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「問い」をカタチにするインタビューメディア

問いから学ぶ

ウェブデザイナー/セミトランスペアレント・デザイン代表・田中良治さんが、
「SmartNews」代表取締役・鈴木 健さんに聞く、
「なめらかな社会のつくり方」

今回カンバセーションズに初登場するのは、ウェブサイトのデザインから展覧会での作品発表まで、デザイン/プログラミング領域で多彩な活動を展開している「セミトランスペアレント・デザイン」の田中良治さん。その田中さんがインタビューするのは、日本発のニュースアプリとして人気を獲得している「SmartNews」の共同創設者であり、著書『なめらかな社会とその敵』や、仮想通貨「PICSY」などでも知られる鈴木健さん。学術分野からベンチャービジネスまで、多岐にわたる領域を行き来している鈴木さんに、田中さんが聞きたいこととは?

田中良治
どんなものに影響を受けてきましたか?

健さんの著書では、中学時代に過ごしたデュッセルドルフのことが書かれていますが、海外で暮らしていたことは、その後の人生に何か影響を与えましたか?

鈴木:デュッセルドルフにいたのは、中学2年の5月頃から3年の1月末くらいまでですが、期間も短かったし、特に影響を受けたことはなく、どちらかというと羽根を伸ばしたという感覚ですね(笑)。ただ、中学生の頃は、「宇宙の中で自分が存在するというのはどういうことなのか?」というようなことを人生で最も考えていた時期でした。当時、山岡荘八の『徳川家康』全26巻を読んだんですけど、読み終えた後に「家康がこれだけのことをしても江戸幕府は260年しか続かなかったのか」と、なんか虚しくなってしまった記憶がありますね(笑)。

理数系に進んだのはどういうきっかけからだったのですか?

鈴木:もともと得意だったんですが、高校の物理の授業で、ニュートンの運動方程式などを知ったのがきっかけです。飛んだボールの落ちる場所というのを計算で割り出せることが凄いと感じたんですね。未来を予測できるわけですから。その頃から、未来や世界を記述するということに興味を持つようになり、さらに、世界というものがどうなっているのかということがわからないと、あらゆる問題は解決できないんじゃないかと思い込むようになりました(笑)。大学生になってからは、(ダフィット・)ヒルベルトや(クルト・)ゲーテルなどの数学を勉強して、世界を知るということの限界を知るようになって、世界の中で動くことそのものが知性でもあるという複雑系の考え方に共感するようになります。

インターネットとの出合いはいつ頃でしたか?

鈴木:大学卒業前の1995年の夏で、ウェブブラウザ「Mosaic」との出会いから大学を休学し、インターネットを使った活動をするようになりました。その当時、僕がインターネットに興味を持ったのは、Webサーバーを経由して世界中の人たちとコンタクトが取れるということよりも、ハイパーテキスト/ハイパーリンクの仕組みの方です。これを使えば、境界を越えてテキストをリンクさせたボーダーレスな教育コンテンツが作れるんじゃないかと思ったんです。いまでいうWikipediaのようなものを作ろうとしたんですね。日本の学校教育というのは、なぜそれを学ぶ必要があるのかわからないままに教科書を読んで三角関数などを勉強し、後になってようやくその使い道がわかるというケースがほとんどですよね。意味がわからないまま念仏を唱え、まずは身体で覚えていくという日本的な教育は、一概に否定できませんが、少なくとも自分には向いていなかったし、国語、数学、理科、社会といった境界をなくし、すべてひとつにできるんじゃないかという思いがありました。

田中良治
「PICSY」はどうやって生まれたのですか?

90年代半ば以降、インターネットを使った活動としては、他にどんなことをされてきたのですか?

鈴木:いまでこそネット選挙という言葉が一般化していますが、当時そういうことをしている人はほとんどいなかったんですね。その中で、1996年の衆議院議員選挙の時に、おそらく日本初であろう選挙サイト「インターネット政策比較プロジェクト」をつくりました。その時は東京6区のすべての立候補者の政策を比較するというテーマで、下北沢を駆けずり回り、各立候補者に話を聞いたりしました。その頃からWebで社会システムを変えるということを強く意識するようになっていきました。でも、当時はインターネットユーザーが少な過ぎましたね。数百万人しかいなかったんです。

その後、00年にかけていわゆるITバブルが起こりましたが、その影響などは何かありましたか?

