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「問い」をカタチにするインタビューメディア

暮らしの更新

クリエイティブディレクター/ウサギノネドコ・吉村紘一さんが、
和菓子作家・杉山 早陽子さんに聞く、
「新しい和菓子のつくり方」

京都に雑貨店と宿「ウサギノネドコ」を立ち上げ、博物館の文脈をアート/プロダクトの文脈に持ち込むことを生業としている吉村紘一さんが、和菓子創作ユニット「日菓」などの活動を通して、現代における美しくおいしい菓子を模索している杉山 早陽子さんに、「もてなし」をテーマにインタビューを行ったQONVERSATIONS TRIP KYOTO Day5。最近は、自然の色や形を活かした新しいお菓子や、お菓子本来のあり方を考える実験工房「御菓子丸」の活動もスタートさせるなど、吉村さんと共通するテーマにも興味を持つ杉山さんが、その活動内容や背景にある思いなどについて語ってくれました。

吉村紘一
なぜ和菓子だったのですか?

以前に、杉山さんがやられている日菓が企画された「明倫茶会 和菓子のはじまり」という催しの際に、ウサギノネドコにある鹿の頭骨を掛け軸として使いたいという依頼を受けました。頭骨、つまり屍を床の間にかけるなんて、かなりチャレンジングなことをしたいんだなぁと実は少し心配していたんです(笑)。でも、実際に参加させてもらうと、なぜ頭骨を使いたかったかのかも分かったし、全体のコンセプトから細部のしつらえまで一貫性が保たれていて、さらにお茶や和菓子の伝統や作法も踏まえた上であえてハズしている感覚などがとても新鮮でした。今回「京都でもてなす」というテーマを聞いた時に、すぐにその時のことを思い出し、指名させて頂きました。まずは、杉山さんがどういう経緯で和菓子に興味を持たれたのかを教えて頂けますか?

杉山:もともと大学では写真部に在籍をしていて、ほとんど勉強もせずに部室でたまって遊んでいるような生活をしていたんですね。ただ、将来何をしようかということを常に模索していて、色んな興味の中から残ったものが、食べ物で何かを表現するということでした。でも、美食という方向性ではなく、食べたらなくなってしまう存在をビジュアルで表現するためにはどんなアプローチがあるのかを考えていたのですが、その頃に『和の菓子』という本に出会うんです。普通和菓子というのはお皿に載っているものですが、この本では白い紙の上に載せられていて、美術作品のように見えたんです。また、一つひとつのお菓子には名前が付けられていて、そこには非常に深い世界が感じられ、和菓子というものに可能性を感じたんです。

それまでは特にお菓子の勉強をされた経験はなかったんですよね?

杉山:まったくなかったですね。最初に就職した和菓子屋では販売員をやっていたのですが、2,3年ほど経った時に、どうしても自分で和菓子がつくりたくて転職しました。でも、転職した会社でもやっぱり簡単につくることはできなくて。和菓子屋といっても、和菓子をつくる他に、それを箱に詰めたり、販売するという仕事があって、いまの状況では自分でつくることは難しいということがわかり、これはもう自分でやるしかないと。もちろん、和菓子に興味を持ってからは自分でも半分遊びでつくっていたのですが、次第に自分でつくったお菓子を工場の人に試食してもらって、意見を聞かせてもらったりしながら、制作を繰り返していくようになりました。

「明倫茶会 和菓子のはじまり」 Photo: Ryouichi Morikawa

和菓子だけに限らないと思いますが、特に京都という場所は、何かを極めるまでの道のりが非常に遠い印象があります。もちろんその過程で学ぶことも多いと思いますが、下積みのプロセスがとても長い気がします。そのなかで杉山さんは、自分でつくり始めるという最短ルートを選ばれたのですね。

杉山:いまでもそうなのですが、私は技術を極めたいという意識はあまり強くなく、和菓子のことを何かを表現するためのツールとして考えているところがあるんです。和菓子というのは修行を積まないとつくれないものだという感覚が多くの人の中にあるので、修行をしていない私は和菓子職人ではないと言われてしまうかもしれませんが、それはそれでいいと思っています。和菓子屋の中ではかなり変わり者扱いをされていますが、いま自分がつくれているものが、自分にとって美味しければそれでいいのかなと。

吉村紘一
どんな活動をしているのですか?

