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「問い」をカタチにするインタビューメディア

未知との出会い

マンガ家/映像作家・タナカカツキさんが、
水草ショップ エイチツー目黒店 店長・半田浩規さんに聞く、
「奥深い水草水槽の世界」

オッス! トン子ちゃん」や「バカドリル」などのマンガから、CGを駆使した映像作品まで、幅広い分野でその才能を発揮するタナカカツキさん。そんな彼がここ数年すっかり魅せられているのが、水草の世界です。水草を未来のビジュアル表現と考えるカツキさんは、キリンジのCDジャケットのお仕事に水草水槽を登場させてしまうなど、水草普及のために公私にわたる奮闘を続けています。そんな彼が、いまインタビューしたい相手は、そのキリンジの仕事でコラボレートを果たした水草ショップ「エイチツー」の半田浩規さん。ショップの運営をしながら、世界水草レイアウトコンテストで幾度となく好成績を収めている水草界の匠に、稀代の天才クリエイターが独自の視点で迫ります。

タナカカツキ
まずは作品を見せて頂けますか?

半田さんは、水草レイアウトの世界コンテストで第5位を2回も獲られているんですよね。つまり、日本では間違いなくトップレイアウターです。まずは、その半田さんの作品を、読者の皆さんに見てもらいたいと思うんです。僕は水草レイアウトを「水景画」と呼ばせてもらっているんですが、この作品は水の中というよりは山の景色、つまり風景ですね。

半田:そうですね。僕は東京育ちなので、近くの自然というのがあまりわからないんです。だから、寄った景色よりも、引いた景色の方が作りやすい。もともと広く見える水槽が好きというのもあります。都会は家が狭いので、水槽くらい大きく見えるものがいいなと。だから、流木とかを使ってレイアウトをした場合でも、結局遠景を作ってしまうんです。例えば、うちのお店の馬塲(美香)という女性が作るレイアウトは、もっと近景のものが多いんですね。彼女は山に囲まれた環境で育ったから、本格的な自然を知っているんですよね。

半田浩規さん 2004年世界水草レイアウトコンテスト出品作 ©Aqua Design Amano Co.,Ltd. All Rights Reserved.

同じくエイチツーの早坂(誠)さんの作ったこの水景もスゴいですね。僕はこれを見た時にショックを受けたんですよ。もはや「近景」「遠景」という次元ではなく、スーパー自由な表現。完全に絵だなと思いました。しかも、水槽の中に生態系ができていて、生物も草も生き生きしている。その上でこんなビジュアルが作れるんだと大きな可能性を感じました。同じお店の方だけでもこれだけスタイルが違っていて、スゴく面白い。

半田:「スタイル」ということをあまり意識したことはなかったですが、水槽を見るとその人の性格がわかりますよね。早坂のレイアウトはとても細かくて几帳面ですが、東京出身なので、自然の細かいところまでは見れていないと思うんですね。彼はよく、自然を見るよりもビルのデザインなどからヒントを得ていると言っているんですが、その感じはよくわかりますね。

早坂 誠さん 2004年世界水草レイアウトコンテスト出品作 ©Aqua Design Amano Co.,Ltd. All Rights Reserved.

目が肥えていない素人からすると、水草レイアウトはすべて同じに見えてしまうところもあって、自然の風景を模して、そのまま縮小しているんだと捉えられがちですが、この早坂さんの作品は、誰が見ても自由だと感じると思うんですね。その表現においての、自由さ、独創性を感じて、ああ、この世界はおもしろいなぁと感じたんですよ。

半田:人それぞれ作りたいものを作ればいいと思いますよ。ちなみに、レイアウトコンテストが始まるまでは、水槽の周りを動き回って眺めながら、三次元でレイアウトを考えるというのが一般的だったんですよ。でも、レイアウトコンテストは二次元の世界なんですね。ADAというメーカーの代表である天野(尚)さんという方が、水槽を写真で撮って広めるということを始めて、その時にひとつの芸術になったと思うんですね。水草というのは日々状態が変わるものなので、それを写真という二次元の形に残して伝えていくというのは、とても良いことだったと思っています。

タナカカツキ
水草レイアウトの魅力は何ですか?

