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暮らしの更新

書籍編集者・松島倫明さんが、
ZEN NUTRITION/サーファー・田村 誠さんに聞く、
「人生を変えた食の体験」

去る10月15日に、鎌倉にある「蕾の家」と「かまくら宮路」の2会場で開催された公開取材イベント「QONVERSATIONS Neighbors in KAMAKURA」。「かまくら宮路」で行われた第2部最後のセッションでは、鎌倉在住の書籍編集者・松島倫明さんが、逗子在住のサーファーで、天然由来のスポーツサプリメントを販売するZEN NUTRITIONの代表を務める田村 誠さんにインタビュー。全日本サーフィン選手権大会で4度の優勝を誇るサーファーである田村さんは、なぜ食の分野で仕事をするようになったのか? その気になる半生やライフスタイルに松島さんが迫ります。

松島倫明
なぜサーフィンを始めたのですか?

僕はトレイルを走りたいという思いで鎌倉に引っ越してきたので、こちらに来てからもマリンスポーツをすることはなかったんですね。これは完全に若い頃に植え付けられた固定観念なのですが、サーフィンには少しチャラチャラしたイメージもありました(笑)。でも、トレイルランとサーフィンを両方している友人なんかもいて、たしかに自然と対話できるアクティビティという点ではサーフィンとトレイルは共通しているなと思うようになりました。そこからなかなか一歩が踏み出せずにいたのですが、今年の夏についにボードを買ったんです。また、トレイルランをしていると、サプリなどの補給食が必要で、その中でZEN NUTRITIONの存在を知りました。鎌倉に来て「ZEN2.0」などの活動にも関わるようになっていたこともあり、「ZEN」という会社名にも惹かれるものがあり、実際に調べてみると会社の代表が日本一になったことがあるほどのサーファーの方だとわかったんです。そんな気になる存在だった田村さんに、今回の機会を通して、サーフィンやライフスタイルのことを伺ってみたいと思っています。

田村:まず、サーファーはチャラチャラしているというイメージは、その通りです(笑)。僕は、高校2年からサーフィンを始めたんですが、70年代後半から80年代前半は第二次サーフィンブームで、「丘サーファー」と言われていたように、サーフィンをしていない人でもわざわざサーファーのファッションをするような時代だった。当時はサッカー部に入っていたんだけど、ある時サーフィンをやっていることが先生にバレて、「不良の遊びだ」とめちゃくちゃ怒られました。その頃は東京に住んでいて、通っていた都立の高校は意外とサッカーが強かったから指導も厳しくて。だから、現役中はサーフィンはやらずに、部活を引退してからまた再開したんです。

サーフィンのどんなところに魅力を感じたのですか?

田村:いまでは考えられないようなブームだったから、最初はそれに乗っかって、単にカッコ良いからという理由で始めたんだけど、そこから本当の魅力にハマっちゃったんだよね。その理由は自分でもよくわからない。でも、いまはトレイルランとかトライアスロンとか色々しているけど、これらもすべてベースにあるのはサーフィンで、そのトレーニングになるからやっているところがある。スノボーやスケボーなんかにしても、山や陸でサーフィンをしたら楽しいんじゃないかという考え方なんだよね。

サーフィンカルチャーのひとつの魅力は、コンベンションなどがなくても、波さえあれば誰もが楽しめるところだと感じています。一方で田村さんは、全日本チャンピオンにまでなるほど上り詰めたわけですが、サーフィンで勝負をしようと思ったきっかけは何だったのですか?

田村:そこはもう時代なんじゃないですかね。いまサーフィンをしているのはおじさんばっかりだけど(笑)、僕らの時代というのは、とにかく若者はみんなサーフィンをやっているような感じだったから、黙っていてもコンペティションという話になる。「オレはあいつより上手いぞ」という感じで、誰に言われるでもなく、自然とコンペティションに出るような時代でしたね。本当は、26歳までにチャンピオンになってプロに転向しようと考えていたんだけど、初めてチャンピオンになったのは28歳の頃で、自分の中ではちょっと遅いタイミングでしたね。

松島倫明
日本一になれた理由は何ですか?

田村さんが他の人たちを上回り、サーフィンで日本一になれたのは、どんなところに強みがあったからだと思いますか?

