MENUCLOSE

「問い」をカタチにするインタビューメディア

暮らしの更新

イラストレーター・黒田潔さんが、
アーバンスケープアーキテクト・韓 亜由美さんに聞く、
「住空間に寄り添う表現」

カンバセーションズには4回目の登場となるイラストレーターの黒田潔さん。今回彼がインタビュー相手に選んだのは、黒田さんがイラストレーションを担当した朝霞浜崎団地のトータルバリューアップ計画「URBAN FOREST ASAKAHAMAZAKI DANCHI」で、デザインディレクションを担当したアーバンスケープアーキテクト・韓 亜由美さん。老朽化した団地の改修にとどまらず、3棟にも及ぶ建物全体を森に見立てたデザイン計画のもと、団地という住空間全体に新たな価値を与えることを目指した2年越しの大プロジェクトの舞台裏について、さまざまなお話を聞きました。

黒田潔
空間デザインの肝は何ですか?

2005年の「新宿サザンビートプロジェクト」や、今回の朝霞浜崎団地など、韓さんのお仕事には、その空間を別の視点から見直し、イメージを転換させていくようなものが多いと感じます。一方で僕は紙媒体の仕事が多く、その中で個人的な世界観をいかにつくっていくかというところに矛先が向かっているので、ある意味対極にあると言えるかもしれませんが、韓さんはイラストレーションなどの表現が公共の場所や建築物に混ざっていくことについて、どう考えていますか?

韓:私の仕事の大きなテーマは都市なんですね。私は新宿生まれ新宿育ちなのですが、都市というのは生き物のようなもので、時代とともにどんどん変化し、新陳代謝を繰り返していきます。そうした空間や場所を、都市に生きる人たちの生息環境と考えているのですが、ツルツルピカピカの綺麗に整備された高層ビルや再開発された空間ばかりだと、写真映えはするかもしれませんが、あまり憩うことはできないだろうし、人は寄り付かないと思うんです。例えば、以前に新宿の工事現場の仮囲いにイラストを描いてもらった時もそうですが、ホワイトキューブのギャラリーとは違う空間、つまり生息環境としての都市に絵があることで、そこに暮らす人たちが介在してきて、化学変化が起きることがある。そうした触媒のように機能するものとして、イラストレーションやデザインを考えているところがあるんです。

「生息環境」というのはとても腑に落ちる表現です。多くの人たちが集まる都心は、まさにどんどん変化する生き物のようですが、今回の団地というのは、建てられてからすでに数十年が経っていて、実際に足を運んでみると、その時間の経過というものが強く感じられました。色々な面で新宿の時とはだいぶ違うプロジェクトでしたよね。

韓:団地というのは住環境なので、新宿の街中のように不特定多数の人たちがすれ違っていくような場ではなく、プライベートとパブリックの境目にあるような空間ですよね。新宿サザンビートは、壁に描かれた絵や言葉と通行人が相対するような関係性でしたが、今回は常にそこに住んでいる人たちを包み込むような環境づくりが必要だと考え、そこから「森」というコンセプトが生まれたんです。

すでにある環境とグラフィックをどう関係づけて、空間を変化させていくかということを一緒に考えられたので面白かったですし、とても勉強になりました。今回は、毎日見ても何かしら発見があるようなグラフィックというものを、段階を踏みながら模索していったのですが、お披露目会の時に子どもたちがその空間を通って行ったり、植物のイラストが描かれたすぐ横に本物の植物が置かれている状況を見て、こういうことだったんだなと納得できたところがありました。韓さんは、人が生活している空間にデザインや表現を入れ込んでいくことにとても長けていて、自分にはない思考回路をお持ちだと感じます。

韓:デザインをする際に、自分で最後のピリオドまでは打たず、その空間に住んでいる主役の方たちに委ねるということを常に意識しているんですが、委ねる楽しさというものがあるんですよね。人間には素晴らしい知覚、感覚がもともと備わっていて、今回のプロジェクトにしても、毎日黒田さんの絵を目にしている住民の方たちは、何も解説しなくても、こちらの意図を超えるほどの想像力や繊細さで、微妙なディテールやテクスチャまで感じ取ってくれているんですよね。だから、私は常に受け手のことを信頼してデザインしていますし、ある程度余地を残すことで、参加してもらえるような空間をつくりたいと考えています。

Shinjuku Southern Beat project

黒田潔
住民の反応はいかがですか?