半田さんが「エイチツー」を始めたのはいつ頃だったんですか?

半田:2000年に相棒の早坂とふたりで立ち上げました。その前は、水草器具のメーカーで営業をしていたんですが、僕の場合は、もともと熱帯魚が好きだったことがきっかけでした。いまは、水草、熱帯魚、鑑賞魚用品の販売、水槽のメンテナンスやレンタル、テレビ番組のスタジオ用水槽の設置や管理などをしています。

カツキさんが手掛けたキリンジのCD「BOUYANCY」のジャケットで使用された半田さんの水槽。

今年はすみだ水族館にADAによる巨大な水草水槽が来るなど、一般の人の目にも触れるようにはなってきましたが、それでもまだ知らない人が多いと思います。「自然水景」「ネイチャーアクアリウム」「水草水槽」「アクアスケープ」など色々な言い方をされていますが、半田さんにとって水草レイアウトとはどういうものなんでしょうか?

半田:僕の中では、レイアウトというよりは、水槽の中で生き物を飼育するという意識が強いですね。水槽の中の生き物が住みやすい環境を作ることがまずは重要で、それと同時に見ている側も癒されるようなビジュアルが作れればという意識でやっています。

半田さんは、水草からバクテリアまで水槽の中の環境ごと作っていくことを前提にしていますが、人によって色んな関わり方がありますよね。ちなみに僕は園芸だと思っているのですが、熱帯魚が好きな人から水草そのものが好きな人までいますよね。

半田:そうですね。水草だけ見ても、切り花感覚で次々と変えていく人もいれば、1本だけ買ってそこから増やしていく方までさまざまです。その人の性格やライフスタイルに関わってくる部分なので、忙しい人には手間がかからない生態系を作ってもらいたいし、情熱がある人には手をかけるほど美しくなる生態系を作ってほしいと思います。

水草ショップは、数はそんなに多くはないですが、色んなお店の佇まいや考え方がありますよね。その中でエイチツーさんの特徴は、スゴくレベルの高いレイアウトの水槽がたくさんあることだと思います。ビジュアルから入る人には、まずエイチツーを見てほしいと思うんですけど、実際のお客さんにはどんな方がいらっしゃいますか?

半田:長く付き合って頂いているお客様には、県外出身の方が多いですね。子供の頃、田舎で育った方が、魚を獲っていた時の記憶を思い出すと言ってくれます。その懐かしさから自分でも水槽をやってみようと思ってくれるみたいです。あとは、カツキさんのようにもの作りをしている方も多いですね。そういう人たちはみんな忙しいと思うんですが、でもちゃんと世話をされているのが、僕からすると不思議なところですね(笑)。

H2店内で売られている水草の絵の具。

僕からすると、園芸よりも楽だからなんですよ。部屋に観葉植物を置いてもだいたい枯れてしまうんですけど、水槽はこの中で生態系が回っているから環境が維持されるし、水槽の丸洗いといったことも必要ない。だから忙しい人にこそピッタリだと思いますよ。僕らは普段無機物に囲まれて、PCの前でカチカチやっているわけですが、そこに小さな植物をポンと置くだけで楽しいじゃないですか。ましてや、それをレイアウトしていくということは大きな喜びなんです。もともと日本人がやってきた造園や生け花の文化に通じるものを感じますし、日本人の肌に合っていると思うんです。生け花には、たとえ3日しかもたないとしても、植物の持つ美しさの一番良い状態を引き出すという考え方があると思うんですが、水草水槽の場合は、できあがった状態を長らく維持できるんですよ。日々ゆっくりと変化していく生きた芸術、これは驚くべきことですよね。

タナカカツキ
水草レイアウトのポイントは?

今年の水草レイアウトコンテストは、出品者が2000人を超えたらしいですよ。毎年エイチツーさんも参加されていますが、どういう意識で取り組まれていますか?

