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「問い」をカタチにするインタビューメディア

未知との出会い

マンガ家/映像作家・タナカカツキさんが、
株式会社奇譚クラブ主宰・古屋大貴さんに聞く、
「コップのフチ子がつくれた理由」

今回でカンバセーションズ2度目の登場となるマンガ家、映像作家のタナカカツキさん。前回の水草ショップ「エイチツー」半田さんに続き、カツキさんがインタビュー相手として挙げてくれたのは、フィギュア・カプセル玩具メーカー「奇譚クラブ」の古屋大貴さん。マニアックな"ガチャガチャ"アイテムを次々とリリースし、業界に旋風を巻き起こすまでの存在に成長した同社の代表である古屋さんの脳内を、カツキさんと一緒に覗いてみましょう。

タナカカツキ
どんなガチャガチャを作っているんですか?

奇譚クラブさんはすでにファンも多いですけど、まだまだ知らない人もいると思うんですね。そこでまずは、どんな商品を作っているのか、見せてもらいたいなと思います。

古屋:そうですね。これは「キノコシリーズ」の第一弾です。「ほぼ日」さんにも取り上げて頂きました。こっちには「山菜シリーズ」とかもありますね。

ネイチャーテクニカラーMONOキノコソフトストラップ2
「もうすぐ『山菜シリーズ』の続編も発売になりますよ」(古屋)

「こんなん作ってどうすんの?」って感じ (笑)。でも、目の前に出されてみると、「オレ、これ欲しかったんや」って気づくというね。このカニとかも、裏側スゴいですよねぇ。普通フィギュアや人形は、デフォルメとかして違う表現になるはずなのに、本物とまったく同じ…。「だったらカニそのものでいいじゃん!」って話ですよね。…この「ウミウシ」とかも気持ち悪いですねぇ。

古屋:そう言われると喜んじゃうんですよね。こっちは「キノコシリーズ」のパート2ですね。キノコはパート3まで制作中です。もうすぐ「山菜シリーズ」の続編も発売になりますよ。

「だったらカニそのものでいいじゃん!」(カツキ)
「この『ウミウシ』とかも気持ち悪いですねぇ」(カツキ)

続編、誰も待ってないですよ(笑)。このフジツボとかもホントそっくりやなぁ。でも誰もフジツボ望んでない(笑)。他にも色々あるんですけど、こうやって見て頂いて、「これ知ってる!」と思った読者もいると思いますが、そこで気になるのが「このご時世にフジツボを作ろうと思った人の脳の仕組みはどうなっているのか?」ということなんです。そこを色々聞いていきたいと思うんですけど、その前にまずは、「ガチャガチャ」とみんな普通に呼んでいますけど、正式名称は何なんですか?

古屋:「ガチャ」とか「ガチャポン」とか大手のメーカーごとに商標登録しているんですよね。僕らは特にこだわりはないので、普通に「ガチャガチャ」って言っていますね。

「このフジツボ最高!フジツボの断面!誰も求めてなかったけど、ほしい!」(カツキ)

商品自体は「カプセルトイ」なんていう呼び方もされていますね。ガチャガチャメーカーというのは、どんなところがあるんですか?

古屋:大手だとバンダイさんやタカラトミーさん、エポックさん、システムサービスさんなんかがありますね。老舗だと今野産業さんとか、ビームさんとか、一般の人はあまり知らないようなメーカーもあります。昔は「コスモス」という伝説のガチャガチャメーカーが、かなりいかがわしいものばかり作っていて、スゴくショックを受けたんです。いまはもうなくなっちゃったんですけど、自分が子どもの頃にそういうものからショックを受けた経験があって、「もう一度こういうものを取り戻さないといけないんじゃないか」という思いがあるんです。例えば、土手で拾ったエロ本なんかもそうですが、そういうものから衝撃を受けることが、いまの子ども達にはなかなかないんじゃないかなと。

普段は何か覆われていて見れないものだからこそ、グッと来るんですよね。いまは道端に屍骸とか落ちてないですもんね。僕らはどんだけ屍骸を凝視して育ってきたか(笑)。じゃあ、最近の子ども達は何を凝視してるの?って話ですよねぇ。

古屋:そうなんですよ。うちは出禁になったガチャなんかも結構出してきているんですけど、みんなに嫌われるような情操教育も大事だと思うんです。もちろんそれは一部ですけど(笑)、そういうものもうちでは一方的に出していっているんです。

タナカカツキ
なぜオモチャ作りに興味を持ったのですか?

