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未知との出会い

慶應義塾大学SFC 環境情報学部 准教授・筧 康明さんが、
医師/昭和大学医学部リハビリテーション科 准教授・笠井史人さんに聞く、
「リハビリとデザインの共通点」

QONVERSATIONS TRIP YOKOHAMAで最初にインタビュアーを務めてくれるのは、慶應義塾大学SFC 環境情報学部の准教授としてインタラクティブメディア/デザインを研究する傍ら、メディアアートユニット「plaplax」のメンバーとしても活動する筧 康明さん。そんな筧さんがインタビュー相手として指名したのは、横浜市青葉区にある昭和大学藤が丘リハビリテーション病院で医師を務める笠井史人さん。現在、リハビリテーションとテクノロジー/デザインという一見かけ離れた領域を結びつけるべく画策しているおふたりの対話をお届けします。

筧 康明
リハビリにはどんな歴史がありますか?

僕は大学でインタラクティブメディアの研究しながら、plaplaxというメディアアートユニットでも活動しているのですが、コンピュータを介して、人とモノ、人と環境、人と人の関係がどう変わるか、進化するのかということを探求しています。これらの成果というのは、美術館や博物館などの場所で完成された作品として披露されることが多いのですが、僕はテクノロジーやコンピュータというものを、もう少し日常の中で機能させて、新しい気づきや関係を作れないかと模索をしているんですね。ある時、リハビリテーションという言葉に興味を持つきっかけがあり、知人を通して笠井先生を紹介頂き、現在はリハビリテーションというものを勉強しながら、それをインタラクティブアートやインタラクティブメディアと組み合わせて、ツールなどを作れないかと考えています。そうしたお話をさせて頂く前に、まずは笠井先生のご活動を簡単に紹介頂けますか?

筧:私は、昭和大学医学部にある藤が丘リハビリテーション病院に勤めている医師です。普段はアートとは無縁の仕事をしていますので、今回こうした場にお呼び頂いたことを自分でも不思議に感じています(笑)。当然ですが、リハビリテーションというのは、残念ながら怪我や病気になって、本来その人がいるべき場所ではないところに行ってしまった人が、なんとか生活の場に戻るためのお手伝いだと考えています。筧先生がおっしゃる生活環境と、私たちが考える患者さんの生活環境にはつながるところがあり、それがアートやテクノロジーと医学という世界を接近させているのかなと。

リハビリテーションというものに興味を持ち、ここに何かあるだろうという確信のもとで始めてはみたものの、そもそもリハビリテーションというのは知っているようで意外に知らない世界なんですよね。笠井先生の「基礎から学ぶリハビリテーションと音楽療法」という著書で、まさに基礎から勉強をしているところなのですが、リハビリテーションというのが日本に入ってきたのは60年代で、まだ50年くらいの歴史しかないんですね。

笠井:今年、第50回目の日本リハビリテーション学会をうちの大学で主催させて頂いたのですが、100年前から体系ができていた内科や外科などに比べると、半分くらいの歴史しかないんですね。ちょうど東京オリンピックが開催された頃に、リハビリテーションというものが日本でも認知されるようになったのですが、それ以前は、理学診療や物理療法と呼ばれていました。その頃は、手足を動かして温熱を加えたり、マッサージをしたりということが中心で、科学とはかけ離れた世界だったかもしれません。それを科学的なプログラムにしたものが、当時日本に入ってきたリハビリテーションだったんです。

この「リハビリテーション」という言葉自体にピンと来るところがあったんです。「Habilitate」には「適する」という意味があるので、「Re・Habilitation」というのは適した状態に戻すということになるんですよね?

笠井:「Habilitate」というのはラテン語の「habilis」=「適する」という言葉が元になっています。内科や外科など他の医学分野というのはだいたい漢字で書けるのですが、リハビリテーションにピッタリ合う日本語は見つからず、そのまま「リハビリテーション科」というようになったんです。

インタラクションデザインをやっている僕としては、「適した状態にする」という言葉は凄くしっくり来るんです。リハビリテーションは、ある意味マイナスになってしまったものをゼロに戻す活動だと言えますが、インタラクティブデザインは、ゼロを少しプラスに変えてあげるようなもので、それによって人、モノ、環境の関係性を適した状態にするというところがあって、凄く自分と近いところにある言葉だなと。

筧 康明
リハビリとデザインに共通点はありますか?

リハビリテーションというのが、適した状態になることを目的にした活動だとして、どうなればそのリハビリが成功したのか、どんなところにゴールを設定するのかということに興味があります。僕自身インタラクションをデザインする時に、どうなればゴールなのかということを考えるんですね。例えば、肩が以前よりも10度動かなくなってしまった人が、その10度を取り戻すことがリハビリテーションなのかというと、もしかしたらそうではないのかもしれない。その辺りはどう捉えていらっしゃいますか?

