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「問い」をカタチにするインタビューメディア

暮らしの更新

アーティスト/アートディレクター・えぐちりかさんが、
「Numéro TOKYO」編集長・田中杏子さんに聞く、
「仕事と子育てを両立させる生き方」

えぐちりかさんは、電通のアートディレクターとして働く傍ら、アーティストとしても個性あふれる作品を発表し続けているいま最注目のクリエイター。一昨年にはお子さんが産まれ、現在は子育てをしながら仕事をしている彼女が今回インタビューするのは、ファッション雑誌「Numéro TOKYO」編集長の田中杏子さん。人気俳優からアスリートまで話題のセレブリティたちを独自の視点で切り取る企画や、国内外のトップクリエイターたちによるカッティングエッジな誌面作りで他の雑誌と一線を画している同誌の編集長を創刊から務めながら、すでに5歳になるお子さんを持つ田中さんに、仕事や子育てのことについて聞いてきました。
Photo:田川友彦

えぐちりか
なぜ面白い企画が実現できるのですか?

杏子さんはもともとスタイリストをされていたんですよね。そこから雑誌の編集長になるというのは珍しいケースですよね。

田中:日本の場合は、大学をちゃんと卒業した人が出版社に就職して、やがて編集長になるという流れが多いですよね。でも海外では、ファッションエディターというポジションでブランドのアドバイザーなどをしながら、自分の雑誌のスタイリングもするというスタンスが結構定着しているんです。日本だと、スタイリストさんはフリーの方が多くて、編集者がスタイリストに仕事をお願いするという図式になっているので、私のような人はレアケースだと思います。

「Numéro TOKYO」を読んでいて、日本のファッション誌の中でも独自の匂いというか、異質な感じを受けるのはそのせいかもしれないですね。「よくこんな企画実現したな」と思うような面白い記事も多いように思います。

田中:私が現場叩き上げの人間ということもあって、人とのつながりやコミュニケーションをスゴく大切にしているところがあるんです。基本は遊び人なので(笑)、遊ぶことが大好きで、そういう場で出会った人たちとも仲良くするし、仕事で知り合った人とも遊びに行く。例えば、YOUちゃんが今日子ちゃん(小泉今日子)をスタイリングするという企画も、もともとお友達だからできたんだと思うんですね。そういうところが、エリート編集者のような人たちとは違うところだと思うし、私たちの強みかもしれないですね。

雑誌立ち上げの頃からそれを活かしていこうと考えていたんですか?

田中:そこまでは考えてなかったですね。でも、海外で生活や仕事をしていた経験があったので、それを活かして他の雑誌とは違う作りにしたいとは思っていました。あえてみんなが作らないものを作っていくことで、媒体のバリューを作っていきたいなと。

創刊してすでに5年が経ちますが、雑誌を目指している方向に持っていけたとご自身で感じられたのはいつ頃からでしたか?

田中:3年経ったくらいですかね。最初の頃はもっと固く、真面目に作っていて、一生懸命「毒を盛る」ということを考えていました。他の雑誌との違いはわかってもらえていたとは思うんですけど、どうしてもコアな人たちが中心で、なかなか一般的にはウケなかったんですね。試行錯誤を繰り返しながら、3年目くらいで方向性が定まってきたような気がします。ただ、その頃はまだバラつきもあって、ようやく軌道に乗ってきたかなというのはここ最近のことですね。

えぐちりか
雑誌を通して何を伝えたいのですか?

前にフィギュアスケーターの髙橋大輔さんを、篠山紀信さんが撮るという企画がありましたが、実は私、その髙橋さんの衣装のデザインをしていたので、スゴくうれしかったんです。誰もが知っている有名人を、「Numéro TOKYO」ならではの切り口で見せているから、いつもドキッとして手がとまってしまうんです。

田中:ありがとうございます。最近はありがたいことに、「Numéro TOKYO」なら面白く料理してくれるんじゃないかと期待して、向こうから出たいといってくれる方が多いんですよ。もちろん、こちらからオファーすることも多くて、髙橋さんの時は絶対無理だろうと思いながらお声がけさせて頂いたのですが、実際に見本誌の誌面を見て、普段ほとんどスポーツ誌にしか出ない髙橋さんが、これなら出たいと言ってくれたんですよ。

