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発想とカタチ

ファッションデザイナー・坂部三樹郎さんが、
チームラボ代表・猪子寿之さんに聞く、
「東洋思想と現代社会の相性について」

今回、インタビュアーとしてカンバセーションズに参加してくれるのは、ファッション・デザイナーとして活躍する坂部三樹郎さん。自身のブランド「ミキオサカベ」はもちろんのこと、さまざまなジャンルのクリエイターとのコラボレーション・プロジェクト「最前ゼロゼロ」など、ファッションという枠にとどまらない活動を続けている坂部さんがインタビューするのは、"ウルトラテクノロジスト集団"チームラボの代表・猪子寿之さんです。先日放送されたTBS『情熱大陸』も話題になるなど、IT業界の異端児として、いまさまざまな分野から注目を集めている猪子さんに、坂部さんが聞きたいこととは?

坂部三樹郎
感情を増幅させるってどういうことですか?

猪子さんは社内ではどういう立ち位置で仕事をしているのですか?

猪子:具体的に作るものがまだ固まっていないような柔らかめの相談が来た時にアイデアを考えることもあれば、新規案件の大枠のコンセプト決めから、プロジェクトがある程度進んだ段階での細かいレビューまで色々ですね。他にも、上がってきたプレスリリースのリライトをしたり、プロジェクトタイトルを考えたりということをしてますよ。

自分のアイデアをどんどん放出していくような仕事が多いんですね。

猪子:放出っていうとすり減っていくイメージがあるけど、自分だけじゃなくて社内みんなで考えますからね。ファッションの場合は、ある程度アウトプットの範囲が決められているなかでやらないといけないから大変そうですけど、うちの場合は範囲が広いから、生み出したアイデアを色んな分野に展開できたりするんですよ。

チームラボが空間設計と什器を手がけ、MIKIOSAKABEのアイテムも取り扱う渋谷パルコ内の「ぴゃるこ」。

僕の勝手なイメージですが、猪子さんという人は、人間が人間に向ける感情とは違う、ロボットやサイボーグのような次世代の感情のようなものを作ろうとしているのかと思っていたんです。猪子さん自身はとてもキャラクター性が強いですが、本当はロボット的な人で、でも人と会いたいからこういう仕事をしているのかなって。

猪子:天才ですね!そう言われたのは人生で初めてかもしれないです。たしかにもともと僕は感情が比較的少なくて、夢や欲望もなかったんですよ。「自分のこの感情は本物なのか?」ということをしょっちゅう疑っていました。例えば、キスというのは本当に気持ち良いのか? それとも文化や社会的な影響で良いと思い込まされているのか? とか。でも、そんな疑いをすべて捨てて、感情を解放することほどハッピーなことはないということにある時気づいて。それからは、自分の感情をいかに増幅させられるかということにスゴく興味が出てきたんです。普通、大人になるほど欲望を抑制する方法を覚えていくじゃないですか。でも、僕はその逆のことばかり考えるようになっていって(笑)。

客観的に感情を膨らませようとすること自体、やっぱりロボット的な感じがします。

猪子:そうなのかもしれない。感情って主観的なものじゃないですか。僕はそれを常に肯定するんですね。感情というのは環境によって決定されることが多いんです。例えば、潰れかけの会社を友だちと経営していて、しかもお互いの役割が違ったら、その友達無しでは生きていけないから、普通の友達以上にその人のことを大事にすると思うんですね。それがリアルな感情でしょう。自分が命を張れるほどの愛が結ばれる環境が作れたらスゴく幸せなんじゃないかなって。それは環境が決定することだから、その環境を設計して、いかに自分の感情を増幅させられるかに興味があるんです。

坂部三樹郎
デジタルテクノロジーの本質は何ですか?

