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「ゆっくり おいしい ねむたいな」代表・熊野森人さんが聞きたい「幸せを数値化する方法」

「ゆっくり おいしい ねむたいな」代表・熊野森人さんが、
慶應義塾大学・前野隆司さんに聞く、
「幸福な未来のつくり方」

およそ1500人もの日本人に調査を行い、幸福を決定づける4つの因子を見出すなど、人の幸せについて考える幸福学の研究に取り組んでいる慶應義塾大学教授の前野隆司さん。バックグラウンドに持つ機械工学の専門的な知識と心理学的な研究アプローチを融合させ、ものづくりやエンジニアリングと幸せをつなぐ独自の活動で注目を集めている研究者です。その著書『幸せのメカニズム』によって、前野さんの研究成果に初めて触れたという「ゆっくり おいしい ねむたいな」代表の熊野森人さんが、「幸せの数値化」をテーマに据えた新事業のヒントを探るべく、幸せにまつわるさまざまな問いを投げかけました。

熊野森人
なぜ幸福学に興味を持ったのですか?

僕は、ゆっくり おいしい ねむたいなという会社で、幸せを数値化することをテーマに新しい事業を立ち上げようと考えています。そして、幸せに関する研究をされている方々を自分たちなりに調べていく中で、前野先生の著作と出合いました。これまでに、音声や身体の動きなどのデータから幸せや感情について分析している方たちにお話を伺ってきたのですが、データの取り方は数あれど、それらを分析していく段階では、前野先生が研究されている幸福学に近い考え方がベースになっているように感じています。まずは、前野先生が幸福学を研究するようになった経緯からお聞かせ頂けますか?

前野:もともと私は機械工学が専門で、企業でカメラをつくったり、大学でロボットの研究をしていました。機械工学の中には設計学という分野があるのですが、ここに「幸せ」という要素が入っていないと気づいたことが、幸福学に興味を持つようになったきっかけです。例えば、カメラを設計する時に、「重量」や「シャッタースピード」などについては細かく数値で設定する一方、「幸せ」というのは項目すらないんですね。せいぜい、「このカメラを使えばきっと幸せになるだろう」という程度のいい加減な予測に基づいているだけで、何の保証もないわけです。そこから、設計工学に幸せという要素を入れられないかと考えるようになったんです。

なるほど、そういう考え方もあるのですね。それはどのくらい前の話なのですか?

前野:2000年くらいから漠然とは考えていたのですが、本格的に幸せの研究を始めたのは2008年からで、慶応大学に新しい大学院ができて、文系の学生も見るようになったタイミングでした。ただ、それ以前から私は、機械工学と心理学を組み合わせるアプローチを得意としていたので、研究内容が大きく変わったわけではありません。例えば、ロボットやカメラを触った時に人はどう感じるのかということをアンケートベースで調査し、そこにものづくりを接続するようなことをしていたのですが、その結果人間の心の奥底に入っていくようになり、最終的に幸せに行き着いたんです。だから、「ロボット」という対象が、「組織」や「家」などさまざまな分野に広がっているだけとも言えます。

機械工学には緻密なイメージがある一方、心理学というのはもう少し抽象的なイメージを捉えていくものなのかなと漠然と思っています。対照的とも思えるこれらをつなげて研究をしている方はあまり多くなさそうですね。

前野:大体どちらかに偏りますよね。心理学というのも機械工学と同様に緻密な学問ではあるのですが、あくまでも興味の対象は人の心にあります。一方、近年ものづくりの世界においても、ユーザー中心設計、感動マーケティングなどという言葉が使われるようになりましたが、やはり結局はものづくりへの関心が強いので、人の心の奥底までは踏み込んでいないケースが多いんですよね。最近、心理学の世界では、幸せの研究が盛んになってきているのですが、ポジティブ心理学やウェルビーイングスタディが主流で、それらを働き方開発に活用するというアプローチこそ増えていますが、ものづくりやエンジニアリングと幸せをつなげようとしている人は、たしかにあまりいないかもしれないですね。

熊野森人
幸せに国や文化の違いはありますか?

幸せというのは、国民性や文化の違いによって変わるものなのかということにも興味があります。

前野:コロンビア大学で幸せの研究をされている大石繁宏先生と共同で、日米の幸せの比較をしたことがあります。「自己実現」や「感謝」など幸せを感じる基本的な要素は同じなのですが、集団主義の日本と個人主義のアメリカではやはり多少の違いもあります。また、キリスト教圏やイスラム教圏の国では宗教を信じている人の方が幸せを感じやすい傾向があり、一方で日本をはじめ東アジアの国々では宗教はあまり関係しないというデータも出ています。

宗教に限らず、ある種の縛りやルールが幸せに与える影響は大きいのではないかと感じています。行動や思考をある程度抑制するようなルールのもとで自由を与えられる環境と、全くルールがない自由な環境があった時に、人はどちらを幸せだと感じるのでしょうか?

