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暮らしの更新

パン屋「タルマーリー」・渡邉格さん、麻里子さんが、
酪農家 吉田牧場・吉田全作さんに聞く、
「家族でチーズをつくるということ」

渡邉 格麻里子さん夫妻が営む「タルマーリー」は、今年の2月に岡山県真庭市にオープンした自家製天然酵母&国産小麦のパン屋さん。昨年まで千葉県いすみ市で開いていたお店をたたみ、震災を機に岡山にお店ごと移住してきたおふたりがインタビューするのは、家族4人で自家製チーズを生産し、全国各地の有名レストランなどに販売している吉田牧場の吉田全作さん。吉田さんの本を読んで以来、いつかはお会いしてみたいと思っていたというおふたりと一緒に、岡山県吉備中央町にある吉田牧場さんを訪ねてきました。

渡邉 格、麻里子
牧場経営で大切なことは何ですか?

これまで私たちは千葉でパン屋をやっていたのですが、震災後に岡山にお店ごと移住してきたんですね。こっちで2月にお店をスタートさせたのですが、毎週来てくれる常連さんが吉田牧場さんのチーズや吉田さんの本を持ってきてくれて、その本にスゴく感動したんです。私たちは農学部出身で、農産加工で何かをやりたいというところからパン屋になったのですが、その土地にあるものを使って、天然の菌で発酵させたパンを作ってきたこともあって、それをずっとやられてきている吉田さんにいつかお会いしたかったんです。

吉田:僕の場合は、もともと農学部に行きたかったわけじゃないんですよ。山登りをしていたから時間がほしくて、一番暇な学部を探して入ったところがあった(笑)。農学部には、何か本質があるんじゃないかなという気はしていたけど、ほとんど授業に出ていないから、自慢じゃないけど畜産学科だったのに卒業まで牛に触ったことがないというひどい学生でしたよ(笑)。それでも農学部にいたことはいまの仕事に帰結していると思うし、数々の要素が不連続につながったり、さまざまなきっかけで色んなことを考えながら、いまに至っている感じですね。

私たちがパン屋さんを始める時、起業というのはバイタリティが必要だし、経験としてもとても面白いものだと感じたんですね。いまは流通も発展しているし、情報もたくさんあるから、通販、店頭、卸売などの販売経路を考えたり、世界のパン屋さんや食の世界を意識しながらやっているところがあって、そういうところに経営者としての醍醐味を感じることもあります。吉田さんの場合は、淡々と良いチーズを作るということがエネルギーになっているような印象がありますが、これまで牧場を経営してきたなかでどんなことを大切にされてきたのですか?

吉田:僕はいまだに経営をしている感覚はあまりないんですよ。経理はまあまあ得意なんだけど、経営能力はないと思います(笑)。ここまで成り行きで来ているところが大きくて、要所要所で人との関わりがあって、必然的にこうなってきた感じなんです。そういう人たちと会ってなかったらいまの僕はないし、それは自分の意志を超えたところにある。もちろん、そこで選択をしていくのは自分の意志なんですけどね。僕はものスゴく助平で、何にでも興味があるし、何でも面白がれる才能というのはあるんだと思います。色んな人との結びつきが転機になってきたんだけど、嫌がらずに何でもやったり接触したりする余力と興味があったから、いまがあるんだと思います。

転機という話がありましたが、私たちにとっては岡山に来たというのは大きな転機で、それは震災があったからなんですが、吉田さんにとって3.11は転機になりましたか?

吉田:やっぱりなりましたね。これまでやってきたことが間違いじゃなかったということを改めて感じたし、それをもっと形にしていこうと思って、太陽光発電をたくさん入れて、地下7メートルくらいのところにチーズの熟成庫を作りました。そこは夏場でも17度くらいに保たれるので電気を使わないでいいし、長期熟成タイプのチーズを作ってみようかなと思ってちょっとずつ実験をしているところです。あと、震災以降テレビも新聞も一切見なくなりましたね。ウソばっかり言うし、電気代もかかりますからね。

渡邉 格、麻里子
東京はどんな場所だと思いますか?

