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梅沢和木

美術作家

1048

ゲームプレイヤー

今回インタビュアーとして登場するのは、現代アーティストの”梅ラボ“こと梅沢和木さん。ネット上のキャラクター画像等をコラージュし、そこに絵具を重ね合わせる独自の手法で、アートシーンにとどまらず各方面から注目を集めてきた彼が、今回インタビュー相手として指名したのは、音楽ゲームいわゆる「音ゲー」ブームを作ったゲームソフト「ビートマニア」において、「1048式」(トシヤ式)という独自のプレイ手法を確立したカリスマゲーマーの1048さん。自らもゲームオタクであるという梅沢さんが、公私共に付き合いのある1048さんに、いま改めて聞きたいこととは?

梅沢和木 

インタビューの前に

いま、梅沢和木さんが聞きたいこと

「1048さんとの出会いは、2010年に開催した『破滅*ラウンジ』というイベントです。作品も人間もゴミもパソコンもすべて一緒くたに展示するというなかなかハードなイベントだったのですが、そこで僕は作品だけではなく、ゲームをプレイしている自分自身も展示するというパフォーマンスを行いました。その時に、ゲームのコントローラーを貸してくれたのが1048さんだったんです。
これまでアートの世界では、アニメーションなどが参照されることはあったけど、ゲームというのは存在感が薄いものでした。でも、ゲームには、プレイを通して身体に宿る記憶や、プレイヤーと観客の間の相互性や複数性というものがあって、これらは僕が携わっている『カオス*ラウンジ』などにかなり通じる感覚でもある。『破滅*ラウンジ』にしても、ある意味ゲームの世界から無理矢理アートに介入しようとした試みだったと言えると思います。
『音ゲー』の世界には、圧倒的な身体能力を持ったプレイヤーたちがいて、彼らはその界隈ではカリスマ的な存在です。その中でも特に1048さんは、プレイだけではなく、その言動にも注目が集まるような発信力のある人で、しかもアートやファッションなどにも興味を持っていて、凄く珍しい人だなと感じていました。今日は同世代のゲームオタク同士として、色々話ができるといいなと思っています」

梅沢和木 

なぜ「音ゲー」にハマったのですか?

いきなり全国トップのプレイを目の当たりにして、自分の動きと違いすぎると(笑)。そこで負けず嫌い精神が目覚めて、ゲーセンに通う日々が始まりました。

Q.1048さんが初めてプレイしたゲームを教えてください。

1048:ゲームをどう定義するかによるんですが、初めて自分でやったと言えるのは、ゲームボーイ版の「グラディウス」ですかね。ゲームをやり始めた頃はシューティングゲームばかりやっていて、あとは兄貴がやっているRPGを見ていました。小学生の頃は、「ファイナルファンタジー」や「聖剣伝説」など、スーパーファミコンの名作と言われるものをひと通りやっていましたね。

Q.ダンス・ダンス・レボリューション」や「ビートマニア」などいわゆる「音ゲー」が社会現象になったのは、僕たちが中学生の頃でしたよね。

1048:実は、そういうものが台頭してきているというのをしばらく知らなかったんです。当時は、ネットとかで情報を得ていたわけでもないし、世の中のムーブメントを何も知らなくて、「ビートマニア」の存在を知ったのもたまたま友達と行ったゲームショップで無料プレイができたからなんです。地元のゲームセンターで音ゲーをやり始めたのは中学3年の春からで、その時も家でやっていた「ビートマニア」がゲーセンにもあるんだという認識でした。ひとつの運命だったのかもしれないですが、そこでたまたまプレイしていたのが、後に全国大会の決勝で雌雄を決することになる銀(シルバー)さんだったんです。いきなり全国トップのプレイを目の当たりにして、自分の動きと違いすぎると(笑)。そこで負けず嫌い精神が目覚めて、ゲーセンに通う日々が始まりました。

