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発想とカタチ

音楽家・蓮沼執太さんが、
東京都現代美術館 学芸員・藪前知子さんに聞く、
「学芸員が社会に果たす役割」

今回のインタビュアーは、CDリリースやソロパフォーマンス、「蓮沼執太フィル/チーム」などチーム編成によるライブ、映画や舞台の音楽制作など幅広い分野で活躍する音楽家の蓮沼執太さん。そんな蓮沼さんがインタビュー相手に指名したのは、東京都現代美術館でキュレーターを務める藪前知子さん。日本を代表するアーティストのひとりである大竹伸朗さんの大規模個展「大竹伸朗 全景 1955-2006」などを担当した藪前さんに、同美術館で作品発表などをした経験も持つ蓮沼さんが聞きたいこととは?
※このインタビューは、雑誌「QUOTATION」との共同コンテンツです。8月24日発売の『STYLESIGHT by FASHION FREAK with QUOTATION』VOL.4の誌面でもダイジェスト版をご覧になれます。

蓮沼執太
なぜ美術館の学芸員になったのですか?

藪前さんがいまの仕事に就いた理由は何だったんですか?

藪前:恥ずかしい話ですが、特に何かを選んだわけでもなく、流されて来てしまった感が強いんですよね(笑)。とりあえず好きなことをやっていたらいつの間にかこうなっていたというか。父親が建築をやっていたので、小さい頃から美術などに触れる機会は多くて、画家の先生の家に絵を習いに通ったりとか。中学からは一貫校に入ったので、エスカレーター式に大学院まで進んでしまったんですね。もともと好きだったので美術史の勉強をしていたのですが、そうするとその後の道は、学芸員か研究者というところになってくる。留学なども考えたのですが、大学院の先生から現場が向いていると言われ、この美術館でアルバイトをするようになったのがきっかけですね。

僕も大学の頃、ここのミュージアムショップでバイトしていたんですよ。

藪前:そうみたいですね(笑)。蓮沼くんは音大出身なんですか?

いや、僕は普通の大学で環境学の勉強をしていました。その頃から音楽は好きでしたが、自分ではやってなかったし、バンドなども組んだことはないんです。

藪前:音楽的な素養はどこで得たのですか?

幼稚園の頃に音楽教室でピアノを習っていたことと、家にエレクトーンがあって、暇な時に遊んでリズムを作ったりしていたことくらいですかね。あとは、聴きながら覚えていった感じだと思います。…いつの間にか僕がインタビューされてますね(笑)。藪前さんはインタビューする側になることが結構多いみたいですね。

藪前:そうですね。最近は、ギャラリーなどのアーティストトークに聞き役で呼ばれることが多いですね。割と親切にフォローしていく方なので、合っているのかもしれません。子育て中だから母性も強いですし(笑)。

美術史を研究していたり、展覧会のキュレーションをしている藪前さんに、批評的な観点で話を聞いてほしいという作家側の希望もあるんじゃないですかね。僕自身も舞台からファッションショー、映画まで色々な音楽をやっていて、そういう活動全体を批評的な観点で見てくれる人はあまりいないので、藪前さんのような人に言葉にしてほしいという思いはあります。

藪前:基本的に私がやっていることは、作家さんの頭の中にあるものを目に見える形にしたり、社会につないだりする仕事だと思っています。あくまでも黒子なんですね。テーマを立てて作家を招待して展覧会を作るという、ある点では特権的な立場について、常に自覚的にあらねばという思いが、私の中には強くあるかもしれません。だから、こういうインタビューでもなるべく自分が前に出るべきではないと思う、控えめな人間です (笑)。社会にとって蓮沼くんの言葉は重要だと思うから、それを浮かび上がらせるイタコみたいなマインドがしみついているんだなと、こうした場で改めて感じています(笑)。

蓮沼執太
どんなアーティストに惹かれるのですか?