日菓のパートナーである内田(美奈子)さんとはどのように出会ったのですか?

杉山:私が和菓子屋で販売員をしている時に、アルバイトで入ってきたんです。彼女が面接に来た時に「凄く顔が濃い人が来たな」と思ったのが最初の印象でした(笑)。私も顔が濃いのですが、彼女はそれ以上で、きっと南の方の人だと言われているだろうなと(笑)。それがきっかけで、数日後に彼女が休憩所にいた時に話しかけました。そうすると、彼女も私と同じ『和の菓子』という本に影響を受けて、埼玉から京都に来たということがわかり、それを聞いて目指している方向が近いんだということを感じました。また、もともと彼女も写真をやっていて、和菓子というものを表現のツールとして考えている部分もまったく同じだったんです。

日菓「赤い糸」Photo: Kenshu Shintsubo

日菓として活動を始める上で、どんなものをつくっていきたいと考えていたのですか?

杉山:曲げわっぱをリネンで包んだような和菓子をつくりたいと思っていました(笑)。曲げわっぱというのは日本の伝統工芸品ですが、それを風呂敷などではなく、リネンのような新しい感覚のもので包んでしまうようなことを、和菓子を通してやってみたいと。例えば、ココアのパウダーを加えてチョコレート味の餡をつくるようなことではなく、私たちが日菓でやっていることは、すでにある生菓子の技法を活かして、表面の見せ方を少しだけ変えて遊ぶというようなことなんです。

活動内容としては、イベントなどの際にオーダーを受けて和菓子をつくるようなケースが多いのですか?

杉山:活動を始めた頃は、展覧会をしたり、落語家さんとコラボするなど、自分たちからの発信しかしていませんでした。そういうことを続けているうちに、展覧会のテーマに合わせたお菓子をつくってほしいという依頼を受けたりするようになり、気づけばオーダーの仕事が増えていて、徐々に仕事になっていきました。お茶会で日菓の和菓子を使いたいという依頼や、工芸作家のイベントで器に合わせたお菓子をつくってほしいという依頼があったり、その他では結婚式の引出物や誕生日祝いとして依頼されることもあります。また、雑誌の仕事で、季節のニュースをもとに和菓子をつくるということもしています。

吉村紘一
どうやってアイデアを考えるのですか?

つくられる和菓子のアイデアはどのように考えているのですか?

杉山:何かを考えようと思って考えるというよりも、常に色んな物事を俯瞰しているなかでアイデアが生まれてくるケースが多いです。移動中などに思いつくことが多いので、いつもメモ帳を持ち歩いていて、何か思いついたらそこに書きつけるようにしています。例えば、以前に月をテーマにした和菓子をつくる機会があったのですが、京菓子で「月」と言うと、雲が雅にたなびいているようなイメージを思い浮かべそうですが、私たちが考えたのは、月に行った宇宙船「アポロ」をヒントにできないかということでした。そこから、星条旗が刺さっていたら面白そうとか、和菓子とは関係のないことも考えたりしながら色々スケッチをしていき、最終的には人類の月面着陸第一歩を表現した足跡をつけた和菓子をつくりました。

日菓「アポロ」Photo: Kenshu Shintsubo

日菓さんの作品は、シンプルに要素を削ぎ落して、その中にポンと一輪の花のようにアイデアが添えられているというイメージがあります。

杉山:例えば、同じようなものを紙粘土でつくることもできるわけですが、食べ物で表現することの面白さというのは、それをいかに美味しそうに見せられるかというところなんですね。そうするためには要素を付け加えていくよりも、シンプルにしていった方がいいんです。また、タイトルも非常に大切で、もしこのお菓子に「アポロ」というタイトルがついていなければ、これが足跡だということもわからないでしょうし、そうすると物語が成立しません。だから、タイトルと同時にお菓子のアイデアが閃くということは多いし、どこかで腑に落ちる瞬間というのが訪れるんです。

会場では杉山さんのアイデアスケッチも見せて頂きました!

