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「問い」をカタチにするインタビューメディア

発想とカタチ

メディアアーティスト・市原えつこさんが聞きたい「来訪神をリデザインする方法」

メディアアーティスト・市原えつこさんが、多摩美術大学・久保田晃弘さんに聞く、
「バイオアートの傾向と対策」

2019年内の作品発表に向け、新作づくりの準備を粛々と進めているメディアアーティストの市原えつこさん。都市における来訪神や儀式・祭礼を新たにデザインすることを新作のテーマに掲げる彼女が今回インタビューするのは、多摩美術大学 情報デザイン学科メディア芸術コースの教授を務めるアーティストの久保田晃弘さんです。年内に予定している祭礼イベント型展示のメインモチーフのひとつとして、バイオテクノロジーを導入したシンボリックな御神体の製作を目論んでいる市原さんが、メディアアートを専門分野とし、近年のバイオアートの動向にも詳しい久保田さんにさまざまな質問を投げかけました。

市原えつこ
バイオアートをどのように捉えていますか?

久保田先生には、以前にも次回作の構想をお話ししていますが、その時から基本テーマは変わっておらず、具体的なものとして御神体と神輿をつくりたいと考えています。中でも御神体は生命感が強いものなので、バイオテクノロジーを活用できないかと漠然とイメージしています。久保田先生が研究されているバイオアートにも非常に興味があるのですが、同時に少し敷居の高さも感じています。まずは、久保田先生がバイオアートというものをどのように捉えているかお聞かせ頂けますか?

久保田:バイオアートと一口に言っても、生命一般に関わるすべての作品と捉えてしまうと、あまりにも範囲が広くなり過ぎるので、まずはバイオテクノロジーの進化によって、人間の生命観が変わってきたことに対応した芸術活動、というくらいのところから考え始めましょう。遺伝子組み換え、クローンやサイボーグ、あるいはIPS細胞など、生命がエンジニアリング的に操作できるようになりつつある中で、私たちは否応なく、これまでの人間観、倫理観を改めて考え直していく必要が生まれ、こうしたテーマに関わるアート全般を、バイオアートと捉えています。

久保田先生がバイオアートに興味を持った理由を教えてください。

久保田:僕が携わってきた(ニュー)メディアアートには、新しい技術によって、ものごとの意味や人々の価値観がどう変わるのかという問いがベースにありました。例えば、いまでこそコンピュータやスマートフォン、インターネットがない生活は想像できなくて、アーティストのツールにもなっていますが、パーソナルコンピュータが生まれる以前の1970年代は、コンピュータを使って芸術作品をつくるということは考えられていませんでした。もちろんそうした時代だからこそ、一部の人たちがコンピュータアートに取り組み始めて、当時のコンピュータ専門誌を見てみると、CGを使った作品やアスキーアートのようなものも色々載っているんです。まだ表現としては稚拙だったかもしれませんが、コンピュータアート黎明期の雰囲気が感じられて、いま見るととても面白いんですよ。現在のバイオアートは、この頃のコンピュータアートに相当するものなんじゃないかということに気づいたのが、興味を持ったきっかけです。2007年頃のことでしょうか。

なるほど。たしかに現在のバイオアートには、当時のコンピューターアートと同様に、まだできることに限りがある中でさまざまな実験が行われているようなイメージがあります。

久保田:そうですね。これまで僕は、コンピュータをアート制作のための「道具」ではなく、「素材」として捉えてきました。コンピュータを道具と捉えてしまうと、手描きとコンピューターでつくるグラフィックのどちらが美しいか、というような比較の話ばかりになってしまいます。一方、コンピュータを素材として考えてみれば、金属と木材という素材に優劣をつけられないのと同じで、その良し悪しではなく、それぞれにどんな特徴があるのか、ということに目が向きます。僕は、コンピュータ、そしてバイオメディアにはどんな固有の特徴があり、そこにどんな表現や、未だ見ぬ芸術が潜んでいるのかということを考えていくことに関心があるんです。

市原えつこ
どんな設備が必要なのですか?