最初にも話しましたが、僕らは千葉にいる時から、近くで採れるものを使って、その土地の菌で発酵させたパンを作るということをしてきたのですが、原発事故でそれが足元から揺るがされてしまったんですね。もともと千葉を選んだのは、東京から近くて、田舎の良いところもあるからという理由だったんですが、今回岡山に来てみて、東京経済から離れてしまうと、こんなにも豊かなんだと。まず水が美味しいし、それはパンを作る上でも生活をする上でも重要なファクターになっています。

吉田:僕は東京で5年ほど暮らしていた時期があったんですよ。でも、東京というのは、好奇心を持っている人間でも、お金がないと何もできないんですね。例えば、お金がないから自分で本棚を作ろうと思っても、道具や材料を買いに行かないといけない。道具を手に入れても、今度は電ノコを使おうとすると、隣の人が苦情を言うし、広い場所もないから釘もろくに打てない(笑)。東京は自由なところだと勘違いしがちだけど、これほど行動が制約されてしまう場所はないんです。それを異常だと知らない人たちが集まっている異常な所なんですよ。だから、子育てなんかをするにしても最低の場所でしたね。

岡山県加賀郡吉備中央町にある吉田牧場。

私たちはパン作りの職人として、発酵の状態を見たり、味を確かめたりするために、なるべく五感を鍛えていかないとと思っていて、それはおそらくチーズ作りでも同じだと思うんですね。例えば、吉田牧場さんで放牧している牛は100パーセント自力で出産するそうですが、動物には当たり前にあるそういう感覚や運動神経というのが、人間は鈍ってしまっているような気がします。僕らは東京で35年間暮らすなかでそういう危機感を覚えて、それはこちらに移ってきたいまも持ち続けているのかもしれません。

吉田:原発事故があって、本当は何が一番大事だったのかということを、みんなが少しずつ気づいてきているとは思います。人間は、食べ物を食べて、子どもを育てて、生きている。でもそれが、ある日突然ダメになるということもあるし、失ったものが二度と手に入れられなくなることもあるということに、やっと気づき始めたんじゃないかなと。

そうですね。私の友達でも離婚して母子で岡山に移住してきた人がいます。岡山には移住してきた人たちが多いですよね。

吉田:着の身着のままで地方に行ったところで、そこで生活できないということはないですからね。過疎地というのは、孤独な一人暮らしの老人が多いというイメージがあるけど、あれもウソですよ。一人で暮らしている人はたしかに多いけど、岡山市とかで働いている子供なんかが週一で世話をしに来ていることも多いから孤独ではないし、畑で楽しくやっているのに、とやかく言われる必要ないんですよ(笑)。

渡邉 格、麻里子
家族経営は大変じゃないですか?

吉田牧場さんは家族経営を続けられていますが、その辺のお話にも興味があります。いまはチーズの製造を吉田さんがやって、奥さんが販売をされていると思いますが、お互いの仕事にはあまり口を出さないのですか?

吉田:向こうからチーズについて聞かれることはあるけど、基本的に口は出しませんね。最初にカマンベールを一緒に作ったんだけど2日しか続かなかった (笑)。女房も発酵学をやっていたから生半可な知識があって、それを振りかざして意見を言ってくるんだけど、それが一番困るんですよ(笑)。僕がこうしようと思うと、必ずそうじゃないって言うんだけど、いまそういう議論をしている暇ないからと(笑)。考え方が違う人間が一緒にやっているとマズイから、工房からは出てもらって他の仕事をしてもらうようにしたんです。

本にも書かれていましたが、息子さんが牧場を継がれることになるとは思っていなかったそうですね。

吉田:フレンチのシェフになると言ってましたからね。高校を卒業して、僕が紹介するレストランで働くつもりだったらしいんですけど、僕の友達が「大学に4年間行って遊んでこないとダメだよ」と言ったのを本気にして、大学に行ったんですよ。それが間違いだったんですね(笑)。大学ではフランス語を専攻していて、その時はまだフレンチをやると言っていましたけど、その後気が変わったんでしょうね。「よし、これで早く仕事を辞めて他のことができる」と思ったんだけど(笑)。

血のつながりがあるからこそ難しい部分もあるんじゃないですか?

