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「問い」をカタチにするインタビューメディア

発想とカタチ

クリエイティブディレクター・長谷川踏太さんが、
小説家・田中康夫さんに聞く、
「現代社会について思うこと」

カンバセーションズには2回目の登場となるクリエイティブディレクターの長谷川踏太さん。前回の棋士・渡辺明さんに続き、今回長谷川さんがインタビューするのは、衆議院議員、参議院議員、長野県知事を歴任した作家の田中康夫さん。社会現象となった1981年のデビュー小説『なんとなく、クリスタル』(「もとクリ」)を皮切りに、数多くの著作を発表し、2014年には『33年後のなんとなく、クリスタル』(「いまクリ」)を刊行。各方面から注目を集めた田中さんに、長谷川さんが聞きたいこととは?

長谷川踏太
33年間で登場人物たちは変わりましたか?

『なんとなく、クリスタル』で田中さんが書かれたのは、どんなブランドを好むかということによってアイデンティティを形成してきた人物たちでしたが、先日出版された『33年後のなんとなく、クリスタル』で彼らは、社会問題やボランティアなどに関心を持つようになっています。33年という時を経て、登場人物たちには何か大きな変化があったのか、それとも昔と変わらない皮膚感覚で生きているのか。まずはその辺りから伺えますか?

田中:田中:「もとクリ」は、バブル時代の話だと思い込んでる人がいますが、実は経済学史的には、日本のバブル景気は1986年12月から1991年2月までの51ヶ月間なのですね。「1980年6月 東京」と原稿の1行目に記された「もとクリ」を執筆したのは同年5月で、単行本の出版も翌年1月。その意味では、バブルへと突入していく以前の、高度消費社会へと移り変わっていく先駆けの物語です。身体を守るために、空腹を満たすために。それが着たり食べたりする本来の目的です。でも、容易に達成されるようになると次第に、素敵なデザインだったり、自分がお気に入りのデザイナーの服だったり、好みの味付けだったり、心地良い空間の店だったり、本来の目的を離れた部分に重きを置くようになります。「もとクリ」は、そうした「スタイリング化」現象を描いた作品でした。
でも、「文学」の世界から高みに立って見下ろしている人々からは、頭の空っぽなマネキン人形がブランド物をいっぱい下げて青山通りを歩いているような、文学以前の内容だと猛反発されたものです。あなた方だって、新聞の書評委員だったり、新人賞の選考委員だったり、芸術院の会員だったり、精神的ブランド物を自分の身にまとってるでしょ、と24歳の僕は思いましたけど(苦笑)。
他方で、その33年後を描いた「いまクリ」では、大学生だった登場人物の女性たちも離婚や再婚を経験し、婦人科系の病気を克服したり、夫の仕事や子供の就職に悩みを抱えていたりします。「もとクリ」の主人公だった由利は仕事のかたわら、南アフリカで低所得の人々に眼鏡を安価で提供する奉仕活動にも従事するようになります。そうして日本はいま、歴史上に類を見ない超少子・超高齢社会に直面しています。幸いに多くの好意的な、というよりも、こそばゆいくらいにありがたい書評や論評が掲載されましたが、中には少し首を傾げてしまう見方もありました。その評者も、作者は処女作から少しもブレていないと認めてはいるのですが、もはやキラキラなんてしてられない時代を生きる30数年後の登場人物たちといった捉え方をしていて、そうかなぁと思いました。多分、その書き手は、「リア充」と「ネト充」みたいな二項対立で捉えていたんでしょうね。
それで、その書評が掲載された「朝日新聞」からインタヴューを受けた際、“アンサーソング”としてこのように述べてみました。じゃあ、牛丼をかっ込みながら世の中を憂える設定なら“リアル”なんですか、美食家のフランス人が懐石料理を食べながらグローバリズムを語るのなら問題視しないのですか、とね。料理も美容も政治も同じ次元で語れてしまう「女性的な発想と行動」こそ大切なのにね。
「いまクリ」の中では、日の出と日の入は、目隠しされていてパッと外されたらその瞬間、日の出と日の入、そのいずれの光なのか、そのいずれにも思えてしまうでしょ、という話が最後に出てきます。実は、気象庁が発表している日没の時刻と日出の時刻の瞬間に“カットアウト”、“カットイン”するわけではないでしょ。共に、その前後はほんのりと赤みを帯びた空の色になっている。で、大昔は日没時を「誰そ彼」(たそかれ)、日出時を「彼は誰」(かわたれ)と呼んだのです。でもね、実は江戸時代くらいまでは、彼が誰なのかわからない薄暗さ、薄明るさなので手探りで確認しようとする「彼は誰時」は日没時と日出時の両方を指したみたいなの。「ロールシャッハ・テスト」や「隠し絵」と似ているよね。だから、ただ単に目先の数字とか形を見て判断するだけでなく、いかにしてそれがそうなったのかということが本当は大切なはずなのに、人というのは目に見える表層的な部分にばかりとらわれてしまいがちなのだと思います。