鈴木:ITバブルが起きる前というのは、Webというものが夢を持った時代でしたよね。僕がインターネットを始めた1995年頃は、日本のインターネット人口はまだ100万人程度でした。当時は、インターネットやWebというものがここまで社会に浸透するとは考えていなかったし、普及したとしてもマイナーなものであり続けると思っていました。1998年に大学院に入ると、引きこもって東大駒場の図書館で哲学や数学、物理の本などを読んだりしていました。だから、1999年くらいに、日本にインターネットバブルが起きているということにも当時は知りませんでした。

「PICSY」Webサイト

そうした感覚が「PICSY」という通貨システムを開発することにもつながっていくんですか?

鈴木:そうですね。ITバブルが崩壊した後に、ニュースでバブルが起きたという事実を後から知ったのですが、ぼくらがインターネットの可能性を探求していた1995年から1997年くらいまでのコンテクストとは全く異なり、ITによって生産性の拡大が無限に続いていくというニューエコノミー論や時価総額経営といった考え方がもてはやされたという事実を知り、なんか世の中終わってるなと感じました(笑)。自分がインターネットの可能性を追求していかないと、誰も本質的な探求をしないのではないかという使命感を覚えたのです。
当時は、インターネットの話とは別に、地域通貨が注目され始めていたんですが、自分で貨幣をつくれるということが面白いなと感じていました。ただ、調べていくうちに、地域通貨はあまりうまくいかないだろうと感じ、全く新しい仕組みをつくった方が良いと考えるようになりました。そもそもお金というのはただの紙切れなのに、なぜ価値を持つのかと考えると不思議ですよね。ものの価値というのはどこにあるんだろうということは、もともと大学時代から考えていたんです。あらゆるものが実は無根拠だということがわかってきて、その最たるものがお金であり、要は共同幻想的なものなんだろうと。また、貨幣というものにはフェティシズムがあり、その価値というのは生成されるものなんだという考えに至ったのですが、1カ所に価値がとどまるのではなく、流れていくような仕組みがつくれないかと考えるようになりました。そして、2000年の夏にシャワーを浴びている時に、それまで漠然と考えていた複数のことがつながり、マルコフ過程を使えば貨幣がつくれると思ったんです。それが、未踏ソフトウエア創造事業に採択され、2002年に実装したのですが、その過程で、価値が流れていくというのは投資なんだということに気づき、「PICSY(伝播投資貨幣)」という名前をつけたんです。

田中良治
「SmartNews」はなぜヒットしたのですか?

健さんは研究的なことをされながら、それらの成果をもとに「PICSY」や「SmartNews」なども立ち上げていますが、健さんの中で研究と実装の関係性はどうなっているのですか?

鈴木:例えば、「PICSY」を実装するということが自分の一番やりたいことかというとそうではないんですね。自分が興味を持っているのはもっと根本にあるコンテクストで、「PICSY」はその実践のひとつなんです。でも、いざ「PICSY」のようなものをつくると、人はその運用などにばかり興味を持って聞いてくるわけですが、僕が本当に興味があるのはそこではない。じゃあそれは一体何なんだろうとずっと考えていて、2003年頃に「なめらかな社会」という言葉が降りてきたんです。それから足掛け10年で『なめらかな社会とその敵』という本を出版するに至りました。

やはり「SmartNews」もそうした流れの延長にあるものなのですか?

鈴木:僕が2004年につくったRSSリーダーがあるのですが、それは友人などが面白いと思っているコンテンツが伝搬していくような仕組みのものでした。当時は、FacebookやMixiなどのSNSが出てきた時期で、その先駆け的な存在として、Friendsterなどもあり、それら初期のSNSにインスパイアされ、情報のリコメンデーションシステムを作りたいと考えたことがきっかけでした。そのシステムは、いまでいうTwitterのように片方向リンクの考え方をベースに、ある人をフォローすることで情報が広がっていくという仕組みだったのですが、自分の周りの情報と地球の裏側の情報が同じアーキテクチャの中にあるというものをつくりたかったんですね。ただ、FacebookのシェアやTwitterのRT、TumblrのリブログなどSNS上で情報が伝搬していくという流れができたのは09年頃だったので、当時僕らがやっていたことは早過ぎたところがありました。その後、2011年に「SmartNews」の共同経営者である浜本階生とともにTwitterでのリツイート数に応じてニュースを配信する「Crowsnest」というサービスを立ち上げ、それが「SmartNews」の原型になっています。

「Crowsnest」はあまりうまくいかなったのですか?

