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「問い」をカタチにするインタビューメディア

未知との出会い

デザイナー・原田祐馬さんが、
文化人類学者・小川さやかさんに聞く、
「他者とのコミュニケーションについて」

大阪を拠点に活動するデザイナーの原田祐馬さん。グラフィックデザインをはじめ、空間デザイン、展覧会/イベント企画などジャンルを越えてさまざまなプロジェクトを展開している彼が、今回インタビュー相手として指名してくれたのは、タンザニアの路上で古着を売り歩き、タンザニア人の人間関係や処世術を調査した「都市を生きぬくための狡知」で、サントリー学芸賞を受賞した小川さやかさん。現在、「瀬戸内国際芸術祭 2013」の小豆島・醤の郷+坂手港エリアで、町の人たちとともにプロジェクトを進めている原田さんが、「関係」をテーマにさまざまなお話を聞きました。

原田祐馬
タンザニアと日本の違いは何ですか?

いま僕らは「観光から関係へ」をコンセプトに掲げ、小豆島で町の人たちと関わりながら、一緒に「こと」や「もの」を作り上げていくというプロジェクトをやっているんですね。それがきっかけで、離島にどのようなきっかけで人が渡りたいと思ったのかと疑問を感じたり、さらには、言語の違う人間同士が初めて出会った時に、翻訳してくれる人やツールがなかったとしたら、どんな反応が起きるのかということなどを考えるようになったんです。そんな時に小川さやかさんの文章を雑誌で読んで、タンザニアの社会の中に入り込んで調査していることに衝撃を受け、ぜひお話を聞いてみたいなと思ったんです。なぜ小川さんはタンザニアで古着の行商になって研究しようと思ったのですか?

小川:もともと研究対象として、「贈与」や「負い目」に関心があったんですね。タンザニアの社会って、助ける/助けられるという感覚なしにお金やサービスが回っていることが多いんですよ。それは、非常に困難で不確実な生活を送っている都市下層民は、お金を借りたり、助けてもらったりしても、それを必ず返せるとは限らないからなんです。「助け合い」というのは美しいものですが、難しい部分もあるじゃないですか。いつも助けてもらっている側は負い目を感じるし、助けてばかりの側だっていつも気持良く支援をできるわけではない。じゃあ、そういう負い目を発生させないでやりくりする方法はないのかということに関心があったんです。

小川さんの本を読んでいて、タンザニアの人たちは凄くドライな印象を受けたのですが、その反面、生きるためには急にスイッチを変えて、あの手この手でコミュニケーションを取っている感じがしました。

小川:個人主義ではなく自立主義なんです。仲が悪いわけじゃないけど、日本人に比べるとたしかにベタベタしていないんです。そんな流動的な人間関係の中で生きている彼らにとって、生き抜くための最大の術はハッタリやごまかしを含む知恵、狡知の駆使なんですね。ただこの狡知を駆使した戦術は短命で、流動的な人間関係だからこそ成立する。例えば、腹が減っているという演技で支援を要求する術は、同じ人に何度も繰り返していたら、通用しなくなりますよね(笑)。ただ、そうした演技を駆使した戦術はこれまでの経験で培った癖を技化したもので、一度味をしめた術を変更するのは困難。お調子者がお調子者の戦術を使わずに生きるのが難しいように。ただ、タンザニアの都市はもともと流動的な社会だから、通用しなくなれば、別の人間関係へと渡り歩いていくことができる。流動性の低い日本ではそうはいかないから、しばしば息苦しくもなる。

それぞれのキャラクターを示すために、例えば「背が高い」という身体的特徴などからあだ名をつけたり、自分たちのキャラクターを設定しながらコミュニケーションを図っているという話も興味深かったです。日本人が血液型で人を判断する感じに少し近いですよね。

小川:あぁ、意外と似ているかも。お互いに相手のキャラクターを強制的に了解するような付き合い方をするんですよ。例えば、◯◯族は大食いだとか、ケチだとか冗談を言い合うんですね。「この人はこういう人間だ」と冗談関係を築いて了承してしまうことで、異質な他者とすばやく打ち解ける方法です。新しい関係に入っていこうとする時は、まず自分がどういう人間なのかを伝えないといけないけれど、関係性がすごく流動的な場合、キャラ立ちしていれば、強制了解ですばやく馴染めるし、そのキャラとそれを活かした戦術で渡り歩いていける(笑)。もちろん個々の人間は複雑だって理解しているからこその強制了解ですが。

原田祐馬
ストリートにもリテラシーは必要ですか?