本質的に登場人物たちは変わっていないということですよね。僕もこの本を、相変わらずキラキラしている話として読みました。登場人物たちは全然ブレていないなと。

田中:社会学者の大澤真幸さんも書評で書いて下さいましたが、理屈や理論とはまったく無縁な生き方をしてきた登場人物たちこそ、もしかしたら極めて高い理念を持っているかもしれない。それが理屈にとらわれない新しい生き方なんじゃないかということを、「もとクリ」でも「いまクリ」でも言ってきたのだと思います。岩波文庫を読んだ時の感動と、ルイ・ヴィトンのバッグを手にした時の感動は等価だと「もとクリ」で書いたように、両者は同じ人間の感情で、そこに優劣の差はないはずです。「もとクリ」や「いまクリ」の主人公たちを否定する人たちも、綺麗なもの、美味しいものに評価を与えているのに、それをストレートに口に出してしまうとオツムが足りないと思われたらどうしようと考えて、もっともらしい理屈をくっつけるわけです。でも、それ(理屈)は、後からついてきたものなんじゃないですかということが、僕が昔から思ってきたことなんです。

僕は「いまクリ」をリアルな物語として読みましたが、この登場人物たちのような価値観や肌感覚というものが、ずっと田中さんのベースにあるのかもしれないですね。田中さんは政治の世界にも進出していますが、小説の登場人物たちと、政治の世界などで関わってきた人たちの間に、ギャップのようなものを感じることはありましたか?

田中:先日のシャルリー・エブド襲撃事件の時にも書きましたが、大きな声で正義を語る人は、往々にして偽善を身にまとっているんじゃないかと僕はずっと違和感を抱いてきました。だって、権力や権威を揶揄するトイレの落書きのような媒体だと批判していた面々が、シャルリー・エブドの表現の自由を守れと、しれっと隊列組んでデモ行進しちゃうってのは、逆に欺瞞でしょ。で、シャルリー・エブドが権威に祭り上げられちゃったわけで。僕は以前から、政治でも経済でも指導者には「的確な認識、迅速な決断と行動、明確な責任」が求められていると述べてきましたが、いま大きな声で「正義」や「国益」を語っている人に限って、それらが欠けているように見えるんです。

長谷川踏太
文学とはどんなものですか?

「いまクリ」では、登場人物たちがイタリアンを食べながら社会問題の話をしていましたが、そうした情景が非常にリアルだと感じました。

田中:先ほども述べたけど、パスタを食べながら「貧しさ」を語ろうとも、ラーメンを食べながら「豊かさ」を語ろうとも、むしろそうした人間の不可解で不可分な部分を書くことこそが文学なんじゃないか、表現なんじゃないかと思ってきましたが、どうやらそうじゃないらしい(笑)。例えば、Aクンのことを好きなBさんという人がいたとして、でも、その彼女はたまにはCクンも良いかなと思っていたとしますよね。それは本来非常に人間的と言えるかもしれないのに、「純愛小説」の中では、BさんはAクンのことだけを愛していて、それ以外の人には興味を持ってはいけないと言われてしまう。あるいは、Bさんに言い寄ってきたDクンとも、ついつい“お肉の関係”になってしまうのも人間の不可解な恋愛なのに、私はAクン以外はノーサンキューだなんて、純愛ってそんなに冷たいものなのかよと(笑)。とりわけ最近、国民益よりも国家益、愛民心よりも愛国心だと声高に「集団的自衛権」を語っている人々は、たった1人にしか愛を注ごうとしないBさんは身勝手な「一国平和主義」だと糾弾するかと思いきや、この手の人に限って、「純愛」を若者に説いたりするので始末に負えないよね。

