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「問い」をカタチにするインタビューメディア

暮らしの更新

デザイナー・橋詰 宗さんが、
バー「ロックフィッシュ」店主・間口一就さんに聞く、
「おつまみにおける組み合わせの妙」

今回インタビュアーとして登場するのは、デザイナーの橋詰宗さん。グラフィック・デザインやアートディレクション、ウェブデザインなどの枠にとどまらず、ワークショップやイベントなど、デザイン/編集的な視点から、さまざまな人、コト、モノをつなげる場づくりにも積極的に取り組んでいる彼が、話を聞きたい人として名前を挙げてくれたのは、銀座のバー「ロックフィッシュ」の店主・間口一就さん。特製ハイボールと、独創的なつまみで人気を集めるバーを営む傍ら、ご自身の著作も出されている間口さんに、橋詰さんが聞きたいこととは?

橋詰 宗
なぜバーの店主になったのですか?

間口さんがバーの経営に興味を持ったきっかけは何だったのですか?

間口:バーというよりは飲食店に興味があったんです。高校を卒業する頃から、将来特に働きたいところもないだろうから、気軽に飲食でもしようかなと思うようになったんですね。そして、大学の頃にたまたま見つかったのが、バーだったんです。お酒にも興味はあったし、高校生の時にトム・クルーズの『カクテル』を見て、こんなにモテるのかと思って(笑)。現実は全く違いましたけどね(笑)。何も分からないまま暗中模索で進んで来た結果、なんとなくこういうゾーンに行き着いたという感じです。

自分のお店を始めるまでのいきさつを教えて下さい。

間口:ある時からバーでアルバイトをするようになったんですが、はじめの頃は自分で料理を作ったり、お客さんと話したりすることがイヤだったんです。いまは表に立っているように見えるかもしれませんが、基本的に好きなのは裏方の仕事なんですね。だから、その当時も先輩たちが動きやすいように、準備や片づけ、ドリンクの提供などをするというのが自分の仕事でした。その後、2000年に大阪でロックフィッシュという同名のバーを出し、2002年には東京にも出店し、しばらく並行してやっていたのですが、4年前に大阪の方は閉店して、現在に至ります。

東京に来てから変わったことは何かありましたか?

間口:大阪だと、どんな話をしていても、誰がどんなオチをつけるのかということを考えながら喋るんですね(笑)。常にオチのタイミングを考えているし、オトした人間が店の主人よりも偉くなれる(笑)。大阪にいた頃は、ある程度やっていくうちに、これもサービスだと思うようになって、色々喋っていたんです。でも、東京にはそういう文化がまったくなくて、逆にしつこいサービスと思われてしまう。だから東京では、喋らなくてもいい接客をしていくことにしたんです。バーに行く理由は、そのお店のマスターやスタッフに会いたいからという人が多いと思いますが、自分は喋らない接客をして、それでも人が集まる空間を作ろうと。

僕も関西圏のバーに行くことはありますが、ソーシャルな場という印象が強いですよね。一方で東京のバーには、もっとプライベートな空間というイメージがあります。

間口:そうですね。東京ではその場にいて、ただお客さんの話を聞くという接客の方が合っているんじゃないかと気づいたんです。あと、喋っていると自分の手が止まってしまうんですよね。特に昔はひとりでやっていたから、人がいっぱいになった時に、お客さんと個別に喋っていられないんです。そういうこともあって、「このバーのマスターは喋らない」という暗黙の了解とコミュニケーションができていったんです。

橋詰 宗
空間を作る上で大切なことは何ですか?

バーというのは、コンパクトな空間の中で数十センチのカウンターを隔ててお客さんと接しているという面白い場所だと思いますが、醍醐味はどんなところにあると感じていますか?

間口:カウンターの中に入って、色んな人に会えたり、おなじみさんと一緒にいられることが楽しいんです。ずっと通ってくれているおなじみさんになると、話を聞いているうちに、実際に会ったことがないその人の奥さんや子どもの顔まで見えてきて、ほとんど家族みたいになってくるんですよ。おなじみさんが来ても、ほとんど話さないこともありますが、カウンターの中から、今日は何か良いことがあったのかなとか思いながら、お客さんの様子を見ているのも楽しいですね。

銀座に移られてから今年で10年目になりますが、続けてきたことで見えてきたことや変わってきたことなどはありますか?

間口:時の流れが早すぎて、まだ3年くらいしか経っていない感じがしますね(笑)。変わったことと言えば、当初は朝までお店を開けていたんですね。当時そういうお店が意外になくて、良い店は大体12時くらいには閉まっていました。いまは不況だから、逆にみんな営業時間を伸ばしているんですが、やっぱり長く開けていると、お店は傷むし、スタッフも疲弊してしまうんですね。それで、もっとお店を休ませないといけないと思い、徐々に閉店時間を前倒しにしていって、いまでは23時前には閉めています。気づいたらこの辺で一番早く閉まるバーになっていたんですが、長くお店を開けて、ベロベロになったお客さんの最後の1杯に何時間も付き合うくらいだったら、それを自分の時間に使いたい。「15時からやっているから早く来てくださいね」って(笑)。

お店を休ませるという話でしたが、空間のケアについてはどう考えていますか?

