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暮らしの更新

レストラン「Kiln」シェフ/ディレクター・船越雅代さんが、
ワインショップ「ethelvine」・江上昌伸さんに聞く、
「自然派ワインが持つ魅力」

京都・四条木屋町にあるレストラン「キルン」でシェフを務める船越雅代さんが、同じく京都でワインショップ「エーテルヴァイン」を営む江上昌伸さんににインタビューしたQONVERSATIONS TRIP KYOTO Day2。世界各地の一流レストランや船上レストランのシェフなどさまざまな経験を積み、2013年より京都に活動拠点を移した船越さんが、キルンに置かれているほぼすべてのワインをセレクトしているという「エーテルヴァイン」の江上さんに、現在の仕事をはじめるまでの経緯や、自然派ワインならではの魅力などについて聞きました。

船越雅代
なぜ自然派ワインなんですか?

いまキルンに置いているワインのほとんどは、エーテルヴァインさんからのものなのですが、江上さんが凄いのは、単にワインを仕入れて売るだけではなく、色々な生産者の方に直接会ってコミュニケーションを取った上で、ワインや作り手についてのストーリーもしっかり伝えてくれるところなんですね。今日は、そんな江上さんから色々お聞きできればと思っているのですが、まずはワインの仕事をされるようになるまでの経緯を教えて下さい。

江上:僕はもともとお酒とご縁があるようで、酒場という場所も好きだったので、学生時代にはバーやスナックなどでアルバイトをしていたんですね。その中でワインというものになんとなく出会ったのが最初のきっかけです。大学卒業後は、好きなお酒に関わっていたいという思いから、とある商社に入ったのですが、そこが色々なワインを輸入している会社だったんです。お酒というのは、古代からあらゆる国で人々の生活に付き添ってきていて、何千年もの間、地球全体で絶え間なくあり続けてきたものだから、食いっぱぐれないだろうというイヤらしい気持ちも最初はありました(笑)。

商社でワインを輸入されるようになってから、特に自然派ワインに興味を持つようになったのはどういうきっかけからですか?

江上:まず、未だに「自然派」という言葉自体に明確な定義を持てずにいます。早くそんな言葉なくなればいいのにとすら思ってます(笑)。過去に仕事を通じて、多種多様な造り手のワインをたくさん経験していますが、美味しく、美しいワインはたくさんあります。ただ、美味しいというのはとても重要な要素ですが、次第に自分の中で美味しさというものが一番の基準ではなくなっていったんです。例えば、欠点がいくつもあるように思えるワインであっても、自分が大好きだと感じるものがたくさんあって、美味しさと感動というものが、必ずしも一致しなくなっていきました。

それがいわゆる自然派ワインなどと言われるような、自然の力に委ねてつくられたワインということですよね。

江上:相変わらずその言葉の示す線引きは不明確ですし、不自然を目指す造り手なんてあまりいないと思います。ですが、「ワイン」中にある種の要素を欠陥要素と定める造り手と、そうではないと判断する造り手がいると思います。もちろん飲み手もそうですよね。おそらく自分自身は、飲み物、食べ物に一番に「情報、記憶を除外した細胞レベルの心地良さ」を求めてるんだと思います。

船越雅代
ワインと日本酒の違いは何ですか?

キルンでは1年半くらい前から、自分たちで育てた酵母でパンをつくっているんですね。はじめた頃は酵母が死にそうになったりと色々大変だったんですが、最近は京都の酵母としてしっかり育ち、とても元気な状態なんですよ。ワインと同じように、自然の力に委ねていく面白さというのを感じています。

江上:僕はもともと発酵食品にとても興味があるんです。「好物は?」と聞かれたら、「発酵食品全般」と答えています(笑)。もちろん美味しい食材をそのまま頂いても感動するのですが、例えば、日本のなれずしの文化というのは世界に誇れるものだと思っていて、珠玉の一本の鮒寿司なんかに出会うと、日本人として誇らしい気持ちになります。また、パンにしても、ワインにしても、いまでは発酵のプロセスというものが科学的にある程度解明されていますが、数百年前までは科学的なアプローチではなく、経験に頼ってつくっていたわけですよね。昔の人たちは、発酵を神々の領域のものだと信じていましたし、いまだにお酒というのは神様に捧げる風習がありますよね。

日本の場合は、それが日本酒ということになると思うんですが、なぜ江上さんは日本酒ではなく、ワインだったのですか?