日本の文学界にもそうした保守的な面があるのかもしれないですね。

田中:まあ、先ほどの事例はレベルの低いお笑い話なので、あまりに真剣に捉えられてしまうと、数多の恋愛遍歴のヤッシーとしても逆に困っちゃうので(苦笑)、少し違う話をしましょう。すでに亡くなって23年が経過した中上健次さんという作家は、僕とは対極的に、カギカッコ付きの文壇で高く評価されてきた人です。彼はいつも周囲の物書きが「田中はおちゃらけでダメだ」と腐すと、「康夫ちゃんはそれで良いんだ」と言ってくれていたのですが、当時は誰もが手書きですから締切を過ぎてしまうと印刷会社の出張校正室に缶詰になって原稿を書いていたんですね。で、いよいよ、著者校正もせずにそのままダイレクトにそのまま入稿しないといけないタイミングになってしまうんだけど、徹夜続きの中上さんは、その後も出張校正室の机に、うっぷせるような感じで向かいながら、書き上げた原稿にそれでも手を入れているんですよ。物理的に加筆修正がきかないにもかかわらず。それを見て、全集にする時のためだろうとか、将来文学館に原稿が展示される時のためだろうなんて皮肉った人もいたけど、僕はそうじゃないと思うんですね。彼に限らず、仕事が終わった後もこれで良いのかと考え続けるということが本当のインプルーブメントのはずなのに、ある段階で思考を止めてしまう人たちがいるんです。

何でも決められた枠に当てはめてしまう人たちということですよね。形式が大好きな日本人についても、田中さんはよく言及されていますよね。

田中:例えば、11人しかいない野球部が甲子園に出場することになったりすると、球児たちにインタビューをして、「投手の●●君は『必ず勝利します』とキッパリ」って表現でまとめられた記事が新聞に載ることがありますよね。でも、果たして人間に「キッパリ」なんていうことがあるのかなと思うんです。人は誰もが、これで良かったのかと色々考え、行きつ戻りつしながら少しずつ前に進んでいこうとするものなのに、「キッパリ」という断定的な言葉を使ってしまうことで、思考停止状態に陥ってしまう。なのに、記者クラブ的なメディアは、それが文法だと信じて疑わない。恐らく駆け出しの若手記者は、そんな表現を使ってないのに、現場から離れて久しいデスクや支局長が、原稿とはこういうものだ、と直してしまう。そうした二元論的な硬直性を超えた思考や行動を生み出していくことが必要なのにね。

(左)『なんとなく、クリスタル』(1981)、(右)『33年後のなんとなく、クリスタル』(2014)

長谷川踏太
「連帯」と「連携」の違いは何ですか?

田中さんの「ユナイテッド・インディビジュアルズ」という考え方に高校生の頃に初めて触れたのですが、これについてもお話を聞かせてください。

田中:僕が長野県知事をしていた頃、隣の自治体が50億円で体育館を作ったから、うちは80億円で文化ホールをつくろうというような話がよくあったんですね。でも、彼らはいざそれができた時に、そこで何をすれば良いのかがわからないわけです。例えば、電気やガスというのは偉大な発明だけど、それらがそのまま置いてあるだけだと人は殺傷されてしまう。要は、それらを使って何を提供できるか、その時に初めてコンテンツになるということです。電気やガスの発明=コンテンツと勘違いしてしまうのは「自立」を求める社会なんですが、僕は「自立」よりも「自律」が大切だと考えています。「連帯を求めて孤立を恐れず」を掲げた全共闘運動は、やがて内ゲバになっていったわけです。望ましいのは、「自律を求めて連携を恐れず」ということなんです。「連帯」というのは、拳を振り上げて大文字の「正義」を語る感じ。「連携」は、一人ひとりができることをできる時に、できる場でできる人とできる限り行う、しなやかなネットワークですね。

「連帯」だと身動きが取りにくくなってしまうところがありますよね。もっとうまい形での「連携」というものが必要になってくるのかもしれません。

田中:「微力だけど無力じゃない」という言葉を、「いまクリ」の中で由利がつぶやいています。考えてみれば僕は、人は判り合えないからこそ会話をするんだと、ずっと本の中で書いてきたのだと思う。恋人であれ夫婦であれ、DNAがつながっている親子であれ、100%同じ意見になることはあり得ないはずなんです。それを可能なんだと思い込んでしまうことが、先ほどお話しした「キッパリ」という言葉につながってしまう。理解し合えないからこそ人は対話をするし、政治や外交も、言葉こそが命なのに問答無用だったり、経済でも、パワーポイントで数字を示せばみんなが理解できるという考え方に、日本のみならず世界が向かいつつあるのかなと。

