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アート思考キュレーター・若宮和男さんが聞きたい、「日本社会の変化を促す、アートシンキングの可能性」

アート思考キュレーター・若宮和男さんが、
「日本社会の変化を促す、アートシンキングの可能性」について聞きたい理由

建築士、アート研究者、大企業の新規事業担当、起業家といった独自のキャリアを築き、実地で学んできた経験をもとに書かれた著書『ハウ・トゥ アート・シンキング』を2019年に刊行し、現在は主にビジネスの現場にアート思考を導入する取り組みを精力的に行っている若宮和男さん。「自分」を起点に、他者との「ちがい」を生み出すことに重きを置くこの思考法を、企業の研修や新規事業開発などビジネスのシーンにととまらず、多様な課題を抱える教育や地域の現場にも広げていくことを目指す若宮さんが、企業や自治体、教育機関などの現場で新たな価値を生み出そうと奮闘しているプレイヤーたちへのインタビューを通して、さまざまなコラボレーションの可能性を探っていきます。

まずは、これまでの若宮さんのキャリアについて聞かせてください。

若宮:僕は青森の田舎で育ったのですが、高校生の頃に裏原宿系のファッションに興味を持ち、それをきっかけにストリートカルチャーや音楽などに傾倒し、DJなどもするようになりました。親が地元で住宅メーカーをしていたこともあり、大学は建築学科に進み、そのまま研究室の先生の紹介で東京の設計事務所に入りました。ただ、当時はバブルも崩壊した後で、施主との打ち合わせで「とにかくお金がかからなければいい」と言われるようなこともあり、建築は自由度がなくて面白くないと思ってしまったんです。それで一度仕事を辞め、もともと興味があったアートの研究を大学で4年ほどした後、NTTドコモに入ることにしました。

だいぶ大きな方向転換ですね。

若宮:研究者になることも考えたのですが、人文系の研究者は食べていくことが特に大変だったんです。当時の僕はまだ若く、浅はかだったので、前の2つの仕事はお金がないがために自由度が低かったと思い込んでいて、次はお金がたくさんあるところに行こうと思い、モバイルITに可能性を感じたこともあって、当時日本の企業で最もキャッシュフローが潤沢だったドコモに入りました(笑)。そこで新規事業を立ち上げておよそ8年間勤めた後、DeNAに転職し、ここでも新規事業をしていました。

一貫して企業の新規事業開発の仕事に携わってきたのですね。

若宮:はい。僕は、事務処理やスケジュール管理などルーティンワークをこなす能力が凄く低く、常に昨日とは違うことをやっていたいタイプなんです。とはいえ、本質的にはゼロから何かを生み出すような人間でもなく、すでにある要素を組み合わせたり、まだ知られていないものを世に広めていくようなところに自分の行動原理があって、それこそDJに近い感覚と言えるかもしれません。DeNAの後は自らITのスタートアップを創業したのですが、女性の感性を活かしたサービスを形にしたり、事業アイデアを持つ女性起業家の輩出をしているので、裏方に近い役割だと思っています。

カンバセーションズでのインタビューのテーマにもなる「アートシンキング」とは、どのように出合ったのですか?

若宮:ビジネスの世界で色々試行錯誤していく中で、ゼロから何かを生み出すビジネスというのは、自分がかつて研究したアートと親近性があるのではないかと考えるようになったんです。ちょうど、消費のあり方やものの価値などが大きく変わる中で、ビジネスの世界でも他者とのちがいや創造性が重視されるようになりつつあり、その頃からアートの重要性が世界中で同時多発的に語られ始めた気がします。

アートシンキングというのは、デザインシンキングやロジカルシンキングのようなビジネスにおける思考法として生まれたものなんですか?

若宮:アートシンキングというのは、まだデザインシンキングやロジカルシンキングのようにメソッドが確立されているものではないんですね。また、僕自身は新規アイデアが生む単なるツールではなく、日々のマインドセットに影響を与えるものだと考えてもらう方が良いと思っています。新規事業の仕事に長く携わる中で、ゼロから何かを生み出していくプロジェクトにこそ個人の熱量が大切だと感じるようになったのですが、デザインシンキングやロジカルシンキングというのは、基本的には誰かの課題を解決するための手法で、外発的なんですね。一方のアートシンキングは「自分起点」であることを大切にする言わば内発的な思考法で、例えば、その企業にしかできない事業とはどんな価値を提供することかというところまで立ち返り、本当にやりたいことを見つめ直していくような部分に、アートシンキングの本質があるんです。

若宮さんは先日、『ハウ・トゥ アート・シンキング』という書籍を出されましたが、アートシンキングにまつわるその他の取り組みには、どんなものがあるのですか?

若宮:企業の研修や商品企画のワークショップにアーティストを巻き込んだり、実際にその場でパフォーマンスをしてもらったりしてきました。以前から僕は企業から頼まれて、新規事業関連のワークショップをすることが多かったのですが、初めてそこに演劇家の友人を連れて行った時に、マーケティング的な発想とはまったく異なる、個の体感に基づいた意見やアイデアがたくさん出てきたんですね。これまでの経験上、起業家というのは、前例がなく成功するかわからないような事業でも、自分がやりたいからやるんだという思いを強く持っていることがほとんどで、そのロジックでは割り切れない部分がアートや演劇のクリエーションに近いと感じていました。一方で、企業の新規事業担当者は頭ばかり使って物事を考えてしまうところがあって、だからこそ体感や身体から物事を考えるようなアートシンキングのワークショップが有効なんです。

日本は欧米に比べてアートへの理解度が低く、文化として根付いていないと言われますが、アートシンキングを広げていく上でこれらは障壁にならないのですか?

