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「問い」をカタチにするインタビューメディア

発想とカタチ

NOSIGNER代表・太刀川英輔さんが聞きたい、「進化思考を広め、創造性を発揮する人を増やすには?」

NOSIGNER代表・太刀川英輔さんが、
海士の風代表・阿部裕志さんに聞く、
「『ないものはない』島から、世界の創造性を高めるには?」

生物の進化のように「変異」と「適応」の2つのプロセスを往復することで、本来だれの中にもある創造性を発揮する思考法「進化思考」を体系化した太刀川英輔さん。この進化思考のすべてが詰まった書籍『進化思考―生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」』が、4月21日に刊行されることになりました。今回太刀川さんがインタビューをするのは、この書籍のリリースとともに人口わずか2000人程度の離島・海士町に初の出版社「海士の風」を立ち上げる阿部裕志さん。「ないものはない」を掲げるこの辺境の島において、これまでもさまざまな大企業を誘致し、研修などを行ってきた阿部さんに、進化思考を通じて人々の創造性を高めることを自らの「問い」に掲げる太刀川さんが、さまざまな質問を投げかけます。

太刀川英輔
なぜ出版社をつくったのですか?

『進化思考』の書籍の制作はいつものクライアントワークとは異なり、自分の中にあるものを出していく作業でした。ある種自分の命を削って書くという行為に、ここまで寄り添ってくれたべっく(阿部さん)たちには感謝しかありません。今日はそんなべっくに色々聞きたいのですが、まずは海士町に移住し、どんなことをしてきたのかというところから改めて聞かせてください。

阿部:僕は13年前に海士町に移住しましたが、その前はトヨタ自動車で働いていました。トヨタで最後に取り組んだ仕事は、当時「革新ライン」と呼んでいた世界一速い無人の生産ラインをつくるというものでした。そこにはロボットやセンサーなどさまざまなテクノロジーを入れていくわけですが、それによって逆に人間の優秀さを思い知らされたところがありました。また、トヨタのような世界一を目指す企業には、下請けの会社や関連メーカーなどがたくさん関わってくださっているのですが、そうした企業に務める年配の方たちよりも、若く経験も少ない自分の方が良い待遇で働いていることにも違和感があったんです。勝ち組、負け組といった社会構造に対してですね。そんな折、持続可能な社会モデルを目指そうとしている海士町という面白い島があるということを聞いて遊びに行ったことが移住のきっかけになりました。「人間回帰」「自然回帰」をキーワードにした社会や学びの小さなモデルをこの島でつくり、それをリアリティを持って広げていきたいという思いで13年活動を続け、現在に至っています。

そんなべっくが出版社をつくろうと思ったのはなぜですか?

阿部:以前に英輔とも一緒になった「コクリ!海士」というプロジェクトが開催された時、たまたま英治出版の原田英治さんと同じグループになったんですね。そして、3日目のワークショップの最後に、実現したい未来について90秒で話し合うということをしたのですが、そこで出版社のアイデアが生まれました。僕は人間や自然に回帰する学びの場をつくりたいという思いがあったのですが、一方で原田さんは地方にサテライトオフィスをつくりたいと考えていました。それなら一緒に出版社をやれば、学びの場の教科書になるし、英治出版のサテライトオフィスが海士町にできるようなものだから、ぜひ一緒にやろうと盛り上がったんです。海士町には、「ないものはない」というフレーズがあるのですが、海士町の「海士」に、存在の「存」をかけ合わせて「海士存ジャパンだ!」みたいな話まで出て(笑)。それは冗談にしても、人間や自然に回帰するモデルを発信していくための武器として出版社をつくりたいという動機が自分にはありました。

海士の風では、「温かい関係性を深めていく」ことを掲げていますよね。

阿部:はい。「人間ほど弱い動物はいない」という話を、哲学者の内山節さんから聞いたことがあるんです。走るのは遅いし、力も弱く、すぐにお腹を壊す人間という動物は、他の動物に比べて圧倒的に生存力が弱い。それでもここまで生き延びてこられた理由は、人間の本質である「関係性」にあると彼は言うんですね。力が弱くて足も遅い人間は、牛や馬と関係をつくることで、田んぼを耕したり、速く移動することを可能にしてきた。これはまさに進化思考に通じる考え方ですが、人間から関係性を抜いたら人間ではなくなると内山さんは仰っています。一方で、人間には創造性という本質もあると僕は思っていて、AIなどが発展していくこれからの時代にますます求められるであろう関係性と創造性のふたつを、出版というツールで伝えていきたいと思っているんです。

太刀川英輔
どうすれば温かい関係性を深められますか?  