それが、マニュアル至上主義や同調圧力が強まっている現代社会の姿なのかもかもしれないですね。

田中:たしかにね。最近はテレビだけでなく新聞まで、「ここまで言ったら、どこかから文句をつけられるんじゃないか」と、“なんとなくの空気”の中で自主規制をしてしまっているわけですよね。人々が感じていても、なかなか口に出せないことを述べてこそ「メディア」なのに、そこに生息している面々ほど、公務員的な事なかれに陥っているという矛盾ね。それが結果として、「強きを助け、弱きを挫く」という新しい格言を生んでしまっている。まあ、「地位は人を駄目にする」「富すれば鈍する」という格言もあるからね。だからこそ、「微力だけど無力じゃない」と一人ひとりがコミュニティの中で踏ん張る気持ちを持たないと。

(左)『日本を』(2006)、(右)『憂国呆談』(1999)

長谷川踏太
何に影響を受けてきましたか?

田中さんは小説家として、膨大な注釈が添えられた『なんとなく、クリスタル』や、私生活を綴った『東京ペログリ日記』などを書かれ、さらに政界にも進出するなど、常に実験的な試みをされている印象があります。このような姿勢はどのように培われていったものなのですか?

田中:実は僕は、中学以降は、それほど本も読んでないんですよ。なので、自分でも何が影響しているのかよくわからないのですが(笑)、小学生の頃から生徒会長には選ばれるものの、校長が始業式や終業式になるといつも同じような四季の挨拶をしているのを見て、意味ないじゃんと思っているような子でした(笑)。形骸化したセレモニーなんて、中身の伴ったコンテンツになってないじゃないか、みたいな。無論、その頃は、そんなカタカナは知りませんでしたけどね。なので、アウト・オブ・コントロールとなっている「フクイチ」の対応に象徴されるように、アンダー・コントロールという言葉の下に法治国家が「放置」国家となり、メディアも黙ってしまう「呆痴」国家となっているので、アンダー・コントロールされているのは民度が化学変化を起こして眠度になっちゃった国民かもしれない、と先日も田村淳さんがMCを務めるMXテレビの「週刊リテラシー」で述べたら大受けでした。でも、ホントは大受けしてる場合じゃないけどね。

(左)『東京ペログリ日記大全集〈1〉』(2006)、(右)『ぼくだけの東京ドライブ』(1987)

『東京ペログリ日記』は、ブログやSNSなどで私生活の断片を公開することが一般的になったブログの先駆けとも言えますが、いまのインターネットについてはどう思いますか?

田中:インターネットは本来、人々の選択肢を広げてくれる画期的な技術だったはずですが、いまは購入履歴などすべてのデータが記録されたり、「連携」ならぬ「連帯」という名の「監視」や「束縛」をもたらす側面が強まって、結果的に選択肢が減ってきているように感じています。1994年ですからWindowsの発売前年に連載が始まった「東京ペログリ日記」は、ある種のフーリエ主義みたいな感じで、どうせ隠し通せないんだったら、最初からすべてを書いてしまった方がストレスフリーだよね、という考えから始めたものでした。まあ、それ以前からさまざまな連載での僕自身のディスクール自体が、表と裏のギャップがある人のところに行って、「あなたは正義を語る白馬に乗った王子様だと思っているかもしれないけど、実は肥溜めの上を着飾って・気取って歩いている人なんじゃないですか?」と忠告してあげると、痛いところを突かれた「著名人という名の偽善的な相手」が怒り狂って編集部に圧力を掛けてくるという繰り返しでしたけどね(苦笑)。またしても、話がそれてしまいました(笑)。

『ぼくだけの東京ドライブ』という文庫本も読ませて頂いたのですが(注:単行本は1984年に『たまらなく、アーベイン』として刊行。31年の歳月を経て今年5月下旬に河出書房新社から復刊)、例えば、ジョニー・ブリストルは首都高から横浜へ向かう道で聴くんだと書いてあって、そういう雰囲気や感覚的な音楽の聴き方に触れることができました。

