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暮らしの更新

蕾の家・池田めぐみさん、さゆりさんが、
Safari B Company・横山 亨さんに聞く、
「人生における旅の位置づけ」

去る10月15日に、鎌倉にある「蕾の家」と「かまくら宮路」の2会場で開催された公開取材イベント「QONVERSATIONS Neighbors in KAMAKURA」。「かまくら宮路」を会場に行われた第2部最初のセッションでは、カルチャーハウス「蕾の家」を運営する池田めぐみ、さゆり姉妹が、2016年6月に鎌倉・長谷にオープンしたばかりのカフェ「雨ニモマケズ」のオーナー・横山 亨さんへインタビュー。カフェやシェアハウス運営のみならず、数々の空間づくりなどを手がける株式会社Safari B Companyの代表を務める横山さんが、その生い立ちや、お仕事に対する思いを語ってくれました。

池田めぐみ、さゆり
若い頃は何をしていましたか?

横山さんは、鎌倉の長谷で「雨ニモマケズ」というカフェのオーナーをされていますが、私たちは先日、たまたま近所をブラブラ歩いていてこの場所見つけたんです。最初は恐る恐るという感じで入ったのですが、とても素敵なお庭がある古民家のカフェで、いままで見たことがないような空間に、久々にやられた!という感覚を覚えました。日頃は店主とお客さんという関係ですが、時々交わす会話からも「この人はタダ者ではないんだろうな」と感じていたので、今日はこの機会を使って横山さんに色々お話を伺えればと思っています。まずは唐突ですが、横山さんがご自身のことを3つの言葉で表現するとしたら、どんなワードが思い浮かびますか?

横山:いきなり凄い質問ですね(笑)。まず間違いなくひとつあるのは「野生」だと思います。あとは「感覚」、そして「貫く」ということも最近気づいた重要なキーワードなので、そのあたりなのかなと、いま突然振られて自然に浮かびました。

なるほど。その感じはあのカフェからも感じられますね。ちなみに出身はどちらなのですか?

横山:山形県の米沢です。18歳で田舎から上京して、代官山のインテリア学校に通いましたが、当時ヒップホップやソウル、R&Bなどの音楽が好きだったので、六本木や渋谷のクラブに入り浸っていました。それが高じて、19歳の頃にニューヨークに1週間ほど滞在して、現地のクラブや「BLUENOTE」なんかを回ったこともあります。いまでは想像がつかないかもしれませんが、その頃、ドレッドとかアフロだったんですよ(笑)。でも、ニューヨークに行った時に、そういう僕のスタイルを見た現地の黒人の子どもたちから、「Imitate」 つまり、真似だと言われたんです。それが自分にはとても悔しく、日本に帰ってきてからすぐに坊主頭にして、表面的な部分だけではなく、本気で物事を極める生き方をしようと決意しました。それからお金を貯めてもう一度ニューヨークに渡り、短期の語学学校に通いました。でも、ニューヨークというのは世界中から人が集まってくる場所で、音楽やアートなどあらゆるカルチャーのレベルが高くて、鬱になるほど打ちのめされてしまった時期があって。そこで思い立って突然学校を辞め、残りのお金をはたいてロンドン行きの航空チケットを買ったんです。そこから、世界放浪が始まりました。ロンドンで野宿をして襲われそうになったり(笑)、シベリア鉄道に乗ったり、色々な経験をしながら、ヨーロッパからユーラシア大陸まで約1年ほど旅したんです。その後もトータルで3年ほど旅をしています。

(左から)横山亨さん、池田さゆりさん、池田めぐみさん。

旅から戻ってきてからはどうされたのですか?

