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「問い」をカタチにするインタビューメディア

問いから学ぶ

写真家・鈴木 心さんが、
「Change.org」キャンペーン・ディレクター・ハリス鈴木絵美さんに聞く、
「いまある状況を『変える』ということ」

今回のインタビュアーは、写真展や作品集の制作から、広告や雑誌などさまざまな媒体での仕事まで精力的な活動を続けている写真家の鈴木心さん。そんな鈴木さんがインタビュー相手に選んだのは、全世界196カ国にユーザーを持つ世界最大の署名プラットフォーム「Change.org」の日本におけるキャンペーンディレクター、ハリス鈴木絵美さん。アメリカ在住時にバラク・オバマ氏の大統領選挙に関わった経験を持ち、テレビなどさまざまなメディアで目にする機会も増えている絵美さんに、東日本大震災以降、故郷の福島・郡山市での活動も展開している鈴木心さんが、文字通り「CHANGE」をテーマに話を聞きました。

鈴木 心
何から変えていけばいいですか?

僕は写真家として、歴史上最も多くの人がカメラを持っているこの時代に、平面上だけで何かを表現するのではなく、社会の中でどう写真を使えば世の中がより良くなっていくかということを考えていきたいと思っています。例えば、写真愛好家の人たちには、自分の中にある美の概念を疑わずに山や風景の写真を撮り続けている人たちも多いですが、ただ美的感覚を露骨にした風景写真だけではなく、その感覚を疑うような社会的な風景写真というものがあってもいいかもしれないし、写真を使った政治的な活動などもできるかもしれない。ツールとしての写真が爆発的に普及したのに、まったくリテラシーは上がっていない。写真が持つ多様な機能を十分に発揮し切れていない現状に対して、自分なりのやり方を編み出しながら、少なからず状況を「変えたい」と考えているんです。

絵美:自分の中に植え付けられた美の概念にクエスチョンしていかないというのは本当にその通りですよね。「Change.org」のキャンペーンにしても、まず自分が何かを考えて、変えたいと思わなければ始まらないんですね。「Change.org」自体はそのための場を提供しているツールでしかなくて、ユーザーが自主的に何かを変えたいと思ってコンテンツをアップしていくわけですが、日本が難しいのは、みんな何を変えたいのかわからないということなんです。鈴木さんがやられている写真にしても、「Change.org」のキャンペーンにしても、まずは自分がどう思うかという意見を主張できるところまで持っていかないと難しいんじゃないかなと。

僕は基本的にシンプルなものが好きなんですけど、先日大胆にも赤い車を買ったんです。中古車でコンデションが良いのがその色しかなかったからしかたなく買ったんですが、いざ乗ってみると、赤い車に乗る人の気分というのがわかりました (笑)。その時に気づいたのは、結局自分は外からの目を気にして車の色を選んでいたんだということだったんですね。例えば、これが海外の人なら、赤が好きだからという理由だけで買うと思うんですけど、もしかしたら僕は知らず知らずのうちに周りからの見え方を気にして意見を言うということをやっていたのかなと。 それって日本人的なんじゃないかなって。

絵美:日本の場合は、ある程度情報を得た上で、自分がそれを分析して、考えて、意見を持つというトレーニングをする機会がないというのも大きいですよね。世界に答えはひとつしかなく、1枚の絵しか描けないというのは残念な状況だなと思います。日本でも色んなことが変わり始めているとは思いますが、最も必要なのはアイデアの多様性。それぞれが個人的にどう思うのかということが問われていると思います。

何かを変えるというのは凄く難しいことだし、大きな仕組みがガチャって変わるようなイメージを持ってしまうと、大変そうに感じてしまいますよね。最初は僕もそう考えていて、本当に何かを変えるなら自分の街の市長くらいにはなる必要があると思っていたんですけど、そこに行き着くまでの選挙運動というのは、あまりにも自分の理念に反した活動だったりする(笑)。それならまずは自分の手が届く人たちと感覚をシェアしていくことで、最終的にたくさんの人とつながっていくのが理想だなと。