「Numéro TOKYO」No.58より。撮影:篠山紀信

色んな媒体を見ていますが、こんなに素敵に撮影されていることにかなり感激して、「この号は絶対大事にしよう」って思いました(笑)。沢尻エリカさんのセミヌードにしても、ただセンセーショナルに撮ったというわけではなくて、被写体に対してスゴく愛情があるように感じます。それはもしかしたら「お母さんの視点」なのかなって。私自身、これまでは「やってやる!」という気持ちが強かったけど、お母さんになってみて、自分を出すよりも、相手を自分なりの切り口でどう表現すれば、その人が次のステージにいけるかということを考える方が楽しくなってきたんです。

田中:私が「Numéro TOKYO」を始めた時はすでに子どもが生まれていたので、お母さんになってからずっとこの本を作っていることになるんですけど、それは当たっているかもしれないですね。言われるまで気づかなかったです。「Numéro TOKYO」に出てもらう方によく言うのが「心を裸にしてほしい」ということなんですね。センセーショナルな話題を作るだけじゃなくて、意外な一面や人間っぽさを知ってもらうことで、その人の魅力がさらに増すような誌面にしたいと思っています。隙のない人を完璧にカッコ良く見せるだけではつまらないし、その背後にある心のヒダのようなものまできっちり伝えたいなと。

売上だけを考えるなら、この人が脱いでくれたという事実が大事なのかもしれない。でも、「Numéro TOKYO」からは、取材する以上その人のことが好きだという前提で、何がその人の魅力につながるのかということを考えながら作っている感じが伝わってきます。

田中:その人の人間としての器や、いまに至るまでの感情をしっかり伝えたいし、人間味があふれていないと意味がない。その人のダメなところも含め、魅力をきっちりカタチにしていきたいと思っていて、それを編集部全員が共有していることが、うちならではの色につながっているのかもしれないですね。

えぐちりか
子育てで大切にしていることは何ですか?

杏子さんはいつ娘さんを産まれたんですか?

田中:ちょうど「Numéro TOKYO」が創刊した10日後くらいに出産したんです。それまでずっと仕事に行っていたんですけど、イライラもつわりもなくて調子が良かったんです。いつ生まれるのかなと思いながら仕事していて、編集部で陣痛がきて、最後に夜7時くらいに自分のブログをアップして、その翌朝11時くらいにはもう生まれていました(笑)。

スゴイですね。子どもができてから変わったことはありますか?

田中:もうすべてが変わりましたね。本当に生まれてきてくれてありがとうという感じです(笑)。いままでは自分の仕事のことや、今後どうやって生きていくかということばかり考えていたけど、もう全くそれが中心ではなくなりましたね。それよりも、精神的に豊かな人生を送りたいと思うようになりました。子ども中心の生活をしているかというと実際はそうでもないんですが、頭の中には常に子供がいて、「だからこれをやる、やらない」と考えるようになりましたね。

子どもと一緒にいたい気持ちはあっても、普通のママみたいに常にいられるわけじゃないですよね。だからこそ気をつけていることとかはありますか?

田中:子どもから「ママ!ママ!」って言われた時は、できる限り応えようと思っていますね。抱っこしてと言われたり、一緒にお風呂に入りたいと言われたら、どんなに忙しくてもそうするようにしています。仕事が終わった時点で、自分の時間は100%娘のものだと思っているので、不自由はさせないようにと思っています。時間的にあまり長くいられないので、一緒にいる時の質にはこだわるようにしていますね。

(左)「Numéro TOKYO」59、(右)「Numéro TOKYO」60

いま子育てをしているからこそ気になるんですが、杏子さんが子どもの頃の経験で、いまに活きているようなものってありますか?

田中:うちの母は、洋書の「ヴォーグ」とかをよく見ていたような人だったので、子どもの頃から姉とふたりオシャレな洋服を着せられていました。田舎育ちだったんですけど、ちゃんとした場所で食事をするという習慣もあって、ラグジュアリーな感覚や、本物に触れた時のゾクゾクする感じはその頃に知ったというのはあるかもしれません。子どもに良い洋服を着せて、良いものを食べさせることだけが大事とは思わないけど、音楽でもアートでも、本物に触れさせるというのは大切かなと思っていて、ミュージカルや展覧会に子どもと一緒に行ったりはしていますね。

お子さんには習い事なんかもさせていますか?