チームラボがやっていきたいことを教えてください。

猪子:情報化社会が来てから急速に発展してきたデジタルテクノロジーというのは、これまでの自然科学から生まれてきたテクノロジーとは別物なんですよ。自然科学というのは、物理世界の現象から客観的な法則を見つけ出して、それを応用してクルマや原発などを作ってきましたよね。でも、デジタルテクノロジーは、物理世界とは関係なくて、人間に始まり、人間に終わるものなんです。例えば、Googleのページランクというのは、「人は往々にして自分が良いと思っているサイトのリンクを張る」という、人間の確率的な現象に法則を見つけ出して、それを応用して検索結果を出している。人間の主観に始まって主観に終わるデジタルテクノロジーを使って、何か新しい価値や体験を生めるんじゃないかという考え方が僕らのベースです。

僕はもともと理系だったのでなんとなく雰囲気はわかりますが、人間に始まり人間に終わるとはいえ、基本はかなり論理的な考え方ですよね。

猪子:これまでは論理的な部分だけがテクノロジーとされてましたよね。でも、デジタル領域になると、人間の感情的な現象を扱っていくわけだから、結局は論理的にはわからないんですよ。その感情の現象というものを使ったアウトプットを考えていくことが、まっとうなデジタルテクノロジーとの向き合い方だと思っています。僕は、人間の本能的な部分というのは、案外みんな同じなんじゃないかと思っているところがあって。ファッションやアートみたいに文脈が重要な世界だと難しいかもしれないけど、文脈非依存の世界では、人間というのはあまり変わらないんじゃないかと。ネットでもソーシャルメディアでもそうだと思うけど、本当に良いものや楽しいものには全員が集まると思うんです。だから、結果が出ないというのは、単純に自分たちのスキル不足なんですよ。

チームラボ「メディアブロックチェア」

でも、振り返ってみたら昔の方が良かったということもあると思うんです。幸福度みたいなことを考えてみると、テクノロジーの後遺症的なものもあったりするのかなと。

猪子:もし本当にそれがなかった方が良ければ、ない方を選ぶ人が増えると思うんですよ。例えば、すべて工場で作られているような食べ物は便利で美味しいけど、それが体にあまり良くないということに気づけば、人はゆっくりとシフトしていく。いまは、玄米を食べる人や、家で食事を作る人が増えているような気がしますしね。

人間が生み出したものでも、一度歯車が回り始めると誰も止められなくなってしまうようなこともありますよね。

猪子:原発とかね。そういうものもたしかにあるけど、それは、個人の意思とははるかに遠いところで、パブリックに決定されてしまうようなものだと思うんですよ。政治の世界なんかではそういうこともたくさんあるだろうけど、個人レベルではみんなもっと自由に選んでいますよね。個人に選択してもらうということはスゴく難しいことだから、僕らはそこに対して必死でやっている。まずはそこに力を費やして、その結果自分たちの作るものによって人や社会が少しでも先に進めばと思ってます。

坂部三樹郎
西洋と東洋は何が違うんですか?

ファッションにしてもテクノロジーにしても、これまで主流だった西洋的な思想から、これからは東洋思想の方に近づいてくるということが言われています。猪子さんはその辺をどう考えていますか?

猪子:西洋というのは、客観思想が根本にあるんですよ。もっと言うなら、「絶対的な何かがある」と信じている思想ですよね。宗教もそういうことだろうし、ハリウッド映画を見ても、主人公が客観的な正義で、そこに客観的な悪が登場してきて、正義が悪を駆逐しますよね。「駆逐こそが秩序」という考えがベースにある。その思想は、産業革命や自然科学とは相性が良かったんですね。一方で日本は、世界は主観的でしかないと捉えていたと思うんです。たとえば、「もののけ姫」のタタラ場の女王には、タタラ場としての正義があり、もののけ姫には、もののけの森としての正義があって、客観的な正義はどこにもない。平和というのが、西洋の客観思想からすると駆逐につながるけど、東洋、少なくとも日本では妥協点の模索ということになってくると思うんですよ。

そうした日本の主観的な思想の方が、いまの社会とは相性が良いと。

猪子:マスメディア中心だった頃の社会は、客観思想とスゴく相性が良かったと思うんです。でも、ネットが出てきて、誰もが情報発信できるようになって状況が変わった。ネットが普及する前に「世界の正義のために」と言ってアメリカがクウェートに行った時はみんな拍手したけど、2000年以降にアメリカがイラクに行く際に同じことを言った瞬間、違和感を感じた。ネットが普通になって、それぞれの常識や立場があり、意見も情報も主観的である状態が当たり前になったから、90年代には通用した思想が、時代に合わなくなっちゃったんです。あと、西洋は「世界は有限だ」と思ってきたところがあって、それも東洋との大きな違いなんですよ。

チームラボ「秩序がなくともピースは成り立つ」

例えば、資源などの話ですか?

