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「問い」をカタチにするインタビューメディア

問いから学ぶ

CINRA代表・杉浦太一さんが聞きたい、「第三の教育の場のつくり方」

CINRA代表・杉浦太一さんと振り返る、
「Inspire Highができるまで」

創業時からの念願だった教育事業の立ち上げに向けて、教育分野のトップランナーたちへのインタビューをカンバセーションズで開始したCINRA代表の杉浦太一さん。それからおよそ1年半の時を経た2020年1月、杉浦さん率いるCINRAは、10代向けのオンラインラーニングサービス「Inspire High」をローンチするに至りました。アーティストやビジネスリーダー、研究者などさまざまなガイドによる月2、3回(隔週日曜日)90分間のライブ配信を軸に、「自分の世界を広げる」ことを掲げるこのサービスはどのようなプロセスを経て生まれたのでしょうか。「第三の教育の場のつくり方」を問いに掲げたカンバセーションズでのインタビューの内容なども振り返りながら、現時点でのCINRAの集大成とも言えるプロジェクトの舞台裏に迫ります。

杉浦さんがカンバセーションズでのインタビューを開始した当初、教育事業のイメージはどの程度あったのですか?

杉浦:創業時から、いつかは教育の事業をしたいという思いはありましたが、動き始めたのは、1年半前にカンバセーションズさんに声をかけて頂いたちょっと前くらいからでした。ただ、僕らがずっと目指してきたことは、メディア、イベント、コミュニティ問わず、人をインスパイアし、変化を促すこと。教育事業においても大きな理念は変わらず、その手法をどうするかがポイントでした。結果的にここからリサーチに1年弱ほど費やすことになったわけですが、いま振り返ってみると、このプロセスに時間をかけてネットワークを培い、自分の信念やヴィジョンを揺るぎないものにできたことは非常に大きかったし、これからサービスを運営していくにあたっても効いてくるだろうと感じています。

リサーチのプロセスを経て固められたヴィジョンや信念というのは、具体的にはどんなものだったのでしょうか?

杉浦:いま振り返ってみると、「ここのがっこう」の山縣良和さんにインタビューをした時に、「全員の可能性を信じる」という話を聞けたことが大きかったと思います。Inspire Highは、多彩なガイドと出会うことでユーザーの世界を広げ、成長を促していくというある種好奇心主導のサービスなんですね。そう言うと、対象はいわゆる「意識が高い」人たちだと思われがちで、現にそういう人も多く含まれるのですが、一方で実際に高校生たちと接してみると、現状に対して希望が持てずに諦めているような人たちも少なからずいて、彼らにいくら「好奇心が大事だ」と言っても届かないんですよね。そこで大切になるのは、まさに山懸さんが実践しているような、色々な角度からスポットライトを当て、個人個人の光る部分を見つけていくという考え方だと思うんです。自分たちは限られた人たちだけにサービスを提供したいわけではなく、むしろなかなか好奇心が持てない人たちに興味を持ってもらうことこそがやりたいことなんだということが、山縣さんとの対話を通して見えてきたところがありました。

カンバセーションズでは、学校でも塾でもない「第三の教育の場のつくり方」をテーマにインタビューを重ねてきましたが、事業の立ち上げに向けて、他にはどんな人たちとコミュニケーションを取ってきたのですか?

杉浦:学校教育の現場の課題などを知りたいという思いから、中学・高校の先生方にもお話を伺いました。いま、教育の世界では「主体性な学び」「キャリア教育」などがキーワードになっていますが、それまで20、30年と教師一筋で来た方たちが教えられることは正直限られると思いますし、実際に現場の先生方も困惑しているように感じました。自分たちがやろうとしていることについてご説明すると、いまこそこういうものが必要だと仰ってくださる方と、親御さんに対して説明がつかないという反応をされる方にわかれるところがありました。また、海外にも視察に行き、その後Inspire Highのアドバイザリーボードになって頂くことになる方たちともお話をさせてもらったのですが、僕らがやろうとしていることに深い共感を示してくれて、それぞれ国籍や人種は違えど教育に関しては共通言語があるということを強く感じましたね。ナージャさんへのインタビューでも話題に上ったように、国ごとに教育に関する慣習やスタイルの違いはあったとしても、理念の部分は国を超えて共有できるんだと。

具体的なサービスの形はどのように決まっていったのですか?

杉浦:当初は、世界中を旅しながら回っているクルーがいて、そこに色々な国の参加者が好きな期間ジョインできるようなプログラムや、世界中のさまざまな大人たちがメンターになるようなマッチングサービスなども構想していました。この頃は異文化交流がポイントになると考えていたこともあって、カンバセーションズでもナージャさんやHLABの小林さんなどにインタビューをしたり、異文化交流を軸にしたサマースクールの視察などをしていたんです。その中で、すでにこの領域には素晴らしい活動をされている方たちがたくさんいることがわかったので、やはり自分たちはこれまでずっと軸にしてきた芸術・文化に立ち返ることにしました。そこからはメディアという立場から教育に関わってきたNHKの田中瑞人さんに話を伺ったり、リサーチを通して教育における地域格差の問題が見えてくる中で、自分たちが主戦場にしてきたオンラインを通じて、多くの人たちにインパクトを与えられることをしようと考えるようになりました。そして、ユニークな人生を歩んできた講師陣と出会えるオンライン配信というサービスの大まかな方向性が固まったのが、立ち上げのちょうど1年くらい前のことですね。

ライブ配信というのもInspire Highの大きな特徴ですね。

杉浦:そうですね。国内外のさまざまなオンライン配信の教育サービスを研究したのですが、多くはビジネスパーソン向けのコンテンツで、ユーザーのニーズはビジネス書と同様にスキル習得や自己啓発にあることが見えてきて、これをそのままティーンエイジャーに展開しても届かないだろうと。さらに、ティーンエイジャーたちが日常的に触れているYouTubeなどの映像のリズムが、テレビなどのそれとは全く違うことなども鑑みた上で、講師陣とリアルタイムのやり取りができる90分ワンセットのコンテンツを、スマートフォン規格の縦位置の映像で配信していくというフォーマットが固まりました。

サービス開発にあたり、どのようなチームが組まれたのですか?

