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未知との出会い

クリエイティブディレクター・長谷川踏太さんが、
棋士・渡辺 明さんに聞く、
「ロジカル思考へのこだわりについて」

今回インタビュアーとしてカンバセーションズに初登場するのは、イギリスを拠点にするクリエイター集団tomatoのメンバーとして世界的に名を馳せ、現在はワイデン+ケネディ東京のエグゼクティブ・クリエイティブディレクターとして、広告を中心にさまざまな分野のデザインを手がけている長谷川踏太さん。そんな長谷川さんがインタビュー相手に指名したのは、15歳でプロデビューし、弱冠20歳で将棋界のビッグタイトル・竜王位を獲得した天才棋士・渡辺明さんです。一見意外にも思える組み合わせですが、将棋界の未来を担う渡辺さんに、長谷川さんがいま聞きたいこととは果たして?

長谷川踏太
戦術には流行があるんですか?

僕は、将棋がデザインと似ているなと感じることがよくあるんです。例えば、グラフィックデザインにしても、どこに文字や写真を置くかというところから色んな意味合いが生まれてくるんですけど、それは将棋の駒の配置や関係性と凄く近いものがあるんですよね。また、デザインにしても将棋にしても、すべて理詰めでいこうとすると相手に感づかれてしまうと思うんですね。だから、グラフィックデザインなどでは、あえて一般的に正しいと言われているものから崩していくことで違和感を作ったりすることもあるんですが、将棋にも近いものがあるんじゃないかと。渡辺さんもあえて普段指していない手を出したりすることがありますが、これは意図的にやっているんですか?

渡辺:作戦としてやっていますね。やっぱり将棋は人対人の勝負なので、相手が「今日はこの作戦でいこう」と用意してきたものに対して、正面からぶつかっていくのが得か否かというところになってくるんですよね。当然、相手が用意している戦術に自ら飛び込んでいくと不利になるわけですが、わざとハズしていくことでも損が生じることもある。だから、損が生じない範囲内でハズしていけるのが理想です。やっぱり流行している戦術にはそれなりに理由があるわけで、当然そこをハズしていくというのは損をする可能性も高いので、その辺のさじ加減を考えていく感じですね。

いまお話しされたように将棋の戦術には流行がありますよね。これだけ長い歴史があって、しかもルールはずっと同じなのに流行は変わっていくんですね。

渡辺:将棋の世界では、よく10年位のスパンで流行が変わると言われています。でも、プロの間でしか分からないような凄くマニアックなレベルでの流行というのもあって、それは2週間くらいで変わっていくんです。プロの世界は、ひとつの戦法が機能しなくなってきたらまた次の戦法に移っていくということの繰り返しなんですけど、厳密には、これまでにまったくなかった戦法というのはもはや出てこないんじゃないかと言われています。過去にあった戦法を少しずつアレンジしているような感じですね。

デザインの分野ではいまもテクノロジーが進化しているので、新しい技術によって未開だった部分が掘り起こされていくということがあるんです。一方で将棋というのはずっとひとつのルールでやってきていて凄く潔いと思うし、そこが好きなところでもあるんです。

渡辺:そういう話で言うと、将棋の世界でもネットの導入によって、ここ10年くらいで大きく戦術が変わりました。ネット以前にも対局結果のデータベース自体はあったんですけど、昔は月一でフロッピーディスクを配信していたり、新聞の囲碁将棋欄とかに掲載されるものも1ヶ月くらい前の対局結果で、リアルタイムなデータではなかったんですね。羽生(善治)さんくらいの世代から徐々にネットを使うのが当たり前になってきて、いまは新しい手が出てきた時なんかも、それが本当に良い手なのかをリアルタイムで検証できるんですね。その辺は最近凄くシビアになっているところで、新しい手が出てもダメなものはすぐに淘汰され、本当に良い戦術だけが残っていくんです。

長谷川踏太
他人の戦法を盗んでもいいんですか?

