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「問い」をカタチにするインタビューメディア

問いから学ぶ

株式会社CINRA 代表取締役・杉浦太一さんが、
絵本作家・ヨシタケシンスケさんに聞く、
「絵本を通して伝えたいこと」

今回、カンバセーションズにインタビュアーとして初参加してくれるのは、カルチャーニュースサイト「CINRA.NET」の運営や、さまざまな企業や行政のWebサイト/メディアの制作などを手がけている株式会社CINRAの代表取締役・杉浦太一さん。そんな杉浦さんがインタビュー相手に選んだのは、先日最新作となる『このあと どうしちゃおう』を刊行した絵本作家のヨシタケシンスケさんです。亡くなったおじいちゃんが書き残したノートから、死について想像を巡らす主人公の少年をユーモアたっぷりに描き、各界から大きな反響を集めているヨシタケさんに、杉浦さんがいま聞きたいこととは?

杉浦太一
なぜ絵本を描くようになったのですか?

僕はヨシタケさんと同じ大学の出身で、社会学などを学んでいたのですが、ヨシタケさんは美術を専攻していたのですか?

ヨシタケ:はい。僕はもともとものづくりが好きで、大工や映画の小道具など職人系の仕事がしたかったので、芸術系の学部に入りました。その学部は主に現代美術を学ぶところだったのですが、現代美術は難解なイメージがあるし、何かしらの問題意識を社会に提起していかないといけないんじゃないかと思っていた。ただ、ちょうど僕の在学中は、先輩にあたる明和電機さんがデビューした時期で、自分も初期の制作の手伝いなどをさせてもらったのですが、アートをここまでエンターテインメントにできるということが驚きで、大きな影響を受けました。また、自分が好きなものを表明しつつ、それを表現として成立させていることも、それまで人に言われるがままに生きてきた自分にとっては非常に新鮮で、それ以来自分の制作も楽しくなっていきました。自分が好きなものを表現して、それを人に喜んでもらえることはやっぱり気持ち良いですし、将来はそういう仕事ができたらいいなと。

あの大学は、学生生活を楽しめる人とそうでない人が二極化する傾向がありますよね。僕は完全に後者の方で(笑)、このままではヤバイと思って、学生時代にCINRAを起ち上げたのですが、ヨシタケさんは楽しい学生生活を過ごされていたみたいですね。

ヨシタケ:そうですね。大学に入ったことで初めて、それまでの自分はつまらない人生を送ってきたんだと気づいたところがありました(笑)。その分、就職してからの浮足立っている感はハンパなかったと思います(笑)。大学卒業後はゲーム会社に就職し、もぐらたたきのようなゲームセンターに置かれるローテクなゲーム機の企画開発をするようになりました。そこでは、いつも先輩から「お前の企画書は読み物としては面白いけど、このゲームに100円をつぎ込む人はいない」と言われていました。人を楽しませる方法にはいくつか種類があって、ゲーセンでは、人を興奮させるような射幸心をあおらないといけないんですね。でも僕がしたかったのは、むしろジンワリと人にニヤッとしてもらうようなことでした。当時はなかなか仕事が上手くいかない中で、企画書の端などに小学生が書く落書きのようなノリで、「課長なんて死ねばいいのに」みたいな愚痴を書いたりしていて(笑)。これが見つかるとさすがに問題になりそうだったので、一緒に女の子のイラストなんかを描いて、その子が言っているセリフだという言い訳を用意しつつ、いつでもすぐに手で隠せるように小さなサイズで描いていたんですが、それがきっかけで大きい絵が描けなくなってしまったんです(笑)。

その頃から絵本を描きたいという思いはあったのですか?

ヨシタケ:それはありませんでした。ある時、その落書きを会社の経理の女性に見つかってしまったんですが、僕の絵を可愛いと言ってくれたんですね。もちろん、人に見せるためには描いていなかったから、そんなことを言われて、「この人は自分に好意があるのかな?」と思ってしまい(笑)、それまでの落書きをまとめた同人誌をつくったんです。それを、当時自分がつくっていた立体作品の個展の時に一緒に手売りしたんですが、まったく売れずに在庫が自宅にたまってしまったんです。それで、人に会う度にその本を渡していたのですが、それがまわりまわって出版社の方からイラスト集にしようと声をかけて頂き、その本をきっかけに、イラストの仕事を受けるようになりました。その頃にはゲーム会社は辞めていて、大学の同期が起ち上げた共同アトリエから造形の仕事をもらっていたのですが、日中はそれをしつつ、帰宅してから夜にイラストを描くようになりました。その頃にブロンズ新社の編集者の方から連絡を頂き、最初の絵本をつくることになったんです。

杉浦太一
絵本を通して何を伝えたいのですか?