吉田:大変ですよ。もし血がつながってなければ、いらないから出て行けと言ったであろう場面は100回は下らないですね。ただ、小さい頃からずっと親のしていることを見てきているので、他人にはない見方や考え方はできるようです。しかし、とにかく生意気なんですよ。ろくに仕事もできないのに、1年やっただけでわかったような気になっていたので、一度喧嘩して、本当に「出て行け!」と言ったことがあるんです。それで半年くらい女房と京都の方に一緒に行っていたんだけど、しばらくしたら謝りに帰ってきて。現場のニオイを知ってほしかったので、フランスの農家を巡って来いと言って、10ヶ月くらい向こうに行ってから戻ってきましたね。最近は孫もいるからもうないですけど、いまでも喧嘩したくなることはあります(笑)。やっぱり息子を雇うと苦労100倍ですね。「親苦労・子楽・孫没落」と言われているように、三代続けば大したものなんですよね。

うちの子はまだ7歳と3歳なんですけど、上の子はパン屋をやりたいと言っているんです。パン屋になってもいいと思うけど、うちを継ぐんじゃなくて、一からやってほしいなと思っています。

吉田:その方がいいと思いますよ。他の土地の水を飲ませないと苦労はわからないし、親はやっぱり甘いですからね。上の子にパン作りを手伝わせてみたらたらいいんじゃないですか? 絶対やれると思うし、子どもは使わないと成長しないですからね。うちの孫は4歳なんだけど、包丁を使って何かを切ったりするのが大好きですよ。親が楽しそうにしていれば、子どもは絶対「やりたい」って言うものですからね。

吉田さんが子育てで心がけてきたことはありましたか?

吉田:人間というのは本来動物と一緒だから、ほっといても育つんですよ。何か間違えそうになった時だけ、ちょっと手を差し伸べてやればいい。自分の経験から言っても、そもそも子どもは親の言うことを絶対に聞きませんからね(笑)。勉強しろと言ってする子はひとりもいないし、無駄なんですよ。勉強が好きになるようなモチベーションを周りから組み立ててやらないといけないんですよね。

岡山県真庭市にある渡邉夫妻が営むパン屋「タルマーリー」。

渡邉 格、麻里子
従業員とはどう接すればいいですか?

いま悩んでいることでもあるんですけど、以前同じ時期に従業員が一気に辞めてしまったことがあったりして、従業員との接し方というのをスゴく考えるんです。夢を持って関東から来る若い人たちもいるんですが、フワフワしていて自分探し的な人が多いんです。

吉田:そういうヤツは昔からいますよ。見たらだいたいわかるけど、そういう人は自分のことばっかり喋りますよね。人に興味があるというよりも自分に興味があるんですよね。別にお前の話を聞きたいわけじゃないから、さっさと仕事してよって(笑)。誰にでも自分を認めてもらいたいという気持ちがあるから、その現れなんだと思うけど、やたら自分のことばかり喋る。それは田舎にひとりでくる人に限ったことではなくて、料理人なんかにも多いみたいですよ。入ったばかりのヤツが皿洗いをしながら「いつ包丁握らせてくれるんですか?」とか「シェフ、それはこうやった方がいいんじゃないですか?」って平気で言うらしい(笑)。どの業界も一緒で、カメラマンでもアシスタントが1年くらいで「全部わかった」と言って独立しちゃうんですって。「オレでもまだわからないのに、何がわかったのかな?」と言ってましたよ (笑)。それはいまも昔も同じなんですよね。

日々の仕事を淡々と続けるなかで成功も失敗もあるということを伝えたいんですけど、なかなかわかってくれないですよね。

吉田:やっぱり何でも面白がれるヤツじゃないとダメですよ。自分が何も知らないという前提で、教わろうと思って来ている人は、シェフの動きを指先まで何も言わずに見ているものなんですよね。逆にオレがオレがっていうヤツは何でも知っていると思って来ているから、そういうものが見えない。とりあえず真似をしてみて、それを自分の中で消化した上で、こうした方がいいんじゃないかと提案できる時期は来ると思うけど、入っていきなりそんなことをしたら、シェフに熱いフライパンを押し付けられますよね(笑)。やっぱり従業員には厳しくした方がいいと思いますよ。

最後に、これから吉田さんがやってみたいと思っていることを教えて下さい。

吉田:息子がフランスから帰ってきて、55歳くらいになったら定年しようと思っていたけど、今年57なのに未だにできていないんです。息子もまだ30で牛のことをよくわかっていないし、引退はなかなかできないと思うんですが、なるべく早く息子に委譲して、前から興味があった世界中の乳製品を見て回りたいんです。いまはそのための時間が一番ほしいし、それを身体が動くまでライフワークとしてやっていきたいなと思っています。