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「問い」をカタチにするインタビューメディア

暮らしの更新

アーティスト/アートディレクター・えぐちりかさんが、
写真家・映画監督/蜷川実花さんに聞く、
「子どもができて変わったこと」

カンバセーションズに2回目の登場となるアーティスト/アートディレクターのえぐちりかさんが、今回インタビューを依頼したのは、フォトグラファー/映画監督として活躍を続ける蜷川実花さん。数々の著名人の写真集や自身の作品集を発表し、さらに沢尻エリカさん主演の映画『ヘルタースケルター』、AKB48のミュージックビデオ「ヘビーローテーション」など、近年では映像分野でもセンセーショナルな作品を世に送り出しています。ますます活動の幅を広げ、多忙を極めるトップクリエイターであり、一児の母でもある蜷川さんに、えぐちさんがさまざまな質問を投げかけます。
※このインタビューは、雑誌「QUOTATION」との共同コンテンツです。3月22日発売の『QUOTATION』VOL.14の誌面でもダイジェスト版をご覧になれます。

えぐちりか
休日はどうやって過ごしていますか?

前に実花さんの家にお邪魔した時に、夜3時くらいまで飲んでいたじゃないですか。でも、その翌日に朝から子どもと水族館に遊びに行くというのを聞いて、凄くビックリしたことが印象に残っているんですけど、お休みはどのくらい取れているんですか?

蜷川:海外出張が続かなければ、週1くらいは取れていますよ。特に子どもができてからは土日が凄く重要になって、土日どちらかが空いたら必ず子どもとどこかに行くようにしていて。ダラダラしているのが一番調子が悪くて、うちでのんびりとかができないんですよ。

あくまでも想像ですけど、『ヘルタースケルター』は、極限を超えたところで挑戦しないとできない表現のような気がしていて、まさにそんな作品にチャレンジしている時に夜遅くまで飲んで、そのまま子どもと八景島に行くというのが信じられなかったんです。

蜷川:そういうことはよくあるんですよ (笑)。結局子どもがいると、家にいるのが一番疲れたりしません? 子どもの興味の対象がお母さんにしか向かないから、フルで相手をしないとダメだし、狭い空間だとグズったりするし。それが一番体力を消耗しちゃうから、むしろ友達とかと一緒にどこかに行った方が、子どもも私も楽しいんです。

子どもができる前はどうだったんですか?

蜷川:土日関係なく仕事してましたね。私はバツサンなんだけど、パートナーと一緒にいる時間を作るために仕事をあきらめたことはなかったんです。とにかく仕事をしていて、残った時間でできる限り付き合うという関わり方だったんだけど、さすがに息子の場合はそうはいかない。この子のためにセーブしようというのが少なからずあって、それは初めての経験だったかな。最初の頃は海外ロケにも全部連れて行っていました。それは息子のためというよりは、自分のためというところが大きかったかもしれない。

子どもの方はしばらくお母さんと会えなくても、面倒を見てくれる周りの人達から愛されているから、意外と平気なんですよね。むしろお母さんの方がヤバくなる(笑)。私は一度だけやむを得ず息子を現場に連れて行っていたことがあったんですけど、家でママしてる時の自分とのギャップに息子が戸惑ってしまっているような気がして、結局連れて行かなくなりましたね。

蜷川:うちの場合は旅一座みたいになっているところがあって、スタッフが面倒を見てくれるんです。あまりにスケジュールが詰まっている場合は連れていかないですけどね。あと、男性の撮影の時は連れて行きたくないんですよ。やっぱりお母さんモードで男性を撮っても色っぽくならないですからね。前に子どもを連れていった時に、自分の足も入れて撮るつもりで網タイツを履いていたんですけど、当時まだ3際くらいだった息子から、「実花ちゃんのそれ、凄くイヤなんだけど」って言われて。ワンピースを着ている時も「スカート短くない?」って言われたので、「下に短パン履いているから大丈夫だよ」と言ったら、「じゃあいいよ」って(笑)。

©2012 "Helter Skelter" Film Partners

えぐちりか
子どもができて不自由はしませんでしたか?

実花さんは第一線で働きながら子育てもされていますが、壁にぶつかったりしたことはありますか?

