろんですが、直接彼らと話をすることも大切だと思っています。いま、僕たちの世代には政治家と向き合うチャネルがほとんどないので、ついつい行政に矛先を向けてしまいがちなんですよね。そこで僕は、長崎の県議会議員とオンラインで話をして、それをライブ配信するようになりました。政治家とはこうやって話せば良いというロールモデルのようなものを自分たち世代に示したいという思いがあったんです。

長崎県議会議員と大瀬良さんによるオンライントーク。

若宮和男
どうやって地域に入ればいいですか?  

先ほどの福岡市の話ではないですが、地域というフィールドにおいて自治体や市民が自分たちのボコと向き合い、掘り下げていくためには何が必要だと思いますか?

大瀬良:HafHには、我々が「風土コーディネーター」と呼んでいるローカルヒーローがいる施設がたくさんあるんですね。地域に根ざした「土の人」たちというのは、地域の外から来る「風の人」たちと接することで初めて、自分たちのやり方が遅れていることや、正義だと思い込んでいたことが実はそうではなかったと気付かされることがあるんです。そうやって地域の人たちが自分たちのボコと向き合える機会をつくるためにも、HafHでは観光ではなく、暮らしの文脈で地域のことを評価してくれる「風の人」を増やしていくことを意識しています。最近HafHの周りでは、自分には特技がないからと英語を勉強を始めたり、小さいながらも自分のプロジェクトを立ち上げるような人たちが出てきています。こうした動きを見ていると、風が届いたことで変化が起きていると感じるし、こういうところから地域は変わっていくのかなと。

アート思考では、「自分起点」ということを大切にしていますが、自分のカタチがわかるのは異質なものとぶつかった時なんですよね。それが地域においては「風の人」だと思うのですが、その時に「観光」ではなく「暮らし」がキーワードになるのだなと。アートの力で地域創生と言うといまは芸術祭型が多いですが、芸術祭はまさに観光のためのコンテンツ施策で、アーティストも作品をつくった後、その地域からいなくなってしまいます。そうではなくて、アーティストという異質な存在がそこで「暮らし」、土の人と共にまちづくりをすることに可能性があると考えています。一方で、例えば僕の出身である青森などでも感じられる、地域の「閉鎖性」をどう乗り越えていくのかということもポイントになりそうですね。

大瀬良:その辺りも考慮に入れた上で、風の人たちが地域に入っていける仕組みをつくることが大切ですよね。それこそ青森のねぶた祭などは誰でも参加できるものですし、こうした場を入り口にして、外の人が地域に入っていける機会を増やしていくことで、少しずつ変わっていくのかなと思っています。また、どう地域に入っていくか悩んでいる地域おこし協力隊の若い人なんかに僕がよく話しているのは、地域の「ジャイアン」的な人の行きつけのスナックのママと仲良くなれということです。『ドラえもん』に出てくるジャイアンは、声が大きく、チームを力強く支えてくれる存在ですが、地域の中にも商工会青年部の部長などをしている40~50代くらいで、年配者から信頼を置かれ、若い人たちも話しかけやすい立場の人がいるんです。この「ジャイアン」こそが地域を変える上で最も重要な存在だと思っています。感度の良いアンテナを張り、熱いハートと行動力を持っているジャイアンがいる街というのは大抵面白いんですよね。

最後に、アート思考を地域に活かしていくための提案などがあれば聞かせてください。

大瀬良:答えになっているかわかりませんが、僕は自分の中の小さな違和感を無視しないということを意識しています。同調圧力が正義だという風潮が強い地方では、馴れ合いの中で進んできたことがたくさんあります。だからこそ、地域の中で感じた小さな違和感というものをテキストなどにして残してみることが大切なのかなと思っています。冒頭に話に出た長崎県のスローガンの件も、自分の中にあった違和感を言葉にしたことで、大きな反響があったわけですし(笑)、まずはそういうところから始めてみるのはどうでしょうか。


インタビューを終えて

さまざまな地域を見てきた大瀬良さんの実感が込もったお話が色々聞けて良かったです。地域を変えるのは、「若者、バカ者、よそ者」だとよく言われますが、「ねぶた祭」や「ジャイアン」の話にあったように、本当に変えるためには「土」の人たちが自分たちの「いびつさ」と出会い直すことが大事で、そのためにいかに「風」の通り道をつくりながら、地域の中の人たちを触発できるかがポイントになると感じます。改めて地方都市にこそアート思考や、アーティストが一緒にまちづくりに関わっていくような「触発」が必要だという思いを強くしました。
最後に出た「小さな違和感を表明する」という話もとても大切です。大瀬良さんのように、地域の中で違和感を表明できる人たちが少しずつ増えてくると地域は元気になると思うので、自分としてもその手助けになるようなアート思考のワークショップを、色々な地域の中でしていきたいと思います。