最初の絵本『りんごかもしれない』では、どんなことを表現したかったのですか?

ヨシタケ:絵本は小さい頃からたくさん読んでいて好きだったのですが、いざつくる側になると、「子どもに何を与えるべきか?」とか「そもそも絵本とは何か?」と考え始めてしまい、自分に言えることなんて何もないんじゃないかと…。ただ、編集者の方がいくつかお題を与えてくれて、その中のひとつに「色んな目線でりんごを見る絵本」というものがあったんです。そこから、りんごというモチーフをさまざまな角度から見ることで、子どもたちに色々な視点を養ってもらうということを目的につくったのが、自分にとって最初の絵本でした。実際に絵本を描いてみて、それまでやっていたイラストの仕事と同じように、お題があれば絵本も描けるということがわかると同時に、(絵本は)ウサギが出てきてオオカミにいじめられたりするようなわかりやすい話がないとダメなんじゃないかというステレオタイプなイメージもなくなりました。絵本というのは、実は非常に奥行きがある表現媒体で、子どもが読むことさえできれば、やってはいけないことはそんなにないんだということを教えてもらえた気がします。

ヨシタケシンスケ『りんごかもしれない』

「こういうことをしてもいいんだ」という気づきは、大学時代の明和電機さんの話にも繋がりそうですね。

ヨシタケ:そうですね。僕には姉が1人、妹が2人いるのですが、そこで自分の意見を言う利点は何もないんですよ。だから、自分で何かを決めたことがないばかりか、反抗期すらなくて。周りの友達が「うるせえババア!」とか言っている時に、僕は親から言われたとおりに勉強をしていて、自分でもこれはいつか壊れるんじゃないかと感じていました。そうやって生きてきたので、とにかく自分がミスをして怒られたりすることが嫌で、そうしないようにすることが人生最大の目標と言えるほどでした。いまでも場を荒立てないということは自分にとって大切なことで、いわゆる表現者とはかけ離れた、非常に役人的、保守的な考えの持ち主なんです。だからこそ、誰かに背中を押してもらう必要があるし、どうすれば怒られない表現にできるか、事を荒立てずに言いたいことを伝えられるかということが、自分の表現の方法論になっているんです。

僕は、ヨシタケさんの絵本を通して、断定しないことの大切さということに気付かされたし、絵本に触れた子どもたちにしても、何かをひとつに決めなくても良いんだと安心できるような内容になっているんじゃないかと感じます。

ヨシタケ:僕は、玉虫色の表現が大好きなんです(笑)。自分は臆病で、ネガティブな考え方をしてしまうから、どんなことにおいても断定はできないし、責任を負いたくないという逃げ腰の部分があるんです。だから将来についてもはっきり目標を定めずに、その場で与えられた条件に対して応えていくというのが僕のスタンスなんです。でも、それによって結果として面白くなったり、自分だけでは到達できないところに行けることがあって、それが絵本であり、結婚や子育てだったりします。人生には回り道もありますし、思い通りいかないことも多いし、夢だってなかなか叶わない。そういう身も蓋もないけど、リアルなことというのをどうにか面白く表現したいという思いがあるんです。自分が子どもの頃に「夢は何か?」「将来は何をしたいのか?」と何度も聞かれて、自分の意見がないことにコンプレックスを感じていたからこそ、当時の自分が救われるような絵本をつくりたいんです。おそらく、僕の他にも100人中3、4人くらいはそういう子どもがいるはずで、僕の絵本はそういう子たちに向けて描いているところがあるんですが、それが思いのほかたくさんの人たちに面白がってもらえているようで、それが大きな驚きなんです。

ヨシタケシンスケ『りんごかもしれない』

杉浦太一
ネットの炎上についてどう思いますか?

僕は、主にインターネットの仕事をしているのですが、これまではネットの炎上って、インターネットの中だけの出来事だったと思うのですが、最近ではマスメディアもそこに加わり、いよいよ社会問題になりつつあるように思います。一人の人間が袋叩きに合い、消え去ったら全員が一瞬でその存在ごと忘れ去ってしまうというこの現象に怖さを感じます。ヨシタケさんはこれをを、どう見ていらっしゃいますか?