杉浦:カンバセーションズでインタビューを始め、事業立ち上げに向けて本格的に動き出すタイミングで、社内のスタッフ一人に専属的に入ってもらい、ある種参謀的に動いてもらいました。その後、gakkoサマースクールに視察に行った時に知り合った清水イアンさんにも合流してもらうことになり、海外とのアドバイザリーボードとの窓口になってもらいながら、3人でディスカッションを続けた時期がしばらくありました。具体的なサービスの形が固まり、必要な人材が見えてきた昨年4月には本格的にチームを社内につくり、コンテンツとなるプログラム開発、プラットフォーム開発、マーケティングなどの担当にわかれ、作業を進めていきました。この段階で一気に関わる人数が増えたこともあり、ブランディングのワークショップなども行いながら共通言語をつくっていったのですが、こうしたプロセスではCINRAが携わってきたブランディングの仕事の経験が活かされましたし、映像コンテンツの制作・配信などに関しても、これまでに培ってきたネットワークがあったからこそ実現できたところが大きかったと感じています。

Gakkoのサマーキャンプを訪問した際の一枚。左が清水イアンさん。

こうしたプロセスを経て、今年の1月に晴れてInspire Highがローンチされたわけですが、その後の反響などはいかがですか?

杉浦:おかげさまで周囲からの反響はあるのですが、自分たちが本当に届けなければいけない層にはまだまだアピールができていないと感じています。その中で現在は、Inspire Highの存在を少しでも知ってもらえるようにプロモーションに力を入れるとともに、まもなく始まる新学期に向けて、中学・高校の教育の現場でInspire Highを導入して頂けるように働きかけているところです。また、保護者の方でサービスに共感し、お子さんに勧めてくれる方もいらっしゃるのですが、基本的に子どもというのは親が勧めるものに興味を示さないということがあって(笑)、なかなか難しいところです。でも、中には親子で一緒に視聴したことで自分が考えていることを親に理解してもらうことができたといううれしい反応もありました。大人の方で配信を見たいという方も少なくないので、今後は10代以外でもオブザーバーとして視聴できるようにし、その人の支援で10代のユーザーが一人無料で受講できるような仕組みをつくるなど、大人がみんなで10代の未来を応援するような形がつくれないかと考えているところです。

学校や保護者など教育に携わる大人と、Inspire Highのターゲットである10代の双方にアピールしていくことは簡単ではなさそうですね。

杉浦:そうなんです。僕らはInspire Highを「教育」のサービスとして開発してきましたが、実は最近「教育」という言葉が本当に適切なのか少し迷っているんです。いまはまだわかりやすいワードとしてこれを使っていますが、この言葉には教える側の主導権というものが見え隠れするし、実際にサービスを受ける10代たちは、「教育」と謳われたサービスを自らお金を払って享受しようとは思わない気もするんです。また、僕らが提供しようとしている体験というのは、プログラミングや英語などのスキルに特化した教育サービスなどとは異質のもので、どちらかと言うと古着屋の店員に影響を受けて音楽が好きになるとか、親戚の叔父さんから教えてもらった本を読んだり、映画を見始めて世界のことを知っていくといったことに近く、これらを果たして「教育」と括っていいのかと。本来的には、まずインスピレーションを受けることでモチベーションが生まれ、その先に初めて学びたいという気持ちが芽生え、スキルを磨き始めるという順番が健全だと思っていて、現在の学校教育はいきなりスキルを学ぶことから始め、その動機が置き去りにされたまま進んでしまうところに大きな問題があると感じていることもまた事実なんです。

各界で活躍するさまざまな大人たちがガイドを務めるInspire High。杉浦さんと同じカンバセーションズの第一期インタビュアーだったメディアアーティスト・市原えつこさんもガイドのひとり。

この辺りの話は、今後のInspire Highにおける大きな「問い」となっていきそうですね。最後に、今後の目標や夢について聞かせてください。

杉浦:Inspire Highはこれまでの事業の中でもとりわけ時間をかけ、大きく振りかぶって進めてきたところがあるので、しっかり結果を出さないといけないと思っているのですが、同時に教育というのは本当にその人の役に立つというのが何よりも大切なことで、とてつもなく大変な領域に足を突っ込んでしまったなと感じています(笑)。先ほどの「教育」という言葉の話もそうですが、まだ自分たちが独善的になっているところがあるはずなので、本当に伝えるべき相手にどのような形で語りかけていくのかということなどを自己批評的に考え続けていく必要があると思っています。将来的な夢としては、かつての『笑っていいとも!』ではないですが、日本の中高生にとって、「日曜のお昼といえばInspire High」といった状況をつくっていきたいです。
最後になりますが、先日、谷川俊太郎さんとのライブ配信セッションを間近で見て、自分自身感動したし、この事業を始めなければ見られなかった光景だなと実感しました。自分たちがサービスの一番のファンであるということは大切なことだと思いますし、これからも愛を持ってInspire Highを育てていきたいですね。