本の中で「ストリート・リテラシー」という言葉を引用されていましたが、この考え方も興味深かったです。例えば、日本の道路では緊急車両が止まる場所に「救急」などと書かれていますが、もしこの文字が消えかけていたとしても、町に住む人が道路に無断で文字を書き直すことは違法ですよね。でも、それを町の人たちがやることは、ゴミや枯れ葉が落ちていたら拾うとか、食べ物が余ったら皆で分けることと同じで、本来なら自分たちの町のことだから、当たり前のことなんじゃないかとも思うんです。

小川:例えば、路上商売は道路交通法などの法令に違反しているんですが、多くの住民の認識では必ずしも違法だと思っていなかったりするんです。政府は、事故を引き起こす原因になるからといって公設市場などに追いやろうとするのですが、路上商人は、その街のさまざまな職業の人たちと利害関係があるんですね。例えば、バスの運転手からすると、路上商人を追い払ってしまうと乗客が少なくなるから儲からなくなる。少し前に、東京で路上で売られているワンコイン弁当が問題になっていて、それは衛生上の観点に加え、店舗を構える周辺の弁当屋との関係も問題になっているという理由だったんです。

そういえばうちの事務所のそばにも500円以下で買える弁当が売っていて、スタッフもよく食べています。でも、周りには他にもたくさん食事ができる場所はあるわけで、どこまでお互いの商売について考え、弁当を売っているかというと疑問です。

小川:その点、タンザニアの路上商人は自らのニッチを凄く考えています。路上商人というのはそもそも隙間産業で簡単に排除されてしまう存在なんですが、彼らは政府をあまり怖いと思っていないんです。むしろ、軒先で商売をさせてもらっている商店主を怒らせる方がよっぽど怖いんですね。タンザニアの路上商人は、商店主と消費者の媒介者となり、双方が利益を得られるような共生関係を作るということを、色んな相手とやっているんです。

ムランゴ・ムモジャ古着市場の露店商(2004年撮影)

そういうストリート・リテラシーのようなものをどこまで取り戻せるか、再設定し直せるかということは、僕らがこれから生きていくためにもとても重要になってくるのかなという気がします。

小川:ストリートのリテラシーは規範というより、人びとが日々の関係のやりくりのなかで創り出しているやり方ではないかと思うんです。日本にはこのやりくりに代わる制度や規定がたくさんあって、それはそれで便利なんですが、逆にそれらに縛られている側面もあります。例えば、道に迷った時、インフォメーションセンターや交番など道を教えてもらえる場所を探したりしますよね。でも、アフリカの人たちなら「目の前に人がいるんだから聞けばいいじゃないか」と考える。人間関係にしても、まず「私たちはこういう関係だ」という規定があり、「だからお互いに助けあうべきだ」という話になるし、何か問題が生じた場合は、新しいルールや制度を作るという方向に進みがちだけれど、私は「○○という場や関係では○○すべきだ」という関係や振る舞いの条件やルールを考える代わりに、「いかに無条件・無根拠に人と関わったり、行動できるか」に関心があるんです。そこで大事になってくるのが、狡知、その場を切り抜ける生命力で、その場その場のやりくりを通じて生みだされる関係性や了解ですかね。

原田祐馬
文化人類学はどんな学問ですか?

