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「問い」をカタチにするインタビューメディア

問いから学ぶ

アートディレクター/イラストレーター・ファンタジスタ歌磨呂さんが、
トイズファクトリー 代表取締役社長・稲葉貢一さんに聞く、
「時代を見抜く眼力について」

日本産ポップカルチャーの影響を感じさせる高密度でカラフルなイラストレーションで、音楽関連のデザインやアニメーション、空間演出、テキスタイルデザインなどを手がけるファンタジスタ歌磨呂さん。そんな各界から引っ張りだこ状態の人気クリエイターがインタビュー相手に選んだのは、Mr.Childrenゆず、その他大勢のアーティストを世に送り出したエンターテインメント業界きっての目利きとして知られる「トイズファクトリー」の代表取締役社長・稲葉貢一さん。ゆずのCDジャケットやミュージックビデオなどで仕事を共にするビジネスパートナーであり、人生の大先輩であるという稲葉社長に、歌磨呂さんが聞きたいこととは?

ファンタジスタ歌磨呂
若い頃はどんな思いで働いていましたか?

稲葉さんが音楽業界に入ったきっかけを教えて下さい。

稲葉:きっかけは、私の父がジャズプレイヤーだったということで、アナログレコードや楽器が家の中にたくさん溢れている環境下で、音楽家たちがいつも出入りしているのを身近で見て育ったこともあって、自分はスタッフ側のレコード会社のディレクターをやってみたいなという気持ちが芽生えていったのだと思います。

若い頃って、自分がこの仕事をしていて本当にいいのかとか常に色々悩むものだと思うし、僕なんかいまでも毎日のように悩んでいるんですけど、そういうことはありませんでしたか?

稲葉:まったくなかったですね。若い頃は、与えられる仕事→一生懸命やる。この思考回路を自然と繰り返していましたね。だから、他の何かと比較→不満に感じる。こういう思考回路はなかったかな。レコード会社に入った当時、私は音楽業界の予備知識はあまりなかった方なんです。ここで例え話をしますと、子供の頃は回転寿司で凄く美味しいと喜んで食べるけど、大人になって色んなお店を知ってしまうと、その回転寿司がイマイチだと感じてしまう。つまり、無知の初心者だったからこそ比較対象がなかったし、不満を持つこともなかったんですよね。それから、「私は音楽がないと生きて行けないんです!」という音楽命タイプではないので、その分、根詰めずにフラットに音楽と接することができているんじゃないかな? とは思っているんですけどね。

変な話ですが、例えば「こんなダサい曲ばっか作りやがって!」みたいなことを思うこともなかったんですか?


稲葉:『こんなの売れないんじゃないか』という個人的な解釈が先に立つことは多いと思うんですが、私の場合『この曲は良くない』とか『この曲は売れない』とかは全然思わなかったですね。そういう解釈は自分には全くなかった。当時は、一生懸命自分のポジションの仕事をしていましたね。

それは稲葉さんの性格的なものなんですかね? 例えば僕の場合は、割と複雑な環境で幼少~少年期を過ごしたわけなんですが、どうしてもそれがきっかけで物事を冷めた眼で見てしまったり、皮肉に見てしまう癖があるんですけど、稲葉さんには、そういう家庭環境、例えば親の教育からとか、その辺の影響ってあるんですか?

稲葉:子供の頃は、学校に毎日行って勉強して、遊び回らずに家に帰ってくるという規則正しい生活をしていました。これといって特別な教育や環境はなかったかな。逆に私の場合は、この至って普通に無知に過ごしていたことが、現在に続く未知への好奇心に影響しているのかもしれません。大学生の頃になると、本屋で立ち読みして雑誌に新しいお店の情報があったら一人で行ったりしていました。何かが良いと聞くと、その瞬間にその良いというものと出会いたくなる無知からくる衝動が起こっていましたね。知りたいことがあれば自分ですぐ行動する。そういうものが原点としてありますね。

ファンタジスタ歌磨呂
その嗅覚はどうやって養われたのですか?