田村:それは、「あきらめ」でしょうね。サーフィンには、ジュニア、メン、シニア、マスターといった年代ごとのクラス分けがあって、自分が日本一を獲ったのはシニアだったんだけど、本当はもっと若い「メン」の時に勝ちたかった。その頃は凄いストイックで、大会の一週間前から現地に入ってトレーニングをして、食事のメニューも自分で考え、その通りに民宿のおばちゃんにつくってもらうような感じだったんだけど、26歳までに結果を出すことができず、プロになることはあきらめた。それ以降はプロ(サーファー)としてではなく、サーフィン業界で仕事をしようと決めて、そこからは試合の前の日でも酒も飲むようになった。どちらかというと二日酔いで試合に出るような感じになったら、逆にめちゃくちゃ勝てるようになったんだよね(笑)。メンタルという点では、その頃が一番リラックスした状態にありましたね。

「あきらめ」というのは、まさにZENに通じるものですね。20代後半で、そうした境地にたどり着けたと。

田村:ある時に先輩のサーファーから、「アウトサイドで待て」と言われたことがあって。最初は、沖の方で待てということかなと思っていたんだけど、実はそうではなくて、コンテストのアウトサイド、つまり外側から客観的に状況を見ろというアドバイスだった。コンテストは4人で争うんだけど、アウトサイドから客観的に見ると他の3人も自分と同じように緊張しているということがわかってリラックスできる。その頃から緊張というものをどういう方向に持っていけるか、いかに緊張を短い範囲で抑えるかということがわかってきて、一気に楽になったんです

その気づきというのは、いま田村さんがZENという名を冠した会社をされていることにもつながるのですか?

田村:それは全然関係ない(笑)。ZENというのはなんか落ち着いたイメージで単にカッコ良いなと。自分はそんな大層な人間ではないし、仏教のことも知っているわけではない。ただ、天然由来のスポーツサプリをつくった時に、これは絶対売れるなと思ってね。それなら世界にも売っていけるものにしようと思って、世界中の人たちが知っているZENという言葉を使おうと。ところが、先日ついに海外からオファーが来たんだけど、調べてみたらすでにZENというのが商標登録されていて海外では使えないという…。

(笑)。「飴と無智」「山よりだんご」など商品のネーミングもユニークですよね

田村:これに関して僕は一切考えていなくて、一緒に仕事をしているデザイナーが決めているんですよ。商品が良いということはもちろんだけど、やっぱりそれをしっかりした形で伝えないとダメだというアドバイスをある人からもらって、相談したデザイナーがその人で、ネーミングも彼がすべて考えている。オヤジギャグ的なものも多いんだけど、僕は一切口を出していなくて、むしろ「それでいくんですか?」と驚くことが多くて(笑)。今度出る新商品も、それは勘弁してよと一度お願いしたくらい(笑)。その辺がいまの僕の悩みですね。

松島倫明
どうして食の仕事を始めたのですか?

そもそも、田村さんはなぜサプリメントの会社を立ち上げようと思ったのですか?

田村:僕は昔からアレルギー体質で、若い頃は直に治るだろうと思いながら薬を使っていたんだけど、どんどんひどくなる一方で、30代後半には顔にも出るようになって、いよいよこれはまずいなと。でも、病院に行ったところで、結局西洋医学では症状を抑えることしかできない。途方に暮れていた時に、家内の父親から食事で治す方法があるというアドバイスをもらって、最初は食事なんかで治ったら苦労しないと思ったんだけど、騙されたと思って取り組んでみたんです。それは、食養という現在のマクロビオティックの基本になるようなもので、紹介された先生から肉と卵、乳製品を控え、無農薬野菜を食べるということをとにかく4ヶ月続けてみなさいと言われて実践したら、本当に治っちゃった。これには心底ビックリしたし、食の大切さと怖さを同時に思い知らされるような大きい経験になったんです。