蜷川:やっぱり子どもが生まれたことで否応なしに切り替えざるを得ないことはありましたね。例えば、それまで自分の作品を撮る前なんかは、何かが降りて来るのを待っていたところがあったけど、いまは自分で時間割を作れないから、子どもが幼稚園に行っている間にトップスピードに持っていかないとダメだったりする。最初の頃は、そういう時間のコントロールをしないといけないことに戸惑いましたね。

子どもを産みたいという思いは、仕事をしている時からずっとあったんですか?

蜷川:ありましたよ。ただ、いつも「3年後くらいでいいや」って思っていたところがあって。やっぱり目の前の仕事が面白いし、うまくいっている時はそれが崩れるのも怖いですからね。仮に出産で仕事を休むことになったとしても、その後戻ってこられるくらい自分がピークの時に産みたいなと思っていました。子どもが生まれてからは赤ちゃんを背負って撮影に行っていたんだけど、そのうちスタジオとかにベビーベッドを置いてくれるようになって。それで嫌な思いをした人もいるかもしれないけど、子どものことで多少不便があったとしても仕事を頼みたくなるくらいの力を持っていたいと若い頃から思ってましたね。

『ヘルタースケルター』©2012 "Helter Skelter" Film Partners Photo by Mika Ninagawa

私は子どもを産んでから仕事にはすぐに復帰したけど、息子が2歳になってようやく余裕が出てきたところがあるんです。実花さんはどの辺からペースがつかめるようになりましたか?

蜷川:私も子どもが2歳くらいになってからですね。1歳の頃はまだ母乳も与えているし、自分に鞭打って仕事をしようとしても、子どもの泣き声とかが聞こえるだけでスイッチが切れてしまうし、精神的にも相当ハードだった。仕事も本数はこなしていたけど、自分の作品に取り組めるようになってきたのは、子どもが2歳になってから。それまでは、やりたいことができないというストレスが結構積もっていましたね。でも、それまで溜めていた鬱憤があったからこそ、『ヘルタースケルター』が撮れたと思うんですね。ちょうど子どもが2歳くらいから企画がスタートして、4歳くらいの時に撮影をしていた感じです。

まさにいま私がそのくらいの時期なので、凄くよくわかります。子どもを産むまでは、ちょっと無理をしてでも作品を作って、それを重ねていくことで自分が成長していく感覚があったけど、子どもができるといままでと同じようにはいかなくなる。だから、ある時期は新しい仕事に向き合っていても、これまでやってきたことを超えられていないような感覚が続いて。自分を越えようとしても超えられないというのが表現者としては一番つらかったですね。いまは子どもが2歳半になって、ようやくチャレンジができるようになってきた気がしています。

蜷川:お母さんとしても2年くらいやると経験値がつくし、子どもがずいぶん言葉をしゃべるようになってくることもあって、その辺から急に楽になった記憶がありますね。

えぐちりか「10人で着る服」

えぐちりか
産後の作品に変化はありましたか?

私は子供を産んだことで表現の幅が広がった感覚があるのですが、実花さんはそういうことはありませんでしたか?

蜷川:よく「お母さんになると作品が丸くなる」と言うけど、自分としてはそうやって角が取れていくことに凄い恐怖があって。でも、息子はやっぱり可愛いし、陽だまりで一緒にお昼寝とかしていると、こんな私でも「こういう生活が一生続いてもいいかも」という思いがよぎって制作欲求が一瞬欠けたりして、それは怖かった。周りの人たちは良かれと思って「顔つきが優しくなった」とか言ってくれるんだけど、こっちからしたら「何言ってんだよ」って(笑)。だから、むしろ作品は過激な方向に行って、産後の方がトガっているんですよ。それはシンプルな話、母というだけでみんなが私に聖なるものを求めてムカつくっていう(笑)。

えぐちりか with BEAMS「KANGALOO COAT」

私はどちらかというと逆で、昔から優しいものとかフワっとしたものが一切作れなくて、広告の仕事なのに常にギリギリの球ばかり投げていたんですね。それが良い時もあれば悪い時もあるみたいな感じだったんです(笑)。でも出産してからは、子どもがただ笑っているのを見ているだけでも異常に温かい気持ちになったりするじゃないですか。その時の感覚を作品にもとり入れてみようと思うようになってから、もうひとつ引き出しができたところがありました。例えば実花さんは、いま子どもを産む前のような作品を作れと言われたら作れますか?

