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「問い」をカタチにするインタビューメディア

発想とカタチ

NOSIGNER代表・太刀川英輔さんが聞きたい、「進化思考を広め、創造性を発揮する人を増やすには?」

NOSIGNER代表・太刀川英輔さんが、
よこはま動物園ズーラシア園長・村田浩一さんに聞く、
「動物園を創造的な場所にする方法」

生物の進化のプロセスから創造性を学ぶことをテーマに掲げた発想法「進化思考」を提唱し、ワークショップなどを通じてその考え方やメソッドを発信しているデザインファーム・NOSIGNERの太刀川英輔さん。そんな太刀川さんが、「進化思考」を社会に広く浸透させ、創造性を発揮する人たちを増やしていくためにさまざまな分野の専門家たちにインタビューしている本連載に今回登場するのは、日本最大級の都市型動物園「よこはま動物園 ズーラシア」の園長を務める村田浩一さんです。「生物の進化から、事業と人の進化を学ぶ」ことをテーマに掲げたプログラム「進化の学校」をズーラシアで開催予定の太刀川さんが、動物園という場所が持つ可能性や、人間と生態系の関係などについて村田園長に聞きました。

太刀川英輔
動物園の役割は何ですか?   

生物の中で創造をするのは人間だけですが、一方で自然がつくり出すものは人間以上に創造的だと感じることがあります。また、世界を変えたイノベーターたちには共通する発想のパターンがあり、そこには生物の進化のプロセスに近いものが見出せるように感じていました。僕が提唱している「進化思考」は、生物の進化から創造を学ぶことをテーマに体系化したクリエイティブ教育のメソッドなのですが、生物や自然から創造性を学ぶということを考えた時に、都市生活者にとって最も身近な場所が動物園なんですね。日本最大級の生息環境展示をしているズーラシアは最高のキャンバスですし、この場所で多くの人たちと生態系やイノベーションについて考える機会をつくれないかという思いが、「進化の学校」を企画した背景にあります。今日は村田園長と一緒に、いかに動物園を僕らが創造的になれる場所にしていけるかという問いについて考えてみたいと思っています。

村田:動物園には、「種の保存」「教育」「調査・研究」「レクリエーション」という4つの役割があります。4つ目の「レクリエーション」というのは「休養」「娯楽」「慰安」などの意味がありますが、レクリエーションの本質的な価値は、文字通りRe-Creation、つまり「再創造」だと思うのです。動物園が単に可愛い動物を見て安らぎを得る場ではなく、そこでの体験をきっかけに自分の生活を見直したり、考えを再構成したり、新たなライフスタイルを創り出していくようなことにつながると良いと考えています。

進化思考のワークショップでは「遊び」の要素を取り入れることもあるのですが、たとえば動物の鳴き真似をして、どのくらい似ているかを判定してくれる装置が動物園にあったら、より深く動物を知りたくなるかもしれないなと思いました。「学ぶ」の語源は「まねぶ、真似る」ですし、動物を深く理解するきっかけとなる遊びを用意し、そこから「レクリエーション」するということもできそうです。

村田:それは面白いですね。動物の鳴き声を真似てみることで自分との違いや共通点を知るということは大切だと思います。動物については図鑑など写真を通して見る機会が多いかもしれませんが、生きた動物を間近に見て感じられることがたくさんあるはずです。私は動物園をきっかけに、動物たちのことを感じる→知る→学ぶ→守るというプロセスを促していきたいと考えています。動物を見て「可愛い」と感じてもらうところから始まり、動物の観察を通して知識を得て、さらに知的好奇心による探究で学習し、最終的には動物が暮らしている環境全体に目を向け、守るつまり保全するというところまでつなげられれば、動物園として役割を果たしたことになるのかなと。

動物と日々触れる動物園の仕事というのはとても特殊なものですよね。そうした環境で働いている職員の方々が感じられていることもたくさんあるのではないかと想像します。

村田:おっしゃる通り、毎日さまざまな動物と接する我々の仕事はとても特殊で、そこで得た情報や知見には計り知れない価値があります。私たちが動物園で日々感じていることを一般の人たちに伝えていきたいという思いはありますし、その時には太刀川さんのようにまったく異なる業界で活躍されている人たちの技術や情報、知見も非常に大切になると考えています。

太刀川英輔
動物の進化から何を学べますか?   