バイオアートは、設備にお金がかるイメージがあるのですが、実際にはどんな制作環境が必要になるのですか?

久保田:いま僕たちが使っているラボをご案内しますね。この部屋で学生たちがさまざまな実験をしたり、作品をつくったりしています。お金をかけずにやろうと思えば、市販の寒天とグラニュー糖で細胞を培養することもできますし、ダンボールや水槽、除菌剤など身近な道具を用意して、自宅に制作環境をつくることも可能です。本格的な設備に比べると、雑菌が入ってカビが発生したりするケースは増えてしまうかもしれませんが、そのカビを逆手にとって化粧品をつくった学生なんかもいますよ(笑)。

思っていた以上に身近な環境でトライできるんですね。

久保田:そうなんですよ。あと、バイオテクノロジーの基礎を学ぶ上で、高校の生物の教科書などが意外と参考になります。例えば、植物というのは葉、茎、根という3つの要素から構成されているのですが、これらに分化する前の「カルス」という、生IPS細胞(万能細胞)のような細胞があります。高校の生物実験でこのカルスをつくったりすることもあるのですが、カルスの下側にLEDを入れ、ライティングによって美しく見せるという作品を制作した卒業生(現在は研究室助手)がいます。

壁に貼られた右上の写真が、カルスをライティングした研究室助手による作品。

このカルスというのは、とても興味深いですね。植物の細胞は、人間や動物の細胞を扱うよりもハードルが低そうです。そういえば、私の曾祖父は農家で、接ぎ木による品種改良などもよくしていましたが、意外と身近なところにもバイオテクノロジーが関係してそうですね。

久保田:はい。カルスも自分でやってみると、それはそれでなかなか難しいのですが、それでも植物の万能細胞というのは、比較的手軽につくれてしまうんですよね。先ほどのコンピュータの話にしても、出てきた当初は科学計算など実用的な用途で使われることが主で、これを使って絵を描くという発想する人はほとんどいなかったわけです。バイオテクノロジーにも同じようなところがあって、品種改良のような実用的な用途だけではなく、学生の頃に理科の授業でやっていた実験などを思い出しながら、それがいかに芸術のために使えるかということを考えていくと面白いと思います。

ちなみに、こうしたラボでは、こういうことはしてはいけないというNGラインについて、どのような線引きがされているのですか?

久保田:わかりやすいところで言うと、基本的に遺伝子組換えはNGです。もし遺伝子組換え実験をする場合は、ラボの中のものが絶対に外界に漏れない環境を整えないといけなかったり、学内に倫理委員会をつくって、遺伝子組み替え実験をする度に承認を取る必要があります。一方、動物の解剖などに関しては、高校の実験などでもすることなので法律的には問題はありませんが、命を大切にすることや、残酷なことはしない、といった倫理的な基準というものがあります。

市原えつこ
バイオアートにはどんな可能性がありますか?

バイオアートへの入口は、想像以上に身近なところにあることがわかりました。また、バイオアートというとシャーレの中で細胞を培養しているようなイメージがありますが、実際にはより多彩なアプローチがありそうですね。

久保田:はい。例えば、僕が昔からとても面白いと思っているプロジェクトのひとつに、Next Nature Networkというアムステルダムのチームの活動があります。彼らは、「Nature become Culture, Culture become Nature」をモットーにしているのですが、人工培養肉の形のデザインを考えてみたり、生命のエンジニアリングが可能になる未来を、ユーモアあふれるアプローチでヴィジュアル化したアートブックをつくったり、非常にユニークな活動をしています。

Next Nature Networkによる著作群。

偶然ですが、このチームのHendrik-Jan Grievinkさんに以前お会いして、作品をプレゼンしたことがあります! スペキュラティブデザイン的なアプローチのバイオアートと言えそうですね。