稲葉さんのように好奇心と優れた目を持ち、良いと思ったらすぐに行動できる人というのはあまりいないですよね。

稲葉:私はもともと興味の振り幅が広くて、高級レストランも「きたなシュラン」に出てくるようなお店も区別しないし、音楽に関しても、売れている曲も売れてない曲も同じように見ています。あと、歌麿呂くんと同じで、物事を客観的に見ているところがありますね。アーティストと一緒にいて、彼らがどう思い悩んでこの作品を作ったか? というプロセスを全部体感しているスタッフ側の自分と、それをパッと完全に切り離して、その作品やライブを初体験した時にどう感じるか? というオーディエンス側の自分、そんなふたつの視点を大切にしています。前者だけになってしまっては作品として不十分な場合もあるし、後者の目から意見するのも難しいところではあるけれど、アーティストの未来を考えると、話すべきなんじゃないかと思っています。アーティストにとっては『やり切る』ということが大事だけど、私はあくまでもスタッフなので、それが世の中でどう見えるのかをしっかり判断することが大事なところなのかなと思って行動していますね。

稲葉さんはこれまでに色んなアーティストを発掘してきましたが、例えばMr.Childrenの時はどういう流れだったんですか?

稲葉:最初に見た時に良いと感じたんですけど、その時はすぐ連絡を取って何かやろうとは思わなかった。でも、ずっと記憶には残っていて、半年くらい経ってから改めて桜井(和寿)くんに連絡をして、ライブを見に行ったんです。当時はまだインディーズで、ライブのお客さんも50人程度だったけど、凄く良いなと。その時に自分の中でチャンネルが合った感じでしたね。

アーティストを見て、最初に良いと思う瞬間というのは、あくまでも感覚なんですか?

稲葉:そうですね。後になって考えてみると、私はブレイク寸前に良いと思う特徴があるみたいです(笑)。世の中が盛り上がって来る時に何かのきっかけでそれを知って、良いなと思うから、ちょうど良い気づき方なのかもしれない。私が声をかけてブレイクした事例もちょっとはあるし、福の神的なところがあるみたいで、そういうのはうれしいですね。

そういう嗅覚はどこから来ているんですかね?

稲葉:それこそ歌磨呂くんと接することで教えてもらったものもたくさんあるし、そういうものすべてが積み重なって、自分の実になっているんだと思います。もうひとつあるとしたら、私は何でも売れているものを良いと思って好意的に見ることができるんですよ。そういうことが、自分みたいに50代になってきた時には凄く大事なんじゃないかなと。プロとして経験を重ねていくと、新しく出てきたものを否定する傾向が強くなるけど、そういう目で見ていると認めることができなくなるし、自分の身体にも入ってこない。それは致命的だと思っています。どんなものでも好意的に見ると良いところが見つかるし、それと同時にここはイマイチだなというところも見えてくるんです。

2011年にTSUTAYA TOKYO ROPPONGIで開催された「最前ゼロゼロ」プロデュースによるMIKIOSAKABEのファッションショー。稲葉社長が初めて見た歌磨呂さんのプロジェクトだそうです。 Photo:Takashi Kawashima

ファンタジスタ歌磨呂
コミュニケーションで大切なことは何ですか?

例えば、僕は作品を作る時に、ある程度勝ち戦をイメージしてクリエイティブに臨んでいます。それを前面に出してしまうと、それはまた別の人格を持ってしまうけれどあくまで冷静に、自分が持っている武器を見据え、この場合は、こういう見せ方をしたら人はこう感じるだろう、どう見せるべきだろうか、というある種のロジックを組み立ててもの作りをしています。稲葉さんは、ヒットさせるためのロジックのようなものは持っていますか?

稲葉:ロジックとは考えていないけど、例えば楽曲ひとつとっても、メロディ、歌詞、サウンドそれぞれにたくさんポイントは持っていますね。それを全部含めて自分の目で見た時に、感覚的に良いと思えるものをやっている感じです。だから、何かをやる時は、なぜこれをやるのか、どこが良いのかということは細かく説明できますね。

これが良いと思ってやっても、時にはうまくいかない場合もあるわけですよね?