最近の将棋の世界では、最新の戦術をひとりで研究するというよりも、将棋界全体で演算しているような感じなんですね。

渡辺:そうですね。いま現役のプロ棋士は百数十人いて、その下には棋士を目指して修行をしている若手たちによる奨励会という機関があるのですが、その中で良い手が常に精査されているんです。当然昔も同じように検証はされていたんですが、ネットが導入されてからは一気にスピードが早まりました。これまでの将棋は、その日その場で勝負するという感覚も結構強かったんですが、これだけデータベースが充実している現代の将棋では、事前段階の準備の比重が凄く高まっていますね。

最近デザインの世界では、良いクリエイティブが出ると、ネットを通してすぐに広まり、みんなが似たような表現に走り、エスカレートすると「誰々のアイデアをパクった」という話になってネット上で炎上することもあるんです。将棋の世界では、誰かが考えた手を真似することは問題にならないんですか?

渡辺:いや、むしろそれが普通ですね。なかにはそういう情報を仕入れることをしない人もいるんですけど、例えば1週間前に行われた将棋と全く同じ局面をなぞって、その通りに負けてしまうというケースもありますよ。また、新しい手が出てきて、それが成功すると当然みんながなぞるんですけど、もし仮にその手に対抗する手を自分が考えられれば、同じような手を指してくる人たちに、待ってましたとばかりに勝てるわけですよね。さらにその対策の対策をまた誰かが考えて…ということが繰り返されているんです。昔からずっとその繰り返しではあるんですが、そのスピードは飛躍的に早まっていますね。

誰かが考えた新しい手を他の人がさらに改良していくというのは、かなりオープンソースに近い考え方と言えますね。

渡辺:そうですね。それを勝負にどう使っていくかは人それぞれなんですけど、解明していくという部分に関してはみんな同じ方向を向いています。ただ、近年は掘り下げていける部分がどんどん減ってきているのはたしかですね。特に、精査の速度が一気に速まったここ10年くらいの間に解明してきた部分というのは、それなりの精度で掘られてきていると思うんです。ただ、30年くらい前にある程度定跡が作られてきた部分というのは、いまほどの精度では掘れていなかった可能性があって、そこを改めて掘り起こしてみることで新しい手が見つかるということはまだあるかもしれないですね。

新しい世代の棋士の方が、過去の棋士たちよりも強くなっているんですか?

渡辺:例えば、いま僕が話したように、30年後のトップ棋士たちは、00年から10年にかけての研究の精度はまだ低かったかもしれないと考えると思うんですよ。基本的に技術というのは積み重なっていくものなので、平均値としてはやっぱり後発組の方が強いんですよ。

長谷川踏太
勝負はどうやって決するのですか?

戦術の研究というのは、終着駅がないまま延々と続いていく感じなんですね。例えば、30年後の将棋はどうなっていると思いますか?

渡辺:少なくとも2013年現在の僕らのレベルからすると、この先どうなっていくかはわからないです。でも、先ほどもお話ししたように、基本的には掘り起こしていける部分がどんどん狭くなっていくのはたしかだと思っています。ずっと決められたルールの中でやっていて、いまさら「歩」が一枚増えるとかそういうことはないわけですからね(笑)。また、ネットが一気に広がったこの10年くらいのような爆発的な環境の変化というのも今後はそんなにないと思うんですね。いますでにリアルタイムでデータベースを見られているわけで、それ以上のことというのはないわけですからね。

例えば、対局の時に過去のデータベースを見ながら指せたら無敵だったりするんですか?