鈴木:そうですね。「Crowsnest」というのは、基本的にはパーソナライズされたニュースを届けるものだったんですが、現時点では、パーソナライズされたニュースを読みたいという人は全体の約1%程度で、顕在的なニーズが圧倒的に少なかったんです。アメリカなどでもパーソナライズされたニュースリーダーはこれまでたくさんあったんですが、すべてが失敗しているんです。そこで、「SmartNews」はジェネラルニュースをベースにしたシステムにして、それがヒットしたんです。

田中良治
どうしてニュースアプリなのですか?

パーソナライズされたニュースはあまり求められないということですが、将来それが変わっていくということもあると思いますか?

鈴木:これしかないという体験を提供できれば、自ずと変わっていくと思っています。それができれば全体の1%に過ぎなかったニーズが10%、20%に上がっていくことはあるでしょうし、そのためには良い体験を提供していくことが絶対必要です。例えば、iPhoneが2007年に出てきた時は、こんなにスマートフォンが普及する世の中が来ると思っていた人はほとんどいなかったですし、それが顕在化してきたのは2011年頃ですよね。「SmartNews」は、一度パーソナライズニュースを諦めたことで生まれたものですが、アーキテクチャとしてはパーソナライズニュースの方が面白いし、技術的な夢もあるわけです。ただ、それを最初からユーザーに提供してもうまくいかないので、まずはジェネラルニュースから入り、徐々にパーソナライズしていくというアプローチを取っているんです。

パーソナライズされたニュースのニーズを高めていくことで、世の中はどう変わると考えているのですか?

鈴木:最初に話した教育の話に戻るんですが、いまの学校教育は、国語、数学、理科、社会などの教科に分類されているから、例えば社会を勉強している時は、国語の勉強はしないということになっている。本来そんなことはないはずなのに、分類をしてしまうことで人は制約されてしまうと思うんです。ニュースにしても同じで、いま多くの人たちは自分が住むマンションの近所にあったコンビニがなくなったという身近なニュースと、地球の裏側で起きた犯罪を全く別の情報として認識してしまっていて、それはひとえにメディアの影響によるものなんです。これらの情報をひとつの世界の中でなめらかにつなげるにはどうすればいいかということを考えていくと、その人の興味や体験を元にした最適な情報が得られるアーキテクチャをつくるということに行き着くんです。

以前に「2NN」という2ちゃんねるで話題になったニュースを読むことができるサイトをよく使っていた時期があったんですね。そこに出ていた情報には、世の中が大きく取り上げられるニュースとは違うものも多かったんですが、このサイトによって、ものの見方やニュースの読み方が大きく変わったという体験がありました。

鈴木:ザ・イエローモンキーの「JAM」という曲に、「外国で飛行機で墜ちました。ニュースキャスターは嬉しそうに『乗客に日本人はいませんでした』と伝えています。こんな時に僕は何を思えばいいんだろう」という歌詞が出てくるんですね。このニュースキャスターは、日本人というカテゴリに基いた情報を届けているわけですが、日本に住んでいる人が全員日本国籍なわけではないですし、たとえ日本人の乗客がいなかったとしても、そのニュースが自分と関連している人もいるはずです。実際に人が亡くなっているのに、それを嬉しそうに伝えるという状況は何かが間違っていると思うし、そういう差別や偏見を生む根源になっている情報配信のアーキテクチャをつくりあげたいという思いがあるんです。

田中良治
「なめらかな社会」は実現できそうですか?

パーソナライズされたニュースばかりが届けられると、自分の興味があるものだけに情報が偏ってしまうおそれがあるという議論もよくされていますよね。その辺についてはどう考えていますか?

