インタビューアーにスポットを当てる新感覚インタビューサイト

RSS

Qonversations Twitter

長谷川踏太

クリエイティブディレクター

田中康夫

小説家

カンバセーションズには2回目の登場となるクリエイティブディレクターの長谷川踏太さん。前回の棋士・渡辺明さんに続き、今回長谷川さんがインタビューするのは、衆議院議員、参議院議員、長野県知事を歴任した作家の田中康夫さん。社会現象となった1981年のデビュー小説『なんとなく、クリスタル』(「もとクリ」)を皮切りに、数多くの著作を発表し、2014年には『33年後のなんとなく、クリスタル』(「いまクリ」)を刊行。各方面から注目を集めた田中さんに、長谷川さんが聞きたいこととは?

5. いまの社会をどう思いますか?

田中康夫 

人間が社会の一員として尽くす中で、単なる歯車としてではなく、自分が自分として生きていることを確かめられる瞬間。それが次第に薄くなっているのが、我々の生きている社会なんじゃないかなと。

Q.僕がイギリスから帰国した時に、日本のスーパーのレジはイギリスとはだいぶ違うなと感じたんですね。イギリスに比べてはるかにレジを打つのが速いし、荷物も分けてくれたりして、サービスを受ける側からすれば便利なんですが、仮に同じ時給だと考えると、ちょっと心配になるところもあったんです。東京というのはその辺がとても過酷だと感じることがあるのですが、現在は東京で暮らしている田中さんはどのようにお考えですか?

田中:日本にはもともと職人的な繊細さがありますが、それは本来、形式知のマニュアルを超えた、マイケル・ポランニーが説いた暗黙知のレシピ的な部分の話だったと思います。でも、いまはどんどんマニュアル化していくことで、思考をさせない方向にいっている気がします。マリ共和国の独特な仮面文化で知られるドゴン族の言語では、「収穫をする」という言葉と「お祭りをする」という言葉が同じ動詞らしいんですね。彼らの言語の語彙数はスワヒリ語などよりも多いらしいのですが、そのふたつには同じ言葉があてられている。僕は、これらに共通するのは、人間が生きている瞬間の喜びなんじゃないかという気がするんです。つまり、人間が社会の一員として尽くす中で、単なる歯車としてではなく、自分が自分として生きていることを確かめられる瞬間。それが次第に薄くなっているのが、我々の生きている社会なんじゃないかなと。「IoT」(Internet of Things=モノのインターネット化)と呼ばれる技術が進んで、家電製品を始めとする身の回りのあらゆるモノがネットに接続される社会はたしかに便利だけれど、これが工場のラインの部品や電車の制御システムもすべてインターネットでリンクされて遠隔操作できていくと、その次の段階では故障の可能性も事前に察知して警告を発したり、効率の悪い動きも事前に察知して停止させたり、そこにロボット技術も結び付くと、生産ラインの据え付けも維持修繕も、製品の製造もすべて現場のスタッフを必要としなくなってしまう。それはマイスターという熟練した人間を必要としなくなってしまう展開で、単に雇用の場が減るだけでなく、長い目で見れば人間の思考・模索や訓練・鍛錬の機会をも奪い、アイザック・アシモフの「アイ,ロボット」の世界になってしまう。僕が感性でなく「勘性」という言葉をずいぶんと前から使っているのも、「科学を信じて、技術を疑わず」ではなく、「科学を用いて、技術を超える」心意気を共有しないと、さらに歯車化してしまうからですね。

Q.僕らは社会の歯車として働き、消費し、疲弊していくわけですが、どれくらい社会に奉仕し、幸せな時間を得るかというバランスを取っていくことはなかなか難しいですよね。

田中:そうだよね。資本主義や高度消費社会から我々が逃れられないならば、その中でいかに人間の相貌と体温を持った経済や社会にしていくかが求められているんだと思うよ。カール・マルクスの「資本論」も実は、資本主義よりも共産主義や社会主義が優れていると述べているわけではなくて、資本主義がブラック経済にならないためにどうするべきかを説いているんだよ。なのに、「マル経VS近経」みたいな不毛な二項対立のイデオロギー論争に持ち込まれてしまった。そうして人間の相貌と体温を持たなかった社会主義の計画経済は崩壊し、でも、勝利したはずの資本主義も今や新自由主義の名の下に同じく人間の相貌と体温を持たない市場万能主義の投機経済となりつつある。だって中国も今や「国家資本主義」でしょ、米国は「株主資本主義」。その両方共が「数字に換算出来ないモノ=価値ゼロ」と近視眼的に捉えている。本当は「公益資本主義」の発想と実践が求められていて、一昨年11月に教皇フランシスコが発表した「エバンジェリー・ガウディウム=福音の悦び」という長文の使徒的勧告も、そうした流れの中での警告なんだ。「多くの人々は貢献すべき仕事を得られず、挑戦すべき機会も与えられず、その状態から脱け出る事さえ叶わぬ中で排除され、阻害され、人間もその存在自体、使用後には即廃棄に至る消費財と見なされてしまう、こうした“使い捨て”文化を我々は生み出し、しかも急速に蔓延している」という内容は即日、カソリックよりもプロテスタントが多いアメリカでも、「ワシントンポスト」や「ウォールストリートジャーナル」が1面で大きく扱った。なぜか日本で扱った新聞は“鈍感力”を発揮して皆無に近かったけどね。それは、社会や家族の人間的関係や文化・伝統に象徴される「市場では数値に換算できないモノ=価値ゼロ」と捉える金融資本主義への異議申し立てだったの。冒頭の話に戻るけど、「微力だけど無力じゃない」と信じて、「できる事をできる時に、できる場でできる人と共に一人ひとりができる限り」行う意欲こそが、勇気と希望をもたらすんだという基本に立ち戻るのが必要じゃないかな。それがドゴン族の言葉にも通じる気がします。