江上:明確な理由はわかりませんが、なぜか当初はワインの方が身体に合う確率が高かっただけだと思います。また、ワインというのは、唯一外から何も加えずに完成できるお酒なんです。ウイスキーや焼酎などの蒸留酒には火が必要ですし、ワインと同じ醸造酒である日本酒にしても、お米をそのまま放っておいてもお酒にはなりません。どこかから水を持って来なくてはいけない。そのお米に内包されている水以外の水をです。このことから、ワインで使われる「テロワール」という言葉を、そのまま日本酒に当てはめるのはなかなか難しいと思うんですね。なんとなくそういったところにロマンを感じたんでしょうか。ただ、遅ればせながら、ここ数年で大好きな日本酒に出会えました。本当にびっくりしました。今は僕にとってワイン>日本酒ではないです。この造り手のお酒は、今や最も好きな醸造酒の中のひとつです。

ethelvine

日本産のワインについてはどのように見ているのですか?

江上:例えば、僕はサッカー日本代表を強く応援しますが、2014年現在世界屈指のチームとは思いません。応援と評価とは違うものですが、世界一のチームになってほしいと願っていますし、不可能ではないとも思います。ただ、ワインの場合はもっと複雑です。多くの方々が日本のワインに関わり、とてつもない努力をされています。僕は、偉そうに言えるほど多くの日本ワインを経験しているわけではありませんが、いくつかの生産者を除いて、魂が揺さぶられるようなワインにはまだ出会えていません。日本のワインの中にも、技術的に凄いと思うワインはたくさんあります。ですが、生産者の努力だけがそのワインの評価の基準になるかと言うと、それでは事足りないと思います。土壌や気候というものもありますし、ワインを生み出す人だけがいくら優れた結果を出せても、やはりスケールに欠ける気がします。日本には素晴らしい栽培家、醸造家がたくさんいらっしゃいます。ですが、土壌、気候が醸造用葡萄に適した場所が多く存在する国だとは、まだ思えません。ワインは無理やり造られるべきものではなくて、ある程度自然と出来上がるものだと思います。先に話した数件の生産者は、最上の努力と、その土地に出会えた幸運によって、それらのワインを生み出すための「補助」ができているのだと思います。彼らならどこのどの葡萄でも良いワインができるというわけではないはずです。ですので、最上の応援とともに、自分なりの本質のみの評価、判断をし続けたいです。本当に偉そうにすみません。

ethelvine

船越雅代
味は変わってもいいのですか?

江上さんが扱っているワインは、今年と去年のものではまったく味が違っていたり、栓を開けてからもどんどん変化していくようなものが多いですよね。それはある基準からすると良くないワインなのかもしれませんが、常に安定したものを求めるということ自体がどうなのかなと感じることもあって、それは料理にも共通することだと思っています。

江上:均質化されたものじゃないといけないという考え方が生まれるのは、ワインを「商品」として見過ぎているからだと思います。たしかに商品ではありますし、ムラに対して開き直るべきではないとは思います。ただ、ここまでの極端な均質化傾向は、ワインの歴史からすると極めて最近の価値観だと思います。ワインというボトルの中の小宇宙は絶えず何かの影響を受けます。その影響を受けやすもの、逞しいもの、色々あると思います。それが世界経済の流れの中で、ワイン=商品という考え方が当たり前になり、変化が起こりにくいように処理されたものが主流になりました。でも、自分としては、何の落ち度もなく何かに守られ過ぎたものを飲んだり食べたりするよりも、欠点も含め、変化していくこと自体を楽しめるようなものを愛してしまうところがあるんです。それによってお客さんに怒られることも多々あるのですが。

Kiln Photo:Yuna Yagi

キルンでは、ほぼ100%江上さんが選んだワインを出しているのですが、お客さんから「酸化しているんじゃないか?」と聞かれることも多いんです(笑)。でも、うちのスタッフはこれがそういうワインだということを理解しているので、江上さんから教えて頂いた作り手の話などをして、納得して頂くようにしています。

江上:うちの店でも、「お酢みたいになっていた」というようなクレームを受けたことがあります。たしかに、うちのお店にあるワインの中で、お酢の要素が数%入っているものがあるのは事実なんですが、それがワインのエッセンスになって、美味しく飲めるものも時にあると思うんです。さらに、これらを含んだワインは時の流れとともになんとも絶妙にこの要素を小宇宙に馴染ませるのですが、これには反対意見も多く、ここが非難の的になります(笑)。ですが、これらすべてをただ否定してしまっていると、先ほど話した「商品」としての”施し”によるミスのないワインづくりに傾く造り手も多くなると思うんです。よく「このワインは売りやすい」とか「自分は美味しいと思うけど(売るのは)難しい」という話を飲食店のお客様から聞くことがあるんですが、そういうのってなんか寂しいじゃないですか。もちろん、毎回違う味であることを良しとしているわけではないですし、最高の状態でお客さんに提供したいと思っていますが、そのための努力を尽くした上で状態が違うのであれば、その理由を考えることを楽しめるような豊かさがあっても良いと思っています。

