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未知との出会い

デザイナー・橋詰 宗さんが、
レコードレーベル・オーナー/エムレコード・江村幸紀さんに聞く、
「ジャンルを横断する音楽の愉しみ方」

カンバセーションズには2度目の登場となるデザイナーの橋詰 宗さん。前回インタビューした銀座のバー「ロックフィッシュ」の店主・間口一就さんから一転、今回彼がインタビュー相手として指名したのは、大阪を拠点に活動するレコードレーベル「エム・レコード」のオーナー、江村幸紀さん。ジャンルを問わず、自らの琴線に触れる古今東西の音楽を世界に向けて発信し、コアな音楽ファンの心を掴んで離さない江村さんのこだわりに、橋詰さんが迫ります。
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橋詰 宗
どんな基準でリリースしているのですか?

エム・レコードさんのことを意識するようになったのは、2005年前後なんですね。それまでは、アーティスト名やジャケットなどでレコードを選んでいたのですが、エム・レコードさんのリリースするレコードは、レコード店で読む推薦文や中のライナーがとても魅力的だったんです。例えば、この音楽が生まれた背景には、◯◯年代のこういう活動があるというようなことが書かれていて、音楽の入り方として新しい感覚と関心を覚えたんです。

江村:2005年くらいと言うと、ちょうど大きな出来事があった後の話ですね。もともと私がレーベルを始めたのは98年なんです。初期の頃は売るための音楽と自分の趣味が分離しているところがあって、商売で得たいくばくかの利益で自分の好きなものを楽しんでいる感じでした。でも、10年ほど前に大きな交通事故に遭ってしまい、死にかけたんですよ。集中治療をしてなんとか生き残ったんですが、死を目の前にして気づきがあって、それこそいつ死ぬかわからないんだから、自分がもっと気持ちを込められるものを出す方がいいだろうと。それからはずっと同じスタンスでやっています。

これまでリリースしてきた音源を拝見していると、ジャンルを縦割りで見ていくのではなく、音楽というものを横断的に捉えているように感じがして、とても興味深いです。リリースの順序や時期などには何か基準があるのですか?

江村:2005年以降のラインナップに限って言うなら、かなり明確な意思表示をしています。意外とそれに気づかれないところがあるのですが、自分からは言わないようにしているんです(笑)。しいて挙げるなら、会社にすることもなく個人でレーベルを運営していて、その一個人がどこまでできるかを追求しているということでしょうか。また、私が音楽が好きで、レコードをずっと買って聴いている人間だということにも関係していると思います。あれこれ説明するのは無粋だし、言わない方が謎解きみたいで楽しいんじゃないかと思っているのですが、音楽をジャンルで楽しんでいる方が多いから、これだけ大きな動機があっても気づかれないのかもしれないですね。

僕が定期的に開催している「何に着目すべきか?」というイベントがあるのですが、とある回には参加者が自分の興味や物の考え方を代弁してくれるような本を持ち寄り、それについて飲みながら話すということをしたんです。例えば、ある人が一冊の本の紹介をすると、それを受けて、また別の人が『同じ時代にはこんな音楽もあって…』と話を続けていく。そうやって違う分野の人同士が、ある種ハプニング的に出会い、垣根を越えてコミュニケーションをするという場を日常に作りたいという思いがあるのですが、話がジャンルを横断して広がっていくことで、ひとつの時代性のようなものも見えてきて興味深いんです。

江村:音楽の場合は、ロックやジャズ、ワールドミュージックなど縦割りで区切られていることがほとんどなんですね。違うジャンルの人同士が膝を付き合わせて話すということがないから専門的なことになりがちだし、本などにしてもそういう視点で書かれているものが多い。でも、例えば1965年にはどんなことがあって、ロック、ジャズ、ラテンそれぞれのジャンルで何がヒットしていたかということを見ていくと、音楽がまた違って聴こえてくるということはたしかですよね。

橋詰さんが開催しているイベント「何に着目すべきか?」。

橋詰 宗
再発にはどんな歴史があるのですか?