ヨシタケ:やっぱり単純に怖いと思いますね。誰かひとりが「あいつが悪い!」と言うと、「じゃあ自分も」と一緒になって叩く風潮がありますが、そこに乗っかる人たちは自分で何かを考えているわけではないんですよね。最大の問題は、すでに調理された状態のコンテンツが氾濫している世の中で、自分で判断する能力が全体的に低下していることにあるのだと思います。みんなが言っていることが本当のことなのかを考える余裕を持てないまま、他人の意見に反射的に対応しているだけのような気がします。でも、その人たちが悪いかと言えば、発言する側にも問題はあるように思えます。インターネットの恐ろしいところは、コミュニケーションにおけるプロと素人の見分けがつかないところで、それによって収集がつかないところまできているように感じます。いまは、ネット上で極端な発言をすれば、それをメディアが取り上げて、どんどんエスカレートしていく仕組みが出来上がっていることも影響しているのだと思います。僕は、世の中の争いごとの9割は言い方に問題があると思っています。同じことを伝えるにしても、どんな例え話を出せば、言葉狩りをする人たちを刺激せずに、多くの人たちに理解してもらえるのかというなどを考えていく必要があるんじゃないかと感じています。

ヨシタケシンスケ『もう ぬげない』

発言する側の伝え方を洗練させていく必要があるということですよね。この手の話題になると、受け手側がもっと寛容にならないといけないというような少しお説教臭い話に向かいがちなところがありますが、ヨシタケさんの立場は少し違うようですね。

ヨシタケ:そんな寛容にはなれないよね、と考えてしまうんです。自分はおそらく性悪説で、現在のようなシステムをつくる人、それを利用する人がいる限り、お互いが良かれと思って行動していても、悪い状況が生まれてしまうことはあると思います。ある意味逃げの姿勢なのかもしれませんが、炎上させる人がいるのであれば、発信する側がそうさせない方法を考えるしかないと思うんです。「あいつの発言、なんか叩きにくいんだよね」と言われるような伝え方を探していくしかないし、言葉狩りをする人たちのイライラの矛先を違うところに向けられるスケープゴートのようなものを用意しないといけないんじゃないかなと。

何かを叩くということも、その人にとっては正義を表明する行為なわけですもんね。

ヨシタケ:やっぱり自分が好きなことを言えることは気持ちが良いですし、その快楽というのは、寛容になるならないの話とは別で、抑えようがない感情のようなものなんだと思うんです。例えば、新聞などのように、ものを言うべき人とそうじゃない人が明確に分かれている世界に戻ろうとすることは、車は便利だけど人を轢き殺すかもしれないから乗るのはやめようというのと同じくらい難しいことですよね。テクノロジーというのはそういうものなので、事故処理の精度を少しでも上げていくしかない。そこで役立つのがユーモアだったり、架空の物語だったりするのかなと思います。ユーモアというのは国や文化によって線引きが難しいものですが、全人類共通のユーモアというものは必ずあるだろうし、お互いを傷つけない共通点を探して、分かり合えないもの同士が同じ方向を向くための座席の形のようなものを提案していく作業というのが、人にものを伝えていく人間にとって大切なのかなと。

まさにヨシタケさんの作品には、あえて誰も明言しないけど、どこかでみんなが感じていたことを伝えてくれる感覚があります。

ヨシタケ:僕の絵本には「あるあるネタ」が書かれていて、それ以上でもそれ以下でもないと思っています。人というのはお互いにわかり合えないものだからこそ、共通点が見つかるとうれしいし、安心できる。「スネをぶつけると痛いよね」とか「お腹が空くとションボリするよね」みたいな、ある条件がそろった時に誰にでも起こる現象というものに興味があるし、そういうことを本の中に散りばめられたらうれしいと思っています。

ヨシタケシンスケ『このあと どうしちゃおう』

杉浦太一
「死」をテーマに選んだのはなぜですか?

最新作の『このあと どうしちゃおう』は、これまでの絵本よりも明確なメッセージ性が感じられましたが、ヨシタケさんの中ではどんな思いがあったのですか?

ヨシタケ:『りんごかもしれない』を出した時は、これが最初で最後の絵本になるかもしれないと思っていたので、自分が好きな要素をすべて入れたんです。そうしたら思いのほか受け入れてもらえて2冊目がつくれることになり、その時からすでに死をテーマにした本をつくりたいとは言っていたんです。でも、「いつかやらせてあげるけど2冊目ではやめておこう」と言われて(笑)。結果的にこうして良いタイミングで出すことができたのですが、僕は以前に両親の死を経験し、親が生きているうちに死の話をすることの難しとさと重要さを感じていました。でも、同時にそれを自分から言い出すことの難しさも知っていたので、何かきっかけになるものがあるといいな、と。それは映画でもテレビでも漫画でも何でも良いのですが、お父さんはどう思っているのかということが聞けるきっかけになるようなものがあったら、当時の僕は救われていたはずで、その思いは東日本大震災を経ていよいよ確信に変わりました。冗談半分くらいじゃないと話しにくいテーマだからこそ、なんとかふざけて死の話ができないかというのが、今回の企画の目的でした。

親御さんの死を経験されたのはいつ頃だったのですか?

