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「問い」をカタチにするインタビューメディア

発想とカタチ

NOSIGNER代表・太刀川英輔さんが聞きたい、「進化思考を広め、創造性を発揮する人を増やすには?」

NOSIGNER代表・太刀川英輔さんが、
日本アイ・ビー・エム・鈴木 至さんに聞く、
「愛のあるAIのつくりかた」

生物の進化のプロセスから着想を得て、社会を変えるイノベーションを生み出すための発想法「進化思考」を提唱しているデザインファーム・NOSIGNER代表の太刀川英輔さん。この「進化思考」を世界に広げていくためのヒントを探るインタビューシリーズの第2弾として今回太刀川さんがインタビューするのは、IBMが独自に開発した人工知能「ワトソン」の日本における事業を推進している鈴木 至さんです。「進化思考」という知の構造をアルゴリズム化することで「愛のあるAI」をつくれないか? という壮大な問いを、日本でも指折りの人工知能の識者である鈴木さんに投げかけました。

太刀川英輔
人工知能の進化のカギは何ですか?

すでにAIは、さまざまな問いに対してかなりの精度で正しい答えを出せる技術になっていますが、知の構造というものを考えると、正解を効率的に導き出すHowの部分だけではなく、なぜその正解が必要なのかというWhyの設定も大切になると思うんですね。良い問いを自律的に設定できるようになることが、これからのAIを考える上でひとつのカギになると思っているのですが、WhyとHow、進化思考的に言うと「関係」と「変異」を行き来する知の構造をアルゴリズム化していくことがブレイクスルーになり得るのではないかと考え、至さんにご相談したのがいまから1年ほど前のことでしたよね。

鈴木:そうでしたね。相談を受けた頃はちょうど、これからのAIを評価していく上で、ディープラーニングの性能以上に、人間の思考プロセスへの理解というものが必要になると考えていた時期でした。そんな折に太刀川さんから進化思考の話を聞き、乗り物についての進化系統樹などを紹介してもらい、進化の背景には人間の移動への欲求や願いがあるということが見えてきました。その時に、人々が歴史の中でどのように物事を考え、その結果何が生まれたのかということをデータ化してAIに学習させることが必要なのだという思いを強くしたことを覚えています。

例えば、モノクロ写真に正確に色をつけ続けられるAIがあったとしても、現時点では、そもそもなぜ色をつけ続けるのかということまでは理解できないと思うんですね。もし仮に、写真に色をつけるという行為の背景に、死んだおばあちゃんを思い出したいという人間の願いがあるということまでAIが理解できたら、カラー写真より映像の方が良いんじゃないかという提案をするかもしれない。そういう愛のあるAIが見たいと思っているんです。

鈴木:例えば、チャットボットのアルゴリズムを考える時というのは、自分たちが持っているコンテンツ、つまり「A」を整理するだけではあまり上手くいかないんですね。むしろ、どんな質問が来るのかという「Q」の部分をいかに整理できるかが肝で、それはつまりいかに本当に困っている人の立場に立ち、その願いを探していけるかということなんですよね。

進化思考では、空間軸・時間軸それぞれから周辺の「関係」について考えるワークを通じて、個人の意識を越えて状況から自然発生してしまう「根源的な願い」を抽出しようとしているのですが、言い換えるとこれは相手や状況への共感だったり、自分の中に相手を想像する力でもあって、それこそが知の本質だと感じています。

鈴木:AIに比べると、人間の頭というのは非常に複雑なことをサラッとやってしまっているところがあるんですね。例えば、「スイカ」「縁側」「ソーダ水」というものを組み合わせて何かアイデアを出せと言われれば、人はそれが最適解になっているかは別として、何かしらの答えを出すことができます。一方で機械には、これらを組み合わせると言っても、何を拠り所に考えればいいかがわからない。例えば、一口に「スイカ」と言っても、八百屋に並んでいるスイカと、海辺で人が食べている時のスイカというものを全く別の存在として捉えてしまうんです。ただ、もし人々の願いというものを拠り所にすれば、おそらくそこにはそれほどのパターンはないはずなので、AIにも凄いアイデアを出すことができるようになるかもしれません。

太刀川英輔
どうすればAIは「願い」を抽出できますか?

