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「問い」をカタチにするインタビューメディア

問いから学ぶ

アート思考キュレーター・若宮和男さんが聞きたい、「日本社会の変化を促す、アートシンキングの可能性」

アート思考キュレーター・若宮和男さんが、
寺田倉庫・柴田可那子さんに聞く、
「アートとビジネスの幸せな関係づくり」

2019年に出版した『ハウ・トゥ アート・シンキング』に著したアート思考を、すでに取り組みを始めているビジネスのシーンはもちろん、地域や教育の現場にも広げ、日本の社会に変化を促すことを目指す若宮和男さん。その実現に向けて、ビジネス、地域、教育の現場のプレイヤーたちにインタビューをしていく本企画の記念すべき1回目に登場するのは、東京の臨海エリア・天王洲アイルを拠点に、祖業である保存保管業を核としながら、画材ラボ「PIGMENT TOKYO」や建築文化の魅力発信を目的とした「建築倉庫ミュージアム」の運営をはじめ、芸術・文化領域の事業にも力を入れている寺田倉庫の柴田可那子さんです。社内に在籍するアーティストらと協働してプロジェクトを進めるなど、ビジネスの現場におけるアート思考の実践者とも言える柴田さんに、若宮さんが聞きたいこととは?

若宮和男
会社にはどんなカルチャーがありますか?

今日は、アーティストをビジネスの現場に巻き込みながら、事業としてアートを育てていく活動をされている寺田倉庫の柴田さんに、会社におけるアートの位置づけや、企業や社会にアートをインストールしていく上で大切なこと、さらに、アートを軸とした天王洲アイルという地域の活性化の取り組みなどについてお伺いできればと考えています。まずは、寺田倉庫に入られた経緯からお聞かせ頂けますか?

柴田:私はもともと大手のアパレル企業で働いていて、そこでは強いトップのもとでスピード感を持ってビジネスを展開し、いかに世界の人たちに価値を提供するかということを追求してきました。それ自体は非常に良い経験になったのですが、自分はここにいて本当に満足なのか、自分らしい生き方ができているのかと考え、転職を選択。転職活動を通して何社か内定を頂き、中には大手企業もあったのですが、それでは前職とあまり変わらないかもしれないと思い、あえて「なんだろう、この企業は?」と感じた寺田倉庫に入社を決めました。

寺田倉庫さんは、単にアートを事業にしているだけではなく、ベンチャー企業のようなスピード感でビジネスを展開されていて、経営スタイル自体もアートシンキング的だと感じているのですが、会社としてどんな歴史やカルチャーを持っているのですか?

柴田:寺田倉庫は、1950年に創業し、天王洲を中心に事業を展開してまいりました。創業当初の当社は、運河を通って運ばれてきた政府米を預かり、日本の台所を支えていました。そのノウハウを生かし、周囲の大手倉庫会社ではあまり扱わない、ニッチな商材であるワインや美術品、メディアの保管などを展開し、それぞれに最適な保管設備と管理体制を充実させ、やがて社の強みとなっていきました。会社のカルチャーとしては、創業当時よりベンチャーマインドがあり、それがいまに引き継がれていると感じます。

多くの企業は、売上を伸ばし続けることを目指し、事業は手広く展開した方が良いという考え方を持っていて、結果的に雪だるまのように身体が膨らみ、自分が何者なのかわからなくなってしまうことがままあります。アートシンキングでは、そうした”他分”を剥ぎ取り、自分のユニークネスにフォーカスしていくのですが、寺田倉庫さんは前代表の中野善壽さんの時に、まさにそのような「初心」を行っていますね。さまざまな事業の見直しを図り、最終的にアートやワインなど文化的な事業にフォーカスし直した。この時に核として残した事業がアートや文化に関するものだったというのがとても興味深いです。もともと寺田倉庫の核には、「アート」の遺伝子があったのでしょうか?

