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「ゆっくり おいしい ねむたいな」代表・熊野森人さんが聞きたい、「幸せを数値化する方法」

「ゆっくり おいしい ねむたいな」代表・熊野森人さんが、
日立製作所・矢野和男さんに聞く、
「幸せの研究の先にあるもの」

2014年に出版された『データの見えざる手』で、ウエアラブルセンサーで計測した行動データから、人間や社会に普遍的に見られる法則の数々を明らかにし、大きな話題を集めた矢野和男さん。現在も、日立製作所でAIや人間社会行動、そして幸せについての研究を続けている矢野さんに、幸せの数値化を目指す「ゆっくり おいしい ねむたいな」代表の熊野森人さんが、さまざまな問いを投げかけました。

熊野森人
なぜ「動作」から幸せが測れるのですか?

僕は企業のブランディングや広告のディレクションを手がけるエレダイ2という会社を運営する傍ら、2年前に「ゆっくり おいしい ねむたいな」という会社を新たに立ち上げました。この会社では、お金や偏差値に代わる幸せの指標をつくることを掲げ、特に食の時間にフォーカスして、幸せのデータを取りたいと考えています。幸せの数値化ということについて自分たちなりに調べていく中で、「幸せは加速度センサーで測れる」という矢野先生の著作と出合い、非常に興味深く拝読しました。このインタビュー企画では、人の声をセンサリングして感情を分析するという研究を行っている東京大学の光吉俊二先生にも以前に取材させて頂いたのですが、今日は人の動きと幸せの関連性について伺えればと思っています。

矢野:我々は動作というものにフォーカスを当てていますが、おっしゃる通り、声の変化にも感情が現れますよね。例えば、営業の仕事では商談における最初の10秒の声のトーンで結果がわかるという話があったり、アメリカ大統領選の候補者同士のディベートの声のトーンを解析すれば勝者がわかるというデータなどもあるようです。それくらい声というのは人間が発信する正直なシグナルと言えるのですが、加速度センサーのように携帯型の計測器を用意するのが難しかったり、大きなデータをサンプリングする必要があったりと、さまざまな障壁があるんです。

声と感情の関連を調べていく上では、言語解析などの技術も必要になってくるのですか?

矢野:言語の内容がわかった方が高度な感情分析ができると思われがちですが、実はそうでもないんです。人間のコミュニケーションというのは9割以上が非言語の要素で成り立っていて、言語というのはそれらを入れる容器のようなものなんです。例えば、同じ内容のことを話すにしても、言い方や表情の違いで伝わり方は大きく変わりますし、人間というのは言語の内容以外の部分から色々なものを受け取っているんですね。僕自身、子供の頃に日曜日に放送していた政治の討論番組をよく見ていたのですが、政治や社会のことはまだほとんどわからなかったにも関わらず、楽しんで見ていました(笑)。非言語の部分で理解ができていたから面白かったのだと思うし、そもそも人間というのは生まれたその日から、親の表情や目の動きをよく見ていて、そこから色々なものを受け取っているんですよね。

そうした非言語のコミュニケーションの部分を、先生が研究されている「動作」によって説明ができるということですね。

矢野:そうです。人間にはインプットのためのさまざまな器官がありますが、声のトーンや目の動き、姿勢などアウトプットに関してはほとんどが筋肉の動きに起因していて、これらは言語よりも正直なんです。人間というシステムを理解しようとした時にこれを分析しない手はないし、動作というのはセンサーを使った計測がしやすいという利点もあります。

熊野森人
どんな人が幸せなのですか?

幸せに関する尺度をつくる上では、まず幸せというものがどんなものなのかを定義する必要があると思いますが、先生はこれについてどのように考えていますか?

矢野::私は、幸せというものは体内で起こる生理現象だととらえていて、良い状態にも悪い状態にもなるものだと思っています。幸せというのは、宝くじがあたるなど、何かちょっと良いことがあった時だけに感じられるものだと勘違いしている人もいますが、大きく3つのタイプに分類されると考えています。いまお話したような、あっという間に元の状態に戻ってしまう刹那的な幸せが1つ目、持続的な幸せというのが2つ目、そして、個人個人の幼児体験などに起因するような幸せが3つ目です。幸せの半分はこの3つ目で決まるとも言えるのですが、こればかりは大人になってからは書き換えられない運命のようなもの。一方で、刹那的な幸せを追う虚しさというのはソクラテスの時代から言われ続けていることなので、僕らはその中間にある持続的な幸せにフォーカスを当てています。

