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鹿野 護

映像作家
アートディレクター

小川洋子

小説家

今回インタビュアーになる鹿野 護さんは、ヴィジュアルデザインスタジオWOWに所属し、さまざまな映像やインターフェースデザインを手がける傍ら、サイト「未来派図画工作」や展覧会などにおいて自らの作品を発表しているトップクリエイター。そんな彼がインタビューするのは、91年に『妊娠カレンダー』で芥川賞を受賞し、その後も『博士の愛した数式』や『薬指の標本』など数々のヒット作を世に送り出し、つい先日12年ぶりとなる書き下ろし長編小説『ことり』を発表した小川洋子さん。「映像」「言葉」「物語」「科学」「死」などさまざまなキーワードが飛び出す非常に刺激的な対話になりました。

4. なぜ喪失感を描くのですか?

小川洋子 

本来なら「あの人にもう二度と会えない」という心の穴がもっと開いてもいいはずなのに、通り過ぎてなかったことのようにしている。小説には、その穴をよみがえらせる作用があるんだと思います。

Q.『ことり』は死で始まり、死で終わる物語で、色んなところに喪失感が詰め込まれていて、結構心が痛かったんです。読んでいるうちに色んなところにポツポツと穴を開けられ、それがずっと続いていくような読後感がありました。

小川:これまでの人生を振り返ってみると、おそらく二度と会えない人の数の方が圧倒的に多いと思うんですね。本来ならば、「あの人にもう二度と会えない」という心の穴がもっとブスブス開いてもいいはずなのに、通り過ぎてなかったことのようにしている。小説というのはどんなものにも、その穴をよみがえらせる作用があるんだと思います。

Q.僕も日常から「これが最後なんだ」と感じることがよくあります。特に子供が生まれてからは、最後の連続みたいな感じで、日々ブスブスと穴が開いていくんです(笑)。まわりの人たちにはよく「そんな風に考えない方がいいよ」って言われるのですが。

小川:寂しいから知らないふりをして取り繕っているわけですからね。人間には、なんとも言えない寂しさや切なさ、孤独などマイナスとされている感情が常にベースにありますよね。そこに飛び石のように瞬間的な喜びや幸福があるけど、それが浮かんでいるのは、悲しみの湖なんですよね。でも、悲しみが深いほどその人生は深い気がするし、そこに線香花火のようなささやかな喜びや幸福感が一瞬あって、それはそんなに巨大である必要はない。『ことり』の小父さんの人生もまさにそういうものなんですよね。

Q.でも、それが不幸せな人生だったとは思えないんですよね。毎日繰り返しの生活をしているなかで、ちょっとした偶然性によって物語が展開していくという印象がありました。

小川:日常生活の偉大さは、円環なんですよね。錯覚なんだけど、そこに永遠を感じ取れる。同じ時間に起きて、お昼に同じサンドイッチを食べて、夜に同じラジオを聴くという永遠を感じさせてくれる円環が、人間にとっては喜びになるんですよね。日々開けられた穴を忘れたことにできる唯一の方法がそこにはある。

WOW「Light Rain」

Q.僕は映像を作って美術館に展示することもあるのですが、「あの作品はもう見られないの?」とよく聞かれるんです。中には二度と展示できないような作品もあって、そこには喪失感があるんですね。作品を制作するという行為は、実はそういう喪失感を作ることなのかなと感じることもあります。

小川:絵画なんかにしても、売って人の手に渡ってしまえば、作者は二度と会えないわけですよね。作った本人さえ二度と会えないかもしれないものを作っているということは、スゴく鋭い穴を日々開けているということですよね。小説家の場合は、本が絶版になったとしても、図書館に行けば会えますからね。あまり再会したいとは思わないですけど(笑)。


WOW「Motion Texture」

Q.過去の作品を読み返すことはあまりないのですか?

小川:私は過去の作品の登場人物たちに結構冷たいと思います。あれだけ集まって私に小説を書かせてくれた愛おしい人たちなのに、書き終わるとあっという間にそれぞれの島に帰っていくんですよ。次の小説のために集まってくる人たちの場所を空けないといけないですからね。だから、新しい小説を書く度に、物理的にたどり着けない場所の人たちに出会う感覚があるんです。わかりやすく言えば、彼らはみんな死者なんでしょうね。書き終わったらまた死者の国に送り届けるという感じです。<続く>

インフォメーション

書き下ろし長編小説としては12年ぶりとなる小川洋子さんの新刊『ことり』は朝日新聞出版より発売中。

もっと知りたい人は…

  • 鹿野 護 

    鹿野 護

    映像作家
    アートディレクター

    WOWアートディレクター。プログラミングを用いた映像表現に取り組み、コマーシャル映像からソフトウェア開発まで様々な分野のビジュアルデザインを手がける。これまでV&A博物館(英)やメゾン・エ・オブジェ(仏)への出展など、インスタレーション作品を制作。近年では地域に主軸をおいたプロジェクトにも積極的に参加している。ウェブサイト「未来派図画工作」主宰。著書「Quartz Composer Book」。

  • 小川洋子 

    小川洋子

    小説家

    1962年生まれ。早稲田大学第一文学部文芸学科卒業。88年「揚羽蝶が壊れる時」で海燕新人文学賞を受賞。91年「妊娠カレンダー」で芥川賞、2004年『博士の愛した数式』で本屋大賞と読売文学賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、2006年『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞受賞。作品に『完璧な病室』『アンネ・フランクの記憶』『沈黙博物館』『貴婦人Aの蘇生』『犬のしっぽを撫でながら』『物語の役割』『科学の扉をノックする』『原稿零枚日記』『人質の朗読会』『最果てアーケード』など多数。