タイトルの付け方に気が利いているというか、最後に鮮やかに判子が押される感じがしますよね。新しい和菓子をつくっていくにあたって、杉山さんが大切にされている根幹の部分を教えて下さい。

杉山:京菓子というと花鳥風月しか語られないようなところがありますが、私たちはもう少し身近にある日常の風景などからテーマを引っ張りだして和菓子にしたいと考えています。私たちの裏テーマとして、和菓子というものをもっと若い人たちにも知ってもらい、楽しんでほしいという思いがあります。和菓子屋というのは、のれんがかかっていて奥が見えないことも多いのですが、私たちがそののれんをちょっと開けてあげて、「中はこんな感じです」と紹介してあげられるような玄関口的な役割を果たせたらと思っています。

取材の途中には、来場者の方たちも参加した簡単なワークショップも。

吉村紘一
いま興味があることは何ですか?

日菓の活動と並行して、御菓子丸という言わば杉山さんのソロ活動も始められましたよね。日菓とはどういう住み分けや違いがあるのですか?

杉山:最近、鉱物が好きになってしまって、自分で採りに行ったりしているんですね。例えば、ウサギノネドコさんにも置かれている黄鉄鉱という鉱物はキューブ型をしていて、自然物というよりは彫刻作品のように見えるんです。こういう自然がつくる造形美に衝撃を受けると同時に、人間もはじめは自然の形を真似て、モノをつくってきたんだろうなと感じたんですね。日菓の場合は日常の生活をテーマにしているので、人工物のモチーフも出てくるのですが、御菓子丸ではもっと原始的なところに立ち返り、自然から学ぶということをしてみたくて、実験工房的にコソコソ始めました (笑)。ここには一体何があるんだろうということがとても気になっていて、それを自分自身が学んでみたいという思いが強いんです。

御菓子丸「鉱物の実」

「自然を人工で表現する」ということが最近の興味領域なんですね。

杉山:そうですね。ただ、あまりに壮大過ぎてなかなか手に負えません(笑)。いままで私がしてきたことには、何かしらオチや着地点があったのですが、鉱物などを見て衝撃を受けたり、美しいと思う気持ちの正体が自分でも説明ができないところがあって、とにかくそこが気になってしかたないんです(笑)。また、先ほど吉村さんにもご紹介して頂いた「明倫茶会 和菓子のはじまり」という催しが、木の実や果物がお菓子の始まりなのではないかという話や、まだ砂糖が使われていなかった時代のことなど、お菓子の原初的な歴史を見返すきっかけになったんですね。それによって改めてそこから変化を遂げた現代のお菓子というものを見つめ返すことができたのですが、一度原点に戻ることで新しいお菓子の味やあり方というものが考えられるかもしれないという思いもあります。

吉村さんが手がける植物の造形美をテーマにしたオリジナルプロダクト「宙 -sola-」。

ウサギノネドコで開催される『ウニ展』では、世界中のウニを展示・販売するのですが、7月21日には杉山さんにお茶会も開催して頂く予定で(※すでにイベントは終了しました。)、いままさにそのための和菓子をつくって頂いている段階なんですよね。

杉山:はい。ウニの骨格が五角形になっているということを聞き、「五角形の小宇宙」というテーマにお茶会をさせて頂くことにしました。和菓子の世界でも桜の花びらなど五等分にするケースが多いんですね。そこで、ウニと花の共通点である「5」というものをキーワードにしつつ、ウニにも花にも見えるような「ウニ花」という名前のお菓子をつくっているところです。御菓子丸にしてもそうなのですが、自然物を完全にコピーするのではなく、何かしらのエッセンスを加えながら、自然に存在する新しい生き物のようなものがつくれたらいいなと思っているんです。