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「問い」をカタチにするインタビューメディア

問いから学ぶ

CINRA代表・杉浦太一さんが聞きたい「第三の教育の場のつくり方」

CINRA代表・杉浦太一さんが、
DAncing Einstein代表・青砥瑞人さんに聞く、
「脳科学から考える教育の未来」

脳科学を教育や人材育成などの分野に応用する取り組みで各方面から注目を集めている「DAncing Einstein」。その代表を務める青砥瑞人さんは、米・UCLAで学んだ脳科学の奥深さや可能性を教育の現場に伝えながら、人が幸せになるために必要な成長や学びのあり方を日々模索しています。そんな青砥さんに、主に中高生に向けた教育事業の立ち上げを目指すCINRA代表・杉浦さんが、脳科学の視点から見た学びの可能性や、これからの教育現場に必要なことなど、さまざまな質問を投げかけました。

杉浦太一
なぜ脳科学と教育をつなげたのですか?

僕は学生の頃にCINRAを立ち上げ、幸せのきっかけや変化の種を多くの人に届けるというヴィジョンのもと、メディアの運営や企業の広告制作などをしてきたのですが、いつか教育事業に取り組みたいと創業時から考えていました。今日は脳科学の知見を教育分野に応用されている青砥さんに色々お話を伺えればと思っていますが、まずは脳に興味を持ったきっかけからお話し頂けますか?

青砥:子供の頃から野球をやっていたのですが、常に恩師から丹田呼吸をしなさいと言われていて、たしかに試合前にそれをするとパフォーマンスが上がる感覚があったんです。僕は高校を中退し、その時点で野球もやめたのですが、当時の経験がずっと不思議で、色々調べているうちにメンタルトレーニングというものに行き着き、どうやらそれは脳が管理しているらしいということまでわかったんですね。そして、より詳しくそれを学ぶのであれば、アメリカに行く必要があることがわかり、必死で勉強して世界的な脳研究機関の拠点になっていたUCLAに入り、脳科学を学ぶようになったんです。

当時はまだ教育という観点はなかったのですか?

青砥:はい。将来は研究者か医者になるのかなとぼんやり考えていました。ただ、アメリカで医学士や医学博士の学位を取るためには時間もお金も必要だったので、一度日本でお金を貯めようと思い、コンサル会社に就職しました。色々な縁でその間に多くの学生たちと話すようになったんですが、将来何をしたいのかと投げかけても曖昧な答えばかりで、本当にそれが好きだということが伝わってこなかったんですね。そこで、こちらから問いを立てたりしながら彼らと対話を続けるようになったのですが、そうすると徐々に変化が出てきて、当初は目が死んでいた学生たちが目をキラキラさせて本当に行きたい道に進むようになったんです。その変化の瞬間を目の当たりにしたことをきっかけに、自分が好きだった脳科学を学びの文脈に活かしていくことができないかと考え始めたんです。

具体的にはどんなことからスタートされたのですか?

青砥:最初は日本の研究者にヒアリングしようとしたのですが、ほとんど相手にされませんでした。そこで、アメリカに目を向けていると、すでに脳科学と教育を組み合わせた新しい学術分野が立ち上がっていたんです。そこには面白い要素がたくさん詰まっていたのですが、研究者が書く論文というのは専門用語が多く、難解なんですね。それをもう少し教育の現場に伝わる形に変換できると世の中が変わるんじゃないかと思い、研究の世界と教育の現場をつなげる役割を担う会社をつくりました。そして、日本の小中学校にコンタクトを取り、興味を持ってくれた先生たちの課題を個別にヒアリングし、脳科学の知見を応用しながら彼らをヘルプするようになったのですが、それによってクラスがガラッと変わるという現象が起き始めたんです。

杉浦太一
教育の現場には何が必要ですか?

具体的にどんなことをしたらクラスが変わったのですか?

青砥:学級崩壊してしまったクラスの話なのですが、担任の先生はそのクラスを、常にいがみ合っている子どもたちが安心できるような場所に戻したいという思いを持っていました。脳にとっても、安心・安全という状態を保つことは非常に大切なんですね。それが保たれてない状態の脳というのは、扁桃体という部分が活性化している一方で、物事を考えたりするために必要な前頭前皮質が止まってしまう。つまり、脳が学ぶ状態にはないんです。では、クラスを安心できる場にするために何が必要なのかということを先生本人に考えてもらうようにお願いしたところ、彼が選んだ手法は、菊池省三さんというカリスマ先生が実践している「ほめ言葉のシャワー」というものでした。これは、毎日一人の生徒のことを、他の生徒たちが一言ずつ褒めていくというものです。

青砥さんの高校時代の同級生が勤務する小学校の学級に直接触れることから始まった「DAncing Future Learner(DAFL)」。 当初は、「先生の問題解決と学び」の場として、DAncing Furture Teacher(DAFT)という形で始まったが、現在は企業で働く社会人や高校生、大学生も巻き込んで、「学びを遊び尽くす場」として発展している。

それによってクラスが変わったのですか?