絵美:変化した後に自分の生活がどうなるかが見えないままで変化を求めるのは相当難しいですよね。まずは小さな成功事例を積み重ねていくことで、みんなにシステムに対して自信を持ってもらうことが大切かなと思っています。「Change.org」全体で見ても、大きな革命を起こすというよりも、自分の子供がいる学校に何かを求めるとか、生活に直結したところで使われている場合が大半なんですね。もしこれが法律や生活保護など国家レベルの問題になると、決断者が自分から遠すぎて、そこに対して影響を与えられる気がしないですよね。私も選挙には行くけど、本音では自分の一票で日本が変わるとは信じ切れていないところがあるし、それよりは自分と同じ意思を持っている人たちと小さなコミュニティを結成した上で活動したいと思っています。自分の力で何かに参加して変えていくという経験を重ねることが大切だと思うし、例えばそれがAKB48のライブをUstreamで流してほしいというようなことでもいいと思うんです。

鈴木 心
活動はどこまで広がっていますか?

「Change.org」の中には、「はだしのゲン」のキャンペーンなどバイラルで署名が集まるものもあれば、自分にとってはどうでもいいと思えるようなものなども正直あるわけですが、それをただ「どうでもいいもの」としてしまっては終わりのような気がします。まずはそれをひとつのスタディとして考えてみて、自分自身がその問題に付き合えるか、賛同できるかということを判断した上で署名をするというような使い方をユーザーそれぞれができるようになっていったらいいですよね。ちなみにいま「Change.org」にはどのくらいのユーザーがいるんですか?

絵美:日本には15万人程のユーザーがいます。「Change.org」は現在18言語で展開していて、国によってユーザー数は違いますが、アメリカ本国ではユーザーをこれ以上増やしていくのが難しい段階になっているので、国際的な展開に力を入れているんです。

日本でユーザー数を本当に増やしていきたいのであれば、極端な話、AKBに「チェンジ♡」とか言ってもらって宣伝をすれば一気に広がったりするんじゃないですか?

絵美:そういうことにも全然抵抗はないんですよ。私はもともと市民活動を活発にやっている家族に生まれたわけでもなく、2008年にオバマの大統領選のキャンペーンに参加したことがきっかけで政治や署名で何かを変えるということに関心を持ち始めた人間なんですね。だから、「Change.org」がポップにわかりやすく広がっていっても良いと思っています。日本の市民活動に広がりがないのは、一定の層の人だけしか参加していないからで、そのメッセージはなかなかマスには広がっていかないんですよね。また、現在インドでは、スマートフォン以外の携帯電話からも署名ができるシステムをテスト中なんですが、「Change.org」では、PCやスマートフォンからアクセスできるような比較的裕福な層だけではなく、より多くの人たちにサイトを使ってもらうための投資をしていきたいと考えています。

そういう環境に恵まれていない人たちが、社会的弱者になってしまうわけですからね。とはいえ、そういう人たちの間で何かを変えたいという意識は芽生えるんですか?

絵美:自分が不利な場所で生活をしていて、差別も経験している人たちだからこそ、変えたいという思いは強いんです。一昨年、インドで汚職問題が大規模なデモを引き起こした際も、先のシステムで1000万人の署名が集まったように、ニーズは凄く大きいと思っています。誰かひとりが発信した意見に、無数の人が賛同していくことができるのが「Change.org」というプラットフォームで、ある国で成功したのと同じキャンペーンが別の国に広がっていくケースも多い。社会変革のためのベストプラクティスが可視化され、みんながそれを見習えるような場所にできたらいいなと考えています。

鈴木 心
どんなサイトにしていきたいですか?