藪前さんは美術館で学芸員の仕事をしているのに、僕みたいな人のコンサートにもいらっしゃいますよね。それが珍しいというか、そういう感性やアンテナの張り方は面白いし、スゴく気になるところなんですよね。

藪前:私が主に見ているシーンは現代美術ですが、蓮沼くんの音楽にしても新しい世代の演劇にしても、それぞれの表現手段のあり方を批評する視点があって、地続きで同じ態度を共有しているように感じているし、区別なく見ているところがありますよ。蓮沼くんの活動は、音楽を聞く喜びや楽しみを凝縮して与えてくれる一方で、音楽を素材に、作品内部の自律した時間であるとか、共同体のモデルであるとか、重要なテーマをいくつも含んでいる。それはアートも他のジャンルも共有している問題ですよね。

「大竹伸朗 全景 1955-2006」展示風景(2006) Photo:平野晋子

もともと藪前さんは音楽もよく聴いていたんですか?

藪前:昔パンクバンドをやっていたんですよ。でも、雑食だったのでクラシック音楽もしっかり聴いたし、蓮沼君が昔聴いていたというヒップホップも。ブッタブランドとかも聴いていたし、90年代のはじめくらいには(山塚)アイさんがラップやったり、ジャンルがもっとゴチャゴチャしている面白い時期がありましたよね。

まさかここでブッダブランドの話が出るとは(笑)。こういう話を学芸員仲間とすることはあるんですか?

藪前:私の周りだけかもしれませんが、デヴィッド・ボウイファンがやたら多いかも(笑)。デヴィッド・ボウイはもちろん、トニー・アウスラーをアートワークに起用したり、現代美術の推進者的存在ですが、ブライアン・フェリーあたりとポップアートの繋がりから入っていった人も多いのかもしれないですね。ただ、音楽と自分がいま携わっている現代美術が乖離している状況というのは感じますね。私の学芸員としての原体験は、大竹伸朗さんの回顧展のキュレーションなのですが、大竹さんはその問題をずっと考えてきた人ですね。この展覧会の時に大竹さんは「これは50年後のパンクのための展覧会だ」と言われていて。

…カッコ良すぎますね。そんな言葉なかなか出てこないですよ。

藪前:私自身もこの展覧会の精神を今後に伝えていかないとダメだって言われましたね。音楽に限らず、独自の領域を作っているのにジャンルのはざまで居心地悪くしている、これからの世代の表現者たちをつないでいく仕事ができるはずだろうって。良い作家さんって、人を動かす力がスゴく強いと思うんですね。知らず知らずのうちに、多くの人がその人のために自然に動いていってしまうような吸引力がある。ただ、ぶつかることもあります。作家さんはどこまでも自己を拡張していく人たちですが、キュレーションは、それを箱の中に落とし込む作業でもありますので…。でも、その箱が揺るがされるくらいでないと面白くないですし、どんな経緯があっても、表現する人たちへの尊敬の念は変わらないです。

蓮沼執太
自分の役割をどのように考えていますか?

Q. 僕は蓮沼執太フィルでオーケストラを組む上で、好きなものがバラバラな人たちをあえて集めて、雑味のある強さを提示していきたいという思いがあります。その人たちが持っている技術や経験を自分の器の乗せることで、また違う表現や味につながるということがあるんじゃないかなと。それは、展覧会をキュレーションしたり、収蔵品の中から新しい切り口や見せ方を考えていくこととも通じるところがあるような気がしています。

藪前:5年前くらいから収蔵品や常設展の担当をしているのですが、ちょうどその時期から美術館も若い世代の作品を積極的に収集するようになったんですね。それまでは個展をした作家や、アニュアルなど展覧会でつながりのできた作家の作品を購入していたのですが、いまは、収蔵からいきなり関係が始まるような、先端の表現も収蔵していこうという方針になっています。先端を追いかけつつ、同時にそれを美術館の中に収めて歴史化していくということには矛盾もあると思うんです。それをよく表しているのが「現代美術館」という言葉ですね。「美術館」というお宝収蔵庫のようなところで「現代」とは何かを見せるわけですから。でも、そうした最新の動向と、既存の収蔵作品を同じ空間の中で見せていくことで、現代の感性や切り口で過去の作品を再解釈したり、蘇らせる方法というのは常に考えていますね。