青砥:最初の3日間は良かったのですが、4日目以降生徒たちは飽きてしまい、先生がもうやめようと思うと言ってきたんです。「ほめ言葉のシャワー」は、菊池先生がやったからこそ成功したのであって、全く同じことを、違う先生や生徒たちでやっても機能しなかったんです。それからは、子どもたちがどんな言葉で生徒を褒めているのかということなどを分析し、彼らが使いやすそうな言葉を教えてあげたり、朝会で今日褒める生徒を決めて、帰りの会で発表をするような流れに変えるなど、そのクラスに合った形をつくったところ、クラスが大きく変わったんです。そもそも人間の脳というのは生存上の必要性から、自分に不利な情報をとりやすい、すなわち相手の悪いところやダメなところは把握しやすいようにできているのですが、逆に良いところは意識的に目を向けないと見つけられないんですね。そうした力を培うこと自体は子どもたちにとって素晴らしいことだったのですが、要はそれを現場で使いやすい形に落とし込むということができていなかったんです。脳の理論をもとに、いかに一つひとつ違う教室現場に即して学級を創るのかがキーとなりました。

あくまでも脳科学というものを立脚点にしながらも、青砥さんが担っている役割はファシリテーターに近いところがありますね。ある課題を設定し、それを解決するための環境をいかに現場にインストールしていくのか、生徒のリアクションにどう対応していくのかというのは、生々しい人間関係やコミュニケーションの話で、アカデミックに依存せず自在に動かれているように感じます。

青砥:脳を知ることでプラスになることは非常に多いので、それはそれで伝えていきたいのですが、教育の現場ではその知見をいかに体験に落とし込んでいくかということがポイントになります。そして、それはこちらから教えるようなものではなく、現場の先生たち自身で見つけていくことが大切で、本来彼らは教職過程でそれを学ぶ必要があると思うんですね。大学で教職をとってそのまま先生になったような人たちというのは、外の世界のことをあまり知らないケースも少なくない。それでは、子どもたちに伝えられる多様な世界の価値観も画一的になってしまいますよね。そういう意味では、脳科学の世界と教育の現場をつなげるだけではなく、より広い社会に触れる機会というものを先生たちに提供していくことも重要になってくるのかなと感じています。

杉浦太一
大人と子供で教育の形は変わりますか?

青砥さんが考える教育というのは、主に小中学生が対象なのですか?

青砥:基本的にはそうなのですが、当然会社としては利益を上げることも考えなくてはならず(笑)、現在は企業の人材開発や研修なども行っています。例えば、子どもたちの成績を上げることは、脳の記憶系に関わることなので比較的取り組みやすいのですが、色々なことに興味を持つ好奇心や意欲など、いわゆる非認知と言われる能力は抽象度が高いため、どうしても非科学的、経験論的に考えられがちなんですね。これを、国の施策のもと文科省らと連携して取り組む必要がある小中学校で実践するのは簡単なことではありません。それなら、まずは一般企業で社会人相手に変化を起こし、それを子どもや先生たちの教育に展開していくのが良いのではないかと思っているんです。

企業の人たち向けの研修と、小中学校における教育というのは、根本的には同じものなのですか?

青砥:脳の発達度合いは年齢ごとに異なるので、それぞれの時期に適した教育というものはあります。歳を重ねるほど、普段使われない脳の回路の刈り込みが行われるため、大人が何かを学習をしようと思ったら、その回路自体をつくっていくところから始める必要があり、子どもよりも時間がかかります。そうした違いこそあれど、人間の基本的な脳の仕組み自体は根本的には同じなんですね。例えば、一般的には良くないものとされているストレス。実はこれがあることで脳のパフォーマンスは高まるんです。そして、これは大人にも子どもにも共通します。生存と結びついていているストレスというのは、生き物にとっては不可欠なものであり、これが記憶の定着を高めたりもする。そう考えると、国語・算数・理科・社会の勉強だけでなく、脳科学的に見た時にストレスがどういうものかを知っておくことも、何かを学ぶ上では大切なんです。

青砥さんが、経営者向けに行った『オラクル人間学ゼミ合宿』の神経科学講座。

いま僕は2歳と0歳の子どもがいるのですが、上の子がYouTubeを見過ぎて困っています(笑)。自分でiPhoneのロックを解除したり、広告をスキップしたりしていて、自分が子供だった頃と比べて情報選択力はある意味凄いと感じるのですが、同時に好きなものをより好みできてしまう環境ではセレンディピティは起こりづらい。これについて、脳科学にはいかがでしょうか?(笑)

青砥:一長一短だと思います。何か楽しいものを見つけて追求していくこと自体は学びの要素として大切で、それが行動に移っていくことで、色々な人たちと出会えることもあると思うんですね。これからはそういうつながり方が当たり前になると思うので、自分たちの時代になかった環境をただ否定するのではなく、基本的には伸ばしてあげる方向性がいいんじゃないかなと個人的には思います。ただ、ひとつのものだけしか知らない状態でそれにはまってしまうのは良くないので、そうしたネガティブな側面には配慮しつつ、色々な選択肢を提供していくことが親や教育者の役割になるのかなと

青砥さんが、千代田区立麹町中学校の2、3年生の生徒と保護者、教師を対象に行った講義。
主に乳幼児期の子どもを持つ保護者とその教育に関わる方を対象にしたプログラム「DApta」。

杉浦太一
教育のメソッドは一般化できますか?