久保田:そうですね。彼らは、バイオテクノロジーによって変わる生命感をテーマにした神経衰弱カードのようなグッズをつくってオンラインで販売するなど、デザイン感覚にも長けています。こうしたアプローチは科学者にはないもので、バイオテクノロジーの進化が我々の生活や文化、そしてその背後にある善悪や美醜などの価値観にどんな影響を与え得るのか、ということをわかりやすい形で提示していることは、市原さんの作品にも通じる感覚かもしれませんね。ちなみに、Next Nature Networkを立ち上げたKoert van Mensvoortさんは、大学でコンピュータサイエンスと美術を学んだ後、アイントホーフェン工科大学で学位を取るなど、ハイブリッドなバックグラウンドを持っています。

そういえば、昨年参加したアルスエレクトロニカでも、ハイブリッドアートがひとつの潮流になっていました。

久保田:そうですね。バイオアートの世界でも、ハイブリッドな人材がたくさん出てきますね。そもそもメディアアートの領域では、アーティストとエンジニアが協働するケースも多く、こうしたハイブリッドの源流を探っていくのも面白いと思います。また、メイカーフェアなどで知られるオライリーが、低温調理や発酵をテーマにした本を出していたり、元マイクロソフトのエンジニアが、料理のメカニズムを科学的なアプローチと美しいビジュアルで表現した全5冊で5万円以上するアクリルケース入りの豪華本をつくって話題になるなど、食というのもバイオアートと密接に絡んでくる領域だと思います。

身の回りにあるものによく目を向けてみると、題材が色々見つかりそうですね。

久保田:これは、マーシャル・マクルーハンが言っていたことですが、自分が「いま、気づいていないものは何か」を考えることが大切だと思うんです。医療にしても、食にしても、農業にしても、これからはどんなサービスを受けるか、どこまでテクノロジーで代替可能かということを一人ひとりが考え、選択しなければならなくなってくるはずです。そうした時代に異なる文化からの問いを投げかけ、議論の機会をつくっていくことが、バイオアートの役割だと思っています。

料理のメカニズムにフォーカスした豪華本『Modernist Cuisine』。

市原えつこ
どうやって新しいテーマを見つけているのですか?

色々とお話を伺っていく中で、漠然としていたバイオアートという領域への切り込み方やアプローチが少し見えてきた気がします。

久保田:ポイントは、我々が知らないうちに抱えている慣習のようなものを顕在化させ、「なるほど、たしかにそうだよね」というものを、一つひとつ提示していくことだと思います。例えば、これまで人工物はコントールでき、自然はコントロールできないものと考えられてきましたが、いまやインターネットや経済システムは巨大すぎてコントールできない人工物になっていますし、一方でバイオテクノロジーによって自然がコントロール可能なものになってしまった。こうした変化の中から生まれてきた新しい表現のひとつとしてバイオアートがあるのだと思います。例えば、市原さんが題材にされている宗教や神様というものも、ある種究極の人工物だと言えますが、そこにバイオテクノロジーを介在させることによって、人間の宗教観はどう変わり得るのか、それぞれの宗教は生命というものをどう捉えられるのか、ということを考えていくのは面白そうですね。

衛星芸術プロジェクト「ARTSAT」
H-IIA26号機に「はやぶさ2」の副衛星として搭載された深宇宙彫刻「ARTSAT2:DESPATCH」©JAXA

それはとても面白いテーマですね。ところで、久保田先生はバイオアートだけではなく、宇宙衛星を使ったアートプロジェクト「ARTSAT」など、巷で話題になる10年くらい前に、新しい題材を見つけている印象がありますが、どのように情報をキャッチしているのですか?