MOTコレクション 特集展示 岡﨑乾二郎」展示風景(2009) Photo:木奥惠三

東京都現代美術館は、収蔵品展にエッジがあるというのも好きな理由のひとつなんです。収蔵展示のファンも確実にいますよね。

藪前:ただひとつの作品を収蔵して終わりではなく、過去、その後の展開までも踏まえてアーカイブを作っていくべきだと考えています。最近毎回企画している「特集展示」では、新収蔵品に併せて、その作家の総体を紹介することをねらいにしています。それをきっかけに、作家やその周辺にいた人たちと息の長い関係を築いていかなくてはと。また日本の美術館の場合は、若い世代や巨匠の発表の機会はあっても、40~50代の中堅の人たちの表現がなかなか見られない状況があります。「特集展示」では、そうした、ブレイクのその後の展開を追っていくこともできると思っています。

藪前さんの中には強い使命感のようなものがありそうですね。

藪前:そうかもしれませんね。私は、インスティテューションに所属する人間だということは常に自覚していると思います。表現については、まだ萌芽であったり、主流ではなくオルタナティブなものに興味があるのですが、それをいかに社会とつないでいくかという時に、美術館の役割を忘れるわけにはいかないと思ってます。目先の流行に乗るのではなく、持続的にそうした表現の成熟を追っていく責任があるのではないかということです。

蓮沼執太
子どもにアートは必要ですか?

いま藪前さんは産休中で、ふたりのお子さんがいらっしゃいますが、アートに興味を持っていますか?

藪前:いまのところ、あんまり持っていないですね。一度上の子と一緒に、テニスコーツと荒井良二さんのライブペイントに行って、最前列で見ていたんですが、荒井さんに一緒に描こうと誘われて…、親はもちろん狂喜しているんですが、本人は、自分にしか分からない形体を荒井さんの絵の上にグチャグチャっとした後、植野(隆司)さんのギターをグルグル回して遊んで帰ってきました(笑)。母としては、現代美術に深くハマってほしくないという思いも実はあるかもしれません。表現って、世界と自分の間にある違和感から生みだされてくるものだと思うんです。子どもには肉体的にも精神的にも世界にピッタリとハマった一生を送ってもらえたらな、なんて。でも、すでにテンポが独特な子なので、こっち側に来てしまうかもしれないですけどね(笑)。あとは、現代美術のひとつの形として、視覚や聴覚など、感覚を拡張させるものがあると思うのですが、子どもにそうした異常な経験がどこまで必要か、考えるところもありますね。感覚がスレて、何でもフラットに見えてしまうようになるんじゃないか、とか。

「大竹伸朗 全景 1955-2006」展示風景(2006) Photo:平野晋子

僕も子ども向けのワークショップをする機会があるんですが、なかなか難しいですよね。

藪前:そうですよね。「子どもらしさ」といっても無数にありますからね。たとえば、息子やお友達を見ていても、3歳くらいまでは意外にも、子どもたちは結構規範や規則に忠実なんです、世の中にあふれているルールを学んでいく過程なんだと思いますが、例えば「空は青」と一度決めてしまうと、それ以外のものを受け入れられなくなったりする。でも、4歳くらいになると、雲の形が動物に見えるとか、いわゆる「子どもらしい自由な発想」も出てきます。一方で、絵の場合で言うと、3歳まで描いていたような奔放な線ではなく、太陽を丸に放射線で描くとか、型にハマった表現も出てくる。「自由な感性」なんて適当に考えてると対応できないものがありますよね。勤めている美術館でも子ども向けのワークショップはよくやっているんですが、担当者は2日間のワークショップの準備に膨大な時間をかけています。子どもにとって、たった一度の出会いが計り知れない影響を及ぼすこともありますし、ごまかすということができないんだと思います。

藪前さんは、お子さんを連れてそういうワークショップには行かないんですか?

藪前:上の子は4歳なのですが、未就学児のワークショップというのはまだ少なくて、泉太郎さんのものなど面白い経験をしたこともありますが、これからですね。いまは子どもたちに色んなことを体験させられる教室や施設がありますが、どうなのかなぁと思うものも多いですね。例えば人気のものでは、ヒップホップダンスとか。カウンターカルチャーというのは自分で発見してもらわないと。親がお金出して与えるものではないですよね(笑)。

普通は親が反対するものですよね(笑)。

藪前:そうですよね。でも、内心では「そっちの方向いいぞ」みたいな感じですね(笑)。

蓮沼執太
若い世代の感性をどう思いますか?