僕が教えている京都造形芸術大学のゼミでフィールドワークをすることがあるのですが、デザインを考える上でのフィールドワークはどうしてもその時限りになりがちで、ほとんどが記録にしかならないんです。でも、小川さんの場合は、実際にタンザニアの商人になって現地に何年も入り込んでいて、凄いエネルギーだなと(笑)。

小川:文化人類学は「参与観察」と言って、現地の人と一緒に暮らしてながら研究するという手法を看板に掲げているのですが、実際に現地の社会に影響を与えないようにするのはなかなか難しいなと感じます。要は、フィールドワーカーとして自分が何者になるかということなんですよね。

文化人類学の研究者は普通「透明人間」になるけど、自分はそうなれていなくて、現地の人に影響を与えてしまっていると書かれていましたよね。研究という意味ではよくないことなのかもしれないですが、こういう場所に入っていくと、何かしらの干渉や関係性は絶対生まれてしまいますよね。むしろ商人になって入り込んでいたからこそ、本を読んでいても街の様子が凄く伝わってきたし、登場人物の隣にいるような気分になりました。

小川:タンザニアでは、297人のライフヒストリーをそれぞれ5,6時間程かけて聞いたんですね。毎晩バーに飲みに行って話を聞いていたので、すっかりザル化してしまいました(笑)。相手が飲むお酒に自分も合わせるので、タンザニアの蒸留酒などを飲む相手の場合は大変でしたね。だいたい12時くらいまで飲んで、翌日は朝6時から行商をして、仕事が終わったらまた飲みに行くという生活だったので、一人になれる時間はなかったですね(笑)。

タンザニアのマチンガ(零細古着商人)と小川さん。(2005年撮影)

いまでもタンザニアの人たちとは交流があるのですか?

小川:そうですね。いまはアフリカに氾濫している中国の非正規品の流通と消費について研究をしていて、中国に非正規品を仕入れに行くアフリカ商人を調査しているので、フィールドは中国にシフトしましたが、タンザニアで調査していた頃の仲の良い友人たちとはまだ付き合いがあります。私が初めてタンザニアに入った時は22歳だったんですが、いまでは当時の調査助手には3人の子どもがいます。現地の人たちの変化は大きくて、すでに都市から村に帰った人などもいますが、彼らの今後も調査もしていきたいなと思っています。

やはり、最終的に人と人の関係に帰結していくんですね。そもそも小川さんにとって、文化人類学とはどんなものなんですか?

小川:アナザーワールドから考えるという感じですかね。例えば、「若者の不安定就労問題」など比較的はっきりした課題や問いを設定して、それに対する考察や解決策を提示していく隣接分野の研究に比べて、民族誌の中に問いを埋め込み、必ずしも明確な答えを書かない文化人類学は回りくどい学問です。でも、この世界にたしかに存在しているアナザーワールドから、私たちの経済や社会、文化において「これ以外にはない」と思っている考え方ややり方を相対化することで、ひとつではない多様な世界を考えることができる面白い学問なんです。例えば、一夫多妻制という言葉を聞くとたいていの女の子は「え~嫌だ」と言うんです。でも、それは「単婚」しかあり得ないと信じる何らかの価値から、一夫多妻制を評価しているだけかもしれない。家族の概念や実態は文化によって全然違うし、良い面も悪い面も何が問題となるかも違う。そこから「家族とはこういうものだ」「こうあるべきだ」という自分の考えを見つめ直すという方法だって、日本の家族が抱える様々な問題を考えるヒントになるし、私はそういうふうに身近な問題を考えるのが好きなんです。

タンザニアの古着の定期市(2004年撮影)

原田祐馬
人間は分かり合えると思いますか?

タンザニアにいる時は現地の言葉でコミュニケーションを取っていたのですか?