久保田:先ほどもお話したように、世の中には自分がまだ知らないことがたくさんある、すぐにわかった気にならない、ということが前提です。その上で、さまざまなものを連想ゲームのようにつなげていくことを楽しんでいます。全く異なるジャンルのものごとが、実は同じようなことを言っているケースが意外と多いんじゃないかと思っていて、思わぬ関連が見つかることに快感を覚えるんです(笑)。ARTSATの時も、1980年代にアマチュア衛星「ふじ」が打ち上げられて、日本で空前のサテライトブームが起こったのですが、ここに何かヒントがあるんじゃないかと思って、当時のアマチュア無線の専門書を調べてみました。色んな専門書を不真面目に読んでいると、サラッとヤバイことが書かれていたりするんですよね。それこそバイオ関連にもヤバい専門書がたくさんありますよ(笑)。

全く異なる分野からリファレンスを引っ張ってくるというのは非常に編集的なアプローチですね。いま、新作のために祭りや神社仏閣の本などを読み漁っているのですが、たしかにこれはヤバイ!と感じることがよく書かれています。これからは、図書館などでも美術や宗教、人類学だけではなく、生物や料理など色々な棚を見て、雑多にリファレンスを探そうと思います。

久保田:あと、僕がもうひとつ大切にしているのは、たとえ自分が面白いと思ったものでも、他の人がやりそうなことにはあえて手を出さない、ということです。短い人生の中で、面白いことをすべてやろうとすると破綻しますし(笑)、社会の中の多様性を増やすことが美術の役割のひとつだと思っています。バイオアートに関しても、リサーチをきちんとすることで、思いつきではなく、他の作家がやっていないアプローチを分析的に探すという観点で文献を読んでみるのが良いのではないでしょうか。また、役に立つかどうか観点でリファレンスを探すべきではなく、まずは自分の引き出しに入れておいて、それがやがて熟成して、ある時突然つながるまで待つということが大切です。イチロー選手のように規則正しくトレーニングを重ねて、コンスタントに活動を続けていくことがアーティストにとっても大切だと思っていて、それによって「思えば遠くに来たもんだ」と気づく日が突然訪れます(笑)。僕も別に衛星を打ち上げようと思って美大に来たわけではないですからね(笑)。


インタビューを終えて

バイオアートの第一人者である久保田先生に直接お話を伺える機会ということで楽しみに伺いました。これまでトークや文献、作品などを拝見してどこかアカデミックな印象を持っていたのですが、ご本人が尋常ではない知的好奇心を持った発明少年のようなキャラクターの方であることを対面でじっくりお話しして知り、新鮮な驚きがありました。
そして、無尽蔵なジャンルの蔵書から、アイデアに関連する本(まったくの異分野で一見では関係しそうにない本でも)を次々とピックアップして、まるで書籍のDJのように知識をつなげるご様子が圧巻でした。初学者が何らかのアイデアを実現するまでのヒントや橋渡しになる知識を提案する精度が異常で、美大教授として非常に優れた教育者であることをあらためて実感しました(初回にインタビューしたアーティストの和田永さんも久保田先生の授業に衝撃を受けて、SFCから多摩美に編入されたそうですが、納得です)。

久保田先生の先見の明はいったいどこから来ているのか気になっていたので、まだ分野として確立さえされていないような、何かが起こりそうな黎明期のにおいを嗅ぎ分ける嗅覚の源泉を少し追体験できたような感覚があり、得難い経験でした。
ある程度カルチャー的に編集された情報だけではなく、あえて素朴な異分野の教科書や専門書などを錬金術のようにアイデアの材料にするアプローチは非常にワクワクします。目の前のトレンドを追っているだけだとやはり似たり寄ったりになるし、あとあと何も残らないことになりそうなので、なるべく濃い原典にあたろうと思いました。
「とはいえアートとして取り組む以上はどこかで美的価値に変換しなければならない」という発言もこぼれ話的にされていたのも印象に残っています。その変換プロセスこそがアーティストの腕の見せ所なのだなと頭が整理されてきました。

多摩美のバイオラボを見学させて頂いたのも非常に勉強になりました。植物の培養というのは現実的に着手しやすそうなアプローチで、ありがたいです。高校生の頃は生物の授業が好きだったり(当時細胞フェチで、受精卵から生命誕生までの図で感涙していた)、母方の家系が農家で幼少の頃は畑仕事も手伝っていたので、ここにきて原点回帰しそうな気配が漂ってきており、血がたぎってきました。寒天と戯れる日々が始まりそうです。