僕自身、デザインを入り口に創造性を探求していった結果、関係性が生まれる現象としての生物の進化に行き着き、創造と関係、つまり「変異」と「適応」を行き来する「進化思考」が生まれました。マーチン・ルーサー・キングも愛と力の両方が大切だと言っているように、関係づくり(=愛)と新たな挑戦(=力)は不可分なものだと思います。

阿部:例えば、僕が英輔に「仲良くなろうぜ」と言うだけではさほど仲良くなれず、両者の間に本という具体的なものがあるから関係性が深まっていくというのがありますよね。ここにひとつの本質がある気がしていて、関係性というのは、人間が創造性を発揮しようとする中で育まれていくのだと思います。関係性だけを目的にしても関係性は深まらないし、創造的なものも生まれない。逆に関係性を拒んでしまったら、人間の本質的な価値が失われていくのではないかと最近は考えています。

その点、べっくはまさに関係づくりの達人だと感じています。「よそ者」として入った海士町で地域に根付いた関係性をつくり、いまでは希望のような存在になっていますし、「温かい関係性」をつくるということに常に意識が向いていますよね。

阿部:最近、出版事業を始めることが自分の人生にどんな意味をもたらしてくれるのかということをよく考えるのですが、おそらくそれはふたつあって、ひとつは言葉の力や美しさを知るということだと思っています。僕は本を買うことは好きなのですが読むのは凄く苦手で、2、3ページ読むと眠くなってしまい、頭に入ってこないんです(笑)。でも、出版の仕事を始めてからは言葉に宿る力や、言葉がつくる世界というものを意識するようになり、最近では自分の言葉使いすら変わりつつあります。そしてもうひとつ、出版の仕事は僕に、聞くことの大切さを学び直す機会を与えてくれていると感じています。これまで僕は海士町のことをPRしたり、自然や人間に回帰した社会モデルをつくること、あるいは田舎でも面白い仕事がつくれることなどを発信し、こちら側を向いてもらうように努めてきましたが、出版の仕事はその逆で、自分は著者から語られる言葉を聞く立場にあるんですよね。こうした仕事を通して、聞くことの大切さを学び直しなさいと言われているような気がするんです。

2017年に行われたコクリ!海士プロジェクトより。

関係づくりの達人だと感じるのは、聞くことが上手だからなのかもしれない。

阿部:まだまだ課題だらけですよ。本をつくるにあたって、編集者の岩佐文夫さんにご指導頂いているのですが、大切なことは「わがまま」と「思いやり」だと言われています。「わがまま」というのは自分の信念やこだわりの部分で、これが大切なことは言わずもがなですが、同時にそれを届ける読者への「思いやり」も大切で、その両方を高めていけるのが良い本づくりだと。伝えることには「わがまま」な部分があり、逆に聞くことは相手への「思いやり」が求められるわけですが、僕はまだ本当の意味の「思いやり」は持てていないと感じるし、だからこそ出版事業を通じて、もっと思いやりが持てる人間になりたいと考えています。

太刀川英輔
田舎から生み出せる価値はありますか?  

すでにべっくはじゅうぶん思いやりが持てているような気がしますが、さらにその先があるということなんですね。

阿部:海士町で暮らしていると、朝すれ違いざまに小中学生が挨拶をしてくれたり、商店のおばちゃんが疲れていないかと気遣ってくれたりするし、おすそ分けの文化も根付いているんですよね。僕は海士町で日々そういうものを学ばせてもらっていますが、こうしたお互いが思いやれている状況の中で生きていくことの安心感・安定感が世の中から失われてほしくないと思うんです。スマートシティなどで街が便利になっていくのは良いのですが、僕が気になるのはそこで人は挨拶をしているのか、おすそ分けをしているのかということ。僕が最初に「進化思考」を好きになったのも、誰かが一人勝ちするのではなく、常に周囲とのつながりを意識する「生態」の考え方に共感したからでした。海士町は小さな島だから、誰がどんな思いで仕事をしているのかということから、人間の営みが自然に与える影響まで、さまざまなものの関係が分断されずに見えているんですよね。

なるべく近くにあるものに頼り、共生や循環を大事にすることでさまざまな負荷を減らし、不条理な状況から回避するというパーマカルチャー的な考え方がありますが、海士町はまさにそれを体現しているんでしょうね。

阿部:小さな田舎だからこそ生まれる助け合いの関係には、優しさや温かさがある一方で、近すぎることによる煩わしさもあるんですよね。それが戦後、都市に人口が集まった理由のひとつだと思っていて、のびのび自由に自分の可能性を試すために都会に出た人たちがたくさんいた。田舎には変えたくないもの、守るべきものが多いから新しいことがしにくいというのは事実だし、出版ビジネスを例に取ってみても、マーケットの小ささや情報の少なさなど不利な面も少なくない。そうした中で新しい価値をつくりながら、同時に思いやりの関係が育まれている「田舎2.0」のような状態をつくっていきたいと考えています。

かつて田舎から出ていった人たちが求めていた都市の機能を、いまはSNSのようなプラットフォームが補っているところがありますよね。特にこのコロナ禍において、リアルな場所としての都市の価値が問われているし、逆に海士町のような場所だからこそ発揮できる創造性もあるかもしれません。