稲葉:うまくいかない時は、相手との距離感というのが大きいですね。実際、アーティストとダイレクトにやり取りができなくて、間に何人か入ってしまうことで、思ったイメージに落とし込めないということはあります。やっぱり一番良いのは、直接話をすることなんですよ。作品を完璧にするというのは難しいことかもしれないけれど、相手と直接やり取り出来れば、でき得るベストの状態には持っていける。例で言うと、Mr.Childrenのアートワークをコンテンポラリープロダクションの信藤三雄さんにやってもらいたくて、自分で連絡先を調べて電話をして直接お願いしました。自分の想い、温度感を伝えることは大切だと思っています。そういうことを社員にやらせたり、代理店にコーディネートしてもらうばかりなのではなく、自分で行動して直接お話しないと、相手に想いは伝えられない。常にそういう気持ちを大切にしています。

(左)ゆず「REASON」(2013/セーニャ・アンド・カンパニー)、(右)livetune「TRANSFER」(2012/トイズファクトリー)

先日、5月にリリースされるゆずの最新アルバム「LAND」で村上隆さんと仕事をした時も、そのことを稲葉さんから学びました。

稲葉:ゆずのCDジャケットのアートワークを村上隆さんにお願いした時、アートワークの内容については、なかなか言えない領域もあると思うんですけど、あえて感じたことを素直に言おう!みたいなところもある。そういうことは大事だと思うんですよ。僕らは僕らなりのPOPを失わないやり方でやっていきたいし、作品としても素晴らしいものを一緒に作りたい。だからこそ、メールとかで間接的に伝えることだけではなく、直接会いに行って、現場の空気やムードを感じながら話すことが大切だと思うんですよね。最終的には感情のやり取りになってくるんだと思います。そのためにも、自分で責任を持ってお願いしたいですし、全部をお任せするのではなくて、最終地点を最高のものにするために、キャッチボールをしていきたいんです。自分は、『人対人で仕事をしている』という感覚が強くてですね、『稲葉さんと仕事をして良かった』と言われるようなことをやっていきたいと思っています。それから、トイズファクトリーというレーベルは、自分の評価は自分ではなく、人がしていくんだということを大切にしていきたいし、僕たちの仕事はレコード会社+マネジメント。アーティストと共にエンターテイメントを創造していく、そういうものがはじめからあるんですよね。

ファンタジスタ歌磨呂
挫折をしたことはありますか?

稲葉さんの人生のなかで挫折をした経験はありますか?

稲葉:僕が制作になって初めて発掘したパンクロックのバンドがいたんです。当時は一緒に合宿に行って作品作りをしたりしていたんですが、そのバンドが社会現象になるまでの状況になったんですね。でも、ある日ライブ会場で事故が起こってしまったんです。僕としては凄く入れ込んでいたバンドだったし、アーティストを守りたい気持ちが強かった。バンドメンバーたちも今後も稲葉さんとやって行きたいと言ってくれて、それは本当に嬉しかったんですが、結局彼らはそのレコード会社を離れることになり、僕も会社を辞めてどこでもいいからそのバンドに関われるところで自分の人生を賭けようと思ったんです。でも、色んな事情があって、そうはならなかった。これは自分にとってとてもショックな出来事でしたね。

結局稲葉さんは当時いた会社に残ったんですか?

稲葉:そうですね。しばらくしてから、自分でレーベルを作りたいという話をしました。そういう出来事があって色々考えていくうちに、もうちょっと責任が持てる仕事がしたいと思うようになったんです。結局、アーティストがいくら自分と一緒にやりたいと言っても、それだけじゃ物事はひっくり返らない。愛情だけがあってもしようがないし、もっとなくてはならない大きな柱にならないといけないと。

歌磨呂さんがこれまでに手がけたゆずのCDジャケット。(左)「また明日」アートディレクション、デザイン:ファンタジスタ歌磨呂, イラストレーション:やまさきしし、(右)「with you」迷彩デザイン:ファンタジスタ歌磨呂, アートディレクション、デザイン:TYCOON GRAPHICS

それが稲葉さんの人生を変えたんですね。

稲葉:こういう出来事がなければ、今日の自分にはなっていないんですよね。それから何組かのアーティストと出会い、自分たちで責任を持って制作や宣伝をするレーベルをやってみようと思ったんです。よくニュースとかでレコード会社を移籍するアーティストの話が出てくるけど、やっぱりそれはしてほしくないことなんですよね。じゃあ、アーティストを引き止めるために何が必要かと言うと、お互いにリスペクトし合える関係性を築くことや、相手にとって絶対に必要な存在になることで、それはお金じゃ買えないものだと信じているんです。こういう話をすると現実的じゃないとか言われるけど、でもまぁ、いいじゃないかって(笑)。

そういった気持ちと、現実的な視点の両方が稲葉さんにはあるんですよね。

稲葉:そりゃ、そうは言っても成功しないと会社がつぶれちゃうわけですから。やっぱり売れる、売れないということは凄く大きなことですよね。でも、どんな時代でもある程度視点を持って続けていけば、両立ができるんだと思っています。

ファンタジスタ歌磨呂
海外進出は意識していますか?