横山:長いこと旅を続けていると、社会に適応ができなくなってしまうんですよね。しばらくはアルバイトすらできなくて、鬱でアル中に近い状態になりました。日本にいる間は、また旅に行くことばかり考えているんだけど、まともに仕事もできないからお金はないんです。結局、定職に就くことなく、日雇いで色々な工場などで働くようになり、お金ができたら海外に旅に行くということを5年くらい繰り返し、「自分はヒッピーになるんだ」と、いま思えばバカみたいなことを考えていました。当時は自転車でインドを半年間走り続けたりもしたんですが、あまりにボロボロな格好をしていたからか、現地のインド人に何回か恵まれたりもしましたよ(笑)。

池田めぐみ、さゆり
なぜ不動産に興味を持ったのですか?

その頃から比べると、いまはこんなにきれいな格好になられて(笑)。

横山:ありがとうございます(笑)。変な話、いまもずっと旅をしたいと思っているところがあるんです。自分の会社の名前に使っている「SAFARI」というのは冒険旅行を表していて、「COMPANY」は会社ですよね。そのふたつをつなぐ「BRIDGE」つまり「橋」の頭文字がその間に入っています。「Safari B Company」の由来は、「旅をしながら仕事をする」。旅と会社の両方を続けていきたいという思いが込められているんです。

現在のお仕事は、その思いを叶えるためにあるということなんですね。会社を設立するまでの経緯についても聞かせて頂けますか?

横山:僕が20代半ばにもなって日雇いの仕事をしている頃、ニューヨーク時代のルームメイトだった親友から、「いまのうちに会社員を一度経験しておかないと、この先厳しいよ」と言われたんです。それをきっかけに、あるつながりから大手損害保険会社に入社することができ、そこで営業の仕事をするようになりました。せっかく入社したからにはしっかり仕事をしようと思い、世界中を旅してきてきたことなどを記載した自分のプロフィールチラシをつくり、あちこちに配り歩いたりしました。それが当時としては相当珍しがられたのか、たくさん仕事が取れて、社内の色んな賞を受賞してしまったんです(笑)。またその頃、損害保険業界の伝説的な営業マンで、いまの自分にとって師匠とも言える方のカバン持ちのような仕事もさせてもらい、さまざまなことを学ばせてもらいました。ただ、その方には申し訳ないのですが、僕はまた旅に出たくてウズウズしていて、結局3年で仕事を辞めてしまったんです…。

旅人の血が騒いでしまったんですね(笑)。

横山:そうなんです。会社を辞める前に買ったハーレーダビッドソンに寝袋とテントを積んで、離島や秘境のようなところも含め、長い間国内を旅しました。それが終わってからも旅は続けたいという思いがあり、また、自分には会社勤めは無理だということもわかったので、旅をしながら収入が得られないかと真面目に考えるようになったんです。そこで興味を持つようになったのが不動産です。損害保険会社時代にファイナンシャルプランナーや宅建を取得していたので活かしてみたかったし、不動産で得られた収入からまた旅に出たいという気持ちもあり、今度は3年間限定ということを前提に、大手不動産会社に入りました。結局8年間勤めましたが、そこで色々なことを学びました。ただし、お金を貯めて不動産を買ったら辞めようという思いは常にあり、生活費などを徹底的に切り詰めながら働いた結果、金融機関からお金を借りてマンションを一棟買うことができたんです

池田めぐみ、さゆり
仕事のモチベーションは何ですか?

マンションを買われてからは順調だったのですか?

横山:いえ、実はその半年後に入居者の方が部屋で亡くなってしまうというショッキングな出来事が起きてしまったんです。その現場を見た時に、不労所得とかアパート・マンションの投資ということを甘く考えていたから、こういうことになってしまったんだと痛切に感じました。真面目に働いてお金を貯めて不動産を取得して、これでまた旅ができると思っていた矢先にこんなことが起きてしまい、自分は何をやっているんだと。一時はノイローゼになってしまうほどだったのですが、この出来事を機に自分の中ですべてが変わりました。ここから自分が学んだのは、空間が人を呼ぶということだったんですね。だからこそ、これからは絶対に人が生きようと感じられる空間をつくろうと決意をしたんです。