「スイカ」「縁側」「ソーダ水」という言葉が並んでいたら、僕らは花火と浴衣も欲しいですよねという話ができます。これらのまったく異なるものたちの上位に、「夏らしい夏を過ごしたい」という願いがあるということを人間は理解できるからです。こうした上位にある願いをつかんでいけるアルゴリズムができると面白いですし、それがAIにとって愛を持つ瞬間になるのかなと。

鈴木:浴衣や花火、スイカというものが「夏らしい夏を過ごしたい」という願いと紐付いているということは、多くの人たちの夏に関する考えや声などのデータを一定量集めることによって、AIにも学習可能だと思います。

鈴木さんが、太刀川さんと登壇した「IBM ThinkSummit」で発表したスライドより。鈴木さんはこうした資料とともに各企業を訪問し、進化思考の概念やその可能性を伝え、AIによるデジタルトランスフォーメーションの実現を目指している。

集まってきたデータから、いかに状況に宿る根源的な願いを抽出していくかというのが肝になるわけですが、そこではカテゴライズをして名前をつけるというプロセスが必要で、それはコンセプトメイキングに近い作業なのかもしれません。

鈴木:仮にそうしたプロセスを経て上位の願いが抽出できると、今度は何かの拍子に「季節を快適に過ごす」という観点から、ダウンジャケットやホットコーヒーなどを「冬らしいもの」としてカテゴライズすることも可能になるかもしれません。また、夏の浴衣と冬のダウンがともに「過ごしやすい」という言葉と結びついていることがわかったら、「軽い」ということが「過ごしやすい」という願いにつながるという分析もできるかもしれない。

そうですね。先ほど、進化思考における「関係」のプロセスについて少しお話ししましたが、一方の「変異」は、「反転」「融合」「代入」など生物が進化の過程で行ってきた変異のパターンを応用し、短時間でたくさんのアイデアを出していくプロセスになります。例えば、「反転」のワークから「ダウン浴衣」というアイデアが出てきたとしたら、今度はそれがファッションのコンテクストや、技術的な観点からの実現可能性など周辺の「関係」、つまり社会の淘汰圧をくぐり抜けられるのかということを考えていきます。大半のアイデアはここでつぶされるわけですが、100に一つくらいは「関係」の網目をくぐり抜けること、つまり上位の願いをかなえることができるかもしれない。その点、無限にパターンを量産できるAIには強みがあると思います。そして大切なことは、関係と変異のキャッチボールを繰り返していくことで、それによってアイデアの精度が高まっていくんです。

鈴木:そのキャッチボールによって、願い自体が進化していくということもありそうですよね。昨年、異業種の中堅幹部候補生たちを集めたワークショップをしたのですが、その時に参加している各企業のヴィジョンを見ていったんです。そうすると、たとえメーカーだったとしてもヴィジョンの中には「◯◯をつくる」とか、「◯◯の領域における技術革新をリードする」といった具体的な表現はされておらず、「人々の暮らしを豊かにする」などより上位の願いがまとめられていることがわかりました。そうした上位の願いというものをAIが抽出していけるようになると、さまざまな応用の可能性が見えてくると思います。

太刀川英輔
AI開発にはどんなデータが必要ですか?

先ほどの話にもあったように、上位の願いを抽出できるAIのアルゴリズムをつくるためには、データを集めることが先決ですよね。その時に、進化思考のワークショップ参加者が、「変異」をさせる対象として何を選んだのかというデータなども活用できるかもしれません。

鈴木:そうですね。進化思考のワークショップで出てきた単語や文章をいかに整理していくのかということともに、データの取り方もポイントになると思います。同じワークショップをするにしても、見ず知らずの多様な人たちがアイデアを出し合う中で化学反応が起こるようなケース、あるいは同じ会社の社員など共通の認識を持つ者同士で自社の製品について考えていくケースなど、いくつかのパターンを設定できるとより良いデータが取れると思います。そうすることで、今後の進化思考に何が必要なのかということもより明確になるかもしれませんね。

.そうですね。進化思考は「関係」と「変異」それぞれに色々なワークがありますが、まずはその中の一部だけを切り出したアルゴリズムからつくってみるのがいいかもしれないですね。ジャストアイデアですが、例えば大学生が就職を考える上で、本人が見えていなかった周囲の生態系を考慮し、その人の願いにも紐つけた上でシナリオプランニングをして、就職斡旋をしてくれるようなAIなんかがつくれるかもしれない。先ほども話したように、ポイントは関係と変異を戦わせていくことで、それが最もやりやすいところから検証してみるのが良いのかなと。

鈴木:例えば、関係のプロセスにおいて、系統樹の部分は人間に任せて、生態系や解剖の部分をAIが担うといった棲み分けがあってもいいのかもしれないですね。そのようにして願いを抽出した上で、効果的な変異をぶつけていくということもできるといいですね。ただ、先ほども話したように、「食堂」と一口に言っても、風景や景観としてそれを見る時と、お腹がペコペコの時に見る時とでは紐づく願いも変わってくるので、データの扱い方に関しては、徹底した数値化の処理が必要になってくるかもしれません。

それもひとつのポイントになりそうですね。ちなみに、現時点ですでに何かしらの検証は始めているのですか?