Q.さやわかさんの著書『僕たちのゲーム史』の中では、コミュニケーションを重視するゲームの台頭として、「ビートマニア」への言及があるんですね。大作のロールプレイングゲームや格闘ゲームなどがどんどんマニアックになり、一般の人たちが遠ざかっていくなかで出てきたのが、「ビートマニア」のようにボタンを押すという行為に新しい意味を与えたゲームだったと。いまでは、そのビートマニアもマニアックな方向に行っているところがありますが、当時は「魅せるプレイ」というゲームスタイルは画期的でしたよね。


1048:たしかにコミュニケーションの要素が強いゲームでしたよね。当時僕は中学3年だったので18時までにはゲーセンを出ないといけなかったんだけど、そこにいた年上の先輩や大人たちが妙にカッコ良く見えた記憶があります。カッコ良く「ビートマニア」をプレイするお兄さんたちがたくさんいて、それが中二病の僕の心に突き刺さった(笑)。そういう人たちのコミュニティにコミットしたいがために、自分もうまくなりたいというのがありましたね。地元の狭山のゲーセンではローカルな繋がりがあって、みんながワイワイやっている感じが凄く羨ましかった。その頃は部活をやっていたから、オタッキーにゲームをやっている感じではなく、楽器を練習しに行くような感覚でしたね。<続く>

梅沢和木 

あの手法はどうやって生まれたんですか?

現実からの逃避としてゲームを続けているうちに、全国でも順位が一桁になるくらいまでがうまくなっていたんです。その手法の画像や動画を公開するようになり、それが「1048式」のテンプレートになったんです。

Q.1048と名乗るようになったのはいつ頃からなんですか?

1048:高校1年くらいの頃に、「ビートマニア」のスコアをインターネットランキングに登録するのに名前が必要だったんですね。それで、やむを得ず自分の名前をもじった「1048」というハンドルネームのようなものを名乗るようになりました。最初は特に強い意志や思い入れがあったわけでもなく、ゲーセンにいるお兄さんたちと戯れながら、いわゆる「エンジョイ勢」的にゲームをやっていましたね。

Q.そこから本格的にやり始めるきっかけは何かあったんですか?

1048:この辺からダークな話になってくるんですが(笑)、実は高校2年まではテニスをやっていて、ガチでインターハイを目指していたんです。でも、高2の春に人間関係でトラブルがあって、エースだったにも関わらず、喧嘩をして部活をやめて、その時に友達も何もかも失ってしまったんです。いまでこそこうして話せますが、当時はどうすることもできなかったし、相談する相手もいなくて、孤独に苛まれていました。完全に自分の居場所を失ってしまって、唯一残ったのがゲーセンだったんですね。いまで言う完全な「うつ」で、凄く病んでいる状態だったけど、(「ビートマニア」の)鍵盤を無心で叩いている時だけはすべてを忘れられた。その頃からゲーセンに引きこもるようになったんです。それからはゲームの世界の「1048」と、現実世界の自分が分離し始めて、1048でいる時の方が楽しくなっていったんです。

Photo:越間有紀子

Q.「1048式」という手法を確立したのもその頃だったんですか?

1048:そうですね。現実世界ではボロボロの状態で親にも色々迷惑をかけていたんですが、現実からの逃避としてゲームを続けているうちに、気づいたら全国でも順位が一桁になるくらいまで「ビートマニア」がうまくなっていたんです。当時、iモードの「魔法のiらんど」に自分のホームページを作り、1048名義で掲示板などを通してコミュニケーションを取るようになり、そこが現実世界の悩みを吸い上げてくれる自分の居場所になっていきました。ゲームがうまくなるにつれて自分のサイトも注目され始め、徐々にそのサイトから発信ができるようになっていったのですが、そのひとつの試みとして、自分の「ビートマニア」の手法の画像や動画を公開するようになり、それが「1048式」のテンプレートになったんです。

『破滅*ラウンジ』の際に梅沢さんがデコレーションした1048さんのコントローラー。 「破滅*ラウンジ」(2010)at Nanzuka Underground

Q.いまでは「ニコ動」とかに誰でも簡単にアップできるようになりましたが、当時はゲームプレイヤーの動画自体が貴重でしたよね。

1048:自分の手法を伝えたいという思いはもちろんあったんですけど、現実世界で沈みこんでいた反動として、顕示欲が凄く強まっていたんだと思います。「1048」という人格を露出していくことが楽しくなってくるにつれて精神状態も安定してきて、「現実世界ではこういう風に生きていこう」という考えもまとまってきたところがありましたね。<続く>

梅沢和木 

プレイヤーにこだわるのはなぜですか?