その思いが横山さんのお仕事のベースになっているんですね。

横山:はい。変な話、よく問題や事故が起こる物件というのはあって、その多くは切れた電球が交換されてなかったり、郵便受けのチラシが散乱していたり、蜘蛛の巣がそのままにされていたりするんです。自分が手がける物件では、自ら掃除するように心がけているんですが、やっぱりお花ひとつ植えられているだけでも、大きく雰囲気が変わるんです。大概の大家さんというのは、住民に文句を言われることが怖いから、なかなか自らそういうことはしないケースが多いんですが、僕は掃除からリノベーション、募集、管理まであらゆることを自分でします。要は、そういうことをしていなかったから、ああいう出来事が起きてしまったという反省があるんです。やっぱり良い空間には良い人たちが集まると感じますし、「雨ニモマケズ」にしてもカフェ経営が目的ではなく、あくまでも良い人たちが集まる場をつくりたいという思いがあるんです。

SAFARI B COMPANYが手がけた東京・自由が丘の物件「Apartment Ann」。

横山さんはエネルギーにあふれている方なので、逆に落ちることはあるんですかということも今日質問しようと思っていたのですが、過去にそんな経験があったんですね。

横山:そうなんです。僕は若い頃から、落ちる時はとことんまで落ちますよ(笑)。そういう意味では、旅というのが自分を救ってくれたところが大きい気がします。もし若い頃に旅をしていなかったら、いまの自分はどうなっていたのかなと思うことがあります。旅をしてきたからこそ出会いがあったし、また旅に出たいと思うことが生きていくモチベーションになっていると思います。旅をしたい、あの場所に行きたい、見てみたいという思いが、今の仕事で空間をつくったりしていることのベースにもなっているんです。

池田めぐみ、さゆり
どんな空間をつくってきたいですか?

これまでお話を伺ってきたようなさまざまな経緯があったからこそ、「雨ニモマケズ」のような横山さんにしかつくれない空間や空気感というものが生まれるんですね。

横山:ありがとうございます。ただカッコ良いとかキレイというものではなく、人が死なない空間をつくりたいという思いがあります。自分もそうだったのですが、鬱になりがちだったり、生きること自体が辛いと感じる時があります。だからこそ、自分自身も生きていていいんだなと思えるような空間に身を置きたいし、そういう場があってもいいはずだという思いが自分の根底にあるんです。

雨ニモマケズ

カフェやシェアハウスなど人が集まる素敵な場所をつくり、一つひとつイメージしたものが形になっていっているように思いますが、今後はどんなことをしていきたいですか?

横山:自分は色々なことをしながらなんとかここまで生き延びてきた人間なのですが、僕の周りにはまだまだ落ち込んでいるヤツがいっぱいいるんです。だからこそ、自分が少しでも踏ん張って、「コイツでもここまでやれるんだ」と思ってもらえたらなと考えています。特に最近は、とにかく怖くてもとりあえずやるというスタンスを貫こうと思っているんです。自分の場合は何もやらないでいると、どんどん悩んで不安になってしまうし、そうこうしているうちにいつのまにか年ばかり取ってしまったということにもなりかねない。さすがに、無茶をしてきた20代、30代の頃のようなエネルギーはないですが、色んな経験をしてきたからこそできることもきっとあるだろうし、とどまっていることの辛さよりも、行動したことに伴って生じる辛さの方を受け入れたいなと思っているんです。

これからも旅は続けていくのですか?

横山:そうですね。直近では、年内にアメリカのポートランドに行ってこようかなと思っているところです。また来年には、妻と出会った場所であり、自分の原点とも言えるインドとネパールにも行く予定です。来年以降はなるべく、旅と仕事を半分ずつしたいと思っているのですが、最近は旅をしながら仕事ができるスタイルというものを、もっと追求していきたいなと考えているところです