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「問い」をカタチにするインタビューメディア

問いから学ぶ

デザイナー・太刀川英輔さんが、
東京大学i.school エグゼクティブディレクター・堀井秀之さんに聞く、
「イノベーションを育む土壌づくりについて」

今回インタビュアーを務めるのは、NOSIGNERの代表として、プロダクト、空間、グラフィックをはじめ幅広い領域のデザインを手がける太刀川英輔さん。東日本大震災の直後には、被災地での生活を助けるさまざまなアイデアを集めるデータベースWiki「OLIVE」を立ち上げるなど、社会的に機能する無形のデザインを生み出すことを目指した活動で注目を集めています。そんな太刀川さんがいま興味を持っている分野はデザイン主導のイノベーション。デザインによるイノベーションのあり方を考える彼からの強い希望で、「イノベーションの学校」を謳う東京大学の教育プログラム「東京大学i.school」のエグゼクティブディレクターを務める堀井秀之先生へのインタビューが実現しました。i.schoolの公開ワークショップで講師を務めた経験もある太刀川さんが、独自の視点でその秘密を掘り下げます。

太刀川英輔
なぜi.schoolを始めたのですか?

i.schoolというある意味どの領域にも属さないようなものがなぜ大学に必要で、また、それがどんな可能性をもたらすと考え、このプロジェクトを始められたのですか?

堀井:21世紀に入る頃に、工学のヴィジョンをまとめて本にするという仕事をしたんですね。それからさらに10年近くが経ち、当時こうなるだろうと考えていたことが実際にそうなってきて、じゃあこれから先工学は何を目指していくのか? ひいては日本がどういう立ち位置で今後やっていくのか? ということを真剣に考えないといけない時期に来ていると感じ、工学部の先生方と議論を重ねていたんです。私としては、世界第二の経済大国は遠い過去の話で、アメリカや中国と真っ向勝負をしている場合ではなく、日本人の感性にあっているモノやサービスを生み出していくこと、つまり「日本らしさの追及」が大切なんじゃないかと考えていました。これまで工学というのは、人々の欲求、要求を満足させるための手段を提供するということを続けてきたのですが、一方で、じゃあ何を作るべきか?というような、その手段が果たすべき目的を作り込むということをやってこなかった。それは手段の設計とは全然違うことで、目的を生み出す人間をつくる教育や、その方法論、プログラムを考えていくことが必要となります。それはi.schoolのやろうとしていることそのものなんです。

IDEOというデザインイノベーションのコンサルティングファームと連携されたことに、とても興味があります。これまでデザインというのは、美術系大学の一科目という認識が強かったと思うのですが、工学の未来を考えていこうとした時に、なぜデザインが必要だったのですか?

堀井:i.schoolを立ち上げる前に、IDEOやd.school、RCAなどに視察に行ったんですね。そのなかで、新しい手段を生み出すための方法論が、デザインという分野から生まれてきていることがわかったんです。「新しくて良いもの」には、目的が新しいもの、手段が新しいもの、そのどちらも新しいものがあると思うんですね。基本的にデザインというのは、ある目的を果たすための手段で、人の気持ちを変えたりするための形、色、感触という「手段」を提供していくものだと思うのですが、形や色だけにこだわっているとできることに限りがある。そこで、デザイナーたちはその手段を広げ、社会システムやビジネスモデルというところにまで及んでいたのです。新しい手段を生み出すための経験則をデザイナーは持っていて、それは工学の分野がいま求めているものと近いと感じたのです。

太刀川英輔
イノベーションはどのように起きるのですか?

イノベーションという言葉は「技術革新」という意味合いで捉えられがちですが、デザインによってイノベーションが起こることがあります。いくつかのものが統合され、見たこともないような新しい形態に凝縮、変化することがある。それを実現するために必要になってくるのが、テクノロジー、デザイン、マーケティングなどそれぞれの分野の人たちが対話の場を持ち、一丸となってゴールを目指すことだと思っています。i.schoolが興味深いのは、「場」として機能しているからなんです。この場で集合知的にアイデアが揉まれていくことで、発明的創造が起こるという状況を目指されているように思うのですが、それは具体的にはどのように起こるのでしょうか?

堀井:新しい手段を思いつくというのは、個人の思考の中で起こることだと思うのです。だから、私のi.schoolのワークショップでは、みんなで話し合いをする前に、アイデア出しという個人の時間を作るようにしています。その時に思考していることは、ある目的を果たすための手段を考えるということで、これは、ある結果を引き起こす原因を考え出したり、ある現象を説明する法則を見つけ出す時の思考と同じなのです。これはアブダクション(=仮説的推論)といって、アメリカの学者チャールズ・パースは、同義語としてリトロダクション(遡及推論)という言い方もしています。

僕の修士論文は「デザインの言語的認知」というタイトルで、デザインを言語学的に分析することで、デザインを理解する文法が見えてこないかというものでした。それも、アブダクションの考え方やパースの思考をベースにしたものだったので、スゴくよくわかります。

