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寺坂直毅

放送作家

宮地 豊

八木橋百貨店

以前に、「インタビューされる人」としてカンバセーションズに登場し、「紅白歌合戦」やデパートなどにまつわるさまざまなエピソードを語ってくれた放送作家の寺坂直毅さん。そんな寺坂さんがインタビューする側にまわる今回、「話を聞きたい人」として挙げてくれたのは、埼玉県熊谷市にある八木橋百貨店の販売促進部 催事企画課で働く宮地 豊さん。オヤジバンド大会やアイドルを招いたライブをはじめ、さまざまな試みを通して百貨店業界に風穴を空けてきた宮地さんに、『胸騒ぎのデパート』などの著書を持つ大のデパート好きである寺坂さんが迫ります。

4. デパートに大切なことは何ですか?

宮地 豊 

やはり人のつながりというのは大切です。「この人たちとこういうことをすると楽しいですよ」と呼びかけてお客さんを巻き添えにしたり、共犯者になってもらっているような感じがします。

Q.デパート好きとして、土曜ワイド劇場の「デパート仕掛け人! 天王寺珠美の殺人推理」シリーズを毎回見ているのですが、八木橋がロケ場所として使われていますよね。「デパート! 夏物語」のような楽しいイメージのドラマではなく、殺人事件なども起こるサスペンスドラマの撮影に協力するというのは、デパートとしてはなかなか勇気がいりそうですね。

宮地:おそらく普通は貸さないですよね。さすがに殺人事件の現場は、駐車場や近くの場所などデパートの外にしてもらっていますが(笑)、このドラマのプロデューサーをはじめスタッフのみなさんが、どうしてもデパートで撮りたいという熱意をお持ちだったんです。それで店休日に場所をお貸しすることになったのですが、出演されている泉ピン子さんが、そのお返しとして座長公演のお礼の品を八木橋に発注してくれたり、番宣のインタビューなどでも、撮影の後にデパートで買い物するのがとても楽しいと言ってくれたりするんです。さらに、全国ネットのドラマのためにわざわざ熊谷まで来て撮影してくれるだけでもありがたいのに、こちらからお願いもしていないのにスタッフの方たちがうちのマークをドラマの中で大きく映してくれたりするんですね。そういう方たちだからこそ継続的にやれているのだと思いますし、やはり人のつながりというのは大切ですよね。

Q.最近は売上のことばかり言われがちですが、デパートというのはやっぱり人のつながりだと思いますし、それこそが本来のあり方ですよね。

宮地:そう思います。自分が売り場で働いていた時も、今月はこれだけ売らないといけないとか、狭い枠の中でしか物事を考えられなかったのですが、こういう仕事をしていると、何か面白そうなものを見つけた時に、どの世代に合うだろうとか、こういう人たちに届けられたらいいなというようなことを考えられるようになりました。楽しさのおすそ分けではないですが、自分が好きなことをやりながら、「この人たちとこういうことをすると楽しいですよ」とか「こういう大会に出てみませんか」と呼びかけてお客さんを巻き添えにしたり、共感してもらって共犯者になってもらっているような感じがします。気がつけば、趣味が仕事のようになっていて、まさかこんな楽しい50代が来るとは思っていませんでした(笑)。

Q.これからも色々な企画を仕掛けていくおつもりなんですか?

宮地:常に休まらないですね(笑)。熊谷の街は暑さを売りにしていくことで、だいぶ知名度が上がったと思うんです。以前は、物産展の打ち合わせなどで地方に行くと、群馬県にあると思わていたり、「雪は降らないの?」と聞かれたりしていたのですが、最近はそういうこともなくなりました。これまで寂しかった町が暑さのおかげでちょっとした文化を発信できるようになったと思いますし、自分たちも常に面白いものを探しながら、そのムーブメントを後押ししていければと考えています。<インタビュー終わり>

もっと知りたい人は…

  • 寺坂直毅 

    寺坂直毅

    放送作家

    1980年宮崎生まれ。家から徒歩圏内にデパートが何軒も乱立する環境で幼少期を過ごし、魅力に憑りつかれたために日本全国のデパートを行脚した「胸騒ぎのデパート」(東京書籍)を刊行。紅白歌合戦、黒柳徹子研究などの趣味を持つ。

  • 宮地 豊 

    宮地 豊

    八木橋百貨店

    1961年埼玉生まれ。大学卒業後に就職した八木橋百貨店にて、2002年より販売促進 企画担当となり、「あついぞ熊谷!」で有名な大温度計に関わる。他にも全国に先駆けて開催した「おやじバンド大会」や、当時無名だった新潟発のアイドルユニット「Negicco」のライブ開催などで注目を集める。また、大のビートルズファンとしても知られ、1983年にリバプールにて日本人で初めてビートルズソングを演奏。2013年、『ランキングビートルズ』(シンコーミュージック刊)にて、ミュージシャンやライターに混ざり、「日本人のビートルズの達人100人」に選ばれる。2014年6月には、ポールマッカートニーに4回会った埼玉県人として、テレビ埼玉で特集された。