田中:例えば、ブルース・スプリングスティーンがどんなメッセージを歌っているかというのは、英語を話せない日本人からしたらわからないですよね。バイリンギャルな長谷川さんだって、微妙な言い回しの部分までは、歌詞カードがないと把握しきれないかもしれないでしょ。こぶしが効いた邦楽の歌詞が聞き取れないようにね。なのに、それまでのライナーノーツは、この曲にはこうしたメッセージがある、と主義主張を前面に出すのが大半だったでしょ。でもね、音楽は一枚の写真と同じように、それぞれの人が色んな思いを重ね合わせられることが大切だと思ったから、日が沈む海岸沿いの道路を女の子とドライブしている時とか、雨の日の午前中に一人で自分の部屋でとか、こんなシチュエーションで聴いたら良いんじゃないかと思う100枚のレコードを紹介しながら、物語が展開していく本ですね。四角四面なイデオロギーとは違う、新しい理念というか希望というか、そうした思いを共有するのが音楽という表現だろうし、文章もそうだと信じて書いてきたのだと思いますし。1984年の単行本は1200円、1990年の文庫本も600円なのに、無国籍企業のアマゾンちゃんで4000円もの値段がついているので、5月に復刊することになりました。最近は、ネットで曲のさわりの部分だけ視聴して、曲単位で音楽を買っていますよね。でも70年代から80年代は、輸入盤のレコードはビニールでシールドされていて、試聴もできなかった。だから、ジャケット写真や裏面に書かれたレコーディングスタジオや作詞家、プロデューサーの情報などを頼りに、自分の頭の中にある情報をフルに使って、購入するアルバムを決めていました。目に見えているびん詰めの情報を、自分の中にある缶詰めの情報を使って咀嚼する訓練のようなもので、それは文章を書いたり、何かを表現する上でとても大事なことなのに、いまはそういうものが失われてしまっているような気がしています。

長谷川踏太
いまの社会をどう思いますか?

僕がイギリスから帰国した時に、日本のスーパーのレジはイギリスとはだいぶ違うなと感じたんですね。イギリスに比べてはるかにレジを打つのが速いし、荷物も分けてくれたりして、サービスを受ける側からすれば便利なんですが、仮に同じ時給だと考えると、ちょっと心配になるところもあったんです。東京というのはその辺がとても過酷だと感じることがあるのですが、現在は東京で暮らしている田中さんはどのようにお考えですか?

田中:日本にはもともと職人的な繊細さがありますが、それは本来、形式知のマニュアルを超えた、マイケル・ポランニーが説いた暗黙知のレシピ的な部分の話だったと思います。でも、いまはどんどんマニュアル化していくことで、思考をさせない方向にいっている気がします。マリ共和国の独特な仮面文化で知られるドゴン族の言語では、「収穫をする」という言葉と「お祭りをする」という言葉が同じ動詞らしいんですね。彼らの言語の語彙数はスワヒリ語などよりも多いらしいのですが、そのふたつには同じ言葉があてられている。僕は、これらに共通するのは、人間が生きている瞬間の喜びなんじゃないかという気がするんです。つまり、人間が社会の一員として尽くす中で、単なる歯車としてではなく、自分が自分として生きていることを確かめられる瞬間。それが次第に薄くなっているのが、我々の生きている社会なんじゃないかなと。「IoT」(Internet of Things=モノのインターネット化)と呼ばれる技術が進んで、家電製品を始めとする身の回りのあらゆるモノがネットに接続される社会はたしかに便利だけれど、これが工場のラインの部品や電車の制御システムもすべてインターネットでリンクされて遠隔操作できていくと、その次の段階では故障の可能性も事前に察知して警告を発したり、効率の悪い動きも事前に察知して停止させたり、そこにロボット技術も結び付くと、生産ラインの据え付けも維持修繕も、製品の製造もすべて現場のスタッフを必要としなくなってしまう。それはマイスターという熟練した人間を必要としなくなってしまう展開で、単に雇用の場が減るだけでなく、長い目で見れば人間の思考・模索や訓練・鍛錬の機会をも奪い、アイザック・アシモフの「アイ,ロボット」の世界になってしまう。僕が感性でなく「勘性」という言葉をずいぶんと前から使っているのも、「科学を信じて、技術を疑わず」ではなく、「科学を用いて、技術を超える」心意気を共有しないと、さらに歯車化してしまうからですね。