間口:やっぱりお店を常に見ているということは大切ですよね。バーの切り盛りをしている時も、常にバードビューじゃないけれど、「あっちはいまこうなっていて、こっちはこじれてるな」みたいなことを知らんぷりしながら見ています(笑)。自分自身の立ち位置や振る舞いなども含めて、バーの色んな場所にカメラがついているイメージで仕事をしていますね。改装も一度しました。お客さんがカウンターの後ろですれ違う時に少し狭かったので、わからないようにカウンターを数センチ手前に移動させたんですよ。あと、昔は背もたれのある椅子を置いていたのですが、仰け反ってしまって姿勢が悪くなるし、お酒もこぼしてしまうから、なくしました。一応すべてに自分なりの理由があって、自分流にチューンナップしていまのような空間になっているんです。

ちょっとした変更で作用が変わってきますもんね。BGMについてはどうですか?

間口:サッチモ(ルイ・アームストロング)を365日ずっとiTunesで延々とリピート再生しています(笑)。なぜかというと、昨日来たお客さんが5年後に来ても同じ音楽が聴けるから。バーのBGMというのは、大体主人が悦に浸っている音楽なんですが、あの時に行ったら良かったけど、今日はちょっと違うなということもありますよね。それよりは、いつ来ても同じ音楽、同じハイボールがある空間にしたかったんです。

橋詰 宗
なぜメニューが縦書きなんですか?

お店に置かれている本のセレクションが以前からとても気になっていたのですが、もともと本を読むのがお好きだったんですか?

間口:昔からそんなに読んでいたわけではなかったんです。東京に来てから本と接する時間が長くなりましたね。神保町にもよく行ったし、まだ銀座に古本屋があった頃は、そこで買った本を閉店時間に読んでいました。最初の数年はここで寝泊まりしていたので、本やCDを買っても持ち帰る場所がないからお店に置いていたんです。そうしたらお客さんに「家みたいでいいね」と言われたりして、「まぁ家ですけど」みたいな(笑)。

どこか文学的な間口さんの著作の目次。

間口さんの本の中で一番感動したのが、実は「目次」なんです。以前に僕が編集ワークショップをした時に、目次にズラっと並んだメニューの数々の中から気に入ったものをひとりずつ大きな声で読み上げてもらったことがあるのですが、とても文学的ですよね。

間口:自分は縦書きにこだわっているんです。大体バーのメニューは横書きじゃないですか。でも、居酒屋の品書きや短冊は縦ですよね。僕自身そういうお店が好きだから、「鰹の造り」とか「メンチコロッケ」という文字が横書きされていてもまったく反応しない(笑)。やっぱり筆で書かれたような縦書きのメニューが好きだから、ある日突然縦書きに変えたんです。ここはバーですが、酒場にしたいという思いもありましたしね。いざ縦書きにしてみると、平仮名、片仮名、漢字のバランスが面白かったので、メニュー名にそれらを織り交ぜていくようになりました。

ロックフィッシュの"縦書き"メニュー。

デザインの仕事をしていても、日本語はやはり縦組みによくできている文字だと感じます。そうした言葉から料理を考えていくこともあるのですか?

間口:いや、そういうことはないですね。やっぱり口に入れたものじゃないとわからないんです。とはいえ、すべてを口に入れ切れるわけではないので、スーパーに足を運ぶんです。そうすると季節物が並んでいたりして、「これで何か作ろうかな」と考えながらグルグル周るんです。お店の人には嫌がられますけどね(笑)。さっき話したお店の空間と同じように、つまみを作る時も高い所から俯瞰で見ているところがありますね。

そういうインプットの蓄積によってデータベースが作られて、そこから発想が広がっていくんですね。

間口:そうですね。結局のところ、経験した回数に尽きると思います。思いつきというのはそんなに簡単にできるものじゃないから、実際に見た、触った、食べた、嗅いだ、驚いたということの集積でしかないんです。その経験が多ければ多いほど完成されたものが作りやすくなる。それはもう確率の問題だと思います。僕にとっては、場数を踏むということが面白いんです。大阪にいた時も1日14時間くらい働いていたし、東京に来た当初はそれ以上働いていましたが、そうすると普通の人の倍くらいは仕事をしていることになるんです。この道に入って20年ですが、ある意味40年分くらい経験値がある。すべてはそこに尽きると思います。

橋詰 宗
組み合わせはどうやって考えるのですか?

まずは俯瞰して色々な食材を見るところから始めるという話でしたが、そこからの組み合わせというのはどのように考えていくのですか?