エム・レコードさんは新録から再発、未発表音源まで幅広くリリースしていますが、世界中で起きていたさまざまな動きを、再発というものを通じて紹介しているような印象があるんですね。また、そもそも再発というものはどのような経緯で始まったのかということにも興味があります。

江村:勘違いされることも多いのではじめに断っておきたいのですが、うちは再発専門レーベルではないんです。新旧関わらずリリースをしていますし、新しい古いにこだわると見えなくなるものがたくさんあるんじゃないですかね。再発に関して言うと、もともとは人気のある音源をレコード会社がリプレスして出したのが始まりだと思いますが、日本では「リプロ(=reproduction)盤」なんて呼ばれていましたね。

ビートルズの時代からすでに再発というものがあり、イギリスからはその後も「レア・グルーヴ」というムーブメントが生まれたりしましたね。

江村:イギリスの人というのは、昔から趣味でレコードを買って楽しんでいたんですよね。1950年代くらいのイギリスのオーディオ機器には良いものが多いのですが、そういうところからもよくわかりますよね。

その後、正規の手順を踏まずに原盤などを録音し直したブートレグ、いわゆる海賊版も出回るようになっていきますよね。いまで言うと違法コピーに近いものかもしれないですが、その良し悪しは別にして、それが音楽文化を盛り上げる原動力の一因でもあった思います。結果的に若い人たちが昔のソウルやファンクを気軽に聴けるようになったことが、アシッドジャズなどのムーブメントが生まれてくる要因にもなりました。

江村:決してほめられたものではないですが、しかたないところもありますよね。実際にその音楽を聴く時に、1枚何万円もするレコードを探して買うのか、目の前にある得体の知れない盤を買うのかと言うと、やはりまずは聴きたいから後者を選ぶんですよね。

当たり前のことですが、再発されるのはすでに過ぎ去った時代のもので、本当はいつでも振り返られるものであるのに、ある時代にはこの年代のこういう音楽が良いといったような定義がされ、また違う時代には別の音楽が再評価されたりしますよね。

江村:やっぱりブームというのがありますから。ある特定の音楽を時系列に関係なく、内容で再評価する流れというのはレア・グルーヴが作ったものだと思いますが、中古盤を漁ることがヒップだという感覚が生まれたんですよね(笑)。昔からのレコードコレクターは疑問に思うだろうけど、それがイギリスの生んだひとつの大きな価値観なんじゃないかなと。一方で、アメリカというのは自国の音楽を凄く大切にするし、レコードコレクターの文化も成熟していて、少し考え方が違う。ただ、最近は世界中がグチャグチャにミックスされていて、ひと言でこうだと言い切れないジャングルのような状況になっている。それこそアメリカの人が日本人の価値観に共感することや、イギリスのことをタイの人がカッコ良いと思うこともザラにあろうだろうし、それはある意味面白い時代と言えるのかもしれないですね。



橋詰 宗
音楽を創るのは誰ですか?

エム・レコードさんのサイトには、「聴いて、見て、読んで楽しむというエンターテイメントをひとつのソフトに封じ込める」というコンセプトが書かれていて、それが凄く好きなんです。文化人類学的な体系のようなものが、小さいながらも音楽を通して見えてくることがあるんですよね。

江村:あくまでも個人の単位においてですけどね。興味があるのは、あくまでも他人が何を考えているのかということなんです。例えば、『ヒップホップとは?』と言われても対象が大きすぎて、あまり聴く気がしない(笑)。それよりも、例えば僕の時代だとRUN DMCなんですが、彼らが何をしてきたのかということを追う方が性に合うんです。結局音楽というのは、集団ではなく一個人が作るものですからね。たとえバンドでも結局は個人の集まりなわけで、結構忘れがちなことだけに、そこは力説したいところなんです。音楽というのは社会や集団からなんとなく出現するのではなく、あくまでも一個人が発明してきたものなんですよ。

個人がやってきたことの証として音楽があるということですよね。それこそベッドルームから生まれてくるような。

江村:かつてフランク・ザッパは「音楽は模倣から始まる」と言っていましたが、ある天才が発明した音楽に感銘を受け、それをアレンジしていくところから、また別の天才が現れると思うんです。どんな天才にもそれまで聴いてきた音楽があり、ゼロからは何も生まれない。その一個人の歴史観というものを大切にしたいということですね。

ひとりのアーティストに興味を持ち、自分のレーベルからリリースしようとなった時に、そのアーティストに対してはどのようなアプローチをしているのですか?