前野:まず、キリスト教や仏教などの教義は、生きる知恵だと思うんですね。おそらく宗教を信じている人たちはそれを縛りとは感じておらず、より良い世界や幸せを獲得するための規律やルールのようなものなのだと思います。これらを縛りと感じてしまうとそれは不幸かもしれないですし、最近はそう感じる人が多くなってきたから、信仰を持たない人が増えているという側面はあると思います。でも、完全にルールがない世界で自由に生きていくというのも、目標が定まっていない人にとってはしんどいですよね。いまの若い人たちは選択肢があまりにも多く、そこに大きなポテンシャルがある一方で、何を選べばいいかわからない、どんな仕事をすればいいかわからないという人も多く、一長一短なのかなと感じています。

前野先生は著書の中で多様性がもっと加速するべきだということを書かれていましたが、多様な社会ほど偏差値などに変わる客観的な価値軸として、「幸せ」というものが大切になってくるのではないかと考えています。ここ5年くらいの間に、行政や企業なども幸せに関するエビデンスを求めるような動きが強まっていますが、どうしても抽象的な議論になりがちです。幸せというものを絶対的な価値として世の中に浸透させていくためには、どんなことが必要だと思いますか?

前野:それは私が教えてほしいくらいです(笑)。私たちが取り組んでいる幸福学もそうですし、型にはまらないティール組織のような組織論、あるいは社会関係資本という考え方など、ネットワークでつながっているオープンな世界を志向する人たちが増えているにもかかわらず、社会全体で考えるといまだにこれらはマイノリティにとどまっています。楽観的な予測をすれば、キャズムを超えれば一気に広がっていくと捉えることもできますが、一方でアメリカなどを見ていると、保守的な国家主義に振り子が傾いているとも言えます。結局、未来というものは予測できないので、楽観的にならず、同じ方向を見ている人たちが力を合わせて、この動きを広めていく活動に取り組まなければいけないと思っています。

熊野森人
幸せは数値化するべきですか?

最初にお話させて頂いたように、僕たちは幸せに関する客観的なデータというものを数値で出せるようにしたいのですが、前野先生は幸せを数値化することに関してはどのような考えをお持ちでしょうか?

前野:前野:どうすれば幸せになれるのかということを明らかにすることが私の立場なのですが、そのためのデータとして最も測りやすいのはいまのところアンケートなんです。テクノロジーを活用して、データから幸せを測るのもいいと思うのですが、個人的には人間が退化してしまう感じがするんです。例えば、「いまあなたは幸せですか?」と聞かれた時に、自分ではよくわからないけど数値に出ているから幸せみたいですという話になってしまうと、どんどん人間がロボットのような方向に進んでいく気がしてしまいます。また、裕福だけど幸福度は低いという数値が出た人はよりお金に走ってしまいそうですし、数値化することによって幸せ格差が生まれる恐れもありますよね。

おっしゃる通り、数値化することで競争が生まれるという考え方も当然ありますが、すでに社会というのは、お金や偏差値という数字に縛られていることが当たり前の状態になっていると思うんですね。僕は美大で先生もしているのですが、若い学生たちに対して愛や宗教を引き合いに出して抽象的な幸せの話をしても、ファンタジーとしか認識されないという肌感覚があります。一時的にでも幸せを数値化し、認識してもらった上で、お金と愛、どちらも大切だよということを伝えないといけないのかなと。

前野:技術的な面では、今後ディープラーニングなども導入していくことで、かなりの精度で幸せを測れるようにはなると思います。ただ、例えば健康診断の結果が良くなかった時に、運動をしましょうという提案をするのと同じで、幸福度を数値化する場合、向上策というのもセットにしなければかなり危険な気はします。

そうですね。例えば、トレーニングやダイエットをしている人が、毎朝体重計に乗って前日との比較をするのと同じように、昨日より幸福度が1ポイント増えたというようなことを認識ができるものになると良いなとイメージしています。また、僕は幸せには本人の能動性や気持ちの持ちようが大きく作用すると考えているのですが、やはりいま幸せではないと感じている人が、幸せになるためのきっかけというのは努力して自分で見つけないといけないものなのですか?

前野:努力をすれば見つかるという話でもない気がします。どちらかと言うと努力よりも経験の方が大切で、挫折をしたり何かしら自分に変化が起こる機会が必要なのだと思います。例えば、利他的な幸せを知らない人にそれを薦めても説教にしか聞こえないですよね。でも、若い頃は利己的だった自分が、一度利他的な幸せを味わうと、圧倒的にそちらが勝るということがわかるんですよね。でも、これはやはり体験することでしか得られないものなのかなと感じています。

熊野森人
幸せにも適正はあるのですか?