人生を変えてしまうほどの体験だったんですね。

田村:その経験を通じて感じたことは、本質を知ることの大切さ。例えば、普段食器を洗う時、ほとんどの人は洗剤を使うでしょ。でも、僕はお湯だけで洗うんです。お湯では洗いきれない油汚れとかもたしかにあって、それが綺麗に流せる洗剤のCMなどもよく目にするけど、本当に大事なことはお湯では洗い切れないようなものを体内に取り入れてしまっているというのを理解することなんだよね。油汚れを綺麗に落とすことよりも、これはたまにしか食べないようにしようと考えることの方が本来は自然なはず。同じように僕は髪を洗う時もシャンプーは使わず、お湯で洗い流すだけ。僕は若い頃から、「お前は絶対ハゲる」と言われていて、色んなシャンプーを使ってみたり努力をしたんだけど、結局は石鹸だろうということになり、さらに突き詰めていった結果、お湯に行き着いた。シャンプーというのは汚れを綺麗に落とし過ぎてしまうから髪がキシキシになるでしょ。それを潤すためにコンディショナーを使うという不自然なことをしているんだよね。

シャンプーやコンディショナー、洗顔料など商品が細分化されているのも、結局は消費の論理でしかないのかもしれないですね。本来は、自分の体内にある脂分で適度に調和できるくらいがちょうど良いと。

田村:世の中にはそういう矛盾がたくさんあって、それらはビジネスとつながっているんだと思う。アレルギーにしても、医学的には「卵アレルギー」「小麦アレルギー」などと診断されるわけだけど、悪いのは卵や小麦じゃなくて、自分の食生活を切り替えるだけで問題は改善できる。もともと日本人が肉食になったのは戦後で、まだたかだか60年くらいしか経っていない。そもそも日本人は何を食べるべきかということを考えてみると、大事なのは塩なんだよね。塩は、味噌、醤油、漬物、梅干しなどすべてに使われるものでしょ。残念ながらいまの日本の塩は昔と違って、99%ナトリウムになっているけど、ちゃんとした自然塩を使れば免疫力が凄く上がる。いまは減塩とか言われて塩が悪者にされがちだけど、トレイルランをしていると塩を摂れとよく言われるでしょ。本質はどこにあるのかということを考えるのがやっぱり大事だと思うんだよね。

松島倫明
野菜づくりはいかがですか?

田村さんはご自身の畑で野菜もつくっているんですよね?

田村:葉山の方に40坪くらいの畑があって、季節に合わせた旬な野菜を育ててますよ。まだ2年目の初心者なんだけど、最近は畑ブームなのか、野菜を自分で育てている人が多いよね。

僕も家の庭で野菜を育てていて、サラダに使う葉っぱものは自給自足できるくらい採れます。でも、平日は働いているので実が成る野菜は難しくて、週末に出かけてしまった日には大体虫に食べられるか、実が熟し過ぎて終わってしまいます。

田村:畑は難しいというイメージもあるけど、簡単なものから始めるとやる気が沸いてきますよ(笑)。葉っぱものは中級者向けで少し難しいけど、例えば「コンパニオンプランツ」というのがあって、葉っぱものとネギとかを交互に植えると虫が寄りつきにくくなったりする。そういう工夫をしていけば、僕のような初心者でもずいぶんできるようになるんだよね。

やっぱり最終的に行き着くのは、自分が育てたものが一番信頼できるというところなんでしょうね。

田村:ビジネスでやっているメーカーは、どこかで嘘をついてしまうことがあるんだよね。もちろん、真面目にやっている人たちもいるけど、それを見定めるのが難しい時代になっているから、結局最終的に信じられるのは自分しかない。どうすればいいのかわからなくて不安になる人も多いかもしれないけど、結局サーフィンやサッカーなどのスポーツと一緒で、みんな初心者から少しずつ上手くなっていく。最初から100%なんてことは絶対にないんだから、食のこともちょっとずつでいいんです。例えば、いつも飲んでいるビールの成分表に、麦芽、ホップ、コーンスターチと書かれていた時に、「コーンスターチってそもそも何だっけ?」と考えてみる。まずは、自分が普段から口にしているものに何が入っているのかを見ていくところからでもいいと思う。

家で食事をするならまだしも、外食などに行くとそれこそ何が使われているかわからないところがありますよね。

田村:信頼できるお店ならいいけど、原材料を表示する義務がない世界だから怖いよね。「この店の焼きそばには何が入っているんだろう?」と考えていくとキリがないけど、こればっかりはどうしようもない。だからこそ、最低限家で食べるものに関しては、良い素材や調味料を使うべき。それはもちろん自分のためでもあるし、もし子どもがいるのであれば、彼らの未来のためにも絶対にやってほしいことですね。

今日はサーフィンから食まで話が展開しましたが、田村さんの魅力的な生き方に触れることができたと思います。どうもありがとうございました。