今回の朝霞浜崎団地のプロジェクトでは、テキスタイルのようなグラフィカルなパターンを展開していく案からスタートしたそうですね。

韓:そうですね。今回は住空間だったので、環境の中に埋め込まれ、背景になるようなものがいいんじゃないかという考えが始めにありました。また、先にもお話したように、そこに住む人たちを包み込むような「森」をイメージしていたので、植物的なパターンを展開していくことまでは決めていたのですが、いざ検証してみると、テキスタイルのようなパターンだけでは、これだけ広い空間をカバーできないということがわかりました。パターンが背景として埋め込まれるのでもなく、単体の絵がポツンとあるのでもなく、それらが繋がり合ったひとつの世界をつくっていく必要があると感じ、すぐに黒田さんのことが思い浮かびました。新宿サザンビートの時もそうでしたが、黒田さんの植物の絵は具象でありつつも、いわゆる図鑑的なものではなく、それらがある背景や周囲の空気感まで感じさせてくれるような独特の世界観があると感じています。

FOREST ASAKAHAMAZAKI DANCHI

今回は僕の線画イラストレーションだけではなく、有機的なモチーフを金網フェンスで表現したアプローチなども考えて頂きましたが、毎回アイデアの引っ張り方が面白いですよね。また、各フロアのテーマカラーにまつわるポエティックなキーワードを韓さん自身が書かれていましたが、これを目にする子どもたちはかなり想像が広がりそうですね。

韓:「マザー・グース」のようなリズム感のある言葉や、「ハリーポッター」の呪文などを意識して書きました。多くの団地の良くない点は、均質で画一的な疎外感を与えてしまうところだと思うんですね。特に最近は表札を出さない人も多いので、それこそ、どの階も同じで部屋番号だけが廊下に並んでいるような状態です。それを変えたくて、今回は各フロアの配色を変え、それぞれ異なるアイコンも黒田さんにつくって頂いんたんですよね。塗装工事に入る前、広場前の仮囲いにフロアカラーとワードを設置したのですが、まるで謎かけ言葉に答えようとしているように、買い物かごを持ったままジッと眺めていた住人の方がいたのも印象的でした(笑)。

FOREST ASAKAHAMAZAKI DANCHI

自分の表現に対するダイレクトな反応というのはなかなか得づらいので、今回のように住民の方の反応が間近で見られるのはうれしいです。僕のイラストレーションというのはファンシーで親しみやすいような表現ではないので、人によってはわかりづらかったり、怖いと感じられたりするのではないかと少し心配していました。

韓:例えば、まだ全体像が見えない段階で、旅行から帰ってきたら突然壁に昆虫の絵が描かれていたりしたらビックリするかもしれませんが、この団地全体が森なんですよということを説明することで、住人の方たちの理解が豊かになっていくというのはありますよね。今回は工事中、団地の子どもたちと一緒に、黒田さんのアートワークの一部を用いた塗装体験のワークショップをしたのですが、これをきっかけにお母さんたちに顔を覚えて頂き、声をかけてもらえるようになったことも非常に良かったなと思っています。

黒田潔
クライアントとはどう関わっていますか?

