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地域と関わる

ヨコハマ経済新聞 編集長・杉浦裕樹さんが、
美術家・稲吉 稔さんに聞く、
「アートワークリノベーションにできること」

インタビュアーを務めてくれる杉浦裕樹さんは、横浜臨海エリアを対象にさまざまなニュースを紹介するヨコハマ経済新聞の編集長。創造的な横浜のまちづくりを実践するNPO団体・横浜コミュニティデザイン・ラボのメンバーでもある杉浦さんがインタビューするのは、同団体の活動拠点であり、さまざまなイベントなども行っているシェアオフィス「さくらWORKS<関内>」のリノベーションを手がけた稲吉稔さん。横浜・若葉町にある元銀行の古ビルを改装したスペース「nitehi works」を活動拠点とし、アートワークリノベーションという独自のアプローチで横浜の街と関わっている稲吉さんに、杉浦さんが聞きたいこととは?

杉浦裕樹
活動を始めたきっかけは何ですか?

僕が編集長を務めるヨコハマ経済新聞は2004年にスタートし、都心臨海部と言われるエリアをテリトリーに、面白い出来事、人、プロジェクトなどをつないでいこうという主旨で展開しているインターネット上の新聞です。今日は、ヨコハマ経済新聞にも何度か登場して頂いている稲吉さんと久々にお話ができることを楽しみにして来ました。まずは、稲吉さんのバックグラウンドをお伺いしたいのですが、生まれは横浜なんですよね。

稲吉:はい。横浜には「Bゼミスクーリングシステム」というの現代美術の私塾のようなものがあったのですが、その存在を30歳くらいの頃に知り、通うようになったんです。そこで、ヤン・フートというディレクターが企画した「シャンブル・ダミ」(友達の部屋)展のスライドショーを見たのですが、いま振り返るとこの体験から受けた影響がとても大きかったのだと思います。この展覧会は、ベルギーのゲントという都市にさまざまな国のアーティストを招き、彼らが普通の民家などで滞在制作をして、家そのものを展示会場にするというものでした。

「Bゼミ」はアートの世界で一線で活躍している人たちが講師となり、60年代に始まったもので、現在横浜で活動しているクリエイターの中にもBゼミ出身者が稲吉さんの他にも結構いらっしゃいますよね。その中でも稲吉さんにとってのBゼミというのは、ヤンフートとの出会いというところが大きかったんですね。

稲吉:そうです。ちょうど「シャンブル・ダミ」展のことを知った頃に、世田谷で開催される野外展の企画があり、当時のBゼミ生と一緒に関わったんですね。そういう一連のことが重なり、現在のような活動にのめり込んでいくことになりました。若葉町に「nitehi works」という僕の拠点があるのですが、先日ここも会場の一部として使われた「漂流する映画館」というイベントがあったんですね。これは、映画監督の瀬田なつきさんと音楽家の蓮沼執太さんが街の中で映画を制作し、実際のロケ現場を回りながらそれを鑑賞するというものだったのですが、「現場で生まれる」というキーワードが一貫した自分自身の活動テーマでもあるんです。

「さくらワークス<関内>」がオープンしたのは2011年4月なのですが、昨年12月には200㎡ほど増床してイベントなどができるスペースを作り、そのリノベーションを稲吉さんにお願いしたんですよね。オープン記念として、稲吉さんが影響を受けた「シャンブル・ダミ」展の紹介をしながら、街の中における活動について考えるというイベントも開催しました。アートと言ってもさまざまな表現がありますが、その中で稲吉さんは、街というところと関わりながら作品を作っていくというアプローチを取っていますよね。

稲吉:そうですね。例えば、「さくらワークス<関内>」のリノベーションの際には、柱の上塗りをするための下地作業として、ダイヤモンドの歯でコンクリートの面に傷を入れていったのですが、そこで生まれた線というのが意図的には引けないような不思議なものだったんです。そこで、その線をそのまま残した空間にしたのですが、このようにサイトスペシフィック・アートを制作するような手法で建物をリノベーションしていくことを「アートワークリノベーション」と呼んでいて、それが僕の活動のひとつの核になっています。

杉浦裕樹
場所からは何が生まれますか?

先ほど話に出た「nitehi works」が始まったきっかけを教えて頂けますか?

稲吉:もともと金融機関があった4階建てのビルが若葉町にあったのですが、色んな領域の人たちが交流できる場所を作るために、2010年にこれを借り受けて始めたのが「nitehi works」です。当時、野毛の辺りで物件を探していたのですが、この空間に惚れてしまって、結果的には探していた規模とはかけ離れて大きな場所を借りることになりました。イベントの企画を持ち込んでくれる方も同じことをおっしゃってくれるのですが、この場所が発するエネルギーに凄く可能性を感じ、背中を押されたところがありました。現在は1、2Fが多目的に使えるカフェ機能を備えたスペースで、3Fが展覧会やパフォーマンスができる空間、さらにその上の4Fがスタジオになっています。

nitehi works

僕らが運営している横浜コミュニティデザイン・ラボというNPO法人も2010年秋から半年ほど、nitehi worksに拠点を置いて活動をしていたんですよね。この場所ができたことで色んな企画が行われるようになり、多くの人が集まるようになりましたよね。

稲吉:そうですね。これは本当にありがたい話なのですが、僕が想像もしていなかったような企画やイベントがこの場所で起こっていく状況を現場で見られるというのは大きな刺激になっています。色んな領域の人たちの交流によって相乗効果が生まれ、さらに別のイベントなどに発展するというようなことが自然に起こっていくんです。こちらが何かを企てるわけではなく、自然にコミュニケーションが始まっていくという現象を現場で見ているような感覚が強いですね。

