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寺坂直毅

放送作家

宮地 豊

八木橋百貨店

以前に、「インタビューされる人」としてカンバセーションズに登場し、「紅白歌合戦」やデパートなどにまつわるさまざまなエピソードを語ってくれた放送作家の寺坂直毅さん。そんな寺坂さんがインタビューする側にまわる今回、「話を聞きたい人」として挙げてくれたのは、埼玉県熊谷市にある八木橋百貨店の販売促進部 催事企画課で働く宮地 豊さん。オヤジバンド大会やアイドルを招いたライブをはじめ、さまざまな試みを通して百貨店業界に風穴を空けてきた宮地さんに、『胸騒ぎのデパート』などの著書を持つ大のデパート好きである寺坂さんが迫ります。

3. デパートの定義はありますか?

宮地 豊 

定義はないと思っています。僕にとってデパートというのは「楽しい場所」でしかありません。

Q.オヤジバンド大会のように、デパートの一イベントがNHKで取り上げられるというのはかなり珍しいことだと思いますが、このイベントはこれまでに何回くらい開催したのですか?

宮地:全部で10回開催したのですが、実は昨年が最後だったんです。続けていくうちに、出演者同士が自分たちでサークルのようなものをつくり、市民ホールなどの会場を借りてイベントをするようになったんですね。そんな様子を見て、もうだいぶ根付いたんじゃないかという気がしましたし、惜しまれながら辞めたかったというのもあるんです(笑)。最後の回では、これまでに人気があったバンドにこちらから依頼をして、ベストメンバーを組んでみたり、飛ぶ鳥を落とす勢いのマキタスポーツさんに出演して頂いたりしました。「なんでやめちゃうの?」といった声も多かったのですが、私はサラリーマンなので、いつまた異動になるかわからないですし、自分でやめたと言いたかったんです(笑)。逆に「まだやっているんだ」と言われるのはイヤだったし、どんどん次を考えていかなければというのもありますからね。

Q.山口百恵じゃないですが、最高の状態で引退したかったと(笑)。オヤジバンドの次は何か考えられているのですか?

宮地:次はダンスだろうと思い、ダンス大会を開催しています。はじめはキッズダンス大会として春休みの時期に3年くらい続けていたのですが、今年はゴールデンウィーク期間中に、オールエイジのダンス大会として開催し、ハワイアンから民謡、フォークダンス、ヒップホップなどジャンルの幅も広げました。オヤジバンド大会の参加者で最も多かったのは、66年にビートルズの来日を経験している世代だったのですが、そこから10年くらい経つと、今度はディスコ文化が広がっていったので、そうした世相を後追いする形で、バンドブームの次はダンスなんじゃないかと。

「Negicco感謝祭」 「Negicco感謝祭」

Q.他にも宮地さんは、まだ売れる前の「Negicco」を、八木橋の新潟物産展に呼んでいたりと、デパートと言う場所から色々な文化を発信されていますよね。そんな宮地さんにとって、デパートの定義というのはありますか?

宮地:定義はないと思っています。僕にとってデパートというのは「楽しい場所」でしかないのですが、いまは色んな情報があり、趣向も多様化しているので、全員が楽しめるものというのはなかなかないと思うんです。昔は、山下清展のようなメガ催事というものがあったのですが、いまはみんな一緒にという考え方は難しくなっていますよね。今年のゴールデンウィークには、新潟物産展とは切り離して、「Negicco感謝祭」というライブをホールで開催したんですが、300人弱のお客様が来てくれました。ゴールデンウィークというのは地元の人たちも遠くに遊びに行ってしまうので難しいところがあるのですが、逆に距離など関係なく人が来てくれるこういうイベントは強いんです。普段は百貨店に来ないような方たちが館内にたくさんいらっしゃって、食堂などもとてもにぎわっていました。やはりガラガラの百貨店というのは寂しいですからね。<続く>

もっと知りたい人は…

  • 寺坂直毅 

    寺坂直毅

    放送作家

    1980年宮崎生まれ。家から徒歩圏内にデパートが何軒も乱立する環境で幼少期を過ごし、魅力に憑りつかれたために日本全国のデパートを行脚した「胸騒ぎのデパート」(東京書籍)を刊行。紅白歌合戦、黒柳徹子研究などの趣味を持つ。

  • 宮地 豊 

    宮地 豊

    八木橋百貨店

    1961年埼玉生まれ。大学卒業後に就職した八木橋百貨店にて、2002年より販売促進 企画担当となり、「あついぞ熊谷!」で有名な大温度計に関わる。他にも全国に先駆けて開催した「おやじバンド大会」や、当時無名だった新潟発のアイドルユニット「Negicco」のライブ開催などで注目を集める。また、大のビートルズファンとしても知られ、1983年にリバプールにて日本人で初めてビートルズソングを演奏。2013年、『ランキングビートルズ』(シンコーミュージック刊)にて、ミュージシャンやライターに混ざり、「日本人のビートルズの達人100人」に選ばれる。2014年6月には、ポールマッカートニーに4回会った埼玉県人として、テレビ埼玉で特集された。