僕らは社会の歯車として働き、消費し、疲弊していくわけですが、どれくらい社会に奉仕し、幸せな時間を得るかというバランスを取っていくことはなかなか難しいですよね。

田中:そうだよね。資本主義や高度消費社会から我々が逃れられないならば、その中でいかに人間の相貌と体温を持った経済や社会にしていくかが求められているんだと思うよ。カール・マルクスの「資本論」も実は、資本主義よりも共産主義や社会主義が優れていると述べているわけではなくて、資本主義がブラック経済にならないためにどうするべきかを説いているんだよ。なのに、「マル経VS近経」みたいな不毛な二項対立のイデオロギー論争に持ち込まれてしまった。そうして人間の相貌と体温を持たなかった社会主義の計画経済は崩壊し、でも、勝利したはずの資本主義も今や新自由主義の名の下に同じく人間の相貌と体温を持たない市場万能主義の投機経済となりつつある。だって中国も今や「国家資本主義」でしょ、米国は「株主資本主義」。その両方共が「数字に換算出来ないモノ=価値ゼロ」と近視眼的に捉えている。本当は「公益資本主義」の発想と実践が求められていて、一昨年11月に教皇フランシスコが発表した「エバンジェリー・ガウディウム=福音の悦び」という長文の使徒的勧告も、そうした流れの中での警告なんだ。「多くの人々は貢献すべき仕事を得られず、挑戦すべき機会も与えられず、その状態から脱け出る事さえ叶わぬ中で排除され、阻害され、人間もその存在自体、使用後には即廃棄に至る消費財と見なされてしまう、こうした“使い捨て”文化を我々は生み出し、しかも急速に蔓延している」という内容は即日、カソリックよりもプロテスタントが多いアメリカでも、「ワシントンポスト」や「ウォールストリートジャーナル」が1面で大きく扱った。なぜか日本で扱った新聞は“鈍感力”を発揮して皆無に近かったけどね。それは、社会や家族の人間的関係や文化・伝統に象徴される「市場では数値に換算できないモノ=価値ゼロ」と捉える金融資本主義への異議申し立てだったの。冒頭の話に戻るけど、「微力だけど無力じゃない」と信じて、「できる事をできる時に、できる場でできる人と共に一人ひとりができる限り」行う意欲こそが、勇気と希望をもたらすんだという基本に立ち戻るのが必要じゃないかな。それがドゴン族の言葉にも通じる気がします。

やはり肌感覚というものが大切になってくるんですね。

田中:ええ、感性でなく勘性ね。それは、人間主義でなく、行為主義で人々や社会を捉えようとすることでもあるんだ。人間主義とは人道主義とは別物。たとえば銀行が、上場企業勤務で自家保有の妻帯者には融資基準の得点が高いのと一緒で、肩書に象徴される精神的ブランドで人間を評価しようとする発想。サミットの前に警察がバイクやトラックは必ず検問するけど、黒塗りや左ハンドルの車はフリーパスなのと一緒。少し頭の切れる過激派だったら逆に、そうした車の後部座席の床にチャカ=拳銃を隠して、助手席に眉目秀麗な女性を座らせれば検問されずにフリーパスだぜと企むよね(苦笑)。行為主義は、是々非々で人間を評価すること。阪神・淡路大震災の発生直後、文化住宅と関西では呼ばれる倒壊した長屋の端からドアを叩いて、「生きているかぁ、生きてたら声を出せ」と何人かの茶髪の兄ちゃんが行動した。何番目かのドアの中から声がして、すると彼らは周囲に向かって「ここは生きてるぞ。救うのを手伝ってくれ」と叫んだ。自分も家族も無事だったものの呆然としていた僕の知人は、その声で我に返って一緒に手伝ったんだけど、いつもはコンビニの前で深夜にたむろしていて、なんだかなぁと帰宅途中に彼が感じていた若者の方が、はるかに勘性と行動力があったと。それが行為主義。政治も経済も、とりわけ「3.11」以降は、それまで大層な物言いをしていた、人間主義として高い評価を得ていたような、スーツを着た人間ほど洞察力も行動力もないとバレてきちゃったでしょ。その意味でも、「微力だけど無力じゃない」行為主義が求められているんだと思いますね。『33年後のなんとなく、クリスタル』を書き終えて、より一層、痛感しますね。<インタビュー終わり>


インタビューを終えて

田中さんは、とにかく一聞けば、十返してくれる感じの方で、 サービス精神の旺盛さに感動しました。
こんなに会う前と、会った後でイメージが変わらない人はいないというくらい、 発言と行動にブレがなく、文学や政治、音楽に対しても一貫した筋がきちんと通っていることが、 インタビューの中からもわかると思います。
高度消費社会のど真ん中で生きている身として、 いま自分がいる社会を全否定したり、無視したりするのでなく、 この環境をいかに人間の相貌と体温を持ったものにしていくか?
僕はあまりためになる話を聞くのは好きではないのですが、 本当に楽しくって、ためになりました。
田中さん、どうもありがとうございました