褒められて伸びるタイプと、怒られて伸びるタイプがいるとよく言われますが、これについてにどう考えますか?

青砥:どちらも必要だと思います。「怒る」「叱る」というコミュニケーションはもともと生物に備わっているもので、恐怖を覚えさせることで行動を抑制したり、物事を覚えさせる役割がある。ただ、恐怖や不安ばかり強くなり過ぎてしまうと、学びの状態としては適切ではありません。要は、どういうタイミングで、誰が、どのように怒るのかということが重要なんです。同じことを怒られるにしても、Aさんに言われたら聞くけど、Bさんに言われるとイラッとくるということが誰しもあると思います(笑)。それは、怒られた相手のこれまでのエピソードに紐づく感情の記憶というものを脳が学習しているからで、相手によって否定的になったり、ブロック状態になることがあるんです。そういう意味では、怒るのが良いか褒めるのが良いかということ以上に、普段の行動や相手との関係性というのが、学習モードを引き出す上で重要なのだと思います。

DAncing Einsteinのメンバーたち。

青砥さんのお話を聞いて、教育においては個別の状況にあわせてソリューションを考えていく必要性を強く感じました。一方で、すべての状況において共通するメソッドのようなものを考えることも可能だと思いますか?

青砥:ある程度可能だと思っています。なぜなら、脳の回路というのは基本的に同じで、そこには一定のルールがあるからです。重要なのは、メソッドの一般化を経験則から行うのか、科学的に行うのかということです。僕らは、脳の仕組みを科学的に理解した上で、一般化していくことがこれからの時代には必要だと感じているので、人間の感情と記憶を可視化し、神経科学的な推論が可能になる人工知能の開発を進めています。あくまで統計の延長にある従来の人工知能というのは、例えば「暑い日はアイスが売れる」「暑い日は水死者が増える」という2つのデータがあった時に、これらを結びつけて、「アイスが売れると、水死者が増える」と捉えてしまうんですね。つまり、多くの人工知能は相関性は把握できても、因果性はわからないんです。一方で僕らは、周囲にさまざまなファクターがある中で、脳をバイオロジカルな仕組みとして捉えた人工知能をつくりたいと考えているんです。

これまでに青砥さんは、未開の領域に入り込み、脳科学的視点から新たな気づきを促すような活動をされてきたと思うのですが、何か明確なゴールというのを思い描いているのですか?

青砥:基本的には何かをひらめき、アクションを起こすということを続けてきましたが、少しずつゴールのイメージも見えてきました。例えば、ある程度の規模の企業にはストレスチェックというものが義務づけられているのですが、現状のテストは経験則に基づいてつくられている側面が強いんですね。今後はもっと科学的な見地から人の感情を可視化していくべきですし、それによってより多くのうつ病患者を救うことができれば、何千億円という経済損失を防ぐことにもなる。人間の抽象的な感情というものが、思考や行動に与える影響は無視できるものではないですし、それをいまは細胞分子レベルでとらえられる時代になっています。僕は、人が成長するのを見ることが好きなので、人間のハピネスにつながる文脈から感情を可視化するコアをつくり、それをさまざまな強みを持つ企業に応用していってもらえるようになるといいなと考えています。


インタビューを終えて

青砥さんのお話で印象に残ったのは、「脳が安心状態にないと、人は学べない」ということでした。一方で、ある種のストレスがある状態だとパフォーマンスが上がるというのも、うなずけます。これは学校でも企業でも同じことで、常に受験競争にさらされていると逆に成績を上げにくかったり、締め切りがないとどうにも仕事が進まなかったり。
安心とストレスの種類とバランス。どうすれば人がアクティブに学習して成長していくのかを設計するのにとても大切な考え方だと思いました。
それから青砥さんは、実際にお会いしてみると本当にパワフルな方で。UCLAで学んだ脳神経学者と言えばどんなインテリジェンスに満ち溢れた方なのかと思っていたのですが(笑)、知性もさることながら、その熱さというか、人を巻き込んでいく力をお持ちでした。
教育はあくまでも現場。そこに介入しようとした時に、アカデミーやロジックでは絶対に太刀打ちできない何かがあって、そういう人間力というか、ファシリテーション力というか、そういうものが必要なのだなぁと強く感じた取材でした。