やっぱりゲームというのは、プレイヤーがいて初めて成り立つという図式があるので、王道の存在はやっぱりプレイヤーだろうと思っているんです。

Q.ゲームに熱中している誰もがそうだと思いますが、「ゲームばかりやっていて将来どうするんだ」という思いに駆られることがありますね。当時は、将来の夢とかはあったんですか?

1048:将来の夢というのはなかったですね。その時の思いつきで心理学だったり、文学だったり、やりたいことが目まぐるしく変わっていました。大学時代もゲームはずっとやっていたんですけど、もともと現実からの逃避行として始めたものなので、それを将来の何かに結びつけるという考えはまったくなかったですね。

Photo:越間有紀子

Q.最近では、ゲームのプレイヤー側だった人が音楽などを始めて、「beatmaniaⅡDX」に作品提供をするというようなこともありましたが、そういう方向は考えなかったんですか?

1048:音ゲーを通して音楽やアニメーションに興味を持って、アンダーグラウンドに制作をしている人たちは昔からたくさんいましたよね。最近は、そういう人たちが「pixiv」や「ニコ動」などによって露出してきていますが、そういうゲームを介したサブカルチャーがあるなかで、僕自身はゲームをプレイするというところに軸を絞っていました。そもそも、昔からピアノをやっていたから鍵盤のゲームに惹かれたというのもあると思うのですが、「ビートマニア」に関しては、自分はずっとプレイヤーでいようと。

Q.プレイヤーとしての誇りがあるんですね。

1048:やっぱりゲームというのは、プレイヤーがいて初めて成り立つという図式があるので、王道の存在はやっぱりプレイヤーだろうと思っているんです。

梅ラボ「とある人類の超風景Ⅱ」

Q.そこは凄く重要ですよね。日本が誇る文化として「クールジャパン」が言われていますが、その中で言及される「アニメ、ゲーム、漫画」のうちの「ゲーム」についてはまだ理解されていない部分が多いように思います。ゲームの凄いところは、クリエイトする側だけではなく、プレイヤーがいるということで、ゲーム文化の強度を高めていく上では、やはりプレイヤーの存在が重要なのかなと思います。

1048:日本は不思議なところで、ゲーム大国であるにもかかわらず、プロゲーマーというものが成り立たないんですね。例えば、アメリカや韓国などでは職業としてゲーマーが認知されているのに、日本にはそれがない。それはなぜかというと、やはり日本には、「ゲームで遊んでばかりいないで働け」という風潮が色濃いからなんです。だから、製作者が用意したものを何も言わず消費し続けるという構図からも出られない。そうなってしまうと、製作者側が衰退すればゲーム文化自体も自然消滅するだろうし、何も広がらないと思うんです。例えば、格闘ゲームの世界には、プレイヤー側が始めた全国大会があって、それが後に公式に認知されたんですけど、そうやってプレイヤー達が自己発信していくための礎を築いていくことは大切かなと思っています。<続く>

梅沢和木 

「音ゲー」にしかない魅力って何ですか?