江村:「あなたの音楽に非常に感銘を受けたから、うちのレーベルから出させてもらえませんか?」と伝えることがまず前提にあります。うちの場合は海外のアーティストが大半なので、英語のメールなどでそれを伝えて、やり取りをしていくという感じです。

音源をリリースしたいと思うアーティストやその音楽とはどういう流れで出会うことが多いのですか?

江村:ずっと音楽を好きで買って聴いているんですが、なんとなく見えてくるものがあるんですよ。例えば、10万枚のレコードの内容を知り尽くしていると、10万1枚目のレコードを手に取った時に、それがどんな内容なのかだいたい察しがつくんです、普通は。ところが、世の中には、おそらくこうだろうと思って聴いた10万1枚目の音楽が、予想とは違うとんでもない代物だったということもあって(笑)。音楽を長年聴いていると、そういうものが目の前に現れることがあるんですが、それは狙って出てくるものではないんです。ちなみに私は、ずっと目の前にあるものを買ってきていて、ないものを探すということはしないんです。これはひとつのコツだと思うのですが、例えば、ほとんど世に出回っていないレア盤ばかり探していると、せっかく自分の目の前に出てきてくれているものが抜け落ちていってしまうんですよね。

橋詰 宗
国内の音楽事情はどうですか?

1年前にタイに行ってきたのですが、最近はタイの音楽なども日本で手に入れやすい状況になっていて、前から興味を持っていたんですね。そんな中で「Zudrangma Records」というバンコクのレコード屋に行き、お店の人と長話をさせてもらいました。タイには、エム・レコードさんも過去にリリースしている「モーラム」という伝統音楽があって、とても面白いですよね。

江村:凄く独特でファンキーな民謡なんですよね。ただ、もともとタイはレコードが流通していた時代が短いから、"埋蔵量"自体が少ないんですよ。「Zudrangma Records」のナット君は、もともとイギリスに留学していて、DJをしていたんですが、レア・グルーヴのような感覚で、自分の国の古い音源を掘り返していくようになったらしいんです。モーラム全盛期の60〜70年代前後の関係者で亡くなってしまっている人も多く、ここ数年はモーラムの音源のアーカイブ化を必死でやっているそうです。

最近はアフリカ諸国のレコードの発掘が進んでいたり、一方でロシアの戦前戦後のクラシック音楽を収集している人なんかもいるんですが、集める人それぞれの好みが見えて面白いですよね。そういえば、タイのバンコクでは最近タケノコのようにビルが乱立しているように、急速な近代化の流れのなかで、どうしてもみんな新しいものに向かってしまうらしいんですね。「Zudrangma Records」の店長も、レコードから、CD、ダウンロードへと流れていくなかで、古いものを残すことの難しさについて話していました。

江村:昔の日本も似たようなところがあって、音楽スタジオなどにしても、デジタル技術が入ってきた時期に、アナログ機材を一気に捨ててしまったんですね。気がつくと、レコードがプレスできる工場が国内で1ヶ所だけになってしまったり、当時の良いアナログ機材などもなくなってしまっている。大量消費時代に入って、新しいものにしか目が向かなくなるという状況は、かつて我々も経験していることなんですよね。ただ、実はいま日本は音楽ソフトの販売量がアメリカを抜いて世界ナンバーワンになっているらしくて、こんな小さい国がある意味世界をリードしているといっても過言ではない状況になっています。我々日本人には車を買い揃えるような趣味は合わなそうだし、レコードを集めるというくらいが、趣味としてちょうど良いサイズなのかもしれないですね。

音響デザイナーの大野松雄さんが世界の民謡と万博のテーマ曲を動物の声のみで表現した70年代の音源『鳥獣戯楽』を再発するなど、国内の個性的な作品もリリースしていますが、日本の音楽についてはどう捉えていますか?

江村:日本でも好きなアーティストはたくさんいますが、先に話したようにうちのレーベルのカラーやヴィジョンに適う人はそんなにいないんですよね。本当は新録ももっとやりたいのですが、いまは子どももいるのでなかなかライブなどにも出ていけないので、あまり新しい出会いというものがないんですよ。

大野松雄「鳥獣戯楽」(エム・レコード)

橋詰 宗
音楽の現場はどうなりますか?