蜷川:作ることはできると思うけど、熱くはなれない。やっぱり強制的に一度ピリオドが打たれていて、そういう意味では子どもを生むというのはやっぱり凄い体験なんですよね。以前は、鮮やかな花を撮ったり、綺麗でみんなが好きそうなものを撮ることに本気で燃えていたし、心底それが素敵だと思ってやっていたけど、いまはそれを携帯で撮るとかちょっと変えないと楽しめなくなっちゃった。もちろん仕事として求められた時はがんばるけど、個人的に作品を撮る時は、綺麗な花とかからは少し離れましたね。

『ヘルタースケルター』 ©2012 "Helter Skelter" Film Partners Photo by Mika Ninagawa

それまでとは違うアプローチができるようになったり、さらにエッジが出たり、変わり方は人それぞれだと思うけど、やっぱり子どものパワーや与える影響というのは凄いですよね。

蜷川:こんなことをこういう場で話すのは初めてだけど、実は『ヘルタースケルター』を作っている時は、とにかくザマーミロと言えるものを作ろうと思っていて(笑)。誰に対してというわけでもないんだけど、全体的に「ザマーミロ!やってやった!」って言えるものを作るぞというのが実は裏テーマで(笑)。それはなんとなく言えたのかなって。

あの作品は本当に凄いと思います。しかも、あれを子育てしながら取り組んでいたことが同じママとして信じられません。こういう企画に取り組むとなると、全部振り切って「私はこうだ」って言い切れる強い意志がないと、作品に負けちゃうんじゃないかなと。

蜷川:あの時のメインテーマは逃げないことだったんですよ。現場ではいつだって逃げたかったし、一番前でモニターを見ている時も、ふとメイクさんたちみたいに、もうちょっと後ろの位置で見ていたいなと思ったり。だから毎朝、「私は逃げない!」って言って出ていましたね。実際にあの頃は付き合っている人もいなかったから逃げ道はなくて、泣き言も言えない状態だったから戦えたんだと思う。もしあの時恋人がいたら、もっと恋愛寄りの作品になっていたかもしれない。どうしても実生活と映画というのは恥ずかしいほどリンクしちゃうし、この作品は女としての自分へのコンプレックスが元になっていたりして、昔の男に言われたヒドイこととか、嫌な思い出も全部掘り起こして自分と向き合わないといけなかったので、面白かったけど相当しんどかったですね。

えぐちりか
挑戦的な作品が多いのはなぜですか?

先日、AKB48のオフィシャルカレンダーボックスのデザインをした時に、秋元康さんからは、「カレンダーなんだけど、みんなが話題にするようなものものを見せてほしい。カレンダーで事件を起こしてくれ」という主旨のことを言われたんです。そのとき、実花さんの「ヘビーローテーション」のPVの話をされていて、実花さんみたいに女の人が凄い世界を魅せつけて、それを男がちょっと覗いている感覚が面白いんだと。

蜷川:それは初めて聞きました(笑)。でも、私自身「事件になる」ということは、いつも多少意識していて、それは「ヘビーローテーション」のPVの時もありました。あの時は最初に秋元さんから「何でもやってください」と言われたんですね。でも、私は生真面目なところがあって(笑)、それを見抜くように「蜷川さんが思っている以上にやっていいんですよ」って背中を押してくれて。わずかな時間でそこまでわかるなんて凄い人だなと思ったんですけど、他の仕事にしても、例えば男性の写真を撮る時に女性を絡めてみたりとか、それこそスポーツ新聞なんかに取り上げられそうな要素を入れることは多くて、やっぱり人はそれを見たいんですよね。もちろんそのために撮っているわけではないけど、やってもいい時には、そういうこともやるようにしています。

AKB48「ヘビーローテーション」

「ヘビーローテーション」は、YouTubeの再生回数も凄いことになっていましたね。

蜷川:実は私、この作品がほぼ最初のPVだったんです。でも、それまでAKBのPVを女性が撮ったことはなかったし、そこでわざわざ私に依頼が来たということは、やっぱり他の人と違うことをやった方がいいだろうなというのはありました。それで、女子高の修学旅行のような女だけの無防備な感じを出せたらいいのかなと。毎回なぜ私のところに依頼が来たのか、何を求められているのかということは意識するようにしていますね。だいたい声をかけてもらう時は、王道のものではなくて、何かを変えたい時や、新人で色をつけたい時なんかが多いですね。だから、反則技ギリギリを求められることが多いんです(笑)。

チャレンジングな表現をすることへの恐怖はありませんか?