笠井:医学にいま求められているのは、エビデンスなんですね。医療を施したことによってどんな成果が得られたのかということを、科学的な証拠をもって示す必要がある。そういう意味では、いま筧先生がおっしゃったように、肩の可動域が10度回復したというのはわかりやすいエビデンスになることは確かです。ただ、リハビリというのは生活と密着していて、肩が動いたり指が少し開くようになったことで、生活にどんな豊かさがもたらされたのかということは数値では表せない。私としては、その患者さんの生活がどれだけ豊かになったか、これまで楽しめていたものが再び楽しめるようになったかというところを最終ゴールとして考えたいと思っています。だから、動かなかった指がこれだけ動くようになったということももちろん大切なのですが、その指を使ってこんな編み物ができるようになったということを見せてもらうことに満足を得ているところはあります。

インターフェースデザインの世界にも似たところがあり、特に大学で研究をする場合は、画面内のここにボタンを置くと操作が何秒早くなったというようなことが大事にされます。でも、秒数が早くなること以上に、その作業がいかに自分の身になったのかとか、作業が楽しくなったのかという質的な部分に僕らは貢献でき得るんじゃないかと思っていて、それはリハビリテーションと共通する問題なんじゃないかなと。先ほどリハビリテーションは日本語にできないという話がありましたが、例えば、リハビリテーションツールというものを考えた時に、その余白を埋めるようなものがデザインやテクノロジーによって作り得るんじゃないかと思っています。

笠井:そうですね。また、リハビリテーションというのは、あなたにとってこれが適する状態ですよとこちらから押し付けても意味がないんですね。あくまでも患者さん自身にとって適するものは何か、ニーズはどこにあるのかということを引き出していく必要があるし、そこで間違ったゴールを設定してはいけないんですね。

それはデザインの世界にも通じるところですね。デザインをする時も相手が何を好きで、どんな所に住んでいて、何がその人にとっての問題なのかをヒアリングするなどして問題をあぶり出すところから始まります。その上で必要なものを投入するというのがデザインです。

笠井:リハビリテーションは、レントゲンや血液検査をして調べるようなものではなく、患者さんの肉声から、趣味、好きな食べ物、生活空間などをはじめ、多くの情報をキャッチしてからでないと臨床ができません。そういう意味では医療の中でも特殊な分野ですし、おっしゃる通りデザインと通じるところがあるのかもしれません。

plaplax「hanahanahana」(2009年)

筧 康明
プログラムはどうやって作るのですか?

リハビリテーションのプロセスとして、まず対話が必要というお話でしたが、そこからどのようにプログラムを設計されていくのですか?

笠井:患者さんにとってどんな生活が適しているのかということを正確にキャッチできたとしても、それを実現するためのプログラムを考えていく際に、医療保険という制約がかかってくるんですね。医療保険制度の中でプログラムを組み込んでいくという作業が必要になるのですが、そのなかで妥協点というものが生まれてきます。こういうことを達成したいという明確な目標が患者さん側にあっても、決められた期間ではそれが難しい場合は、ゴールの設定を下げざるを得ないこともあるし、アプローチも変わってきます。この部分はどうしても我々が調整しないといけない難しい部分です。

山岡潤一、筧康明「dePENd」(2013年)

設定したゴールに対してできることをどんどん組み合わせてプログラムを作っていく感じなんですね。

笠井:そうですね。リハビリテーションというのは勉強に似ている気がしていて、やればやるほど効果は出てくると思っています。ただ、勉強というのは集中せずに漫然と長時間やっていても効果は出にくいですよね。どのくらい集中して、目的意識を持って取り組めるか、そこにどんなモチベーションを持てるのかということで結果が変わってくる。枠組みや制約があるなかでもプログラムの立て方次第で目標設定を引き上げることはできます。良い先生に巡り合うことで成績が伸びるのと同じで、お薬や注射などで治療をするわけではない我々の仕事では、いかに一人ひとりのスキルを上げていくかが大切なんです。

具体的なプログラムのひとつとして、笠井先生は音楽療法というものを取り入れていますが、これについてもご紹介頂けますか?