堀井:そのアブダクションの瞬間を質の高いものにしていくことが重要です。リサーチやインタビュー、観察など、そのために必要な事前作業がたくさんあって、その作業はグループで行います。それによって、それぞれが持っているバックグラウンドや知識を活用できるし、物の考え方や価値観の違う他者の理解に努めることは自分の世界観を広げることにつながります。自分から距離が遠いものを活用することで、思いもしなかった新しいものが生まれる可能性もあります。その作業を経てから、個々にアイデア出しをして、生まれたアイデアをもとにまたグループでディスカッションをします。自分のアイデアを説明したり、人のアイデアを聞いたりしている時に良いことを思いつく場合もあります。その結果生まれるアイデアというのは、アイデア出しの時にどれだけ自分で色々考えられたかで変わってくるのです。つまり、アイデア出しの時のアイデアの数と質が、その後に生まれるアイデアを規定していると思います。

太刀川英輔
生まれたアイデアは誰のものですか?

イノベーションの段階には、集合知的に行う拡散パートと、個人で行う収束パートがあって、類推して仮説を導く瞬間はひとりだけど、その仮説を検証していく過程は集合知化できるということですね。そのプロセスの循環というのは、そこで生まれたアイデアに対するオーナーシップを集団化させていくということでもあると思います。例えばそれは、デザイン事務所のあり方を考える上でもポイントになりそうですね。

堀井:そう思います。アイデアが絞られて実現に向かっていく時に、そのアイデアを自分個人のものと思うのか、グループ全体のものと思うのかは大きな違いです。良いアイデアを出してそれをどこかに納品するということであれば,個々が出したアイデアを投票制で選択すればいいかもしれないけど、自分たちがそれを実現していくというのであれば、アイデアをそのグループ全体のものとして考えていけるかが大切です。その気持ち作りという面もi.schoolにはあるのです。

本来デザイナーというのはオーナーシップの塊です(笑)。賞を目指すということや名を上げることもそのひとつで、僕自身も気張ってやってきたところがあったけど、最近はちょっと違うなと思っています。それは、オーナーシップが集団に属している方がうまくいく場合があると思っているからなんですが、オーナーシップのあり方は組織にどんな影響を与えるとお考えですか?

堀井:例えば、個人の思いついたアイデアがあって、その人がオーナーシップを発揮して社長になり、給料を払って人を調達し、命令していくというやり方もあると思いますが、それだと組織としては続かないことが多いと思うのです。組織全体にオーナーシップがあるからこそ、みんなが我がことのように取り組めると思うし、オーナーシップを共有できていることに喜びを感じられるのであれば、そうあるべきなのではないかなと。

それは往々にしてうれしいことだと思います。僕の師匠は、建築家の隈研吾さんなんですが、隈さんは「こんな課題があるから、一週間後までにやっておいて」とスタッフそれぞれに伝えて、1週間後にチェックをして、それぞれに対して15秒くらいずつで意見を言っていくという最小限のディレクションをする人でした。だから、スタッフはそこにオーナーシップを持っていられる。僕は、「このアイデアで隈さんを納得させてやるぜ!」と思ってやっていたので楽しかったし、ある意味ラッキーだったなと。ここには、オーナーシップとクリエイティビティの関係としてひとつの可能性があるなと思っています。

堀井:そうですね。今後時間があったら、芸術やスポーツなどあらゆる分野で、人がどう育てられているのかというのを比較して類型化してみたいなと思っています。それはi.schoolにとってもスゴく参考になるはずですよね。

太刀川英輔
スティーブ・ジョブズを育てることはできますか?

生まれたアイデアを質の高いアウトプットに落としこむという部分については、どうしても個人のクオリティラインに左右されてしまうところがあるような気がしています。その段階で、オーナーシップが個人に戻ってしまうという葛藤が僕自身の中にあるんです。例えば、アップルの場合は、スティーブ・ジョブズという強力な個人がチェック機構になっていましたよね。

堀井:i.schoolは、スティーブ・ジョブズのような人を育てることが目的ではないんです。ゆくゆくはそういう人も出てくるかもしれないけど、私たちが目標にしているのは、創造的な課題が与えられた時に、どういうプロセスを踏めばそれをクリアできるのかということを設計できる人材を育てることです。その課題に必要な人や情報を集め、チームを作り、作業を進めてゆくというプロセスを設計することが大切なのです。ひとりのスタープレイヤーがいた時に、その人に何を組み合わせればよりスゴいものが生まれるかを考えることが課題であって、もしスティーブ・ジョブズが必要なら、極端な話、調達してくればいいんです。そもそも、育てようと思って育てられるようなものでもないですからね(笑)。

スティーブ・ジョブズは調達するもの」。これは名言ですね(笑)。課題解決のためのプロセスや定石のようなものが作れれば、あとはそれを色々なところにインストールしていけばいいわけですよね。それによって、誰もが優れたイノベーションを生み出し得る状況ができたら面白いですね。