渡辺:無敵ということはないですけど、やっぱり有利ですよね。ただ、過去に事例がある局面が、ずっと続くわけではないですからね。プロの将棋の平均手数は120手程度と言われているんですけど、40、50とどんどん手が重なっていくと、当然同じ局面のデータというのは減っていくわけですよね。最終的に過去のデータがなくなったところからは、お互いの力比べになりますね。

途中まではすでに誰かと通ったことのある道で、その都度一緒に歩いている相手が違うという感覚なんですね。

渡辺:当然お互いに過去のデータを頭に入れた上で戦っているわけです。ただ、途中まではありきたりだった景色も、ひとつ新しい手が出てくるとガラっと変わって見えてくるんですよ。そういう部分で勝負をしているという感じですね。

一緒に仲良く歩いているようでいて、お互いにどこかで仕掛けてやろうと思っているわけですね。

渡辺:そうです。大半は先に仕掛ける方が有利ですね。というのも、仕掛ける側には当然準備があって、相手をその方向に誘導をしていくわけで、その時点で用意周到に先の先の先の手まで考えているんですね。一方で仕掛けられた側は、その手が初見だったとしても、その場で何かしら対応をしないといけない。だいたい対局に勝つ時というのは、こちらが誘導した方向に進み、一歩リードしたままゴールするという感じです。

長谷川踏太
競馬も理詰めでやるのですか?

渡辺さんはサッカーもお好きだそうですが、サッカーも将棋と似ていて、昔といまでは戦術がだいぶ違いますよね。

渡辺:ウィキペディアとかで昔のサッカーのフォーメーションとかを見ると面白いんですよ。僕はサッカーゲームとかもやるんですけど、ゲームを始める前にフォーメーションを時間をかけていじるのが好きですね(笑)。サッカーは陣形があって、決められた人数ならどう配置してもいいというところが将棋的ですよね。

僕もサッカーのフォーメーションの本とかを読むのが好きなんですけど、サッカーの監督は、野球に比べると選手時代には有名じゃなかった人が活躍していることも多いですよね。サッカーの監督には、相手の出方に応じた切り替えなど柔軟性が凄く求められるし、そこも将棋と近いですよね。例えば、棋士の中には「オレはこの作戦しかやらん」みたいな人もいるんですか?

渡辺:そういう人もいますけど、基本的にはなんでもできた方がいいですよね。同じ戦法だと当然狙い打たれるし、ひとつの準備だけをしておけばいいので、相手が楽になっちゃいますよね。

そのなかで、棋士それぞれの個性の出し方というのはどういうところになってくるんですか?

渡辺:現代の将棋というのは、個性が出にくくなっているところがあると思います。将棋というのは一応勝ち負けを争っていて、芸術性とかを評価されるものではないので、ダメな手ははっきりダメなんですね。当然みんな通用する手を選んでいくわけで、さらに現代のように精査の速度が早くなっているなかで技量が拮抗したプロ同士が戦うとなると、はっきりわかる個性のようなものは出にくくなっていくんですよね。

渡辺さんはサッカーの他に競馬もお好きですが、これもロジックでやっているんですか?

渡辺:そうですね。各馬の力関係とかをすべて理詰めで考えているつもりです。ただ、生き物がやっているものなので把握しきれない不確定要素もかなりある。1ヶ月前にはこっちの馬が圧倒的に強かったのに、馬の成長とか予測できない要素によって、いつの間にか力関係が逆転しちゃったりすると混乱しますね。自分の中では100頭くらいの馬の力関係を把握していたつもりが、何かひとつの要素が変わることで全部狂ってしまうしまうんです。だから、僕のような思考回路で、すべて理詰めでやっていこうとする人間は、本当は競馬に向いてないんですよ(笑)。

てっきり理詰めと真逆のものを欲して競馬をやっているのかと思っていました。ということは、将棋をする時にしても、神様が降りてくるような瞬間を感じたり、何かのげんを担いだりということはなさそうですね(笑)。

渡辺:あまりそういうことは考えないようにしています。僕はいま29歳なんですけど、ネットが導入されて10数年経つなかで、僕らくらいの世代がやる将棋には、理詰め感がより強まっていて、逆にげん担ぎみたいな発想は薄れてしまっているのかもしれないですね。

長谷川踏太
人間はコンピュータに敵わないんですか?

先日開催された電王戦で、ついにコンピュータがプロ棋士に勝ちましたが、やっぱり人間とコンピュータでは将棋の考え方などもだいぶ違うものなんですか?