前回ご一緒した新宿サザンビートにしても、今回の朝霞浜崎団地にしても、よくこういう仕事が実現しましたねと言われることがとても多いんです(笑)。僕自身、韓さんがクライアントにどんなプレゼンをして、GOサインをもらっているのかということにとても興味があります。

韓:たしかに、よくこんなプロジェクトが通りましたねと言われることは多いのですが、おそらくそれは誰もやったことがないプロジェクトだからなのだと思います。前例がないから、クライアントも実際にやってみないと判断がつかないところがあるんじゃないかと(笑)。私の場合は、自分から仕事をつくり、それをプロジェクトにしていくケースが多いんですね。例えば、新宿サザンビートの時は、工事現場の美化/イメージアップがテーマでしたが、人の通行の妨げになったり、景観を乱してしまうものを、何かでごまかすという考え方はしたくありませんでした。それまであった価値観を完全にひっくり返して、新しい価値をつくるようなものにしないと意味がないという思いから、あのプロジェクトは生まれました。実は、今回の朝霞浜崎団地も、もともとはエントランス周りと吹き抜け部分の提案をしてほしいという依頼だったのですが、それだけで変わるようには思えなかったので、もう少し生活している人たちの動的な視点というものを意識して、空間全体を住環境として統一的に考えてゆくことで価値を高めていくことが大切なんじゃないかとプレゼンしたんです。

クライアントとは、毎回かなり密にやり取りを重ねていくのですか?

韓:今回のように公共性の高いプロジェクトでは、クライアントというのは管理する立場上、こういうことをしたら街の人や住民からクレームが来るのではないかということを常に意識しますし、自ら制限をつくってしまうところがあると思うんですね。一方で、私はデザイナーなので、やはりエンドユーザーの立場から話をしていきます。当然クライアント側にも、その場所の価値を上げたいという思いがあるのですが、そのためには駅の利用者なり、団地の住民なりのエンドユーザーが満足しないといけないわけです。そうしたクライアントとエンドユーザー双方の思いの間を行き来しながら仕事をしています。

特設サイトで、改修前後の映像が見比べられるようになっていますが、改めて大きく変わったんだなと感じます。毎日ここに暮らしている住民の方たちは、おそらく僕ら以上に色々感じるところがあるんでしょうね。

韓:18年目の改修だったこともあって、最初に団地を視察した時は、構造の鉄骨が錆びて塗装が剥げていたり、放置自転車で玄関通路が埋まっていたり、チラシなどが地面に散らかっていたりと、住環境としての劣化はすでに限界に来ているような状態でしたよね。住民の不満やあきらめもピークだったはずで、みんなとても辛かったと思うんです。そういう事情もあって、クライアントは非常に慎重でしたし、あまり刺激するようなことはしてほしくないという思いがあったと思います。でも、オープンハウスで住民の方たちと団地ツアーをした時に、意見を色々言っていたうるさがたの住人のおひとりも最後には「これからは、せっかくきれいになったこの環境を自分たちが意識して守っていかないとな」とおっしゃってくれて、とてもうれしかったですね。改修前に比べ、共用廊下に置かれているモノも減りましたし、団地に住んでいる方たち自身が自覚を持ち、意識を変えていくということが当初の目標だったので、わたしたち関係者みんな、ここまで来るのに大変だったけど、やった甲斐があったな、本当に良かったと思っています。

URBAN FOREST ASAKAHAMAZAKI DANCHI

黒田潔
人は何を求めていますか?

僕が小さい頃、学校に岡本太郎の立体作品があったんですが、大人になってから初めて岡本太郎がこういう人だったというのを知った記憶があるんですね。今回の自分の絵も、団地に住んでいる子どもたちに同じように認識されることもあり得るわけで、それはとても覚悟がいることでした。どれくらいの年月そこに残って、どれだけの人たちが目にする可能性があるのかということを意識して描いていくことはとても勉強になりました。