そうした持続的な幸せというのは、これまで宗教や愛といったものが担保してきたところがありそうですね。

矢野:そうですね。最近はポジティブサイコロジーなどの研究によって、幸せの構成要素がだいぶわかってきました。例えば、そのひとつとして「Hope」というものがあり、これは自分が進むべき道筋を、たとえ間違っていたとしても自ら思い描ける力です。もうひとつ「Optimism」というものがあり、これは何か悪いことが起きた時に、偶然の出来事として受け入れられる力です。逆に良いことに関しては必然的に起きたと捉えられるような楽観的な人の方が、悲観的な人よりも幸せ度が高いと言えます。これは当たり前のことのように思いますが、日本の企業などを見ていると、悪いことが起きた時は必然的なミスとして原因を追求し、逆に良いことが起きても謙遜してあまり喜ばないという傾向がありますよね。個人的には、こうした企業文化のようなものが、いま日本のGDPが伸び悩んでいることと関係しているのではないかと感じています。

例えば、何かを達成した時に大げさに喜ぶというようことも幸せになるために重要だったりするのでしょうか?

矢野:何かが起きた時にどう反応するかということよりも、それ以前の不確実で先が見えないものにどう向き合えるかということの方が大切です。先ほどお話したように、そうした状態の中で自分のゴールをどう描けるか、起こった出来事に対してどう対処できるかという話なんですよね。人間というのはアテンションの生き物で、たとえ99個の良いことが起きても、悪いことがひとつでも身に降りかかると、そちらにばかり注意が向いてしまう人もいます。どこに注意を向けるかによって、ポジティブにもネガティブにもなり得る我々の体験というのは、それぞれの頭の中の劇場で起こる擬似的なものとも言えます。これは、はるか昔にお釈迦様が話していたことでもあり、ポジティブサイコロジーというのは、こうしたかつて宗教が発見したことを実証し、再発見していくような学問でもあるんです。

熊野森人
幸せになるための訓練はありますか?

自分を悲観的だと自覚している人が、幸せになるために楽観的になろうと思った時に、何か訓練方法はあるのですか?

矢野:ITやデータを活用することでそれができると考えています。我々が開発した「Happines Planet」というアプリがあります。このアプリで、毎朝自分がチャレンジしたいことを登録すると、夕方に仕事の充実度について質問されるのですが、これらと身体の動きをもとにハピネス度が計測されるんです。これは、自分の意志で挑戦するということを続けることで、ハピネス度を高められるのではないかという実証実験です。チームで参加する「働き方フェス」というのも行っていて、現在160を超えるチームによって、ハピネス度を競う国体のようなものも行われています(笑)。今後は、このアプリの中にまさに食事の要素も入れていきたいと考えています。食事というのは、美味しさという瞬間的な喜びから、栄養などの持続的な幸せにつながるもの、あるいはご褒美としてのディナーなど、さまざまな面で人の幸せに影響を与えますよね。また、こういう食事を摂ったら翌日プレゼンが上手くいったというデータなども、このアプリを通じて色々集められるはずです。

「Happines Planet」Webサイト

それは面白いですね。矢野先生の本の中では、加速度センサーから得られたデータを活用し、企業の業務改善に取り組んだエピソードなども書かれていましたが、こうした動きはかなり活発化しているのでしょうか?

矢野:まだまだこれからだと思っています。データが取れたとしても、それを分析し、どのように人材を配置していくのかという部分には人の手が必要ですし、そこにコストがかけられる企業はそんなに多くないのではないかと。そもそも私の根本的な考えとして、人というのは安く使ってはいけないものだと思っているので、このアプリのようにすでに多くの人が使っているスマートフォンなどを利用しながら、それぞれが自分の意志からスタートし、自ら改善していくということがポイントだと思っています。

処理の自動化と、個々の入力がブレイクスルーのカギということですね。

矢野:はい。これまでの企業は、組織の中で上手いやり方をしているものを標準化し、みんながそれを真似ることで全体を良くしていくという考え方でした。でも、さまざまな外的要因が業務に影響する中で、これがベストプラクティスだからみんな右にならえというのは現実的ではないんです。では何が突破口になるのかというと、それがまさにデータなんです。IoTやAIの技術を活用することで、その人にとってベストの方法が個別に提供できるようになる。だからこそ、その日のその人の状況に合わせて挑戦をしてもらい、ハピネスの数値を自動的かつ客観的にレイティングしていくことが必要だと考えているんです。

熊野森人
研究を通して実現したいことは何ですか?