笠井:6年程前に、二十歳の男性が脳出血で入院をしたのですが、その方はプロミュージシャン志望でした。残念ながらその患者さんは失語症になり、右の手足も動かなくなってしまい、元の通りの音楽を続けることは難しい状態になってしまいました。リハビリを一生懸命やって、もうすぐ退院というところまで歩けるようにはなったのですが、本当にやりたいことは達成できてなくて、うつ状態になっていたんですね。その時に、「ちょっとつらいかもしれないけど弾いてみたら」と言ってギターを渡してみたんです。最初は逆にそれが心の傷を深めてしまうことになるのではないかという心配もあったのですが、凄く喜んでくれて、動かない手で弾こうとしてくれたんです。そこから二人三脚で、その患者さんでも演奏ができるようなデバイスを色々作り、それなりに演奏できるようになりました。その方はそれで凄く元気になってくれて、気がついたら手がより動くようになっていて、とても驚きました。いまでも自分でギターを弾いていますし、コンピュータで音楽制作を楽しんでいるようです。その時に音楽の力を改めて実感し、身体が麻痺した患者さんにギターを弾いてもらうという治療法を始めたんです。

筧 康明
未来のリハビリはどう変わりますか?

テクノロジーの進歩ということを考えると、例えば寝起きの状態でどこかに行けてしまうベッドを作ることは可能かもしれないけど、実際にそんなものがほしいのかという問題があると思うんですね。そういうものよりも、歩いて学校に行くことが楽しくなるとか、歩くことがもっと理解できるというところにテクノロジーを使うべきなんじゃないかと。自転車の補助輪のような存在としてテクノロジーがあって、最終的にはそれがなくても自転車が乗れるようになった方がいいし、そこに技術やデザインの力を注ぎ込みたい。いまお話し頂いた音楽療法の事例も、患者さんが何もしなくても奏でられる楽器を作ったとしても、それはその人の進化にはつながらないですよね。そうではなくて、ちょっとがんばらないといけない部分を持つ道具を作ってそれをどんどん渡していく、もしくは自分で作り変えることができる。そういうところに、インタラクティブメディアとリハビリテーションの接点ができるんじゃないかと思うんです。引いてはそれはリハビリだけではなく、これからのテクノロジーのあり方を見つめるための一つの指標になるのではないかと。

笠井:リハビリテーションの世界では現在、テクノロジーをふんだんに取り入れる傾向があります。ロボティクスの技術は進歩していますし、それらをリハビリの場面で使うことは当然あり得る。ただ、日常生活の中にもっとテクノロジーが溶け込んだ状態で、機械にやらされている感がないようなものがあるといいなと漠然と思うんです。外から見ると全然気づかないような部分にテクノロジーが使われていたら凄く良いと思うし、大がかりなことをやりながら、それを感じさせないものというのを筧先生は得意とされている感じがして、凄く共感できるんです。

筧康明、苗村健、松下光範「Tablescape Plus」(2006年)

テクノロジーを見せることに主眼が置かれている場合はむき出しのまま見せますが、体験が主眼になっている時などはテクノロジーは後ろに回すようにしています。見せないといけないところ、伝えないといけないところのバランスというのは作る過程で意識していますね。

笠井:この50年でさまざまなテクノロジーが入ってきているなかで、それらをどう扱っていくのかというのはリハビリテーションにおいても今後取り組んでいかなくてはいけない課題だと思っています。我々がこれからどこに向かっていくべきかを考えながら、デザインやテクノロジーと融合することで、患者さんがより豊かな生活を取り戻せるようなリハビリテーションの道を切り開いていけたらいいなと。

これから技術はさらに進んでいくでしょうし、そこで僕が見たいと思うのは、人を強烈にモチベートしてくれるようなテクノロジーのあり方です。3Dプリンターなどが出てきて、パーソナル・ファブリケーションが話題になっていますが、これからはリハビリテーションの分野でも、メーカーが作ったリハビリ機器を使うのではなく、自分たちの生活に合ったものをお医者さんと一緒に作り変えていくという時代が来るんじゃないかと思っています。いま僕もそのためのプロトタイプを大量に作り始めているんですが、リハビリの成果を照明や音楽などを伴って空間に配置していくことで人をモチベートできるようなものができたら、在宅でも日常的にリハビリテーションができる時代が近づくのではないかと考えています。

笠井:そうですね。リハビリのプログラムを立てる時に保険診療が制約になるという話をしましたが、どうしても病院でのリハビリというのは定型のものになってしまいます。一方で、在宅でも楽しく集中してたくさんのリハビリができるようなモチベーションが引き出せれば、患者さんが設定したゴールにより近づくことができるだろうし、良い結果が出てきそうです。そういう意味で、日常の生活の中にリハビリの成果をディスプレイスして楽しむという筧さんのコンセプトには僕自身驚かされたし、病院でする苦しく地道な積み重ねのリハビリだけではない、これからのリハビリのヒントがなるんじゃないかと思います。<インタビュー終わり>