古屋さんは、もともとオモチャを作っていきたいと思っていたんですか?

古屋:はい。社会人になって働き始めた頃から、オモチャのコレクターになったんです。それまではとにかく貧乏で、ファミコンをはじめ買えずにきたものがたくさんあって…。それで、自分で働くようになってお金を手にしてからは、子供の頃にほしかったものを、一気に買い始めたんです(笑)。とはいえ、そんなにたくさん買えるわけではなくて、もうこれは自分で作るしかないだろうという思いがフツフツとわいてきたんです。

それまではどんな仕事をしていたんですか?

古屋:最初は屋根材メーカーに就職しました。もともと僕は少年サッカーの指導をずっとやっていて、それを続けるために地元の市役所に入ろうと思ってたんですね。それで公務員の勉強をずっとしていたんですけど、なんと僕が学校を卒業する時に、市役所の募集がなかったんですよ。それで、すでにその役所にいた少年サッカー団の先輩に相談したところ、「お前は公務員じゃないだろ」っていまさら言われて…。

どう考えてもそうだと思います。良い先輩がいましたね。

古屋:そこから就職活動を始めて、初任給が良いということで銅の屋根材メーカーに入ったんです。でも入ってみたら朝は早いし、重いものを担がされるし、色々と大変で。1年間営業をやっていたんですけど、半年くらいでイヤになって、途中でトイザらスとかでサボリ始めるんですね。で、トイザらスの駐車場とかで転職雑誌を見たりしていて、ある時ユージンという会社の求人を見つけたんです。ガチャガチャの写真と「ガチャガチャしたときのワクワクを思い出してください」というコピーが書いてあって。いまでもそのチラシは取ってあるんですよ。

「これが古屋さんのターニングポイントになったと」(カツキ)

良いチラシですねぇ。これが古屋さんのターニングポイントになったと。

古屋:そうです。この時の募集規定は「大卒23歳以上」だったんですよ。僕は当時21歳だったんですけど、とりあえず電話をしてみたら面接に行くことができて。当時は就職氷河期で競争も激しくて、面接会場に50人くらい来ていたんです。でも、僕は公務員の勉強をやっていたばっかりに、一般教養ができたんです。それで試験の出来がスゴく良かった(笑)。1年間営業をしていたし、少年サッカーで子どもの指導をやっているというのもプラスになったみたいで。運が良かったんですね。ユージンにはものスゴく感謝をしているし、いまでも愛していますね。

タナカカツキ
なぜ自分の会社を作ったのですか?

ユージンにいた頃はどんな仕事をしていたんですか?

古屋:ここでもまずは営業でしたね。でも、どうしても企画がやりたくて、一度犬のリアルフィギュアを作らせてもらったんですね。それがスゴく売れて、それからは営業企画みたいな立ち位置で仕事をさせてもらえるようになりました。その後、新しい事業のディレクションをすることになり、コンビニ用に紙箱什器のガチャガチャを入れたりしたんですけど、それも当たって、その頃から本格的に企画の仕事をするようになりました。結果的に企画から販売まであらゆる工程の仕事を経験できたことは、いま振り返ってみてもありがたかったなって思っています。

営業をしているからこそ、どんなものが売れるかということもわかりますもんね。ユージンではどんな商品を作ってきたんですか?

古屋:デハラユキノリさんなんかと一緒に「サラリーメンズ」というサラリーマンのフィギュアを作ったりしていました。動物系とかもやっていましたが、僕はアーティストコラボ物が多かったですね。「タイムカプセル」というアーティストコラボだけにしぼったガチャシリーズがあって、そこで色んなクリエイターさんと一緒に作っていました。

デハラユキノリの世界のパンチラストラップ

いまの奇譚クラブの前身のような感じですね。

古屋:そうですね。あまり世の中に名前が出ていないようなクリエイターさんと組んでゼロから作るということをやっていました。その後、会社はどんどん大きくなって上場まで行ったんですが、色んなことがあって僕は会社から気持ちが離れてしまったんですね。そんな時に、いまの自分のボスにあたる方と出会って、飲み仲間になって一緒に飲んでいる時に、いずれ独立したいという話を勢いでしたら、「明日独立しちゃえよ」と。いきなりそんなこと言われてもという感じだったんですが、実は以前に仲間4人くらいで独立をしようとしていたこともあって。その時は流れてしまったんですが、そのボスと出会って、「とりあえず会社作っちゃうから、後からでもいいから来いよ」という話になって。

豪快ですねぇ。そんなこともあるんだ。

古屋:そうなんですよ。会社の名前も「奇譚クラブにするから」という感じで、その人が決めてくれて(笑)。僕も二つ返事で「いいですよ」と。実はちょうどその頃、家を買ったばかりで、奥さんのおなかには子どもがいたんです。

一番不安定な時期ですね。でも、そこで「ちょっと考えさせてくれ」と言わずに、すぐに「YES」と言ったのがすばらしい!