猪子:それもわかりやすい例ですよね。学生の頃に、需要が増えると価格が上がり、供給が増えると価格が下がるというグラフを習いましたよね。もちろんそういう例もあるけど、一方でそうじゃない世界もあって。普通需要が増えると、その分供給も増えるじゃないですか。実はそうすると、コスト構造が改善されて、結果的に価格が下がるんですよ。つまり、世界が有限だという考え方からすれば、需要が増えれば価格も上がるけど、世界が無限だと考えると、需要が増えると価格は下がるんです。

資源を無限と考えることもできるんですか?

猪子:例えば、昔は木材が最大の資源でしたよね。西洋の場合は、木は有限だと考えるから奪い合いになるんだけど、日本は切ったら植えればいいじゃんという考え方だった。つまり無限ですよね。2000年前の地球は、70%くらいが森だったんですよ。でも、例えばいまイギリスの森は、国土の何%だと思いますか? たった6、7%なんですよ。要は有限概念というのは、早く取った方が得なモデルなんです。一方で日本は、いまも国土の70パーセントが森。京都なんか、平安京の時代に1000年間も都で、当時世界のトップ10に入る都市だった。それがいまでもビックリするくらい周りが森じゃないですか。そんなのヨーロッパではありえない。無限概念と有限概念ではインセンティブが変わるから、人々の行動も大きく変わるんですよ。

坂部三樹郎
なぜ社員が300人もいるんですか?

チームラボという会社も、主観思想や無限概念といった東洋的な考えがベースになっているんですか?

猪子:例えば、チームラボはもともと5人で立ち上げたんですけど、いまは300人くらいいるんですよ。そこには、ノウハウを共有しまくることで生産量を上げていくという考え方がある。これは、もともとひとりからスタートした狩野派が、どんどん増えていったことに近いんです。信長に見出された狩野永徳という天才がいる狩野派ですが、人気が出てきた時に彼らが取った方法論というのが、集団になってもクオリティが同等になるようにノウハウを共有し、工房化していくということだった。西洋で言ったらピカソを増やしていくという考え方。そんなのありえないでしょ(笑)。

つまり入れ替え可能なアートということだったんですね。

猪子:アートが個人の天才性によるものという考え方は有限概念が前提にあるから、狩野派みたいな集団制作に向かうことはないんですよ。でも、日本は天才と言われた人とクオリティが同等になるようにノウハウを共有する方法論を考えた。もちろん、本当に無限ということはないんだけど、無限にできるんじゃないかと信じて増やしていくわけですよ。しかも、狩野派に個性がなかったかというとそんなことはない。新しいクリエーションや美の表現でも集団制作ができるということですよね。チームラボも同じで、例えばクリエイターというのは人気が上がると価格を上げていくものだけど、うちはノウハウを共有しまくってクオリティを担保しながら生産量を上げるという方法論を取っていたら、300人くらいになっていたんですよ。

チームラボ「花と屍 剥落」

それは面白い話ですね。

猪子:もうちょっとマニアックな話をすると、戦国時代の日本というのは、実は戦争の時にあまり人が死んでいないというのがあって。有限概念の場合、略奪や殺戮というのはインセンティブが高いんですね。食べ物が有限だとしたら、相手を殺した方が自分の取り分は多くなる。でも、食べ物は無限に生産し続けるものと考えたら、殺戮のインセンティブは減ってしまうんです。だって、占領した土地の人たちにも生産してもらわないといけないから。だから、例えば川中島の戦いなんかもほぼ誰も死んでいないらしいですよ。むしろスゴい兜とかをつけて、「われこそは信玄なり~」みたいなことを言うわけだから、出店とかが出て、見物人がたくさん集まっていたという話ですよ。

それホントですか?(笑) そんなの大河ドラマで見たことないですよね。

猪子:どれだけみんな西洋思想に犯されてるかということを僕は言いたい(笑)。そもそも戦争のインセンティブになるのは、客観思想と有限概念だけなんですよ。資源や土地の奪い合い、もしくは客観的な神についての諍いが戦争になる。戦争の理由ってそれしかない。そう考えると、西洋思想が人類をおぞましくしたとも言えますよね。

坂部三樹郎
愛にも無限概念は当てはまりますか?