ヨシタケ:母が亡くなったのは僕が27歳くらいの頃で、もうダメだろうと言われてからが長くて、入退院を繰り返す母を看病する中で家族もボロボロになっていきました。一緒に会話ができる時間は徐々に減っていくし、そうするとお互いにウソしかつけなくなるんです。家族だからこそ、相手のことを思ってウソをつきあうしかないところがあったのですが、母は家族が帰った後に、看護婦さんや同室の患者さんに悩みを打ち明けていたそうで、かわいそうなことをしたなという思いが残りました。とはいえ、死の話をそんな状況で話すことは難しくて、やっぱりお互いが元気な時に話すしかないんですよね。でも、そんな時に話そうとすれば、縁起でもないと言われてしまう。どんな理由であれ、大切な人が亡くなれば、後悔しか残らないんです。その後悔をひとつでもふたつでも減らすためには、笑いながら死について話ができたという記憶が大事になるんじゃないかなと。また、死について色んな世代の人たちが気軽に話し合える機会が増やせれば、死を間近にした老人が8歳の子どもが持っている天国のイメージを聞いて救われたり、20代の若者がお年寄りの死の話から自分の生き方を考えるきっかけをもらったりということがもっと起きてくるんじゃないかなと。

ヨシタケシンスケ『このあと どうしちゃおう』

物語の中では、死んだおじいちゃんが書き残していた「死んだらどうなりたいか」というノートを見つけた主人公の少年が、自分でも書いてみようとしますよね。ただそれを知るだけではなく、自分だったらどう考えるのかということが大切なんだろうと感じました。

ヨシタケ:僕はよく「隙間が空いている」という言い方をするのですが、感情や経験が当てはめられる内容が書かれていると、自分のこととして読んでくれるんです。何かのヒントやツッコミたくなるようなボケばかりが並んでいると、ついつい自分でも考えてしまうし、そのきっかけがつくれるとうれしいと思っています。ただ、本の中の少年は、僕もやってみようと思ったものの最後のページではもうそれに飽きています(笑)。死について考えることは大事だけど、でもやっぱり飽きるよね、長続きしないよねというリアルな感じも大事だなと。仮にこの少年が3日でやめてしまったとしても、一瞬の煌きのようなものがその子に植え付けられれば、その後が少しずつ変わる気がするんです。現実から空想することは気持ちが良いけど、逆にファンタジーから現実に戻るのは寂しいものです。でも、そういう寂しさや、現実と空想の距離感の埋め方まで含めて創作にしたいと思っています。いまは、ファンタジーをファンタジーとしてしか受け取れない人が多いように感じていて、それは先ほども話したように、世の中に美味しく調理されてから提供されるものが多すぎることが影響していると思っています。でも、面白いものを自分でつくることや、つまらなそうなものでも面白がるということは、もっとできるはずなんです。

死という存在に対して、死んだ後の空想をノートに書き綴っていた物語の中のおじいちゃんは、ある意味ヨシタケさん自身でもあるのかもしれないですね。

ヨシタケ:僕自身がネガティブだからこそ、どうにかして世界を面白いものとして受け取りたいんです。そのためにどんな時でもスケッチ帳を持ち歩いて、世の中に転がっている面白いものをイラストにして拾い集めるようにしています。それはまさにこの本に登場するおじいちゃんそのもので、死が誰よりも怖くて不安だからこそ、どうにかして面白がらないとという思いがあるんです。

ヨシタケシンスケ『このあと どうしちゃおう』

杉浦太一
子育てはどうすればいいですか?

ヨシタケさんにはお子さんがふたりいらっしゃると聞きましたが、『このあと どうしちゃおう』に出てくるような死の話について、お子さんと話したりするのですか?

