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松倉早星

クリエイティブ・ディレクター
ovaqe inc.

三重野 龍

グラフィック・デザイナー

QONVERSATIONS TRIP KYOTO Day3では、クリエイティブユニットovaqe inc.の代表として、広告や企業のブランディング、メディア運営など多角的な活動を展開している松倉早星さんが、新進気鋭のグラフィックデザイナーとして注目を集めている三重野 龍さんににインタビューを行いました。分野は違えど、ともに京都の大学を卒業し、クリエイティブシーンの一端を担う活動を続けているふたりが、京都で「つくる」ことをテーマに、語り合ってくれました。

4. どんなデザインをしていきたいですか?

三重野 龍 

以前にカフェの看板をつくったのですが、こういう仕事はもっとやっていきたいです。自分のデザインしたものがちゃんと街に残って風景になっていくのは気持ち良いですね。

Q.学生の子たちから話を聞いていると、デザイナーでよく名前が挙がるのは、佐藤可士和さんや森本千絵さんなんですね。もちろん凄い人たちではあるけれど、一方で既存の文脈に乗らないような動きももっとあっていいと思うし、個人的にもそこが好きなゾーンだったりする。三重野くんは影響を受けたデザイナーというのはいますか?

三重野:学生の時に見てカッコ良いと思ったのは、立花文穂さんや大原大次郎さんです。たしかに、これから大学を卒業する人たちの選択肢がもっと増えればいいなという思いはありますね。

MuDA MuDA

Q.僕が学生だった頃の京都では、違法ギリギリのようなかなりヤバいイベントなどが結構あったんですよ(笑)。もちろん、いまそれをやるべきだということではないけど、もっと面白い表現というものが増えてほしいと思うんですよね。それこそいまはMuDAゴンゾをはじめパフォーマンスの領域にそれが移ってきている気がするし、最も自由な表現フォームなのかもしれない。

三重野:パフォーマンス表現は柔軟ですからね。今度、大阪の山本能楽堂という能の舞台をお借りして、MuDAのパフォーマンスをやらせてもらう予定なんですけど、僕らは結構激しい動きをするので、建物自体が耐えられるかが不安要素です(笑)。

松倉さんが編集長を務めるWebメディア「CNTR」。 松倉さんが手がける学びのプログラム「MNRV」。 松倉さんが手がける学びのプログラム「MNRV」。

Q.これからもデザインと身体表現は両方やっていくんですか?

三重野:まだわかりませんが、デザインの仕事については、ずっと続けていけるものなのかなと思っています。

Q.今後やってみたいデザインの領域はありますか?

三重野:以前にカフェのデザインをさせてもらった時に看板をつくったのですが、こういう仕事はもっとやっていきたいですね。自分のデザインしたものがちゃんと街に残って風景になっていくのは凄く気持ち良いことだと思いました。

Q.京都は、僕らが学生の時に飲んでいたようなお店もすでになくなっていたりするし、ディープなライブハウスなど表現する場もどんどん限られてきているように感じています。このままだと自分たち自身が退屈になってしまうだろうし、もう一回なんとかしたいなと。その中で、次の世代を盛り上げてくれそうな関西の人たちにどんどん機会を与えて、しっかり結果も出していくということが自分たちの使命だと思っているし、三重野くんとも今後もっと色々仕事をしていきたいですね。今日はありがとうございました。<インタビュー終わり>

もっと知りたい人は…

  • 松倉早星 

    松倉早星

    クリエイティブ・ディレクター
    ovaqe inc.

    1983年北海道富良野生まれ。立命館大学産業社会学部卒業。東京・京都の制作会社にてプランナーとして在籍。2011年12月ovaqe inc.設立。領域を横断した多数のプロジェクトに携わる。主な仕事に、グリコアイスの実「AKB48 推し面メーカー」、HOTEL ANTEROOM KYOTO、サクラクレパス『わたしだけのはらぺこあおむし』限定セットなど。国内外デザイン・広告賞受賞多数。宣伝会議アートディレクション大阪講座講師。京都造形芸術大学非常勤講師。

  • 三重野 龍 

    三重野 龍

    グラフィック・デザイナー

    1988年生まれ。2011年に京都精華大学グラフィックデザインコース卒業後、京都にてフリーで仕事を始める。ペイントユニット「uwn!(うわん)」の一員として活動し、FREE MAGAZINE『AT PAPER.』のデザインを担当。2013年よりパフォーマンスグループ「MuDA(ムーダ)」に参加。現在までなんとか生き延びている。