僕は今年で29歳になるんですけど、藪前さんがそのくらいの頃は何をしていましたか?

藪前:ちょうど就職と結婚をした頃ですね。そのふたつがほぼ同時だったので、長いモラトリアムから、人生が一気に動き出したような時期だったと思います。それまでは、モンドリアンなど美術史の研究をしていたのですが、まさに象牙の塔の中にいるような感じで、自分の可能性が狭まっていく感覚と、いい年して親に食べさせてもらっていることの葛藤はずっとあったんです。ほとんど休学しちゃって、アパレル会社でアルバイトばかりしてる時期もありましたね。

「MOTコレクション 入口はこちら 何がみえる?」泉太郎展示風景(2011) Photo:木奥惠三

僕は、同い年の作家の知り合いがまったくいないんですね。そういうこともあって、自分と同じ年だった時に、他の人がどんなことをしていたかということに興味があるんです。

藪前:私は74年生まれなんですけど、蓮沼くんと同じように作家さんで同い年の人が周りにあまりいないんですよ。同い年というだけで原稿の仕事を頼まれたりするくらい珍しいんですね(笑)。バブル世代とコギャル世代に挟まれたおとなしい団塊二世で、就職氷河期だったこともあり、作家という選択肢がなかなか厳しかったということもあるのかもしれません。ここ数年、コマーシャル・ギャラリーの若い世代が続々出てきていますけど、そのタイミングにも乗りきれなかったり。私より2、3歳下から、急にたくさん優秀な作家さんたちが出てきてるんですよね。

蓮沼執太フィル

僕と同世代のアーティストに感じることはありますか?

藪前:共通点を感じるとしたら、予めイメージや到達点を決めるのではなく、素材と自由自在に戯れながら、あるがままに起こっている出来事を定着させていくような態度でしょうか。例えば最近、若い世代のペインターで抽象絵画に取り組む人が再び目立つように思うのも、こうしたことに関係しているかもしれません。複数の素材や個性、時間や空間が作品としてひとつに束ねられる。蓮沼くんのフィルが実現しているものもそれですよね。多文化主義を超えた、次のフェーズを予感させると言ってもいいかもしれません。

そういう感覚はたしかにあるかもしれないですね。藪前さんのような仕事をしていると、自分が歳を重ねていくなかで、常に時代の先端を見極める感覚を保っていくという課題もありそうですね。

藪前:そこは難しい部分ですね。上の世代を見てきた限り、ある時点でレンジを変える人もいるように思います。リサーチを若い人に任せて、そのリストの中から作家を選んでいくようになる。リサーチしなくてはならない範囲は国内外膨大にありますし、それも理解できるのですが、私は、興味のある作家の成熟していく過程を丁寧に追っていきたい思いが現時点では強いです。一方で新しい表現に対しても、シーンの変遷を持続的に見てきた眼じゃないと、見つけられない部分もあると思うんです。いずれにしても、蓮沼くんは60になっても活動していると思うから、見守っていくつもりですよ(笑)。


インタビューを終えて

薮前さんが企画された展覧会や収蔵品のコレクション展は、僕にとって毎回新しい発見や気付きがあります。東京で現代美術を扱う美術館という場所で、本当に素晴らしいお仕事をされているな、と前々から尊敬していました。僕はあまり職業で人を判断しないというか、何をやっていても人は人、というドライというかニュートラルに人と接したいという気持ちが強い人間です。僕個人は、薮前さんの職業は内容ともに十分知っていました。ただ、こうやってインタビューという切り口でお話をしていくことで見えてくるものもあるのではないかなと思ってました。なので、事前の打ち合わせは行わず、質問内容も考えずに、このインタビューを決行しました。実際にやってみて、このアイデアは成功でした。薮前さんのお陰です! この試みは、これからも継続してやっていきたいですね。もっとこうしたらよくなるだろうというポイントもいくつかあったので、それを次回につなげられるように、もう少しアタマを使っていこうと思いました。つまりは、インタビュアーとしてのスキルも身につけたい! ということですね。次回はどんな方にインタビューしようかな?