今後「Change.org」を日本で広げていく上では、「これがあれば変えられる」とか「もっとつながっていける」という実感が持てるプラットフォームとして認識されていくことが大切になってきそうですね。

絵美:重要なのは、ユーザーが自分でもできると思えることなんですよね。だから、サイトの中でも普通の人が主人公だということをアピールするようなストーリーテリングを意識しています。成功したキャンペーンを立てた人も普通の人たちなんだというストーリーをメーリングリストなどで紹介しながら、自分にもできるかなと思わせることが大事だなと。何がきっかけになるかはこちらで決められるわけではないですが、その中でもなるべくキュレーションかけて、誰もが参加できるような場所にするということは心がけています。日本人の大半は裕福で生活には困っていませんが、何か事件が起きた時にチェンジできるという潜在的な思いを育てることが重要で、自分が何か凄く困ったり、やりきれない気持ちになった時に、「Change.org」というサイトがあって、一応ここにアップしておいた方がいいよねと思ってもらうところまで持ち込めたらなと。

今後色んな人たちが連結していくハブになっていくと思うし、より大きな流れになっていくことを期待するばかりです。いま選挙には何も期待できない状況ですが、「Change.org」には、そんな選挙の一票よりも有効なものになってほしいですね。

絵美:なるべく多くの人が勝手に社会変革できるようになればいいなと。それはひとつの団体だけで解決できることではないから、Wikipediaのようにみんなでやっていけばいいという発想です。そのためにも原点になるユーザー数を増やすというところに力を入れて、なるべくキャンペーンを成功できるようにしていくことが私たちの仕事かなと考えています。

鈴木心さんが行った母校での特別授業。

サイトを運営して、広めていくためにはある程度コストもかかってきますよね。選挙などにしても、自分がやりたいことを掲げた後は運転資金が必要になってくるわけですが、「Change.org」は現在どんな運営体制になっているんですか?

絵美:現在はビジネスとして回っている国が3,4ヶ国あって、そこで調達した資金を他の国の運営に投資している状態です。イギリスやスペインなど収益を上げている国では、国際的なNPO団体などからの広告収入がメインになっています。彼らがメンバーを増やしたり、署名を集めたい時などに「Change.org」に来るのですが、私たちは過去のユーザーがどんなキャンペーンに賛同したかというデータベースをすべて持っているので、質の高いファンドレイジングにもつながるユーザーを見つけることができ、それがひとつのバリューになっています。

今後は、大きな企業やスポンサーになり得る存在に対して、どういう関係を築いていくかも重要になってきそうですね。

絵美:現在はまだ「Change.org」を日本に紹介している段階だと思っていますが、日本にも根づいてきて、本当に権力にチャレンジするようなキャンペーンが出てくると、相当BGMが変わる気がします(笑)。そこまでいくにはまだ時間がかかると思っていますが、なるべく多くの日本の人たちに火をつけられるような活動をしていくことが私たちの仕事だし、何か大きな事件が起きた時にいかに瞬発的に動けるかというのが今後の肝になってくると思っています。例えば、「はだしのゲン」の事例が面白いと思ったのは、ニュースが出た直後に「Change.org」にキャンペーンが立ち上がっていたことで、当時私は夏休みだったのですが、気づいたらいつのまにかたくさんの人が集まっていたんです。これまで1年やってきて初めての現象だったのですが、大きなニュースが起きた時に「Change.org」を使おうと考えている人たちが出始めているということだと思います。

鈴木 心
どうすれば日本人は変われますか?