間口:ただ漠然と何かと何かを組み合わせるのではなく、まず核となる食材を決めます。例えば、エビで何かやってみようと決めてからは、頭をエビにして(笑)、色々考えを巡らせていくんです。

例えば、グラフィックデザインのような領域では、 組み合わせというのは視覚的なところに強く出てくると思いますが、料理の場合は、味や見た目の美しさはもちろん、匂い、食感など実にさまざまな要素が関わってきますよね。

間口:そうですね。発酵食品同士や、甘いものとしょっぱいものを合わせたり、異なる食感の組み合わせを考えるなど、基本的な組み合わせのパターンというのがいくつかあるんです。それをベースに色々試していくうちに、これだと決まる瞬間があって、その時点ではすでに盛りつけや食器のイメージなども決まっています。

缶詰や手に入りやすい一般的な食材を使う一方で、高級な食材もミックスするなど、あらゆる食材を等価に見られているようですね。

間口:こういうバーのメニューとしては、高い食材も缶詰もどちらも珍しいものなんですよね。あと、例えば、菜の花というのは通常つぼみのままで、花が開くと食材としての商品価値はなくなるのですが、あえて花を咲かせて食べさせるということもしています。実は花が咲いてもそんなに味は変わらない。それなら見た目的に開いている方が面白いしカワイイじゃないですか。ビジュアルも大切な要素ですよね。

調理の面でも、実に色々な工夫をされていますね。

間口:カウンターの中というのは、トースター2台と一口コンロしかないコックピットみたいな所なんですが、やる気次第でなんでもできてしまうんですよね。制限があった方が面白いし、気合いが入るところがあるんですよ。

盛り付けを見ても、普通は厚切りにするスパムを薄く切って出したり、ロックフィッシュ名物のハイボールも、氷をいっぱい入れてグビグビ飲むスタイルが主流の中で、分量をきっちり決めて小ぶりなグラスで出していますよね。やはりそうした演出の部分も大きいですよね。

間口:スパムを薄切りにするだけでも食感はだいぶ変わりますし、ハイボールに関しては、大阪時代から同じグラスを使っているんです。最近のタンブラーというのは細くて垂直なものが多いんですが、これだと鼻が隠れないから香りを味わいにくいんですね。いまうちで使っているグラスの方が口に当たる感じも良いし、見た目的にもお酒が並々入っているのがうれしいですよね。そういう部分も重要だと思います。

橋詰 宗
これからの目標はありますか?

間口さんの本を見ていて、レシピを公開することで、受け手もそれを実践できるようなオープンソース的思想を感じたのですが、その辺りはどう考えていますか?

間口:よく取ってもらえばそういう見方もできると思いますが、自分としては、基本的に本は作品発表の場だと思っています。どう受け取ってもらえるかはわかりませんが、自分の作品を見て、シンプルな食材でもこんなことができるんだと驚いてもらったり、「いいね!」をしてもらえたらいいなという感覚です(笑)。

身近な食材でも、間口さんというフィルターを通すことで、こういう料理になるんだということの態度表明的な意味合いもありそうですね。

間口:そうですね。実際僕の本を読んで、同じように作る人はあまり多くないんです。目で満足している人がほとんどで、実際には作らないけど、自分にもできるんだという疑似体験をしているんです。無理にこれで作ってみろというのではなく、そういう読み物としてあればいいのかなと思っています。暇な時にちらっと読んで、後は陰干ししてくれと(笑)。使い方は自由ですからね。親が買ったにも関わらず、子供の方が真剣に読んでいるということも多いみたいで、それも面白いですよね。そういう子たちの味覚や発想が今後どうなっていくかは楽しみですね。

上から押し付けたり、教えたりするのではなく、あくまでもその人に委ねるというスタンスなんですね。

間口:そうですね。全部を全部公開しようとも思っていなくて、例えばFacebookで自分が上げているコメントもあえて短くしていますし、基本的には「ここまでは出すけど、後は想像してください」というスタンスですね。極端な話、単語3つだけを並べて、「後は感じてください」というのが自分のやり方なんです。「これとこれを合わせてみました。どうですか?」と。説明しなきゃいけない料理よりも、シンプルに直球でいった方が心に響くんじゃないかなと思っています。お酒でも食材でもたくさん持っていることはスゴいと思いますが、なくてもできるということに自分はチャレンジしています。うちで使っているお酒の種類は少ないけど、それでもある程度集客ができる世界は作れるし、ハイボールだけでも商売はできる。究極の目標は、「間口が入れた水はうまいね」と言われることなんです。「あの人が作ればどんなものでも美味しいよね」と言われるようになりたいですね。


インタビューを終えて

最初にもお話しした外山滋比古さんの『エディターシップ』という本の中に、『ミドルマン』という言葉が出てくるんですね。これは、個人的な手癖や主張を持たない仲介人を指す言葉なのですが、間口さんという人は、やはりそれに近いところがあるのかなと感じました。純粋に良いお店を作るという思いから、あくまでも裏方に徹し、マクロの視点を持ちながら、カウンターの位置、照明、音楽、本、メニューなど、一つひとつのものにシンプルに向き合っていくことで、自分らしさや個性が出てくる。ロックフィッシュという間口さんが10年かけて作ってきた限られた空間の中には、いま僕たちが考えなくてはいけない術や手法のようなものがコンパクトに凝縮されているように感じましたね。懐を広げすぎるのではなく、自分の経験というフィルターを通過させることで、何かが変わっていくということがとても重要なんだと思ったし、とても大きなヒントをもらえたような気がしました