鈴木:例えば、「モノがきれいに映り込むもの」というひとつの願いを軸に、ガラス細工、車のボディ、ピカピカのリンゴなどさまざまなものを集めてくるようなアルゴリズムができないか検証しています。それを実現させるために、その願いに関連するようなニュースや論文を機械に読ませるということをしています。この辺はいま話したデータの扱い方や整理の話になってくると思いますが、このアルゴリズムによって集まってくるモノ同士が遠い位置にあればあるほど意外性が生まれると思いますし、そこで出てきたワードを改めて関係性の4つの事象にマッピングして検証するというところまでできるアルゴリズムをつくれないかと考えているところです。

太刀川英輔
AIとデザイナーの共生は可能ですか?

僕は基本的に、AIは人間の力を拡張してくれるものだと考えているのですが、AIが自ら問いを設定するという知を獲得した時、デザイナーはいかにAIと共生していくのかという新たな問いが生まれると思っています。

鈴木:実は、ひとつのAIにできることは非常に限られていて、同時にたくさんのことはできないんですね。例えば、匠の技を再現できるAIがあったとして、僕がそのAIに教えを請うことになったと仮定します。その匠が人間であれば、「コイツにはここから教えないといけない」という判断をしたり、時には叱って奮起をさせたり、技術とは別のところで色々なアプローチを考えると思いますが、ひとつのAIにそこまではできません。もし同じことをAIを使ってやろうとすると、相手の感情を読み取れるAI、体調管理ができるAIといった具合にさまざまなAIを組み合わせていかなくてはいけない。AIというのは、人間の脳を再現するようにしてつくられるものではないので、用途に応じて、AIを道具のように組み合わせながら使っていくという感覚がデザイナーにも求められるのではないでしょうか。

うちの事務所には15人前後のスタッフがいますが、それぞれ異なる知性を持ち、得意分野も違うから、プロジェクトごとに参画するメンバーを変えています。それと同じように、全知全能のAIはないという前提のもと、いかに効果的にAIを活用していくのかということを考えていく必要があるんでしょうね。

鈴木:AIというのは学習させたことしか覚えられないので、これからは自分がやりたいことを実現するためにはどんなAIを育てるべきなのか、そのためにはどんなテキストや音声をデータにして学習させると良いのかを考えることも人間の重要な仕事になるのかもしれません。それともうひとつ、デザイナーとAIの共生ということに関して先ほどまでの流れに引き寄せてお話しすると、AIが抽出した「願い」が本当に強いものなのか、その願いをかなえることで人々は笑顔になるのかという判断を最終的にするのはAIではなく、デザイナーが担う部分になるのではないかと思います。

現在のAIはまだ人間の願いを理解できませんが、この状態のままAIが普及していく世界というのは、安全装置のない銃をみんなが持っている状態に近く、極めて危険だと思うんです。人間の願いを良い方向に向かわせるアシストをしてくれたり、人間とAIが同じ願いを持って共創できるようになって初めて、人間とAIの共生が実現すると思うし、その時には世界はより良くなっているはずです。その頃まで僕がデザイナーという仕事を続けられているかわかりませんが(笑)、少なくとも人間の創造性が失われることはないと思います。AIという存在が当たり前になった時に、僕らはさまざまな形で人間の可能性を拡張させるようなカウンターを生み出すはずで、正しさやロジック、最適解などとは異なるベクトルで、創造する楽しさを見出していくのではないでしょうか。

鈴木:AIと張り合うわけではないですが、人はこれまでとは異なるスタンスで色々なことを試したり、挑戦していくことになるのだと思います。例えば、AIによって色々な答えが簡単に導き出せるようになったら、人は答えのない問いというものを考えるようになるかもしれない。AIによって、好奇心など人間が本来持っている性質がよりあらわになっていくのだと思います。


インタビューを終えて

いつも至さんとの話は刺激的です。人の知の構造を探る僕と、AIの構造から知を考える至さん。トンネルを逆から掘っている感じ。
やっぱり進化思考と、新しいコンセプトのAIのアルゴリズムは相性がいいのだなと、今回の至さんとの対話を通して再確認できました。
進化思考の「関係」側に配慮がある、愛のあるAIのアルゴリズム。Artificial Empathyという言葉もありますが、この分野の発達が必要だと思っているのです。