僕が日本にいて心配なのは、身近なことにしても、大きな仕組みにしても、変えることに関心がないということです。それはプラットフォームの問題ではなく、日本人が持っている潜在的な性格が、何かを変えるという時にネックになるんじゃないかと。震災があって、原発もあんなことになり、これからオリンピックもあるという状況で、日本の中にある色んなものに関心を持って意見をしたいという雰囲気にならないと、何かを変えるというところには至らないんじゃないかという不安があるんです。

絵美:私は震災を日本で直接経験していないんですが、日本の人からよく聞くのは、震災があってみんながクエスチョンをし始めたよねということです。もちろんそうならなければヤバイと思うんですけど、それでもまだ本当の危機感には至っていない気がしています。あれだけの事故を起こして、いまも問題は続いているのに東京は平然と回っているし、不思議な国だなと思います。でも、若い人たちの中には、3.11がきっかけで社会との関係を考え始めたという人は凄く増えているし、それが直接政治的な活動につながっていなくても、ボランティアをしたり、読む新聞が変わったりという小さな変化は起きている。もともと日本は上下関係が厳しく、他の国のように若い人がたくさんいるわけではないので変化が起きにくい状況にありますが、それを考えればそんなに悪くない状況なのかもしれないと思っています。

最近ディズニーランドに行ったのですが、色々思うところがあったんです。ディズニーランドというのは究極の顧客至上主義で、自分が世界の中心になれるという感動を全員に与える仕組みが完成されているんです。日本の社会というのは権威主義で、トップの人たちをそれ以外の人たちが妬むという階級社会が一般的だと思うんですが、ディズニーランドの中だけはみんなが主人公になれるという構造が作られている。これを上手く使えば日本人の世界に対する無関心を払拭することにもつなげていけるんじゃないかと感じたんです。

絵美:自分が主人公になれることもそうだし、ディズニーランドというのは他人の目を気にしなくていい環境なんですよね。もしかしたらディズニーランドはそういう意味で受け入れられているところもあるのかなと。例えば、日本でFacebookを使っていると、周りの目を意識して書いている人がとても多いと感じるんですね。みんながパーソナルブランディングばかりしていて、ハッキリ言ってつまらないなと。しかたないから私もそこに参加するんですけど(笑)、本当はもっと本音を出せる場所だったのにという思いがあって。アメリカで使っていた時はもっと本音の感情を表に出せる環境だったんですが、日本では上司や家族が読むかもしれないとみんなが思っていて、本音が出せなくなっている。みんながFacebook疲れをしている理由は、自分が主人公ではあるけど、自分が書いている脚本ではないからだと思うんです。本音と建前というものは日本文化の美でもあるけど、少し極端すぎると感じる時もあります。

日本の人たちにアプローチしていく上で、今後はどんなことが課題になりそうですか?

絵美:いま日本における署名に対するリアクションというのは、「カッコ悪い」とか「駅前でしつこく言われてうるさい」とかネガティブなものがほとんどですよね。まずはそのネガティブなものをゼロに戻して、先入観なしに署名に参加してもらえるところまで持っていくのが最初の課題だと思っています。これまで日本の署名というのは、法律を成立させるためとか、凶悪事件の被害者を支援するためというようなヘビーなものが多かった。そういうものももちろん大事ですが、「Change.org」ではもっと身近なものを取り上げながら、少しでもギャップを埋めていければと。そのためには、いかに新しい署名のあり方を提示したり、身近に感じられる課題に対して成功事例を出していけるかということが大切になってくると思っています。


インタビューを終えて

世界は暗い話題にあふれていて、とっても不都合なものに感じるけれど、争いの歴史に見るように、抗うことはたくさんの犠牲を伴い、困難を極めます。今回の対話では、『変わることはとってもポジティブなこと』なのだと改めて認識しました。対話では、不可抗力な構造へ言及することもしばしばありましたが、『変えること』は必ずしもそういった不条理な大きな対象に向けられるものだけではなく、吹けばひっくり返るような簡単なことにだって『変えられること』はあふれています。
最初のステージがブロードウェイではなく、場末の稽古場から始まるからこそ夢があるように、僕らにとっての『変える』は、ネットワークネイティブの小さな連携が大きな波になり、不可抗力へと挑んでいくような身近な変革としてある。『Change.org』という舞台が僕らの諦めムードを『変える』存在として、すべての人々に用意されているのだと思いました。