音ゲーの場合は、身体の行為が加わることで、優劣を決定する指標が数字だけではなく、そこに見栄えや人間的な魅力みたいな要素が加わる独特の世界なんですよね。

Q.「音ゲー」の文化としての発展を考える上では、単純に「凄いプレイで人を感動させられる」ということが、重要な要素になってくるような気がしています。

1048:それが音ゲーと他のゲームとの絶対的な違いですよね。パフォーマンスという要素が強いゲームだから、モニターとコントローラー、パソコンとキーボードの関係だけでは完結しなくて、楽器に近いところがあるんですよね。

Q.ある意味譜面通りにプレイするしかないんだけど、圧倒的な「コレジャナイ感」もありますよね。「ビートマニア」はDJじゃないし、「ダンス・ダンス・レボリューション」はダンスじゃない。それはインドから輸入されたカレーが日本に来て変わったのと似ていて、元のものとは全く別物になっているのも面白いですよね。

1048:僕自身、DJになりたいわけでもピアニストになりたいわけでもない。プレイヤーを突き詰めていくと、「ビートマニア」の世界だけで確立された新しい風景というのが見えてくるんですよね。また、ゲームが盛り上がる要素として、競争というのがありますが、音ゲーの場合は、身体の行為が加わることで、優劣を決定する指標が数字だけではなく、そこに見栄えや人間的な魅力みたいな要素が加わる独特の世界なんですよね。

Q.極限まで音ゲーをやりこんでいくことで、身体性などに変化があったりしますか?

1048:演奏的な動きが求められるので、究極を目指そうとすると、どうしても独特の筋肉が必要になってきます。ピアノをやっていたからといって、それが活かせるかというとそんなことはなくて、「ビートマニア」に特化した筋肉をつけないといけない。おそらく僕は、指の筋の発達具合が他の人とは全然違うんです(笑)。当時は、長時間練習をして、筋肉の回復を待って、また練習をするということを繰り返していましたからね。ゲームのために身体を作るなんてバカらしいと思われるかもしれないけど、ある種アスリートのような調整が必要なところがあるんです。

梅ラボ「とある人類の超風景DX」

Q.完全にアスリートですよね。そこには年齢なども関わってくるだろうし、年を重ねてくると、大きな飛躍よりも維持に傾いていくところがありそうですね。

1048:そうですね。晩年のアスリートが若い選手たちの中に入って活躍することが、どれだけ凄いことなのかがよくわかります(笑)。大人になれば仕事などもあって時間がなくなるわけで、そういう色んな要素に打ち勝つための試行錯誤が必要になってきますよね。<続く>

梅沢和木 

これからもゲームは続けるのですか?

「1048」という人格は、このゲームから生まれているものだから、それをやらなくなるということは、この人格を殺すことにもなる。これまでやってきたことを、価値として残る何かを別の形態に昇華させたいとも思っています。

Q.シーンに長く携わってきたプレイヤーとして、1048さんは今後どんなことをしていきたいと考えていますか?

1048:長くやっていると、ネット上で「老害」と言われたりすることもありますが(笑)、ゲームを文化として発展させていく上では、その世界をずっと見てきている存在というのが必要だと思うんですね。例えば、先に話した格ゲーの世界でプレイヤーを牽引していくような図式が作られたのも、昔からプレイしている世代がしっかり発信してきたからなんです。以前の僕もそうでしたが、若い世代というのはプレイに没頭している時は別に何も考えていなくて、それを文化としてどうつないでいくのかという課題は、ある程度整理ができた段階で初めて出てくる。その時に実力が維持されていれば発信力も保つことができるし、僕自身そのために技術を磨いているところがあるんです。すでに音ゲーは10年以上の歴史がありますが、これを文化として昇華させていくためには、僕ら以上の世代の存在が大切だと思っています。

Photo:越間有紀子

Q.やっぱり日本というのは技術大国でもあるし、うまい人の発言というのは圧倒的な支持を生むますよね。さらに、ゲームを文化として捉え、発展させていくことを考えると、うまいだけではなく、発信する言葉や立ち位置、キャラクターも大事になってきますよね。

1048:そうですね。ゲームの王道はプレイヤーだと思うし、そのなかで一番うまい人は王様。でも、いつかもっとうまい人は必ず出てくるし、うまさだけを競っていると延々とその繰り返しになって、その人たちはいつか忘れ去られてしまいます。そこから別のフィールドに行くためには、何かプラスアルファのものを持っていないといけないと思うんですね。例えば、アスリートが引退後にコーチになるというのは、別枠としてその世界に残るという分かりやすい例ですが、ゲームにおいても色んな方法があっていいと思っています。

Q.これからも音ゲーはプレイし続けていくのですか?