ヨシタケ:うちには、小学校4年生と幼稚園の年中さんのふたりの男の子がいるのですが、そういう話はまだしていないですよ。ドキドキしながら、上の子に『このあと どうしちゃおう』を読ませた時も、「地獄のページが面白いね!」という感想で終わりました(笑)。でも、しんみりされてしまうよりは、そのくらいの反応で良かったなと思っていて、単純に面白がってくれたということがこの本にとっての成功なのかなと。「地獄のページが面白かった本」という記憶が残れば、大きくなってからまた読んでもらえる可能性があるし、絵本というのは人生で2回読む時期が来る可能性があることが大きな特徴で、大人になって読み返した時に全然違うものとして入ってくることもあります。人生の節目に同じ本がその人にまったく違う影響を与えることは面白いですし、そういうことが自分の絵本でも起きてくれるといいですよね。

ヨシタケシンスケ『このあと どうしちゃおう』

僕も昨年子どもが生まれたんです。幼稚園や小学校の先生というのはある意味「これが正解です」ということや「目的を持ちましょう」ということを教える立場だと思うのですが、自分は父親という立場から子どもとどう接するべきかと考えてしまいます。

ヨシタケ:学校の先生にしても、親にしても、立場上「夢なんて持っても叶わないよ」なんていうことを子どもに言ってはいけないんですよね。だからこそ、子どもたちは、絵本などのコンテンツや、実際の人生経験を通して学んでいかないといけないことも多いと思うんです。僕はそういう部分を教えたいですし、「大人も大変なんだよ」とか、「結構いい加減なところもあるんだよ」ということを伝えることで、大人の信用を良い感じに落としたいんです。自分が子どもの頃に親から言われてイヤだったり、理不尽だと感じたことはいまでも覚えているけど、自分がそれを言う側になったことで、親にも事情があったということがわかりました。そういうものを、面白おかしくインフォメーションできたら素敵だなと。子どもというのは、どこかで大人をキタナイと感じる時期があって、それが遅ければ遅いほどこじらせるんですよ(笑)。だからなるべく早いうちに、大人も大したことはないということを学んでほしいし、大人も子どももいい加減な人間同士、優しくし合わないといけないと感じてほしい。そうやって大人と子どもを取り持てるような絵本があるといいなと。絵本を描いていて、さぞかし立派なお父さんなんだろうと言われたりもするのですが、実際はまったくそんなことはないし、親も子もお互いバカだから、10回言い争いをすれば9回は分かり合えないものです。自分自身できなくてイライラしていることを、なんとか上手くできたら良いなという思いで本にしているところがあるんです。

もし仮に、ヨシタケさんのすべての経験やキャリアをリセットして、時間や経済的な制約もなかったとしたら、どんなことをしてみたいと思いますか?

ヨシタケ:僕には欲求や野望というものが何もないんですよ。小さいところでニヤニヤしていたいだけなので、いつものメモ帳にひたすら絵を描き続けて、誰にも見せることなく死んでいくと思います。僕のヒーローはヘンリー・ダーガーなのですが、彼には自己実現や表現への欲求がなく、マンションの一室で自分のためだけに創作を続けていたんですよね。ヘンリーはたまたま発見されたから有名になったけど、自分の好きな時間を持ってコツコツと同じことを続けながら人知れず死んでいく人は世界中にたくさんいるはずで、だからこそ彼のストーリーに救われた人もいるはずなんです。それと同じように、世の中には、戦争がなくなる方法を発見したけど、それを発表せずに死んでいった人もいたかもしれないわけで、そういうことを考えるとちょっとワクワクするんです。明日急に戦争がなくなって世界が良くなるなんていうことは思いませんが、世界を変える何かの方法を明日思いつくかもしれないということだけは信じられるんです。それが実行できるかは別にして、そういうアイデアがどんな人の頭にも浮かぶ可能性というのは否定できない。明日には生きるに値することが起こるかもしれないという考えがあると、どんなに気持ちが落ち込んでも持ち直せるところがあるし、僕以外にもそういう考え方を持つことで救われる人がいるかもしれないと思うんです。<インタビュー終わり>


インタビューを終えて

ヨシタケさんの絵本には、『もし○○だったら』という空想が、これでもかというくらい詰まっています。それだけ空想上手な方ですから、ご本人はどれだけイマジネーションにあふれた人なのだろうと伺ってみたら、実際のヨシタケさんはむしろその逆で、とても現実的で、冷静な視座をお持ちでした。
日々の葛藤や死というような不条理に対して、まともに対応していたらやってられないわけだけど、かと言って無視はできない。そこで必要なのがユーモアや空想で、それがあることでちょっと落ち着くというか、人生が楽しいもののように思えてくる。現実が大変だからファンタジーの世界に逃げ込むのではなく、あくまで現実の生活に楽しい何かを加えていく。それがヨシタケさんが提示する人生観で、それに救われたり、ワクワクしたりするのは、決して子どもだけでなく、僕がそうだったように、老若男女に響くものなんだろうなと思いました。