小川:はい。ただ、日本でスワヒリ語の勉強を少ししていたのですが、タンザニアに着いた直後は全然喋れなかったですね。

拙い言語でやり取りするコミュニケーションの方が、お互いが相手のことを理解しようとするからいいのかもしれないですね。

小川:すれ違いや喧嘩もしまくりましたけどね(笑)。ロボットやアンドロイドの研究に「不気味の谷」という言葉があるのをご存知ですか? ロボットやアンドロイドが人間に近づいていく過程で、ふと不気味に感じる段階があるんです。その「谷」を超えると不気味ではなくなるのですが、フィールドワーカーにもその「不気味の谷」のようなものが訪れるんですよ。最初は、相手からしたら異文化から来たフィールドワーカーにわからないことやできないことがあっても不思議ではないロボットみたいなものなので、こっちが的外れなことを聞いても、大抵の場合は優しく教えてくれるか、しようがないと黙認してくれる。でも、徐々に色んなことがわかり、だんだん現地の人に近づいてくると、不気味な存在になるんです。同じことをしているのになんか違う、何かが変だと言われて、些細な間違いや行動にも厳しくなってくる。でも、そうなった時がフィールドワークの一番スリリングな瞬間なんですよ。それを超えてしまうと、何も不思議なことがなくなるのでうまく生活はできるけれど、研究ができなくなってしまう。

タンザニアの古着の行商人(2001年撮影)

深い(笑)。一周回ってからが面白くなってくるんですね。小川さんのお話を聞いていて、小豆島のプロジェクトは、大阪から3時間程度の距離だから、通いながらいかに町の人たちと一緒に環境を作っていけるかという新しい仕組み作りに挑戦しているのかもしれないなぁと。関わり始めて1年半、時々、意地悪なことを言われて暗くなることもあるのですが(笑)、最初はがむしゃらだったけど色々な話を進めていくうちに、他者である限り分かり合えないことに気がつきました。そこからお互いがすべてを冗談だと捉えるくらいの意識で楽しもうと思うようになり、自然とチームの皆が力を寄り添わせる関係になってきている。厳しさを超えると関係が一周周り、まだまだ問題も抱えてはいますが、プロジェクトがドライブし始めてきた気がしています。

小川:なるほど。文化人類学の教科書には、「文化相対主義」という考え方が出てきます。文化には優劣がなく、自文化の物差しで異文化を評価すべきではないという考え方です。一見正当な考え方ですが、この考え方を純粋に推し進めると、例えば「女子割礼」などの生命や人権に関わる深刻な問いを呼び起こす慣習に対しても、異文化を尊重すべきだという観点から反対したり批判したりできなくなります。ここで、「いやいや、人間は同じなのだから、女子割礼の危険性や問題をちゃんと話し合えば、現地の人々と私たちは同じ考えに到達する」と信じて「100%理解」を目指す立場も、「人間は所詮みなバラバラで、環境や文化が違えば理解し合えないし、だから仕方ない」と諦める「0%理解」に留まる立場もきっと間違っています。私自身は人には分かり合えないことがあって、それをすべて分かることができる、分かりあうべきだという考え方は傲慢だと思うし、そういう人が相手との力関係に無自覚だと嫌だなと思います。だけど理解し合えなかったら、どうすることもできないというのもおかしな話です。日常的には分からないからこそ人は付き合うことができているからです。人はよく知らない相手とも恋に陥るけれど、超能力で相手の心がよく分かったら多分大混乱に陥る。相互理解は行為に先立つ前提や付き合いの目的ではなく、付き合いの過程で生じたり薄れたりを繰り返すもので、それが完璧ではないからこそ協働も納得も生みだされるのだと思うんです。

原田さんが携わる小豆島のCreator in Residence “ei”にて。

僕たちもプロジェクトの途中で、理解といって良いのか解らないですが、そのことに気がつき始めて本当に良かったです。これからも町の人たちとお互いに冗談を言い合いながら、一対一で何ができるか、僕らと自治体、僕らと島で何ができるのかを考えていきたいし、そのためのヒントが今日のお話の中にたくさんあったような気がします。これからも小川さんの勉強会を毎週やって、みんなに伝えたいくらいですよ(笑)。