動物園をより創造的な場所にしていくためには、動物たちに共感したり、感情移入ができるきっかけをつくることが非常に重要なのだと感じます。

村田:そうですね。動物に共感ができない理由は、動物のことを知らないということに尽きると思います。野生動物がもっと身近な存在だった原始時代の人たちは、当然現代の人たちよりはるかに動物のことを知っていたはずですし、博物学の伝統があるヨーロッパでは、18世紀頃まで自然に関する知識があらゆる学問のベースになっていました。産業革命あたりを境に専門分化が起こり、博物学的な知を持つ万能科学者がいなくなっていったことで、動物園など専門的な職業についている人たち以外にとって、野生動物が身近な存在ではなくなっていったという歴史的背景があるのではないかと思います。

レオナルド・ダ・ヴィンチが芸術家であり、同時に解剖学者でもあったことに顕著なように、かつては学問と芸術などの創造的な分野は不可分なものでした。専門化というのは現在のデザインやアートの世界でも進んでいることなのですが、僕は専門分化していないクリエイティブがもっと増えるべきだと思っています。進化論的な観点から考えると、先鋭化しすぎてしまうと環境の変化に対応できなくなるという問題がありますよね。

村田:例えば、数千年前の奇蹄目の仲間は現在よりもはるかに種類が多かったと考えられています。奇蹄目の動物であるウマは草原を早く走ることで敵から逃げることができるわけですが、その能力を特化させ過ぎてしまったんですね。一方でウシやイノシシ、カバなど複数の指を持つ偶蹄目の動物はウマほど早く走れなかったからこそニッチな環境を求めて分散せざるを得ず、その場所で多様な進化を遂げました。ですから、地球規模の寒冷化など環境変化が起きた時に唯一草原という環境に適応していたウマの仲間の多くは絶滅し、偶蹄目の動物が大きく勢力を伸ばす機会を得たのです。このような進化の歴史を見ると、多様であるということが生存のための重要な要素であることがわかります。

ズーラシア園内の様子。

それは技術の歴史などにも通じる話だと思います。ジェネラルな技術があると水平転用ができる。織機から車へと事業を変化させたトヨタなどはそのわかりやすい例ですよね。もともと自動織機には動力があり、内燃機関を積んでいたから、それを自動車にも活用できると彼らは考えたわけですよね。進化する可能性をとどめる、変異する体質のようなものを準備運動的に備えておくということは、個人や組織においても大切なことなのだと思います。

村田:博物学ではないですが、色々なことに興味を持って知識を得ていくことで適応能力がつくということはありますよね。昨今の新型コロナウイルス感染症の拡大においても、専門的な仕事に特化しすぎていたことで変化に対応できなかった人は少なくないはずです。多様な知識や情報、技術を生かしてさまざまなものを創り出していけるような博物学的な知を持つ技術者が、突然の社会変化を迎えた時に求められるのではないかと思います。そういう意味でも、さまざまな動物に接することで、意識的であれ無意識的であれ、色々な環境や生き方を体験できる動物園は、都市の中にあってとても重要な存在と言えるのではないでしょうか。

太刀川さんがズーラシアとともに行う「進化の学校」は、年内に招待制のプログラムとしてスタートする予定だ。

太刀川英輔
どんなコラボレーションができますか?  

みなとみらいエリアが日本最大級の大企業のR&Dの集積地となりつつあり、綱島にはアップルの研究所もある横浜には、イノベーションを生み出す土壌が育まれています。「進化の学校」には、横浜の大企業やスタートアップ、あるいは僕らのようなクリエイターとズーラシアがコラボレーションすることで面白いことが起きるのではないかという期待もあります。これを機にズーラシアが、横浜の企業の変革を促したり、横浜市がサステナブルシティになるための実証実験の舞台やコミュニティハブになっていくと良いなと思っています。

村田:動物園を行政が単独で管理・運営していくことが難しい時代になりつつあるいま、行政と民間企業の共生は大きなテーマです。近年は多くの大企業も環境保全について考えていますし、それを社会に発信していくことは特に若い世代からの共感を得ることにもつながるはずですよね。例えば、企業が考える環境保全のあり方や具体的な取り組みを動物園の各所にアンテナショップのような形で展開することができると面白いと思っています。

ズーラシア園内の様子。

万博の企業パビリオンのような形で、各企業の環境に関する取り組みや研究の成果が動物園の中で見られたら面白いですし、例えば動物の声をテーマにした展示を生体認証技術に優れた企業が協賛するようなことがあっても良さそうです。かつての万博には技術を通して未来の豊かな暮らしを可視化するという役割が大きかったと思いますが、すでに物質的な豊かさを得ている僕らにとって重要になっているのは、人間以外との共生というテーマです。そうした未来の社会のあり方を示していく上で、動物園は絶好の場所ですよね。

村田:先ほど話に出たトヨタが未来都市をつくっているという話がありますが、それとは異なるアプローチでここに未来の都市をつくれないかという思いがあります。例えば、デジタル技術に長けた会社に、地球温暖化が進むことで現在の環境がどう変わってしまうのかということを体感できる場をつくってもらえば、来園者の方たちも動物展示を通して気候変動などの環境問題をリアルに想像することができるはずです。このような取り組みに参加することは企業としても、自分たちの環境保全に対する取り組みのあり方や伝え方を改めて考える良い機会になるかもしれません。