韓:ここに住む子どもたちに毎日寄り添うわけですからね。とても楽しみです。住環境の一部に組み込まれ、住民の人たちと関係をつくっていくというのは、美術館やギャラリーの中に展示されるのとはまた違う作品のあり方ですよね。最近は、現代アートでもサイトスペシフィックな作品が多くなっていますが、普段アートに触れないような多く人たちも何かを求めていると思うんですね。今回もオープンハウスの時に、住人の女性の方で私に凄い勢いでまくしたててくる方がいて、最初は文句を言われると思ったのですが、よく聞いてみると、「私はこのイラスト作品のことを他の誰よりもよく理解している」ということを伝えたかったみたいなんです(笑)。みんなで団地ツアーをした時も、「この先には鹿の子の絵がある」「このバラにはちゃんと棘が描かれている」などとても詳しくて、3月末の時点ですでに全館を3周くらい見て回ったというんですよ。彼女としては、自分が代わりに他の住民のみんなに伝えるから、モチーフにした植物の名前などもっと色々知りたいとおっしゃっていました。それを受けて、Webサイトにはデザインの解説もひと通り載せることにしました。

URBAN FOREST ASAKAHAMAZAKI DANCHI Photo:Nacasa&Partners

それはうれしいですよね。先ほどの話じゃないですが、どうしても住民からのクレームが出ないように、目立つものや個性的な表現は削られ、結果当り障りのないものができ上がってしまいがちですよね。でも、やっぱりみんな面白いものにこそ惹かれるし、変わっていくことに興味を持っているんですよね。

韓:しかたない部分もあるのかもしれませんが、どうしても薄められた無味無臭のものができてしまうところはありますよね。そういう意味で、この団地のプロジェクトが良い刺激になればと思っていますし、これを見てくれた人たちが、こういうこともできるんだと感じてくれて、色んな形で広まっていくといいなと思います。そういう意味では、新宿サザンビートも、工事現場の仮囲いというものへの意識を少し変えられたプロジェクトだったのかもしれないですね。

こうしたプロジェクトが形になっていくのは、やはり新しいものをつくろうという韓さんの強い気持ちがあるからで、さらにそれを最後まで持続させて形に落とし込むまでには凄いパワーが必要なんだなと改めて感じました。

韓:前例にしばられて他と比較されるより、いっそいままでになかった新しい解を求めたくなるんですね。その先を見てみたい一心で突き進んでしまう、怖いもの知らずなのかもしれないですね(笑)。例えば、住宅専門で仕事をしている人であれば、実績が専門誌などで世間に知られることで、住宅の設計を頼みたい人から仕事の話が来るということがありますが、私のように、工事現場、高速道路の走行空間、団地再生など、毎回新機軸ばかりやっていくような仕事の仕方だと、なかなかクライアントから依頼が来にくいという大変さはあります(笑)。だからこそ、クライアントを含め、一人ひとりとのご縁や出会いというのはとても大切で、得難いチャンスと人の組み合わせに恵まれてきたからこそ、実現できているのだと思います。


インタビューを終えて

インタビューの中で韓さんが話されていたように、都市というのはまさに『生き物』という表現がピッタリの場所で、変化を続ける有機的な空間や建物の中に自分の作品が混ざっていく面白さが感じられるのは、韓さんとのプロジェクトならではのことだと思います。普段の仕事では、どうしても時代性や流行というものがテーマになりがちなのですが、韓さんとのプロジェクトでは、より長い時間軸の中で変化していく空間に対して、自分のグラフィックを乗せていくことができ、これはなかなか他ではできる仕事ではないと思います。
韓さんはもともと新宿出身で、団地に住まわれていたこともあるなど、ご自身の実体験というものがプロジェクトに反映されているということも説得力のひとつになっているんでしょうし、何よりも韓さんの強い思いがプロジェクトの持つエネルギーになっているんだろうなと感じました。
今回の朝霞浜崎団地は、まず住民の方々に理解して頂くことが大前提ではありますが、デザインやイラストレーションなどに携わっている方々にもぜひ見て頂きたいプロジェクトです。仕事としてはすでに完結しましたが、今後も色んな人たちに伝え、広げていく活動をしていきたいなと思っていま