渡辺:判断基準などはそんなに大きく変わらないんですが、決定的な違いは、コンピュータにはミスがないということです。プロの棋士でも絶対にミスというのはあって、対局というのは、そのミスの量を競っているようなものなんですよ。当然ミスが少ない方が勝つわけですけど、ノーミスでいくということはプロの世界でもほぼないんですね。でもコンピュータにはそのミスがない。そうなってしまうと、果たして何を競うのかという話にもなってくるんですよね。例えば、いくら暗算が得意な人でも、コンピュータと延々と勝負していたらいつか絶対ミスしますからね。

長谷川さんが過去に雑誌の連載のために開発した3D将棋。

あのアルゴリズムにはプロの棋士のアドバイスなども反映されているんですか?

渡辺:アドバイスなどはしていません。昔のコンピュータには明らかにいびつな手というのがあったんですけど、最近は対局を見ていてもコンピュータが指しているということがわからなくなってきていますね。今後さらに精度が上がってくるみたいなので、そうなった時にどこを突いていくのかというのはなかなか難しいですよね。

やがてチェスのように完全にコンピュータが人間に優ってしまうんですかね。

渡辺:コンピュータを作っている側からしたら、それが自然の摂理だと思っているみたいですよ。我々棋士というのは、対人ゲームとしての将棋にいかに勝つかということを子供の頃からずっとやってきたわけですよ。だから、コンピュータ相手にいざ戦うとなった時に果たしてどんな対策が立てられるのか。ただ、コンピュータというのは、絶対的な答えがあるものについては逃さないので、こっちもそれを前提に指せるところがあるんです。もしコンピュータが、詰まない局面で詰むふりをするなど、意思を持ってくるともう難しいかもしれないですね。

渡辺竜王にサインして頂きました!

あたかもこれが正しいかのように誘い込んできて、違う手を出してきたり(笑)。

渡辺:そうですね。ただ、そういうハッタリはなぜかコンピュータにはできないみたいなんですよ。人間同士の場合はお互いに感情があるので、この手順では詰まれないとわかっていて、それを選べば勝てるはずなんだけど、もしかしたら逆に詰まされるかもしれないという怖さもあるんです。コンピュータ相手だとそういう怖さはないので、それが人間に有利に働くケースというのはあるかもしれないですね。

面白いですね。コンピュータには盤面の外の世界は見れないですからね。人間同士の戦いだと、いま話されていたようなハッタリなどの駆け引きが盤面の外の世界で行われているじゃないですか。僕が前に読んだ人工知能関係の本で、生命が持つ最高峰のインテリジェンスというのは、「いま将棋をしている自分」という存在を、ひとつ上の視点から見るといったような、場として全体をとらえる力らしいんです。その場全体を捉えてデザインしていくこととか、自分を客観視してメタレベルで見たりすることは、生物にしかできないらしいんです。

渡辺:なぜか人間対コンピュータの話は盛り上がりますよね(笑)。電王戦なんかにしても、将棋のルールは知っているけど、プロ同士の戦いなどは見ないような人たちの間でも盛り上がっていて。なかなかコンピュータとガチで戦う分野というのはないから、みんなが興味を持つのかなと。

コンピュータを作っている側、コンピュータと戦う側それぞれのロマンというのもありますよね。いつかコンピュータが人間を凌駕する時が来るとしても、何かしてやりたいですよね(笑)。<インタビュー終わり>


インタビューを終えて

渡辺さんと話してみて強く印象に残ったのは、こちらの質問に対し、将棋を指すように素早く、わかりやすく返してくれたところです。話の内容もとても理にかなっていて、競馬もデータ&ロジックでやっているという話に、竜王のロジックにはおさまらないロジックへのこだわりを感じました。
こんなロジカルな人たちが集まり、自分たちの人生を捧げて、将棋という演算をやり続けるという光景は、果たしてロジカルなんだろうか? ロジックの向こう側にある壮大なロマンのようなものを感じました。