古屋:かみさんには相当苦労かけましたけどね。でも、子どもも無事に産まれて。そんな大変な状況のなかで会社がスタートしたんです。

タナカカツキ
売り上げの方は大丈夫なんですか?

奇譚クラブで最初に作ったものを教えて下さい。

古屋:しばらくはそのボスの会社から出す商品の下請けで、企画や造形をやらせてもらっていましたね。奇譚クラブの名前で初めてガチャガチャを出したのは、会社立ち上げから3年くらい経った頃です。それが「海洋シリーズ」で、いまも水族館なんかに置かれていてずっと売れ続けている商品ですね。これを作るという時に実は大借金をしていて、もし売れていなかったら会社は完全につぶれていましたね。

ネイチャーテクニカラー 海洋 I

奇譚クラブは、海洋シリーズのような商品もある一方で、スゴくアンダーグラウンドで狂ったものも出しているわけじゃないですか。レコードのA面とB面が両方あって、同時進行している感じがします。

古屋:そうですね。ちゃんとご飯が食べられるものを作りつつですが、その裏側もないとあまり楽しくないんですよね。最初に話した「コスモス」というガチャメーカーもそうですし、岡本太郎さんとか横尾忠則さんとか、視覚的にショックを受けたものが結構自分のベースになっているところがありますね。

ザリガニワークスプレゼンツ シリーズ生きる 土下座ストラップ ©ZARIGANI WORKS

おかんに叱られそうな世界ですよね。でも、作っている側が楽しんでいる雰囲気がちゃんと伝わっているから、根強いファンを獲得できているんだと思います。

古屋:そうかもしれないですね。原型師さんや工場なんかも、昔から付き合いがあって、僕らの変態性を好きでいてくれる人たちにお願いしているんですけど、応援してもらっている感じはスゴくありますね。

売上も順調に上がっているんですか?

古屋:そうですね。僕らも色々営業して、問屋さんも動いてくれたりして、うまくファンがついてきてくれたんですね。それで、東急ハンズさんやヴィレッジヴァンガードさんなどにマシンを置けるようになって。思いのほか売れるので、問屋さんも「アレ?」という感じだったと思います(笑)。なぜかわからないけど売れるからというので、受注数もどんどん増えていきました。

古屋さんの手前にいるのがフチ子です。

問屋さんだけじゃなくて、若い人でもセンサーを持っていない人にはよくわからないですよね(笑)。僕が一緒に作らせてもらった「フチ子」というシリーズがあるんですけど、これも「どこのテレビやマンガでやってたキャラクターなの?」っていう話なんですよ。でもそれが奇譚さんだから売れる。これはスゴく面白い状態だなと思います。

古屋:売れるというのは結局作家さんのアイデアによるところで、それをいかに広く見せていけるかというのが僕らの仕事。いまはそれができているので、スゴくうれしいですね。

だいたいアーティストとメーカーが組むと、メーカー側はどうしてもマーケティングを参考に商品を作ろうとするんですけど、それがアーティストを殺してしまうこともある。でも、「フチ子」に関しては、自由に考えさせてもらった最初のアイデアからほとんど修正も入らずにそのまま作っていけた。とはいえ、僕もせっかく出すからにはある程度認知もされ、売れて頂かないと申し訳ない(笑)。そういう面でのアドバイスも頂き、最終的にとても良いカタチにしてもらえたなと。こんな時代に、メーカー、原作者、原型師がみんな気持ち良く仕事ができるという現場がここにはあった。

古屋:ありがたいですね。そういう現場の熱をそのまま売り場に出せているから、売れてくれているのかもしれないですね。

コップのフチに舞い降りた天使 コップのフチ子

タナカカツキ
このままだと会社が大きくなっちゃいませんか?

これまでにあった失敗なんかを言える範囲で教えてもらえませんか?