田中:芯のブレない子になってほしかったので、武道をやらせたいと思っていたんですね。うちの子はパーティとか楽しいことが大好きなんですよ(笑)。人前でも物怖じしない性格で、どこにでも一人で行って、色んな人とコミュニケーションを取っちゃうような子なので、芯がしっかりしてないと、ただのパーティピープルになってしまうんじゃないかと思って(笑)。それで、1年くらい前から合気道の道場に行かせています。私が子供の頃にやれなかったからというのもあるんですが、バレエもいいなと思っています。表現力もつくし、バレエをやっていた人はみんな背筋が良いですもんね。

えぐちりか
どうやって子どもを叱ればいいですか?

子どもができてから、私自身も育ててもらっている感じがするんです。自分もちょっとずつ親になっているんだなって。

田中:そうだと思います。私は、娘の前で完璧な親であろうとは思っていないんです。「ママ、それ間違えてるよ」と言われて、本当に間違えていたら謝るし、一緒に学んでいければいいなと思っています。完璧な母親の前だと、子どもも完璧でいようとしちゃうんですよね。完璧な親だと子どもが意外とダメな子になっちゃって、逆にダメな親だと子どもがしっかりするということもありますよね(笑)。私はダメな親というのも変ですが、例えば何かに遅刻しちゃった時とかに、「ママが悪かった、ごめんね」って言うと、「私ががんばるから大丈夫だよ」って言ってくれたりするんですよ(笑)。

「ドラえもん展」に出展したえぐちりかさんの作品「四次元ポケット付きパーカー」(左)と「友情マフラー」(右)。

優しいですね(笑)。子どもの優しい視点には本当に教わることが多いですよね。どれだけ私は汚れた心を持ってたんだ、みたいな(笑)。子どもは生まれた時からハッピーな力を持っていて、笑っているだけで人を完璧に満たしてくれますからね。そんな笑顔ってあるんだなぁって。そういうことの連続で自然と自分自身も変わっていくんですよね。

田中:子どもは3歳までに人生のほぼすべての親孝行をするんですって。3歳まではもう本当にカワイイし、何をしても許される。でも、4歳くらいからは叱らなきゃというタイミングが出てくるんですよ。そのくらいの年齢になると、人間の域に入ってくるというか、人の気を引こうとしてわざと悪いことをしたりもするんですよ。

うちの子どもはまだ2歳で、どうやって叱ったらいいかわからないところがあるんでけど、杏子さんはどんな叱り方をするんですか?

田中:もう感情むき出しにして怒りますね。目を吊り上げたりして感情を出すことで、それが本当にしちゃいけないことなんだというのが、初めて子どもに伝わるらしいんです。外で恥ずかしいからか「ダメよ、そういうことしたら」って笑いながら叩いたりするお母さんもいるみたいですけど、子どもからしたら怒っているのか、笑っているのかよくわからないみたいなんです。

叱る時は思い切り叱っちゃっていいんですね。

田中:そうですね。ただ、その後になんで叱ったのかはちゃんと子どもの目線で説明するし、向こうが理解して謝ってきた時には、ちゃんと抱きしめて気持ちを伝えたり、フォローするようにしています。あと、常に子どもと気持ちを離さないということが大切なんだそうです。子どもってどんどん大人になって親から離れていくけど、「どんな時でも必ずあなたのことを気にしているし、愛しているし、悪いことをしたら叱るからね」というスタンスで、その距離を絶対離したらいけないんですって。本当に悪いことをするのは、その距離が親と離れてしまっている子らしいんですね。「最近どうしてるの? 誰と遊んでいるの?」と、たとえうるさいと思われても、常に子どもの生活にコミットしていくというのは、親として正しいスタンスなのかなと思います。

えぐちりか
一番うれしかった褒め言葉は何ですか?

今後の夢や、まだやり切れていないと思うことはありますか?