最近は東京も大阪もレコード屋さんがなくなってきていますよね。やっぱりお店があって、スタッフがいて、ライナーを読みながらレコードを探していくのと、Googleなどで検索するのでは、音楽を探すという行為の意味合いもだいぶ変わってきますよね。

江村:やっぱり検索するよりは見て回った方が楽しいですからね。特にうちの場合は有形のソフトを作っているので、お店がないとつまらないです。友人のレコード屋などには「絶対やめてくれるなよ」と言っていますが、その意味をちゃんと理解して、うちは絶対に店を続けると言ってくれる頼もしい人もいます。いまはダウンロードがあるし、多くの人にとってはレコードでもCDでもデータでも何でもいいと思うんです。でも、音楽ファンからすると、やっぱりレコード屋がないとつまらないんですよね。

以前にデリック・メイが「MUSIC INSTITUTE」というクラブをやっていて、その名前が凄く好きだったんですね。おそらくそこは、同じ興味を持つ人たちの交流や、新しい価値を共有するための場として機能していたと思うんです。でも、いまは風営法の問題などがあり、日本ではそうした場自体がほとんど失われている危険な状況にあると思います。実際の場で人と接して情報を摂取できるレコード屋やクラブがなくなりつつあるのはとても残念なことですよね。


江村:とはいえ、人間がいる限りライブの空間は残るだろうし、音楽自体もなくなることはないと思います。

エム・レコードのWebサイト。商品の購入もできます。

ライブやイベントということに関して言うと、踊るということ以外の音楽イベントの形が他にもあるんじゃないかなと思っているんです。いま僕がやっている「何に着目すべきか?」というイベントで、今度は音楽をテーマにやりたいと思っています。例えば、各自がレコードを持ち寄って、そのエピソードを話してから音楽を聴くような形にして、ミキサーではなく言葉で音楽をつないでいくようなことができたらいいなと。それなら風営法とも無縁ですしね。

江村:お酒はあっても踊らないですからね (笑)。過去にもそれに近いイベントをやっている人はいたし、かつては音楽ファンは情報を求めてラジオ番組をこぞって聴いていました。そこで個性的なパーソナリティーに紹介される曲のヒストリーや秘話なんかを知ると、音楽の聴こえ方も全然変わるんです。そのイベントをやる時は、僕も呼んでください。

ぜひお願いします! いまはこれだけ情報があるのに、体験のバリエーションというのがほとんどなくなってしまっている気がするんです。

江村:検索で引っかかった最初の10件だけを見て事を済ませてしまいますからね。10万件後に出てくるようなものなんて誰も見ていないのが現状だと思いますが、それでも世の中には変わり種というのは絶対にいます。「配信なんかダセー」みたいな(笑)。

最近はレコードの売上も少し戻ってきているという話も聞きます。

江村:それは、レコードのプレス工場の混み具合などからも実感します。直接聞いた話ではなく、あくまでも私の推測ですが、これまでCDとLP両方で出していた音源をLPだけに絞り、浮いたCDの制作費で別のLPを作るということがブームになっている気がします。個人的にはCDも好きだし、両方楽しんだらいいんじゃないかなと思うんですけどね。とにかく極端なんですよね、市場は(笑)。<インタビュー終わり>


インタビューを終えて

エム・レコードがリリースしてきた音楽のコンセプトについて話をしている時に、江村さんが出してくれた『ひとりでできること』というキーワードにとても共感できました。世に出ているものの多くは大人数の手で作られているように思われがちですが、結局最終的には一人の人間がどうしたいのかということが大切で、それは前回インタビューさせてもらった『ロックフィッシュ』の間口さんにも共通することだなと思いました。江村さんにしても、間口さんにしても、目の前にあるものをプライベートな視点で扱っていくという行為は共通しているし、その背後には、その人の人間性が滲み出ているんですよね。間口さんがやられている料理などに比べて、レコードレーベルの運営というものからは一般的には個人の意思というものは見えにくいようにも思えますが、エム・レコードのリリースには江村さんという人のフィロソフィーが強く現われているんですよね。
最近我が家にも子どもが生まれて、そんな状況の中でこれからの自分の動き方について考えることも多くなりました。例えば、スタッフを雇って会社としてやっていくということも今後の選択肢としてはあると思うのですが、一方で、長いものに巻かれることなく、それぞれの道で自分の世界を構築しているさまざまな分野の先輩たちから学べることもたくさんあるということを改めて感じることができましたね