Kiln Photo:Yuna Yagi

私は、コンビニのお弁当やファーストフードなどを食べると、お腹はいっぱいになるんですが、何か満たされない感じがするんですね。たしかに胃袋に食べ物は入っているんだけど、身体が満たされない感覚があって、これまで江上さんが話されていたワインの話とも通じるところがあるような気がしました。

江上:それはきっと、体の中の細胞が受け取り拒否をしている声を雅代さんが聞いているからなんじゃないですか? いま、世の中では施されまくった大量生産ワインを当たり前のように飲んでいますが、仮に200~300年前の人たちがこのワインを飲んだらびっくりすると思うんです。マネキンのようなワインとでも言いましょうか。つまり、所詮は現代の一部の価値観であって、人間のあるべき価値観とは言うべきでないんじゃないかと。ワインというのは、自然の緻密なメカニズムの中で発酵が繰り返される過程でさまざまな香りやアロマを発するわけで、そもそも人間が操るべきでない領域だと思うんです。それをいかに読み解きながら、噛み砕いて伝えていけるかということを僕たちが試されているのだと思うし、大げさな言い方になりますが、ワインと言う存在は、僕たちに世界平和のためのヒントを与えてくれているような気さえするんです。

船越雅代
どんなことを心がけていますか?

江上さんが特に感動したワインには、どんなものがありますか?

江上:たくさんあるのですが、例えば十数年前に飲んだ仏・ローヌ地方のヴィオニエ種のワイン。これはワイン界の常識からすると絶対NGとされるような、通常の酸化レベルをはるかに超えたワインでした。でも、そのワインの奥から訴えかけてくるようなパワーを感じ、涙が出るほど感動したんです。うれしくなって当時のワイン仲間たちにも飲んでもらったのですが、彼ら全員からケチョンケチョンに言われました (笑)。自分がこんなに感動したものがどうして否定されるんだろうと思い、その問答はいまだに続いているのですが、僕は常々、何かに触れた時に、それが美味しいのか、美しいのかと考える一段階前の感覚をキャッチするということを意識しています。人間というのは、目の前で感じたものを自分の頭の中にある情報と比較してしまう生き物なのだと思うんです。それを認めた上で、自らの身体の声を聞こうとすることが大切だと思っています。

ethelvine presents 完熟ナイト at Kiln

その姿勢はとても共感できます。それが五感なのか何なのかわかりませんが、私も常に開いていたいと思っているし、自分が共感できる人は自らそれを開こうとしている人たちであることが多いんです。例えば、江上さんが企画されている「完熟キャバレー」というイベントにしても、ワインと音楽と食事を通して、感覚を開こうとしているところがある気がします。

江上:音でも香りでも食事でも、人間の粘膜で感じるものはすべてミックスして楽しまないといけないんじゃないかと思っているんです(笑)。例えば、食事の好みが合う人というのは、音楽や映画、ファッションのセンスなども近かったりすることが多いのですが、それはとても重要なことで、五感の共通性みたいなものは絶対にあるんじゃないかと。例えば、ショップに来てくださったお客さんに、今晩つくるミートソースに合うワインを選んでほしいと言われることがあるんですが、なかなか難しいんですね。その方の好みというものがわかっていれば提案しやすいのですが、初めてお会いした方に対しては、一般的にはこういうワインが合うというセオリーあったとしても、それをただ伝えるだけでは許せない自分がいて(笑)。好きな音楽のこととかを根掘り葉掘り聞いてしまうんですが、そこにヒントが隠されているように思うんです。

江上さんはワインを全身で感じようとされていますよね。そんな江上さんが選ぶワインは、身体にとても自然に入ってくる感じがするし、私がつくる素材ありきの料理とも相性が良いと感じています。最後に、江上さんにとってワインとはどんなものなのかを教えて下さい。

江上:僕にとってワインというのは、地球の声というものが非常に大きく表現された作品です。自分はそれを伝えていく仕事をしているわけですが、これはとても難しいことだと感じています。例えば、影響力がある誰かが何かを言うことで、それに影響を受けてしまうというのはとても怖いことだと思うんですね。情報がスピーディになればなるほど、自分の細胞が発している声を聞くよりも先に外部からの情報が入ってきてしまい、そっちに振り回されることになりかねない。僕はそんなに偉そうなことが言えるほどよくできた人間ではないですが、そこで無理矢理にでも力尽くで立ち止まって細胞の声を聞き、それを力尽くではないやり方で人に伝えていけるような場所づくりをしていけると良いなと思っています。<インタビュー終わり>