鈴木:自分の周りの話題だけにしか興味を示さなくなってしまうという問題はたしかにあって、いわゆる「フィルターバブル」と言われているものです。情報をパーソナライズすればするほど人の興味は狭く深くなり、それによって民主主義の基盤が脅かされ、対話ができない社会になってしまうと、「フィルターバブル」という言葉をつくったイーライ・パリサーなどは言っています。現在の「SmartNews」では、ジェネラルニュースを配信することで、その危険性を回避しているところがあります。自分の周りのことにしか興味がない人も、地球の裏側のことにしか興味がない人もどちらも不健全だと思うのですが、人々は概して二元論が大好きなので、極端になりがちですよね。それをなくすためにどうすれば良いかということは常に考えていますし、両者をなめらかにつなげられる環境をつくっていく必要があると思っています。

Smartnews社内で行われた数学者・森田真生さんによるアラン・チューリングに関するレクチャー。

以前に「SmartNews」さんのオフィスで、数学者の森田真生さんによるアラン・チューリングに関するレクチャーを聞かせてもらったのですが、チューリングは哲学的な問いを数学的なモデルにして、それを解いていくことで抽象的な問題を考えていくという話があって、それがとても腑に落ちたんです。「SmartNews」にもそれに近い考え方があるように感じていて、「なめらかな社会」の実現を、ニュース配信という形で目指していることがとても興味深いと思います。

鈴木:本というのは、哲学のフォーマットのひとつですが、普及したのはここ数千年間の話で、それ以前から人類は哲学をしていたはずですよね。宇宙のことや自分たちの存在のことなどを考えながら、人類は歌ったり、祈ったり、踊ったりと色んな行為で哲学をしてきたわけで、現在に置き換えればプログラミングを書いたり、会社をつくったり、数学をしたりすることも哲学のフォーマットになり得ると考えています。

同時に、そういうレクチャーが受けられる環境が社内にあるということも素晴らしいと感じました。

鈴木:社内でそういう勉強会を開いているのは、思想や歴史の基礎中の基礎を共有していないとコミュニケーションの基盤が築けないんじゃないかと考えているからです。もちろん社員一人ひとりに異なる興味・関心があっていいんですが、共通の部分もないといけなくて、それがチューリングの研究や、(マーシャル・)マクルーハンのメディア論だったりするんです。
ちょうどクリスマス近くだったので、森田くんの講演はクリスマス・レクチャーにしました。(マイケル・)ファラデーの「ロウソクの科学」は素晴らしいですよね。以前に、(クリストファー・)ビショップ教授のクリスマス・レクチャーを拝聴したことがあるんですが、小学生の聴衆を相手にページランクや量子コンピューターについて説明しているんですよね。本質的な理解は、決して難しくないのです。逆に言えば、難しくしか説明できないのであれば、私たちがまだ本質的な理解に達していないのであるという(リチャード・P・)ファインマンの考えを参照してもいいでしょう。

かつてはサブカルチャーのような存在が真ん中をつなぐ役割を果たしていて、社会はもう少しなめらかだったような気がします。ひねくれ者だった僕自身も、中学生の頃からヒットチャートの音楽を聴くのはイヤで、中間的な存在としてのサブカルチャーを摂取して育ってきた感覚があります。だから、鈴木さんが考えている二元論に陥らないためのなめらかな社会の実現という考え方は非常に理解しやすいし、それは僕らの世代の空気としてもあるのかなと。現時点で、なめらかな社会を実現できる兆しのようなものは何か見えていますか?

鈴木:あまり良い兆しはないですよね(笑)。ただ、僕もすべてを見ているわけではないですし、そういう動きも色々あるとは思います。自分たちとしても、人々のものの見方を変えていくということを、アーキテクチャの力で実現していきたいと考えています。

個人的にも「SmartNews」の今後にはとても期待しています。ちなみに、今後もスタッフはどんどん増やしていくのですか?

鈴木:そうですね。そうすると実際に顔を合わす機会がない社員も増えてくるかもしれませんが、そこもなめらかにつないでいければと思っています(笑)。


インタビューを終えて

健さんにお話を聞いていて、改めてニュートラルな人だと思いました。私も二元論的なものとらわれず、ニュートラルにデザインに取り組んでいると考えていましたが、二元論者を敵のように扱っている節があるのではという気持ちになりました。まだまだ、なめらかさが足りないですね。
健さんと私では扱っている分野や専門が異なっているにも関わらず、彼の考えや活動に共感できるのは物事を長い射程で見ているところかなと思いました。このような視点で直近の結果も出していけるような存在はとても励みになりますね。
今回初めてインタビュアーをしましたが、とても良い経験になりました。ありがとうございました