柴田:寺田倉庫がアート作品の保管を始めたのは1975年からですが、もともとオーナーである寺田家がアートや建築、音楽などの文化に造詣が深く、その影響はいまも会社に残っていると感じます。また、アート=多様性と言ってしまうと語弊があるかもしれませんが、寺田倉庫には非常に多彩な従業員がいます。中には、今日の取材に同席している能條(雅由)さんのようなアーティストもいますし、建築やハードのデザインに携わっている方なども含め、さまざまな専門分野や立場の方が一緒にプロジェクトを進めていくということが、ある種当たり前になっているところがありますね。

若宮和男
アートはビジネスになりますか?

日本の大企業には、人材も品質も均質化された言わば”工場”的な組織運営をしているところが多く、トップの意向やあらかじめ用意されたマニュアル以外の意思決定を挟む余地がない状態です。寺田倉庫さんは、その対極にあるような多様な組織になっていて、アートシンキング的に言えば異質なものが混ざり合うことで面白いものが生まれる状態だと思いますが、その分組織のマネジメントは簡単ではないはずです。その辺りのチームマネジメントの話もぜひお伺いしてみたいです。

柴田:寺田倉庫には、ユニークな企業でチャレンジしたいと思っている人たちが集まっています。例えば、私のチームは特にアートや建築のプロジェクトに取り組んでいるので、アートに造詣が深い方や、クリエイティブな感性の方が多いと感じます。当社で運営している事業は不動産事業、保管事業など多岐に渡っていますので、部署ごとにカラーの違いはあります。ただ、一貫した寺田倉庫らしさというものがあり、月並みな言葉ですが、ポジティブなマインドを持ち、苦しい環境下でも楽しもうとするところが共通しているのかもしれません。

そういう「らしさ」を浸透させるのに苦労している企業もありますが、寺田倉庫さんではどのようにそれが培われているのでしょうか?

柴田:ひとつは、天王洲という拠り所があることが大きいのかなと。私たちは不動産業をしていることもあり、アートを通じてこの街の価値を高めようという意識を持っています。リアルな場に基づいた事業をしていると、ひとつの取り組みによって天王洲が変化していく様子を目の当たりにできるので、自分ごととして能動的にさまざまなチャレンジを続けることができました。また、中野善壽前代表、寺田航平現代表はそれぞれ発言の内容やアプローチこそ違うのですが、どちらも既成概念を覆すような新しいことをしたいというマインドを共通して持っていて、それが会社全体に影響を与えていると感じています。

寺田倉庫も参画した国内最大級の壁画イベント「TENNOZ ART FESTIVAL」。国内外7名のアーティストによる巨大な壁画が天王洲各所に描かれた。(c) Tennoz Art Festival 2019 Art Work by DIEGO
アートコンテンツを誘致・集積し、芸術文化の発信地としての天王洲を目指すべく開設されたアート複合施設「TERRADA ART COMPLEX」。日本の現代アートを牽引するギャラリーやレンタルアトリエ、美術大学のサテライトスペースなどが集まっている。

寺田倉庫さんは「文創企業」であることを謳っていますが、通常、費用対効果が見えづらく、回収にも時間がかかる文化というのは、ビジネスにおいては二の次三の次にされがちです。特に日本企業は数値化、言語化ができないよくわからないものを受容する弾力性が低く、ビジネスの現場にアートを持ち込むと言うと、それで来期の売上が上がるのかという議論になりがちです。もちろん寺田さんにおいても、アートの事業をサステナブルなものにしていくためには当然利益を上げていく必要があるはずですが、そのあたりについてはどう考えていますか?