Q.やはり肌感覚というものが大切になってくるんですね。

田中:ええ、感性でなく勘性ね。それは、人間主義でなく、行為主義で人々や社会を捉えようとすることでもあるんだ。人間主義とは人道主義とは別物。たとえば銀行が、上場企業勤務で自家保有の妻帯者には融資基準の得点が高いのと一緒で、肩書に象徴される精神的ブランドで人間を評価しようとする発想。サミットの前に警察がバイクやトラックは必ず検問するけど、黒塗りや左ハンドルの車はフリーパスなのと一緒。少し頭の切れる過激派だったら逆に、そうした車の後部座席の床にチャカ=拳銃を隠して、助手席に眉目秀麗な女性を座らせれば検問されずにフリーパスだぜと企むよね(苦笑)。行為主義は、是々非々で人間を評価すること。阪神・淡路大震災の発生直後、文化住宅と関西では呼ばれる倒壊した長屋の端からドアを叩いて、「生きているかぁ、生きてたら声を出せ」と何人かの茶髪の兄ちゃんが行動した。何番目かのドアの中から声がして、すると彼らは周囲に向かって「ここは生きてるぞ。救うのを手伝ってくれ」と叫んだ。自分も家族も無事だったものの呆然としていた僕の知人は、その声で我に返って一緒に手伝ったんだけど、いつもはコンビニの前で深夜にたむろしていて、なんだかなぁと帰宅途中に彼が感じていた若者の方が、はるかに勘性と行動力があったと。それが行為主義。政治も経済も、とりわけ「3.11」以降は、それまで大層な物言いをしていた、人間主義として高い評価を得ていたような、スーツを着た人間ほど洞察力も行動力もないとバレてきちゃったでしょ。その意味でも、「微力だけど無力じゃない」行為主義が求められているんだと思いますね。『33年後のなんとなく、クリスタル』を書き終えて、より一層、痛感しますね。<インタビュー終わり>

インフォメーション

『33年後のなんとなく、クリスタル』刊行記念&『ソトコト』連載『憂国呆談』25周年記念公開対談 浅田彰×田中康夫「『もとクリ』『いまクリ』から現在の日本、そして未来まで!」が、4月25日に紀伊國屋サザンシアターで開催。また、100枚のAORのアルバムを朝・昼・夕方・夜とシチュエーション別に、100の物語を展開し、参考アルバム・リスト786枚も網羅した1984年刊行の幻の単行本『たまらなく、アーベイン』が、5月下旬に河出書房新社から復刊予定。
田中さんの出演番組文字起こし「いまクリ」書評等一覧オフィシャルサイトで公開中。

もっと知りたい人は…

  • 長谷川踏太 

    長谷川踏太

    クリエイティブディレクター

    1972年東京生まれ。1997年ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)修士課程修了。その後、ソニー株式会社デザインセンター、ソニーCSLインタラクションラボ勤務などを経て、2000年ロンドンに本拠を置くクリエイティブ集団tomatoに所属。インタラクティブ広告から創作落語まで、そのアウトプットは多岐にわたる。2011年よりワイデン+ケネディ トウキョウのエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターに就任。

  • 田中康夫 

    田中康夫

    小説家

    新党日本代表、前参議院議員、前衆議院議員、作家、前長野県知事。1956年東京都生まれ。一橋大学法学部卒業。大学在学中に書いた『なんとなく、クリスタル』(河出文庫)で昭和55年度(1980年)の文藝賞を受賞。2000年長野県知事に就任。2005年、「新党日本」を立ち上げ代表となる。2007年比例区にて参議院議員当選。2009年兵庫8区(尼崎市)より衆議院議員に当選。『神戸震災日記』(新潮文庫)、『東京ペログリ日記大全集①~⑤』『ナガノ革命638日』(以上扶桑社)、『日本を-ミニマ・ヤポニア』(講談社)、『田中康夫が訊く食の極み』(光文社)、『ニッポン解散 続・憂国呆談』(淺田彰氏との共著)、『田中康夫主義』(以上ダイヤモンド社)など著書多数。tanaka@nippon-dream.com