半田:僕は普段から水槽のレイアウトをたくさん作っているんですけど、これはすべてお客様のための水槽なんですね。一方で、コンテスト用の水槽は、まずはお店のためという前提がありますが、自分のために作っているところもあります。だからこそ、楽しくないと意味がないと思っているんです。ちなみに今年の作品は、去年家族で行った石垣島の海の中の世界のことを思い出しながら作りました。水深1メートルにも満たないところだったんですが、そこで見た世界が本当に素晴らしかったんですね。楽しいと同時に、水の中だから少し怖さもあって。特にそれに近いものを作ろうという意識はなかったんですが、そういう何かハッと感じたものがないと楽しく作れないところがあって、特に自分の水槽を作る時は、そういうところで貯めた力がもとになることが多いですね。

タナカカツキさん 水景作品(2011)

レイアウトをしていく上では、どんなことを意識していますか?

半田:あくまでも自分のための水槽なので、好きにやるようにしています。とはいえ、毎年作っているとどうしても似てくるのですが、要はそれが自分の好きなものということなので、仕方ないかなと思っています。僕のレイアウトは、インパクトや特徴がないと言われることも多くて、それは頭ではわかるんですが、自分のために作るとなると、あまり奇抜なものを作ろうという感じにはなれないんですよね。

半田浩規さん 2009年世界水草レイアウトコンテスト 出品作 ©Aqua Design Amano Co.,Ltd. All Rights Reserved.

半田さんの作品はいつも優しい感じがしますね。初心者の人が作りやすい構図というのはあるんでしょうか?

半田:構図には大きく分けて3種類あると言われています。中央に空間を作る凹型と、左右を空ける凸型、そして、片側にボリュームを作る片山型です。僕がよく使うのは凹型なんですが、これが一番簡単です。左右どちらかの比重を少し重くして作っていけば、それだけである程度絵になるんです。

半田さんの作品には、富士山型の三角空間がたくさんあって、これは黄金比なんですよね。そういった人が美しいと感じるデザインの基本的な要素がスゴくある世界だと思うんですけど、いま「美しさ」を基準にしているコンテストって少ないと思うんです。アートの世界なんかでは、人間が本能的に持っている見た目の美に対する感覚は、とっくの昔から無視されがちですしね。いまのレイアウトコンテストは、より自然に近いものや美しいものを追求している段階です。ただ、これからはそれだけでは飽き足らなくなって、もっと変なものも出てきたらいいなあと。表現の歴史を考えると、一度はそっちに行った方がいいように思います。コンテストに定型、鉄則など、セオリーが見え始めてしまうと、一気に閉じた世界になってしまいますからね。

半田:お客さんの中にも変わったものを作ってほしいという方や、縁起の良い水槽を作ってくれという依頼などはありますね。それはそれでアリなんでしょうね。

水槽の撮影風景。

タナカカツキ
業界の未来はどうなっていくのでしょうか?

いまの水草ショップは、熱帯魚屋さんが水草水槽の知識を身につけてやっているというのがほぼすべてという状況ですよね。そもそも、ペットショップと園芸ショップというのが本来分かれているように、飼育と園芸というのはまったく違う分野。でも、水草ショップにはその両方があるんです。植物には生物が必要だし、生物には植物が必要だと考えるなら、これが本来の姿だと思うし、水草ショップは時代に寄り添ったお店という気がします。半田さんは、お店の未来に対してどんなイメージを持っていますか?

半田:なかなか難しい質問ですね。この業界ができてもう30年くらいだと思うんですが、いまが一番厳しい時期なんですね。10~20年くらい前は、東京に熱帯魚屋が200軒くらいあったんです。それがいまはだいぶ少なくなっていて、これから良くなっていくのかというのも疑問で、僕ら自身も「この先大丈夫か?」という不安がかなり大きいんです。理想を持たなきゃいけないとは思うんですけどね…。

カツキさんと半田さんのコラボレーション作、キリンジ「BOUYANCY」のCDジャケット。

「アクア趣味」というのは、お金を持っている人たちのもので、一般人には敷居が高くて踏み込めないというバブル時代の記憶が浸透していると思うんですよ。このご時世、それをあえてやろうという人は多くないと思います。でも、園芸ショップなら入ってくるお客さんはいますよね。だからこそ「園芸推し」だと思うんです。生態系や環境のことを考えるというのは、これからの社会に必要なことですし、そのなかで室内緑化という話にも当然なってくる。そこで水草水槽が出てくるんですよ!