田中:私の中では「Numéro TOKYO」がまだやり切れた感じがしないんです。これが私の中で満足できた時に初めて、次が考えられるんじゃないかなと思っています。ただ、もう少し日本のファッションがインターナショナルなところに行ければいいなと思っていて、その中でもこの人は外せないというグローバルなポジションに自分がいれたらいいなという思いはあります。それがもしかしたら、私が次に目指すステージなのかもしれません。

杏子さんはこれまでにもらった褒め言葉で、一番うれしかったものって覚えていますか? 私は、こないだ受けたインタビューでそういう質問をされたんです。その褒め言葉というのが、自分が目指すところだったり、周りからそう思われたいと思っていることなのかなって感じたんですね。

田中:えぐちさんはどんな褒め言葉がうれしかったんですか?

e.m.とえぐちりかさんのコラボレーション・アクセ「ジュエルの花園」。

超恥ずかしいし、どうでもいいようなことなんですけど(笑)、以前にトークイベントに出た時に書いてもらったアンケートで、ひとりだけ「きれい」と書いてくれた人がいたんです。感想を書けと言われて、きっとみんな仕事のこととかを一生懸命褒めてくれたりしたと思うんですけど、私としてはその言葉が一番うれしかったし、がんばろうと思ったんですよ。お世辞が入っていると分かっているし、その一言にいまは全然追いついていないけど、そう思ってもらえたらうれしいなっていう。恥ずかしさも含めて、その質問に核心をつかれた気がしたんです。

田中:その話で思い出したんですけど、前にモデルさんとのトークショーがあって、イベントの後にその子と一緒に楽屋から出たら、モデルさんの追っかけの子に「田中杏子さんだ、かわいい」って言ってもらったことがあって、それはスゴくうれしかった(笑)。単純にそういう言葉がグッと来るというのはありますよね。最近は保育園に行くと、子どもたちがスゴイ集まってきてくれるんですよ。私がつけている真っ赤なアクセサリーなんかを見て、カワイイって言ってくれるんですね。こんなちっちゃな子どもたちのハートを掴めてるのかなって思うと、なんかうれしくなったりするんですよね。

この子たちにほめられるようなママになろうって思いますよね。その感覚分かるような気がします。子どもがいるだけでこうして感覚が共有できるのはうれしいです。

田中:子どもって人と人の距離を縮めてくれますよね。子どもがいるだけで、それまであまり仲良くなかった人とも「今度お茶しましょう」という話になったりね(笑)。最近は、タレントさんとかもどんどん子どもを産んでいるじゃないですか。それはスゴく良い風潮だなって思うんです。キャリアを持つ女性が増えて、社会が活性化していくのはいいけれど、その結果残されるのが、子どもを産まないという選択肢だけになってしまうと、結局国力は衰退していくし、良くないですよね。だからこそ、子どもを生んで働くカッコ良い親たちが、もっと増えていくといいなって思っています。

杏子さんはまさにそういう存在ですよね。

田中:うれしいです。ありがとうございます。今日はとても楽しかったです。今度は、私がえぐちさんにインタビューしてみたいですね(笑)。


インタビューを終えて

インタビューの中で杏子さんが話していた『どんな時でもあなたのことを気にしている』『離れていても心はずっとそばにいる』というフレーズがとても印象に残りました。私も普段仕事をしていて、いつも子供と一緒にいられるわけではないけれど、やっぱり子供から心が離れるということはないので、とても共感できました。働きながら子育てをしている先輩ママとしての杏子さんの話をお聞きして、自分もきっといまのままで大丈夫なんだとスゴく励まされた気がします。世の中には、働きながら子育てをしている人はたくさんいますが、悩んだり感じていることはみんな結構似てるんじゃないかなということも改めて思いました。
杏子さん自身も想像していた通り、気さくで明るい方で、とても話しやすかったです。お話も面白くて正直まだまだ話し足りないくらいでした(笑)。子育てのことをざっくばらんに教えて頂けてうれしかったし、子供に対する真剣な姿勢というのは本当に素敵だなと思いました。自分の雑誌に対する思いを聞いていても、お子さんが生まれても自分の夢や野望を持ち続けて仕事に向き合っていることがよくわかりましたし、自分のことも大切にしながら、子育てにも100パーセント向かう姿勢というのは素晴らしいですよね。それがこれからのスタンダードになっていければいいですし、そう願う女性が増えれば、それに必要な社会のシステムも少しづつ変わっていくのではないかと思いました