柴田:例えば、ゼロから新しい事業を起こす時には、すぐには利益を期待できません。だからこそ、黒字化までの事業計画を事前に描くわけですが、私はアートを似たようなものと捉えていて、浸透するまでに時間がかかるものだと認識しています。一方でアート事業もビジネスとして運営していますので、中長期的には黒字化を目標にしていますが、短期的な成果も必要です。当社ではアートに関わる事業は、保管・不動産・イベントなど複数の事業部が担当しており、自部署だけでなく、他部署や会社全体へのベネフィットにも繋げるように意識しています。例えば、いま私が担当しているPIGMENT TOKYOを運営することで、天王洲はアートの街としてのイメージが強まりました。さらに、アート関連の展覧会やイベントが開催されることで訪れる人が増え、天王洲エリアの価値を高めてきました。また、アートの事業を行うことで少しでも市場が大きくなれば、結果的に美術品保管事業も成長すると考えています。

今回インタビューの場として使わせていただいた「PIGMENT TOKYO(ピグモン トーキョー)」は、「色とマチエールの表現」を追求するラボであると同時に、ワークショップ、ミュージアム、ショップを備えた複合クリエイティブ機関となっている。

若宮和男
アート思考はどうすれば定着しますか?

企業にアーティストを連れて行ってワークショップなどをすると、その場ではみんな触発されるのですが、数日も経つと元に戻ってしまうケースが多いんです。いくら一人の意識が変容しても、マネージャーや組織の価値観が変わらないとそうなってしまいがちなんですね。これまでお話を聞いていて、企業などにアーティストを連れて行くだけでなく、拠り所となる「場」をつくるという考え方が、アートシンキングを定着させていくためには必要なのかもしれないと感じました。

柴田:「企業にアートを」という文脈だと、アート作品をオフィスに飾る事例をよく耳にしますが、それだけで「アートシンキング」が企業に定着するのか? と疑問ではあります。私の場合、アーティストと一緒に毎日仕事をすることで、「アートシンキング」が養われました。これは本当に大変なんです(笑)。大変というのはおそらくお互いの立場に言えることなのですが。まず、ビジネスの側にいる私たちというのは、数字や効果、納期などを軸に事業計画や日々の業務を遂行します。アーティストは、自分が納得するまで時間をかけてものづくりと向き合うことを大切にしますが、途中経過を報告することが苦手であったり、ビジネス側のメンバーがスケジュールを再調整することもよくあります。その反面、我々だけでは出せないアウトプット、大胆なアイデアを提供してくれます。アートに関わる事業をより良いものにしていくためには、ビジネス側、アーティスト側どちらの考え方も必要で、お互いが理解し合い、「共創」することが大切だと思っています。

寺田倉庫のグループ会社・TERRADA ART ASSISTでは、作品の保管、国内外への輸送、展示・梱包、修復をはじめ、アートにまつわるトータルサービスを提供している。

ビジネス側の人たちはロジカルに物事を積み重ね、線形に事業を組み立てていくんですよね。一方のアーティスト側にそういう考えがまったくないとは言いませんが、急に発想のジャンプをすることがあって、それがビジネスの側からすると不安に感じることもある。そもそもアートシンキングというのは、そうした異質なものに触れて触発されることを大切にしているのですが、なかなか混じり合えないところがあるのも事実です。

能條:(同席していたPIGMENT TOKYO店長兼アーティスト) アーティストとビジネスパーソンの言語が大きく違うというのはよくわかります。例えば、新しい事業を立ち上げる場合、企業側は投資対効果を考えるわけですが、一方のアーティストはこうあるべきだという理念や思想から入ります。思考の回路が大きく違う両者は、マヨネーズにおける油と酢のような関係で、放っておいたら分離してしまうからこそ、卵黄のような間を繋ぐ役割が必要なのだと思います。アーティストは本来、作品制作に注力しないといけない立場ですが、寺田倉庫の事業に関わり、ブランディングやマーケティングなどについて長期的なスパンで考える経験が作家活動にも活かされることがあるし、両者の往来によって深まっていく部分があると感じています。

柴田:まさに能條さんが話したような、ビジネス側とアート側を橋渡しするような役割の人間を社内に増やしていくことが大切だと思っています。最近は、アーティストの間にもギャラリーに頼るだけでなく、自ら発信する動きも広がっています。その中で、ビジネスの現場でマーケティングやマーチャンダイジング、経営などの考え方を身につけることがアーティスト活動においてプラスに働いていると感じます。アーティストの中には、活動資金を得るために、本業とは異なるジャンルのアルバイトをしている人も多いと聞きますが、寺田倉庫で働くアーティストたちはクリエイティブに関わる仕事ができています。アーティスト同士が刺激を与え合い、切磋琢磨することによって、個々の作家活動に良いフィードバックがもたらされるケースもあるようです。

若宮和男
一緒にアート思考を広めませんか?