Bゼミで知った「シャンブル・ダミ」展からスタートした稲吉さんの活動は、作家としてのアクションだけではなく、クリエイターが集まる場所やコトを作るということにまで広がっていったんですね。「nitehi works」のビルは45年以上前のものなんですが、もともとそこにあったものがとても効果的に使われていますよね。

稲吉:そうですね。例えば、「nitehi works」で使われている天井扇は、もともと屋上にあった室外機の羽なんですね。それを解体屋さんが運んで行こうとしていたのですが、たまたま僕の目の前を巨大な羽が通りすぎるのを見て、これは廃材じゃないと思ったんです。ちょうどいま「nitehi works」でやっている展示(※11月10日に終了)も「アップサイクル」ということをキーワードにしているのですが、ただモノを消費していくという考え方ではない形でコミュニケーションをしていくことで、何か違うスイッチが入るというようなことを継続してやっていきたいなと考えています。

nitehi works

杉浦裕樹
なぜ「隙」が魅力なのですか?

もともとあるプロダクトのフォルムや場所が持っていた機能などを生かしつつ、そこに新たな価値を与えるということが稲吉さんの活動なんですね。

稲吉:「さくらワークス<関内>」などもそうですが、装飾などを重ねてデザインをしていくやり方とは違うアプローチなんだと思います。先日、かつて石川町駅近くにあったひらがな商店街というところにある駄菓子屋さんのオーナーにご相談を受けて、リノベーションの仕事をしたのですが、その時も設計図を作るという感じではなく、現場で考えながら進めていったんですね。こうした僕の仕事を言葉で表現するとしたら、「隙を作る」ということになるのかなと思っています。この横浜で生まれ育ってきて感じることは、横浜ならではの「隙」というものが街のひとつの魅力になっているということです。もともと持っているものにさらに価値を上乗せしていくという感覚がこの街にはあるような気がしていて、その価値は「隙」があるからこそ生まれるものだということを信じて活動をしているんです。

さくらワークス<関内>

すでにある建物や歴史などを素材にして、それらを組み合わせていくような感覚なのかもしれないですね。

稲吉:そうですね。僕の場合は、現場で色々なモノを発見し、それを何に切り替えると価値が生まれるのかということを、アートワークリノベーションという形を通して実践しています。そこで生まれる価値というのは人によって違うものだと思うのですが、その人なりの価値を見つけていくという作業を、自分が住んでいる場所、働いているところで実践していくというのは大事なことなのかなと。それは決められた時間に決められたことをやるという作業とは根本的に違うもので、そういう意味でも「隙」というのがポイントになっているのかもしれません。

横浜の関内外エリアというのは、ペリーによって開港される前まではほとんど人がいなかった場所ですよね。でも、そこからの150年の歴史というのは色んな形で街に残っています。歴史的建造物はもちろんですが、それ以外でも色んなモノやコトがスタートした横浜には何かの始まりの記念碑なんかもそこら中にある。そうした横浜という土地に長く関わってきた稲吉さんは、この先の街のことをどのように考えていますか?

稲吉:伝統をつないでいくという話にも近いと思うのですが、一つひとつの歴史やエピソードが次につながっていくなかで価値が上乗せされていくようなところが横浜の面白いところですよね。ここ最近、シェアやネットワークというものがキーワードになっていますが、これらが次に進むための課題として、ひとつに連なっていくということが大切になってくると思うんですね。もともとそこにあったものが、何かのスイッチが入った時に動き出し、そこから勝手にコミュニケーションが始まっていくという状況が、次のステージにつながっていくんじゃないかなと。

杉浦裕樹
今後横浜でやりたいことはありますか?

今年の夏に、「さくらワークス<関内>」の入っているビルの5Fで、新たに「nitehi studio」というものをオープンされましたね。住居スペースも含め4部屋を使い、そのうち3部屋をシェアスタジオにしていますが、ここではどんなことをしていこうと考えていますか?

稲吉:基本的には仲間作りという感覚が強いですね。あまり考えすぎると良くないということが最近わかってきたので、隙を作ってゆるくスタートし、状況だけを用意しておくことで、勝手につながりが生まれていくといいなと思っています。まだ、始まって間もないので、ここから色んな連鎖反応が起こると面白いなと遠目で見ている感覚です。

ひらがな商店街 アートスペース「と」

「さくらワークス<関内>」が入っているビルは、「nitehi works」のビルと同じで45年以上前に建てられたものなんですね。この辺は空き室だらけの建物がたくさんあって、このビルは大家さんが積極的に貸していなかったこともあり、20室以上空いていたんです。それがいまは2階が多目的スペース、その上のフロアはシェアオフィスや居住空間として使われ、フル回転していますよね。

稲吉:このエリアは夜の街でもあって、水商売のお姉さんたちの出勤タイムにエレベーターに乗ると、その残り香がしたりするんですよね(笑)。元々あるものと新しく入ってきたものが常に動いている様態というのが凄く面白いと思います。

このエリアは官公庁街で、オフィスもたくさんあるのですが、同時に夜の街でもあって、バブルの頃なんかはクラブや料亭もたくさんあったんですよね。

稲吉:この界隈には老朽化して人があまり入っていないビルがまだたくさんありますよね。

ひらがな商店街 アートスペース「と」

関内エリアだけを見ても、少し手を入れるだけで面白いことができそうな建物がたくさんありますよね。そういうものを使って「シャンブル・ダミ」展のようなことが本格的にできたら面白そうです。

稲吉:横浜ならではの「シャンブル・ダミ」みたいなことは絶対できるはずなんですが、一時的なイベントではなく、持続可能なものにできるといいですよね。横浜だけに限らず、どの都市や村にも必要なことですが、色んな方々と関わり、つないでいく作業を通して、新旧が入り混じり、形になっていくということが大切なのかなと思っています。<インタビュー終わり>