若宮:日本はスマホアプリやソーシャルゲームにおいては、世界市場の1割以上を占める消費者である一方、アート市場に落としているお金は世界の1%にも満たない状況です。この状況はビジネスにも影響を与えていて、日本から生み出されているものには極めて短期的な消費にまつわるものが多く、それこそアートのように10年後、100年後に残っていくような文化的価値を持ったものはほとんど生み出せていないと思うんですね。文化というのは、その中に非効率的なものを内包していることが大切だと思っているのですが、いまの社会はそれらをどんどん切り捨て、目先の利益や効率化にばかり向かっていて、非常に危険な状況だと言えます。ビタミンや特定の栄養素を摂らないと、仮にすぐには困らないにしても、長期的に見れば病気になってしまうのと同じように、いまの日本の企業や社会には、アートが不足しているんです。今後人口が減っていく日本は、大きくなる成長ではなく、成熟に向かうべきですし、アートなど自分とゆっくり向き合うような文化を浸透させて、健全な体に体質改善するようなことが大切だと思っています。

アートシンキングを取り入れたワークショップの様子。

カンバセーションズのインタビューでは、どんな人たちに話を聞いていきたいと考えていますか?

若宮:基本的にアートシンキングは、座学だけで学ぶようなものではなく、何かに触発されたり、言葉にできないけど心に残るような体験をしてもらうことが大切です。だから、今後はなかなかアートに触れることのない企業の中にアートを持ち込んで、そこでパフォーマンスも含め体験の機会をつくることでビジネスパーソンがこれまでと違った角度から気づきを得ることができ、アーティスト側にも対価が支払われるような循環の仕組みをつくっていきたいと考えています。そのために、まずはすでにビジネスの分野でアートと良い循環を生み出している人たちにお話を聞いてみたいと思っています。逆に、アートシンキングがお金儲けの手段として使われ、アート側の人たちが消費されるだけで終わってしまうというのが最も避けたいことなので、アーティストやアート関連のメディアなどに関わる人たちにも、アートとビジネスや社会の関わり方について伺ってみたいですね。

関心のあるテーマとして、教育や地域創生も挙げてくれていますね。

若宮:いま、日本の地方都市はどこも似たような顔つきになっていますが、これからはユニークバリューを出していかなければ生き残りが難しくなるはずです。日本という国は、規模という観点からは今後右肩下がりになっていくことがほぼ間違いなく、都心部よりも先にそうした状況に直面するのが地方都市のはずで、だからこそこれからは地方都市が面白くなると思っているんです。新しいまちのあり方や、その地域らしい価値を探求していくためのひとつの武器として、アートシンキングにできることがあると考えています。教育に関しても、根っこにある問題意識は同じで、これからの日本を支えていく次世代の人材の育成において、正解がなく、個の価値を生かすアートシンキングが重要だと思っています。

デンマーク教育にも興味をお持ちのようですね。

若宮:教育に関心を持って色々調べ始めると、デンマーク教育の話が色々なところから出てくるんです。デンマークには、高校卒業後、進学も就職もせずに今後の自分の進路について考える人たちが多く、さまざまな年代の人と自分がやりたいことに向き合うフォルケホイスコーレという国民学校まであるんですね。試験も成績もない全寮制の学校で、17歳以上であれば国籍問わず誰でも入ることができ、一度社会に出た人なども通っています。このような学校を日本にもつくれば良いという話ではないのですが、子どもだけではなく、社会人になった後も、自分が本当は何がしたいのかということをゆっくり考え直す時間はあった方が良いと思うし、アートシンキングとも共通点がありそうなデンマークの教育から学べることは多いのではないかと思っています。

カンバセーションズでのインタビューを通して、どんなことを実現したいですか?

若宮:企業でアートシンキングのワークショップをすると、その場では価値観が自由になるものの、ビジネスの現場に戻るとマネージャーの頭が変わっていないから、結局何もできず、むしろ苦しくなるということがあるんですね。教育にしても、子どもだけが自由な発想になればいいのではなく、実は親の価値観がアップデートされないといけなかったり、複雑な構造がある中で、どこから解きほぐしていけばいいのかという問題は、おそらく教育や地域の現場においてもあると思うんです。だからこそ、何かを変えたいと思いながら、なかなか踏み出せないでいる現場の人たちの困りごとや問題意識を丁寧に聞きながら、アートシンキングを通して、企業や行政、教育機関とアーティスト側が共にポジティブなフィードバックが得られるサステナブルな仕組みをつくっていきたいと考えています。こうした取り組みはすぐに成果が出るものではなく、体質改善のように時間がかかるものだと思うので、取り組みを一緒に進めていける仲間を、カンバセーションズとの取り組みを通して見つけていけるといいなと思っています。