今日お話を伺う中で、企業にアート思考をインストールするためには、アーティストとビジネスパーソンが協働するプロセスを持つということがベストなのではないかと感じました。そして、おそらくこれは、これから僕がアートシンキングを広げていきたいと考えている教育や地域活性化にも応用できそうなアプローチだなと。

柴田:そうですね。地方自治体や企業などにアーティストが一定期間入るというのも面白いと思います。仮にそのアーティストが個展などをすれば、その地域に人が足を運ぶきっかけにもなるかもしれません。

寺田倉庫さんには、すでにアーティストたちと協働するノウハウや実績があるので、これを活かしてさまざまな企業にアートをインストールするような事業ができたら面白そうですね。

柴田:たしかにそれは面白いですね! PIGMENTや建築倉庫などの施設の運営を通して、アーティストや建築家のネットワークができているので、今後はそうしたソフトを活用した事業も考えていきたいです。

今回の取材に同席してくれた能條雅由さんがロンドンのJD Malat Galleryで行った展覧会の様子。

アートシンキングに興味を持っている企業に、半年や1年くらいのスパンでアーティストを受け入れてもらい、ひとつのプロジェクトを一緒に育てながら、企業の組織改善などにもつなげられるような取り組みを一緒にできる気がします。その企業やプロジェクトにフィットするアーティストを派遣し、協働のノウハウやプロセスも提案しますと言えば、興味を示す企業の人事や組織開発の担当者が結構いるのではないでしょうか。

柴田:そうですね。企業がアーティストを受け入れるためにはある程度のノウハウが、一方でアーティスト側にも企業と協働する際のアドバイスが必要です。いま、私たちはアーティストが講師を務める企業向けのワークショップも行っているのですが、企業にアートを通じた新しいアプローチが提供でき、アーティストには活動の場を増やすことにもつながっているかと思います。

ポイントは、アーティスト側に面白いアイデアを出してもらうことではなく、協働を通してお互いが学びを得ることだと思います。ここ最近、アートシンキングへの注目度は急速に高まっていますが、流行に乗ってお金儲けをしようと考える人たちが増えていることも事実です。僕が危惧しているのは、アート思考が消費されるだけ消費され、結局アートやアーティストの側に何も残らなかったという状況になってしまうことです。大事なのは、アートの価値をもっと見える化し、活かせる社会にすること、そしてその価値に対して然るべくお金がアートの側にも回る仕組みをつくることではないでしょうか。そのためにも、寺田倉庫さんが培ってきたネットワークやノウハウを最大限活用して、アートとビジネスをつなぐ良い事例をつくっていけるといいなと。

柴田:まずはどんな企画ができそうか、一度アイデアまとめてみましょうか?

ぜひ! 近いうちにまた改めて打ち合わせの場をセッティングしましょう。今日はありがとうございました。


インタビューを終えて

前代表の中野善壽さんがとてもアートシンキングな経営者で、寺田倉庫さんにはずっと興味を持っていたのですが、今回お話をお伺いして、創業家も含め、そもそもアートや文化への造詣が深く、これらを「商品」としてだけではなく、長期的な視点で育てていこうとしていることがわかりました。そして、そういったしなやかなチャレンジ精神が組織に根付いているのには、アーティストや建築家など少し「異質な」人たちが一緒に働くことで「触発」が生まれ続け、良い「余白」ができているからなのかなと感じました。そんな機会を日本にもっと増やしていく取り組みを、柴田さんと一緒にやりたいですね。