1048:「1048」という人格は、このゲームから生まれているものだから、それをやらなくなるということは、この人格を殺すことにもなると思っています。気づいたら現実の人格を捕食してしまうほど大きくなっていたこの存在を殺すことはできないし、そういう意味でもゲームはやり続けると思います。でも、個々のゲームというのは企業が作っているものだから、当然いつかなくなる可能性はある。だからこそ、これまでやってきたことを、価値として残る何かを別の形態に昇華させたいとも思っています。<インタビュー終わり>

梅沢和木 

インタビューを終えて

重要なのは、1048式という「型」が簡単に生まれたのではなく、1048という一人の人間の葛藤と成長のなかで生まれ出たという点なのだと思いました。

「友人であると同時に尊敬するプレイヤーである人間に対して初めて真っ向から挑んだ、充実したやり取りをさせていただいた時間でした。1048式というプレイにおける『型』の発明は、プレイヤー全体に影響を与えました。『beatmaniaⅡDX』というゲームの世界でのシーンに影響を与えた発明です。僕はこの発明自体に感動するのですが、重要なのはこの『型』が簡単に生まれたのではなく、1048という一人の人間の葛藤と成長のなかで生まれ出たという点なのだと思いました。
ある区切られた世界の中で変革を起こす画期的な『型』は、一朝一夕でできるものではなく、それ相応の時間や努力、もしくは才能があって生まれ、シーン全体に影響を及ぼすものになる。それは他の世界でも当てはまることだと思います。ただ、ゲームという世界はあまりにも消費が前提で、サブのカルチャーだと下に下に見られてしまう。それで良いのだと済ませることもできますが、僕はやはりそこで生まれる新たな創造性や映像体験を見続け、体験したいと思います。色々聞いたりしてしまいましたが、まずは十段という自分の段位をはやく皆伝にしないとですね…。精進します」

インフォメーション

1048さんをはじめプレイヤー主宰で開催されるbeatmania IIDXの全国大会が、4月28日にBIGBOX高田馬場にて開催予定。

もっと知りたい人は…

  • さやわか「僕たちのゲーム史」(2012/講談社)

  • 多根清史「教養としてのゲーム史」(2011/筑摩書房)

  • トニー・モット「死ぬまでにやりたいゲーム1001」(2011/ボーンデジタル)

  • 多根清史「日本を変えた10大ゲーム機」(2008/ソフトバンククリエイティブ)

  • 「美術手帖 2012年 05月号」(2012/美術出版社)

  • 「ビートマニア II DX 16 エンプレス+プレミアム ベスト」(2009/コナミデジタルエンタテインメント)

  • 梅沢和木 

    梅沢和木

    美術作家

    1985年生まれ。美術家。ネット上の画像を集め再構築し、アナログとデジタル、現実と虚構の境目を探る作品を制作し発表している。2013年に『LOVE展:アートにみる愛のかたち―シャガールから草間彌生、初音ミクまで』(森美術館)などの展示に参加。2013年に個展『エクストリームAR画像コア』(DIESEL ART GALLERY)を開催。CASHIおよびカオス*ラウンジに所属。beatmania IIDX tricoroSP段位皆伝(1467-5211)。

  • 1048 

    1048

    ゲームプレイヤー

    1985年生まれ。埼玉出身。早稲田大学第一文学部美術史学科卒業。原宿のファッションビル管理を3年間勤めた後、起業。 WAKKA Inc.取締役。主なゲームタイトルや実績に、Beatmania IIDX 第1回トップランカー決定戦準優勝、SOUND VOLTEX KONAMI Arcade Championship 2012 関東2位、 Power Smash 3 世界ランク1位、GROOVE COASTER 世界ランク2位などがある。