動物園と企業、来園者の間に良い接点をつくることで関係性は一気に深まるはずですし、「生態系を守る」というテーマに根ざしたコンテンツをみんなで一緒に考えていけるといいですね。

村田:そうですね。あと、動物園の中にリモートオフィスやグランピング施設、ツリーハウスなどもつくれたら面白いんじゃないかと思っているんです。人は1日90分くらい緑の中を歩くだけで精神が安定したり、疲れた心が回復するという医学研究報告があるほど、緑の力は大きいんです。緑の中に身を置くことでその力を感じたり、四季の移ろいを感じたり、創造力を得たりできるような多様で多目的な施設が動物園の中にあると良いなと思います。

生態系に優しい企業だけが使えるサテライトオフィスがあり、そこが交流の場にもなったら最高ですね。

ホンドギツネ 撮影:村田浩一
フランソワルトン 撮影:村田浩一

太刀川英輔
どうすれば生態系を守れますか?  

生態系の保護はSDGsの目標にも掲げられている深刻な課題ですが、ここまでの話にもあったように人間は自分たち以外の生物への理解、共感がでてきていないという現状があります。そろそろ人間中心の時代を終えなければ本当にマズいことになると感じています。

村田:生態系サービス」という考え方がありますが、いま生態系からの恩恵の9割以上を人間が受けていると考えられています。人間が生態系から搾取し続けてきた結果、地球の環境はすでに限界を超え、取り返しがつかないところまで来ています。そうした状況の中でこれから先も人間が生きていくためには、人間との関係だけではなく、生態系との関係をWIN-WINにしていかないといけない。そのために何ができるのかということをいま考えなければ、数世代先の人間が生きる環境は悲惨なものになるはずです。

動物園は人間と生態系の関係を意識できる場だと思いますし、動物に慈しみを持って触れることは、その先にある生態系について想像することでもあるはずです。例えば、オーストラリアの山火事で多くのコアラが死んだり、貨物船の座礁でモーリシャスの海洋生態系が大変な危機に陥っている状況に対して、おそらく日頃から動物に触れている村田さんたちは僕ら以上の痛みを感じているのではないでしょうか。

村田:そうですね。私は動物園に関わり始めてから40年ほどになりますが、もともと獣医師だったので、常に死が近くにありました。昨日まで一緒に遊んでいた動物の子どもが次の日には死んでしまうということもある中、なぜ死んでしまったのか、なぜ生かしてあげられなかったのかと常に悩んでいました。さらに、死んだ後には職業上死因解明のために解剖をしなければいけない。仲良くしていたチンパンジーを最初に解剖した時は、怖くてなかなかメスが入りませんでした。良くないことなのかもしれませんが、そうした経験を多く重ねていくうちに、死に対して寛容になっていく自分がいました。おそらく、そうならなければ精神的に耐えられなかったのだと思います。

獣医師時代の村田園長。

壮絶な話ですね…。動物園を訪れるという体験は、そうした動物の生命への理解や共感を促す機会にもなるはずです。動物の死を感じたいかどうかは別として、動物園が単に珍しい動物を見に来るだけではなく、さまざまなことを学べる場所にしていきたいという思いが今日のお話でますます強くなりました。

村田:ズーラシアでは小学生を対象に、動物たちに接しながら環境問題などについて学んでもらう企画を実施していて、約半年間のプログラムの最後には、低・中学年くらいの子どもたちが、ごみ問題とホッキョクグマの関係などを自ら研究・発表し、さらに自分たちの今後の生活まで見直そうとするんです。それを見ていると未来は捨てたものではないと感じます。それこそ動物園の中に保育園や幼稚園があってもいいと思うし、そこに大人を対象にした「進化の学校」を併設しても良いかもしれない。自然や命に対して神秘や不思議を感じる「センス・オブ・ワンダー」は、子どもだけではなく大人にも必要な感覚です。その感覚が得られる場として動物園はこれからもっと進化していかないといけないし、持続可能な地球を創造していく実験場としての役割を担えると良いなと思っています。

都市の中にある生態系のミニチュアとしての動物園の可能性に、とてもワクワクしました。まずは、横浜から「進化の学校」のプログラムを広げられたらと思っています。村田園長と一緒に登壇するのがとても楽しみです! 今日はありがとうございました。


インタビューを終えて

「村田園長の話、なんだかとても深い共感を覚えました。ここに載せきれないくらいたくさんのことを話したのですが、どの話も妙に面白かったなぁ。特に、自分が世話をしていたチンパンジーを亡くしてしまい、 絶望感や罪悪感、恐怖などさまざまな感情の狭間で解剖に臨み、いざ取りかかってみると解剖学的好奇心からメスが進んでいったというエピソード。この壮絶な話を聞いた時に、生物に共感するというのはこういう生っぽい感情をはらんだものなんだろうなと考えさせられました。
進化思考を使って園長たちと一緒に取り組むズーラシアでの『進化の学校』、心から楽しみになりました」