古屋:以前にホタルを作ったんですけど、光らせたかったのでライトとかを入れるために少し大きめのサイズにしたんですね。そうしたらゴキブリっぽくなっちゃって…。可愛く見せるためにカラフルに7色展開にしたんですけど、ゴキブリが並んでるみたいになっちゃいましたね。

「ゴキブリが並んでるみたいになっちゃいました」(古屋)

ガチャガチャで買う時は光ってないわけだし、ホタルって昼間見たらただの虫ですからね(笑)。でも、「ホタルを作りたい」という気持ちはピュアですよね。「こんなのあったらいいな」っていう。

古屋:あったらいいなと思って作ったばっかりに失敗したものは多々ありますね。あと、最近は意外にキャラクターものが売れないというのがわかってきました。キャラクターってどうしても子ども向けの印象がありますが、うちは大人のファンが多くて、その辺が原因なのかなと。ただ、いまはガチャガチャ業界全体が氷河期なんです。なかなか売れないから大手メーカーさんも苦しんでいるみたいですね。

そうなんですか? ガチャガチャマシンをこんなに見る時代はなかったような気もしますけど。

古屋:マシン自体はスゴく広がっているんですけど、いまは不景気だからお母さんとかが財布の紐を縛っちゃうんですよね。みんな自分のためにしかお金を使わないから(笑)、子どもがガチャガチャを買えないんですよ。

たしかにそうですね。「フチ子」にしてもある程度大人の人たちですもんね。大人からしたら、200円でフィギュアが買えると思えばお得な感じで。

古屋:大人は火が付いちゃうと何度も(ガチャガチャを)回しちゃって、最悪カラにしちゃうんですよ(笑)。僕らにとっては「最悪」ではなくて「最高」なんですけど(笑)。なんとなくうちの商品が売れているのは、大人が買っているからというのもあるんでしょうね。

ネイチャーテクニカラーMONOマメ

ガチャガチャというのは仕組みも面白いですよね。インターネットでいつでも欲しいものが買える時代に、何が出てくるかわからないものにお金を払うっていう。マシンを回す時の感覚も気持ち良いですよね。ところで、ガチャガチャマシンって個人宅の前には置けないんですか?

古屋:置けなくはないですけどね(笑)。メーカーが販売するということはないですが、インターネットオークションとかでは売られているみたいですね。

ガチャガチャ氷河期のなかで、自分たちの好きなものを作りながら、しっかりファンを獲得し、問屋さんからも信頼を得ている奇譚クラブさんは理想的な運営をしているように見えます。このままでは会社がどんどん大きくなっていく(笑)。

古屋:立ち上げメンバー3人の中で、会社を大きくし過ぎないようにしようと最初から決めているんです。だから、いまはリリースするアイテム数も絞っています。出したいものは山積みで、リリースすればきっと売れるんでしょうけど、それで会社を大きくしたくはないんです。最近は、コンビニエンスストアから依頼を受けて、ガチャガチャと同じモノを箱に詰めて売ったりもしているんですが、そうやって普段ガチャガチャをやらない人にもうちの商品と出会える場所というのは少しずつ提供していけたらなと思っています。例えば、アウトドアショップとか、若い人が集まったり、新しいカルチャーが生まれている場所にマシンを置くのも面白いかなと思っています。水草ショップとかにもね(笑)。

古屋さん、カツキさん、どうもありがとうございました!

インタビューを終えて

僕らの仕事にも言えることなんですけど、買ってくれる人たちが、その商品だけじゃなくて、『これを作っているのは誰?』というところまで見てくれて、そこに信頼を置いてもらえるというのは、理想的な状態だと思うんですよ。多くのメーカーは、すでに表現されているものを、食べやすいお味で、お客さんにパスするということをやっていると思うんですけど、奇譚クラブさんが面白いと思うのは、メーカー自体が信頼を裏切らないクリエイターのような存在になっていることなんですね。しかも、ガチャガチャ自体がメディアになるという過去にあまりなかった状況まで作り出していますよね。誰も期待なんかしていない『山菜シリーズ』の続編を出すというのは、まさにアンダーグランドな雑誌の連載的だし、ある意味古屋さんは編集長的な存在とも言える。
古屋さんが言っていた、『子供の頃に衝撃を受けて、心の片隅に傷として残っているもの』という、本来光の当たらない影の感情、野蛮な感性、実は情感豊かなデリケートな表現が、街中にさり気なく置かれたガチャガチャというマシーンから回転しながらねじり出てくる。そんな状況にワクワクします。そのなかで古屋さんは、男の子なら誰もが一度は夢中になったある種トラウマのようなものを大切に抱きしめながら、その種をまき散らしているわけですよ(笑)。『お前の心、ガチャガチャで傷つけてやる!』と。傷ついてない心なんか使い物にならないですからね! これからも古屋さんはじめ、奇譚クラブに期待しています!