半田:そういう入り口は大切ですよね。どうしてもお店側からすると、いまをどうするかということになってしまうんですが、もっと先を想定しないとダメですよね。カツキさんの話を聞くと色々反省するところがあるし、元気が出ます。どうもありがとうございます。ホントは僕がそれをお客さんに言っていかないといけないんですよね。

こんなことをいうのは本当におこがましいんですけど、とにかく面白いんでもっと知ってほしいんですよ。植物と人間がより近づいていくなかで、植物のことをもっと知って、それを部屋に維持していくことはこれからの人類の嗜みだといっていいくらい。それを伝えるために今日は色々しゃべりすぎてしまったんですが、実は僕、マンガ家なんですね。普段はもっと内向的にカリカリ描いているんです。その仕事を100%活かしたくて、いま水草マンガを描いているんですよ。僕がこの2年間水草をやって感じてきたことや、水草によって変わってきた気持ちなんかを描いていて、今年中にはまとめて出版したいなと思っています。実はその中にエイチツーのお店も出てきます。今日はそのお許しを頂けないかと思っているんです。

半田:全然問題ないですよ。うちのスタッフも喜ぶと思います。

タナカカツキ 水景作品(2011)

ただ、マンガだけではまだ足りないと思っていて、水草のハウツー本も作りたいなと。いまサンプル本を作っているところなんですが、勝手に「監修・エイチツー」と入れさせて頂いています(笑)。水草歴わずか2年の素人の僕が、始めた時の気持ちを覚えているいまだからこそ書けることがあると思うんですね。素人目線から、一般の人が入ってきやすい入門書を書きたいんです。でも、生き物を扱うものなので、決して簡単だということは書かないつもりですし、間違ったことは伝えたくない。…そこで半田さんにも見て頂きたいというのと、水槽の写真を使わせて頂けないかなというお願いになります。

半田:もちろん大丈夫ですよ。

ありがとうございます! どうですか、意欲満タンでしょ?(笑) でも、こんなものを出そうとしているからには、レイアウトコンテストもなるべく上位に入りたくて。そうじゃないと説得力ないですよね。半田さんの弟子として恥ずかしくない結果を残したいですね。

半田:カツキさんの出品作を見させて頂きましたが、絶対大丈夫ですよ。必ず上位に入ると思います。

ホントですか? もし入らなかったら、泣いて電話かけますよ。


インタビューを終えて

僕はこのインタビューをするにあたって、水草のことをまだ知らない初心者の人たち向けの質問を色々考えていたんです。でも、同時に自分自身が聞きたいリアルでマニアックな質問も山ほどあるんですよ。それがしょっちゅう顔を出してしまったという反省がまずありますね。あと、世界でも指折りの水景画作家としての半田さんをもっと引き出したかったなと。やっぱり半田さんには、お店の運営者としての立場がまずあって、そこには色々と難しいこともあると思うんですね。でも、よくよく考えたら、水草ショップの店員をこれだけ束縛しておしゃべりできる機会なんてないんです。そういう意味でも本当に貴重な時間でしたね。後半はお客さん代表として、お店に対するリクエスト大会みたいになってしまいました。 半田さんがどう感じているかわかりませんが、僕には、水草には未来しかないように見えるんですよ。水草はまさにこれからの時代のホビーであり、ビジネスであり、表現であると思うんです。僕にとっては、コンピュータが絵の具になったCG表現と同じように、自然を絵の具にできるこの表現には色んなワクワクが詰まっているんです。だからこそ、このインタビューを通して、少しでも水草に興味を持ってくれる人がいたら、うれしいですね。そして、この大自然が部屋の中にある状況を想像してほしいんです。水草をやっていると、今まで理屈でしか知らなかった光合成を目の当たりにできたり、面白いことの連続なんですよ。部屋にある自然っていうのは面白い。飽きない、飼い慣らそうとしても飼い慣らせない、そこが面白い。これからも、宗教勧誘のようにプッシュし続けていきますよ!