従来の指標やレイティングには、他者との比較のために使うものという認識があったと思いますが、これからは、多様な個人というものを認めた上で、何のために指標を取るのかということを考えていくことが大切になりそうですね。

矢野:その考え方が非常に大事だと思います。先ほどの話に戻りますが、私たちは一人ひとり役割が異なるにもかかわらず、同じ基準をもとに、この人はがんばっている、この人はサボっているという判断をするのはナンセンスなんです。それはデータでも示されていて、例えばコールセンターにおけるスタッフそれぞれのパフォーマンスというのは、売上という数字だけで判断されがちです。では、売上が高い人だけが偉いのかというとそういうわけではなく、その人がシフトに入っていると全体の売上が高まるというような人も中にはいるんです。おそらくその人が場の雰囲気を良くしているから、みんながパフォーマンスを出せるんですよね。集団というのは、多様な人たちがそれぞれ影響を与え合っているものですし、昨日と明日で商材が変わるようなこともある中で、受注や売上だけを指標にするというのは、前時代な考え方だと思っています。

「Happines Planet」アプリ

企業というのは決算を区切りに、昨対比で売上がどれだけ伸びたかということばかりに気にしたり、成長し続けないといけないという強迫観念を駆られているようなことも多いですが、その考え方自体に無理があるように感じています。一人ひとりに目を向けても、1年で結果が出せる人、5年かかって結果を出す人がそれぞれいる。そこに目を向けていけるような考え方のパラダイムシフトが求められているのかなと思います。

矢野:現代というのは、来るべきシンギュラリティに向けて、すでに乱世に突入しているように感じています。それにもかかわらず、日本の組織の多くは平時のやり方を続けているわけですが、この乱世にふさわしい形に一気にギアを切り替えていくべきだと思っています。その中でデータをいかに活用していくのかということにも取り組まないといけないですし、おそらくあと10年も経てば、組織のあり方も劇的に変わってくるののではないでしょうか。

最後に、矢野さんが続けられている研究や仕事の先には、どんな目標やゴールがあるのかということをお聞かせください。

矢野:まず、世界中に何十億とあるスマートフォンの力で、この「Happines Planet」をスケールさせていきたいと考えています。それによってさまざまなデータが集められるようになると、恣意的ではないレイティングができるようになるはずです。例えば、現在のECサイトなどのレビューで評価をしている人は、購入者の中のごく一部なので、指標としてはかなり偏りがあります。これが従来のITの限界だと思っているのですが、私が実現させたいのは、データを活用して客観的なレイティングを可能にすること。それによって、あらゆる行動のハピネスをわかるようにし、世界中の人たちが幸せのためにお互いに協力していけるインフラをつくることなんです。


インタビューを終えて

現在のGDP推計と同じ概念で推計されたGDPは、1955年からだそうです。そこから現在まで時代は移り変わり、世の中も変化してきました。当然のことながら新指標の導入もニーズとしてあり、導入派は現GDPに家事育児、介護といった無償労働が生産活動として入っていないことに問題があると考えているようです。

矢野さんは、人間の動きのビッグデータでハピネスの精度を上げていこうとしていらっしゃいます。この研究分野が将来的にポストGDPになるのかはわかりませんが、もはや現状の経済成長を計るルールにも無理が出てきているのは間違いなさそうです。これらのことも踏まえて、矢野さんは現世のことを「乱世」と表現されているのだと思いますが、まさしく価値が変容していく中で昨日までの定規が使えなくなることが、ここ5~10年くらいでありそうな気がしています。そして次の世界は、より人間が人間らしく生きるために、何を基準にどうすればいいのかという哲学/心理学のエビデンスを求められる時代でもあるかと思います。矢野さんの研究は、まさにその第一線です。

今回の取材を終えて感じたことは、我々がやろうとしている客観的にデータを取る幸せの数値化は、矢野さんしかり、以前に取材させて頂いた東京大学の光吉俊二さんしかり、すでにできているのではないか? しかしながら、定着していないのはなぜか? 新しすぎるから? 一大学だから? 一企業だから? データの取り方と集計方法がそれぞれまちまちだから?
では、我々がやるべき数値化とは何なのか? その広め方も含めて設計しないと、誰も知らないものになってしまう。そんなことを色々改めて考えるきっかけになりました。うーん…、前途多難(笑)。
矢野さん、お忙しいところありがとうございました。