例えば、村上隆さんはいまや世界でも屈指の現代アーティストとしてご活躍されていますが、なかなか音楽業界というのは、海を越えて出ていかないところがありますよね。

稲葉:海を越えて行くにしても、やっぱり私は『Made in JAPAN』で行きたいと思っています。これまでの諸先輩方を拝見していると、日本の良さというものをしっかりグローバルに表現できているアーティストの方が成功していると思うんです。日本的なオリジナリティを世界に通用する形で表現していれば、必ずしも外国語である必要はなく、日本語でもいいと思います。トイズファクトリーは2年前から、その『Made in JAPAN』をやりたくて、SEKAI NO OWARI、livetune、BABY METAL、初音ミク、でんぱ組.incなどをリリースしているんですが、いつの間にか海を自然に越えていた! と言えるようにがんばりたいなと思っていますよ。

(左)livetune feat.初音ミク「Tell Your World EP」(2012) (C)Crypton Future Media, INC. www.piapro.net (C)2011 mebae/ Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved. (C) FANTASISTAUTAMARO ALL RIGHTS RESERVED. (右)でんぱ組.inc「Future Diver」(2011)

日本の音楽シーンを見ていると、どうしても海外文化の真似事に見えちゃうことがあります。僕は日本で生まれ育っているし、この場所を大事にしたいからこそ、そういうことを考え込んでしまうことが多いんです。

稲葉:世界に出て行きたいと思うなら、色んなことを考えなきゃいけない。参考として、料理界での日本の飛躍の話をします。日本人からすれば、お寿司というのは日本が一番美味しいと思っているわけですが、海外では、日本ではなくても、カリフォルニアロール等を食べてお寿司は美味しいと満足している外国人もたくさんいるわけです。要は、その土地で素材に合った料理をするということがコンセプトとして常にあれば、世界中の色々な素材に融合し変化したとしても、それが美味であれば万人が未知の味の虜になる。アート界にしても音楽界にしても、色々な素材に自分の創造性を融合し表現することが大事だと私は思っています。

自分としても、今後の図式はハッキリ?見えてきたので、残りの人生、がんばります!

稲葉:歌磨呂くんは、日本のみならず世界に発信していける人だと思っています。そのためには、これからネクストステージをどう描いていくかですよね。私は歌磨呂くんにはそれができると信じていますよ。


インタビューを終えて

いままで僕は、裸一貫じゃないですが、自分の目しか信用しないという生き方をしてきたんです。でも最近、その限界を感じていて、これまではどうでもいいと思っていた昔の哲学や思想を少しずつ勉強し始めていて、長い歴史のなかでみんなが何に疑問を感じ、苦しみ、考え抜いて、答えを出してきたのかということを学んで、取り入れていきたいなと思うようになったんです。だからこそ、稲葉さんが話していたように、人に薦められたことや教わったことを常に肯定的に取り入れるという姿勢も見習っていきたいなと思ったし、色々とお話を聞くなかで改めて嗅覚の鋭い人なんだなと。常に肯定的に物事を見定めているからこそ、トレンドや時代を見通せる力がズバ抜けているんだろうと今回のインタビューを通し、改めて感じました。
今日は、稲葉さんのルーツというものについて100%は聞き切れなかった感じもあるのですが、人間には、そういう血や環境というものを超えて宿る神様のようなものがそれぞれにいると僕は思っていて、稲葉さんが、自分の目で見て、良いと思ったらすぐに行動できるというのは、他の人にはできない魔法のようなものだと思うんです。その魔法が化学変化を起こし、いままで多くの奇跡が生まれたんだろうなって思うんですよね