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タナカカツキ

マンガ家
映像作家

古屋大貴

株式会社奇譚クラブ主宰

今回でカンバセーションズ2度目の登場となるマンガ家、映像作家のタナカカツキさん。前回の水草ショップ「エイチツー」半田さんに続き、カツキさんがインタビュー相手として挙げてくれたのは、フィギュア・カプセル玩具メーカー「奇譚クラブ」の古屋大貴さん。マニアックな”ガチャガチャ”アイテムを次々とリリースし、業界に旋風を巻き起こすまでの存在に成長した同社の代表である古屋さんの脳内を、カツキさんと一緒に覗いてみましょう。

2. なぜオモチャ作りに興味を持ったのですか?

古屋大貴 

自分で働くようになってお金を手にしてからは、オモチャを一気に買い始めたんです。とはいえ、そんなにたくさんは買えなくて、もうこれは自分で作るしかないだろうと。

Q.古屋さんは、もともとオモチャを作っていきたいと思っていたんですか?

古屋:はい。社会人になって働き始めた頃から、オモチャのコレクターになったんです。それまではとにかく貧乏で、ファミコンをはじめ買えずにきたものがたくさんあって…。それで、自分で働くようになってお金を手にしてからは、子供の頃にほしかったものを、一気に買い始めたんです(笑)。とはいえ、そんなにたくさん買えるわけではなくて、もうこれは自分で作るしかないだろうという思いがフツフツとわいてきたんです。

Q.それまではどんな仕事をしていたんですか?

古屋:最初は屋根材メーカーに就職しました。もともと僕は少年サッカーの指導をずっとやっていて、それを続けるために地元の市役所に入ろうと思ってたんですね。それで公務員の勉強をずっとしていたんですけど、なんと僕が学校を卒業する時に、市役所の募集がなかったんですよ。それで、すでにその役所にいた少年サッカー団の先輩に相談したところ、「お前は公務員じゃないだろ」っていまさら言われて…。

Q.どう考えてもそうだと思います。良い先輩がいましたね。

古屋:そこから就職活動を始めて、初任給が良いということで銅の屋根材メーカーに入ったんです。でも入ってみたら朝は早いし、重いものを担がされるし、色々と大変で。1年間営業をやっていたんですけど、半年くらいでイヤになって、途中でトイザらスとかでサボリ始めるんですね。で、トイザらスの駐車場とかで転職雑誌を見たりしていて、ある時ユージンという会社の求人を見つけたんです。ガチャガチャの写真と「ガチャガチャしたときのワクワクを思い出してください」というコピーが書いてあって。いまでもそのチラシは取ってあるんですよ。

「これが古屋さんのターニングポイントになったと」(カツキ)

Q.良いチラシですねぇ。これが古屋さんのターニングポイントになったと。

古屋:そうです。この時の募集規定は「大卒23歳以上」だったんですよ。僕は当時21歳だったんですけど、とりあえず電話をしてみたら面接に行くことができて。当時は就職氷河期で競争も激しくて、面接会場に50人くらい来ていたんです。でも、僕は公務員の勉強をやっていたばっかりに、一般教養ができたんです。それで試験の出来がスゴく良かった(笑)。1年間営業をしていたし、少年サッカーで子どもの指導をやっているというのもプラスになったみたいで。運が良かったんですね。ユージンにはものスゴく感謝をしているし、いまでも愛していますね。<続く>

インフォメーション

タナカカツキさん原案の新商品「コップのフチ子」は大絶賛展開中。取扱い店舗についてはこちらから。 その他の奇譚クラブ商品はこちらでご覧になれます。また、最新情報が随時更新されている奇譚クラブのブログも要チェック!

もっと知りたい人は…

  • タナカカツキ 

    タナカカツキ

    マンガ家
    映像作家

    1966年大阪生まれ。1985年大学在学中にマンガ家としてデビュー。著書には『オッス!トン子ちゃん』『サ道』、天久聖一との共著「バカドリル」などがある。

  • 古屋大貴 

    古屋大貴

    株式会社奇譚クラブ主宰

    1975年埼玉生まれ。株式会社ユージンでガチャガチャを学び、2006年に独立し株式会社奇譚クラブを設立。他社に真似できないクオリティとアイデアで、ガチャガチャ業界を躍進中。