これまでの猪子さんの話にもつながりますが、いまは何においても「決め付ける」ということができなくなっていて、客観的な答えがなくなってきていますよね。

猪子:ですよね。それは愛とかにも言えることなんじゃないかと。愛は有限だという前提があるから、嫉妬や悲しみ、憎しみというのが生まれるんじゃないかと思うんですよ。有限概念というのが、愛する人はたった一人という考えを生んでいるからこそ、浮気をされて悲しかったり、憎かったりするのかもしれない。

…そこにつなげますか(笑)。本当にそうだったらスゴイけど…。

猪子:歴史を紐解いてみれば「源氏物語」なんかもそうじゃないですか。100%ポジティブなことばかりではなかったかもしれないけど、昔はもっと愛がピースだったんじゃないですかね。例えば、友達とかだったら、自分が好きな人同士が仲良くなってくれたらうれしいですよね? 友達の関係は、愛というよりは友情という言葉で表されることが多いけど、もしかしたら愛も無限モデルかもしれないですよ!

チームラボ「世界はこんなにもやさしく、うつくしい」

うーん…。もしそうだったらスゴく面白いですけど、ちょっと腑に落ちないところもありますね(笑)。でも、猪子さんはテクノロジー関係の人だから、もっと論理的に考えているところがあると思っていたんですけど、全然そんなことないんですね(笑)。

猪子:人間の感情というのは、わかりやすい有限概念とは程遠い動き方をしているんですよ。僕、昔スゴく好きな女の子がいたんですね。でも、ある日その子が浮気をして。もちろん悲しいんだけど、それよりも好奇心が優ってしまい、思わず浮気相手とのセックスの話を聞いちゃったんです。ディテールを聞けば聞くほど、ナイフで心をグリグリされている感じがするんだけど、気づいたら…、勃起してたんですよ! 人間スゲーなって。勃起している自分が正しいのか、心が傷んでいる自分が正しいのか、一体どっちなんだと。その時はどっちが正しいかわからなかったけど、色んなことが重なっていった時に、もしかしたら人間は色んな概念に侵されているだけなんじゃないかと。

それはわかる気がします。でも、まとめとしては、今後はそういう思想が主流になっていくという話でいいんですか?

猪子:(爆笑)。いまは西洋思想からの脱却期間なんですよ。例えば、90年代前半だったら、付き合っている彼女がいる男の携帯電話に女性の名前がたくさん入っていたら絶対怒られたじゃないですか。でも、いまFacebookの友達に女性がどれくらいいますかっていう話ですよ。別に女性が何割入っていようが怒られないでしょう? 男女関係も1対1だけじゃない方向にゆるやかにシフトしていくんだと思いますよ。

なんかおかしな話になってますけど、これでいいのかな(笑)。<インタビュー終わり>


インタビューを終えて

猪子さんと色んな話をしてみて、ファッションの世界に置き換えた時にも大切だと思うことが結構ありました。猪子さんが言う西洋の客観概念から、東洋の主観概念への移行というのは僕もスゴく共感できるし、そもそもファッションというのは、客観的な理論やコンセプトでは説明できないものに包まれるということにこそ本質があるような気がするんです。例えば、後になってみると、なぜこんなものが爆発的に流行ったのか、それを作った当事者ですらわからないということもよくある。ファッションには、そんな魔法のような瞬間があって、それは理論よりも主観的な感情によるところが大きい。そういう意味で、猪子さんが言っていた感情を増幅させていくという考えはスゴく大事なんですよね。
例えば、アートの場合はコンセプトが重要で、極端な話、作品そのものよりもプレゼンテーションの方が大事な場合もありますが、ファッションの場合はいくら説明しても、ダサいものはダサいというのがある。結局、その時代に生きていて、もしかしたら意味不明かもしれないけど感情的に動かされるものや、モヤモヤさせる何かを作っていくということがポイントだったりするんですよね。特にこれからは、結果よりもそうした途中のモヤモヤした状態が大事になってくる気がしています。むしろモヤモヤが続いていることが幸せで、結果が出てしまうと超つまらなくなるというものも増えてくるかもしれない。そんな時代だからこそ、今日の猪子さんの話は共感できたし、ヒントになることも多いように感じました。