阿部:そうですね。ブータンのGNH(国民総幸福量)ではないですが、「ないものはない」を掲げる海士町は、ひとつの価値軸を立てやすいところがあるし、実際にこの20年くらいの間に、新しい情報を持ち、感度が高い人たちが島に来てくれるようになりました。今後こうした状況を加速させていけるか否かのポイントは、先に出た「愛」と「力」のバランスにあると思います。田舎に集まる人には人間や自然に対する愛が強い傾向があると思いますが、人口減少によって顕在化しているさまざまな課題を解決するためには「愛」だけではなく、「力」も必要です。田舎的な人間力だけではなく、ロジカルに課題を解決していくような力、つまり都会的な仕事力を持つ人たちがここで暮らしたいと感じられるのか、力を発揮したいフィールドだと思えるのか。そういう人たちを受け入れる器や度量がその地域にあるのかということが大切になってくると思っています。

海士町で行われたヴィジョンづくりワークショップの様子。
海士町で行われた地元学フィールドワークの様子。

太刀川英輔
どんな島の未来を描いていますか?  

僕が「進化思考」の本を海士町から出したいと思ったのは、辺境の島から世界を変えるような優れた創造性が生まれ、未来を少しでもマシな方向に進めていくような景色を見たかったからです。さまざまな社会課題を抱える辺境には、社会を変える新しい実験ができるサンドボックス的な要素があると思っています。多くの人が忘れてしまった人と人、人と自然のつながりや関係性を意識しながらイノベーションを起こしていける場として、海士町が選ばられるような未来を想像しているんです。

阿部:当たり前のように温かい関係性が育まれているこの島を拠点にするからこそできる事業開発や、未来をつくるための社会実験が行われていくと良いですよね。この島の人たちは、特に何かを変えようとしているわけではないですが、「ないものはない」ことを受け入れているからこそ、なければ自分たちでつくればいいと考えているんですね。「必要は発明の母」という言葉がある通り、この島の人たちは本当にクリエイティブだと感じますし、そうした島がクリエイティビティの聖地として、世界の役に立てるといいなと思っています。

海士町で毎年8月の終わり頃に開催される「キンニャモニャ祭り」。写真提供:海士町

例えば、アフリカやアジアなどの途上国では、街の人たちが普通にEVバイクに乗っていたり、固定電話やPCは持たず、スマートフォンだけを通信手段にしていたりするんですよね。現地の人たちからすると、単にインフラがそれしかないという話だったりするわけですが、辺境だからこそ革新的な状況が起こるということもありますよね。

阿部:辺境には一足飛びに物事が進んでいくところがありますよね。僕はもともと金属の研究をしていたのですが、これまでと異なって細かい新しい結晶粒は異なるもの同士の境界から生まれるんですよね。境界や辺境というのはひずみやシワが溜まりやすい場所でストレスがかかりやすいからこそ、その反動で新しいものが生まれやすい。適度なひずみと温度、適切な時間という要素が揃った時にこそ変化は起こるし、僕が研究していた「動的再結晶」のような状況をこの辺境の島につくっていきたいんです。

海士町はこれからも色々な変化の舞台になっていくのだろうという期待感を持っていますし、創造性の教科書とも言える『進化思考』が生まれたこの島が、後に世界を変えるイノベーションの実証実験が行われた最初の場所になったというストーリーなんかが生まれたら素敵だなと思っています。最後の質問ですが、海士町から世界の創造性がアップデートされる未来が本当に訪れた時、この島はどんな状況になっていると思いますか?

阿部:50年先の日本と、50年前の日本の姿が共存しているようなイメージですかね。いまこの島にある文化や風景をこれからも守ろうとした時に、これまで通りのやり方では難しいと思うんですね。例えば、人口が減っていく中で田んぼを残そうとするなら、これからはAIを導入した効率的な米づくりが求められるかもしれない。ただ、美しい棚田の風景を残すためには、昔から引き継がれてきた農法を守ることも必要です。僕らが人間として失いたくないものや大切にされ続けてきたものをこれからも残すために新しいものが取り入れられているような状況を、進んで受け入れている人たちが暮らしている島になっているといいですね。


インタビューを終えて

『進化思考』の本の最後に、「人間中心からの卒業」ということを書いたのですが、「海士の風」が生まれた海士町が、海や山の生態系と人間が共存するビオトープのような島として、物言わぬ者たちの声が聞こえる場所、自然との繋がり直しの舞台になると良いなと感じました。べっくも最後に話していたように、単に古き良きものが残っているだけではなく、私たちが忘れてしまった自然とのつながりをもう一度思い出すことがとても大切だと思うし、海士町がそんな場所になったらと良いなと。
将来、自然の生態系と人間の関係を良くするようなイノベーションが海士町から生まれ、その根っこには創造性をアップデートする教科書としての「進化思考」があり、その本を出版した「海士の風」があったというストーリーが世界に伝わっていったら最高ですね。