堀井:一般的に、先ほど話したアブダクションというのは、無意識の内に行われるもので、言語化できないと思われています。過去の経験が記憶として蓄積されていて、ある目的を果たす手段を考える時に、直感的に必要なアイデアが思い付くという流れです。でも私は、無意識のうちに行われているアブダクションを言語化して、説明できるようにしたいのです。さらに言うと、その説明を使ってアイデアを思い付くというところまで持っていきたい。

体験を言語化していくということですね。

堀井:例えば、イチローは、自分のバットスイングをすべて言語化するトレーニングをしているといいます。スポーツの世界では、言語化することは良くないと言われていて、いかにそれを無意識でやれるようにするかが課題という考え方があります。でも、イチローは、自分のその日のスイングを非常に精緻な記述で分析するのです。つまり、自分の無意識の部分に意識を当てて言語化し、それをぎこちなくなるまで練習することで、無意識だけでは到達できない高みに上がれるというわけですね。アブダクションの思考が起こる瞬間を順解析していくのは難しくても、それが起こった時の思考を、後から逆解析して言語化するということは可能だと思うのです。もしそれができれば、素人でもある程度の高みまでは上がれる可能性があるということですよね。アブダクションの思考においてアナロジー(類推)というのは間違いなく重要なキーワードだと思っています。

太刀川英輔
イノベーションに本当に必要なことは何ですか?

アブダクションが導かれる条件としてリサーチがあるというお話がありましたが、i.schoolではその部分をかなり重視しているように思います。リサーチが集合知化できるデザインパートであるということについて、もう少しお話を聞いてみたいです。

堀井:これまでに世界中の色々なワークショップを見てきたのですが、そこにこれだけ時間を割いているのは、私くらいないんじゃないかなと思っています(笑)。多くのワークショップは、そこにどういう問題があるのかという目的の部分に重点を置くのですが、私のワークショップでは手段に関する準備を入念にします。活用可能な既存の手段を分析し、分析結果を活用できるようにする。例えば、椅子をデザインする時に、参考にはなるけれど、椅子そのものではないもの、例えばテーブルのデザインを考えたりするんです。そこからそのテーブルのデザインというものがどういう意味を持っているのかということを考え、あらゆるもののデザインに活かせるように上位概念化していくのです。

ある現象を記号化し、抽象的に理解することでツール化できれば、色々な活用をしていけるという考え方ですね。

堀井:そういうことです。例えば、アフリカで見つけた面白いオブジェがあるとします。その時に、なぜ自分はそれを面白いと感じるのかを考えるのです。あるいは、デザインブックや百科事典を見た時に、なぜそれが自分の心に訴えかけるのか、そのメカニズムを言語化し、タグ付けしていく。そのアナロジーを色々なケースに適用していくのです。

アナロジーを記号化・類型化しておくと、あるパズルを解くピースになるかもしれない。それはリサーチによってもたらされるということですね。ひょっとするとその先には、スティーブ・ジョブズのような天才の解体という話があるかもしれないですね。

堀井:そもそもスティーブ・ジョブズはそんなに複雑な人ではないと思いますけどね(笑)。私は、これまでi.schoolをやってきたなかで、イノベーションに大切なことが3つあると感じています。ひとつは、先ほどお話ししたプロセスのデザインができるようになること。もうひとつは、新しいものを生み出すのは良いことなんだというマインドセットを持つこと。そして3つ目は、「こういうデザインは許せない」とか「世の中はこうあるべきだ」とか「自分の世界観はこうだ」と言い切れる強い思いです。i.schoolで教えているのは、最初のふたつです。最後のひとつは、結局はその人自身がそう思えるかどうかという話になってくるのです。そして、スティーブ・ジョブズが生まれるかどうかというのも結局はそこなのですね。その部分を育む教育プログラムというのもあるのでしょうが、それこそ滝に打たれるとか、そういう話になってしまうかもしれない(笑)。それはi.schoolが目指すところではないですし、スティーブ・ジョブズを生み出すのが目的ではないというのは、そういうことでもあるのです。


インタビューを終えて

堀井先生のお話を聞いて、いままでフンワリと感じていたことが腑に落ちた気がして、とても共感できました。堀井先生は、経験を言語化していくということをスゴく大事にしていて、i.schoolでは、言語化できるコンセプトのようなものを打ち出す必要性を感じているんだなと思いました。身体感覚を言語化し、それをまた身体に戻していくという循環を繰り返してしていくことで、確信に近づいていく感覚は実感としてよくわかりました。特に、イチローのバットスイングの話などは感銘を受けました。そして、デザイナーではなく研究者である堀井先生は、そのプロセスを内在化させるのではなく、共有知化するための状況作りに取り組んでいるんだなと。 みんながイノベーションを生み出し得る方法というのは僕もスゴく知りたいし、その魔法を自分自身にも適用したい(笑)。特別な才能やセンスに頼らずに、みんながデザインをできるようになれば、世界はもっとクリエイティブで面白くなりますよね。そのために必要になってくることは、単に問題を解決することではなく、目的や課題を設定することだと思うんです。堀井先生がやられていることはそういうことだろうし、僕自身、問いを設定できるデザイナーというのをずっと目指しているんです。本当に今日はたくさんの刺激を頂くことができました