利他的になるためには、まずは自分自身が健康だったり幸せであるかどうかが重要な気がしています。また、それぞれの人が元来持っている性格や特性なども関係がありそうですね。

前野:そうですね。例えば、看護師になる人たちは利他性が高いと言われています。一方、自分で何かをしようという意思が強い利己的な人は起業家などに多く、社会的に成功する人も少なくないですよね。そこで得たお金で毎週ゴルフに行っているから幸せだという人もいますが、ビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグクラスの超大金持ちには慈善活動などをしている人も多く、結局お金だけがあっても幸せにはなれないと感じているのではないでしょうか。この辺のバランスをうまく取ることは非常に大切だと思っています。貧富の格差と同じように幸せの格差というものが今後大きくなっていく可能性は高いので、その時に弱者を支援できる社会インフラが必要になってくるのだと思います。

(左)『幸せのメカニズム』(2014年/講談社)、(右)『システム×デザイン思考で世界を変える』(2014年/日経BP社)

幸せに関する適性検査のようなものがあって、あなたは利己的な傾向がある、あるいは利他的な傾向があるということを各々が認識できるといいのかもしれないですね。例えば、美大で教えていると、真のアーティストのような人はある意味利己的で、人とのコミュニケーションがうまくできないことが多いと感じます。でも、その人をサポートするような利他的な人が周りに現れ、それがいわゆるパトロンと呼ばれる人だったりするんです。

前野:異なるタイプの人たちがうまく連携できる世の中になっていくといいですよね。Facebookで知人と友達にばかりなっている場合ではなくて、もっとインターネットやAIの技術を活用して、然るべき人とマッチングできるような社会になると、より多くの人が幸福になれると思います。それこそ熊野さんが取り組んでいる食事の場というのも、色んな人たちが自然に出会うチャンスだからこそ、さまざまな幸福を演出することができそうですね。よくイノベーションには多様性が必要だと言われますが、そういう面でも食事というのは大切な機会ですよね。

そうですね。ちなみに、ゆっくり おいしい ねむたいなというのは、自分がどんな時に幸せを感じるかを考えた結果生まれた社名なんです。食事をした後、眠りに落ちる寸前くらいのボーッとした状態がとても幸せなんです(笑)。実際にボーッとしている時間は脳にも大切なんだそうですが、こういう話はなかなか浸透していかないし、愛だの幸せだの言っているだけでは新興宗教の教祖と変わらない(笑)。僕は普段広告の仕事をしているので、その手法が使えるなら導入したいと思っているのですが、以前に東京大学の光良俊二先生と話した時に、幸せをビジネスにしようとすると、必ずお金に吸収されるから絶対に(お金と)交わるなと言われました。そうなってくると社会活動に近づいていくのですが、会社として取り組んでいる手前、正直スタンスが難しいなと思っています(笑)。

前野:そういう意味では、大学の研究というのもビジネスと関係ないからこそ成立しているところがありますよね。一方で、企業との共同研究というものもあり、この場合僕らは学者として研究して学会で成果を発表し、企業はその成果をもとにビジネスにするということをしているんですね。こうした切り分けがうまくできると良いのかもしれないですね。


インタビューを終えて

「熊野さん、私の他に、矢野さんと、光吉さんも取材されたんですって?? 幸せ研究の最前線はみんな押さえられてますね。わっはっは(笑)」とおっしゃって頂いて、なんだかとても嬉しくなった取材だったのですが、そんな前野先生は、
①夢・目標を持つこと
②感謝する、感謝されることをすること
③ポジティブマインドを持つこと
④他人と比較しない、マイペースであること
が幸せの4つの因子だと説かれています。

食事をするということは、この中では「②感謝する、感謝されること」にあたり、すなわち食べ物自体をいただけることへの感謝、肉、野菜などの材料を育ててくれた方への感謝、料理をつくる、つくってもらうということへの感謝と、一緒にそれを食べる人への感謝みたいなことが当てはまります。
もっと言うと、食べることによりポジティブマインドが生成され、明日への生きる糧となるので夢を持つことにもつながり、食事は他人と比較するという状況も少ない。このように捉えて半ば強引にまとめると、4つの因子をすべて兼ね備えている食事とは、幸せであるということが言えます。

さらに、
「異なるタイプの人たちがうまく連携できる世の中になっていくといいですよね。Facebookで知人と友達にばかりなっている場合ではなくて、もっとインターネットやAIの技術を活用して、然るべき人とマッチングできるような社会になると、より多くの人が幸福になれると思います。それこそ熊野さんが取り組んでいる食事の場というのも、色んな人たちが自然に出会うチャンスだからこそ、さまざまな幸福を演出することができそうですね。よくイノベーションには多様性が必要だと言われますが、そういう面でも食事というのは大切な機会ですよね」
このお言葉は大きなヒントになりました。他者と出会う場が食事であり、そこでのコミュニケーションが幸せに多分に作用する。結局本質的には人とどういう食体験、食時間をシェアするのがいいのかというシンプルな話なのかもしれません。

しかしながら、計測方法が前野先生の場合は「アンケート」。うーん。テクノロジーを軸としたに客観的なデータを取りたい、と考えていた身からするとビックリアナログ。でも、解析方法が独自プログラムなんですね。
いやはや。どうやってまとめるべきか。迷いまくります。前野先生、ありがとうございました!