蜷川:その辺の感覚は完全にズレているんですよ。『ヘルタースケルター』の時は、「よくあの題材をやるね」とか「チャレンジングだね」と言われたけど、自分自身は全くそんなこと思ってないんですね。この作品は女の人にしか撮れないし、業界の話だから私は得意だし、これを演じるのは沢尻エリカしかいないでしょって当たり前のように思っていた。別に挑戦的なことをしたいと思っているわけではないんです。自分がやりたいことは勇気を持ってやるということは大事にしているんだけど、向いている方向が他の人とズレているんです。だから、結果としてそれが挑戦的と捉えられたりするんでしょうね。これは親の教育もあると思っていて、5歳くらいの頃に父に言われた言葉で覚えているのが、「みんなが右に行っても、自分が左だと思ったら、ひとりでも進める人間になってほしい」ということで。そういう親の教育が色んなところにあったんだと思います。

AKB48「2013 オフィシャルカレンダーBOX」

えぐちりか
子育てで悩むことはないですか?

私は子どもに対してのしつけとか、まだ悩むこともたくさんあるんですが、実花さんは子育てのことや、子どもの将来のことで悩んだりすることはありますか?

蜷川:うーん、割と面白おかしくやってますね(笑)。スタッフも含めて愛されて育っている子なので、あまり心配していません。私も両親が共に働いていて、母は小さい頃に私と一緒にいられなかったことを気にしていたけど、私自身は愛された記憶しかないんですよ。圧倒的に愛された記憶があると、自分を肯定できる力がつくんじゃないかなって。そのためには身近な人が肯定し続けることが大切だから、毎日大好き大好き言ってます (笑)。

「noir」(2010)/蜷川実花 noir (2010) ©mika ninagawa Courtesy of Tomio Koyama Gallery

私も毎日「なんでそんな可愛いの?」ってってチュッチュ、チュッチュしてます。だから大丈夫かな (笑)。息子さんには将来どんな人になってほしいと思っていますか?

蜷川:好きなことが仕事になればいいなと思っています。あとは楽しい人生を歩んでくれればそれでいい。結局、その人が幸せか否かというのは、自分で幸せと思えるかどうかだけだと思うんです。凄い表現者になってほしいなんて全然思わないし、自分を肯定できて、楽しいと思える人になってくれればいい。いま幸せだなと思える力が大切なのかなって。

SoftBank「PANTONE∞」AD:えぐちりか

実花さん自身は、常に自分の幸せを実感するタイプなんですか?

蜷川:私の場合は欲深いですからね(笑)。ある地点まで登ってそこからの景色を見ると、さらにもっとという感じになる。だから、一生走り続けることが幸せだったりするんです。

最後に、実花さんの今後の目標や、こんなおばあちゃんになっていたいというイメージがあれば教えてください。

蜷川:おばあちゃんになってもちゃんと女扱いされていたいですね。もちろん写真も撮っていて、めちゃくちゃカッコ良いおばあちゃんになるってもう決めてます(笑)。もっと近いところだと、今年は自分の枠を決めないようにしようと思っています。いままではフォトグラファーということに凄くこだわっていたんですね。他の分野を勝手に荒らすのは失礼だと思っていたし、だからこそ映画も「異業種ですがよろしくお願いします」というテンションで凄く真剣にやっていて。でも最近は、別に枠を付ける必要ないなと思っていて、なんでもやってみたいことをとにかくやってみようと。これからもどんどん突き進んでいきたいんだけど、ただ、子どもだけはどうしようかなって思っているんです。やっとまた戻ってきていまを謳歌しているのに、また3年かぁとか思うと二の足を踏んじゃう(笑)。だいたい私は有言実行でやるんですけど、それだけはやっぱり悩みますね。

でも、実花さんには、何人産んでもやれるだけの気合いや芯の強さがあると思いますよ!


インタビューを終えて

インタビュー直後の感想としては、ますます好きになってしまったという感じです(笑)。作品の前にまず話が面白いし、カッコ良いし、可愛いし、人間としての魅力が半端じゃないんです。
『子育てに悩むことはありますか?』の問いに、『たくさん愛していることをたくさん伝えているから大丈夫だと思う』と真っ直ぐに答えてくれたことがとても印象的でした。『そっか、そうだよね! 私も子どもにはたくさん愛してると伝えてる。それだけで大丈夫かも!』って、スッキリしました。
自分も両親からたくさんの愛情を受けて育ってきたと話す実花さん。いままで彼女が数々の偉業を成し遂げてこれたのも、優しさの中に揺るぎない芯の強さを感じるのも、きっとご両親から受けてきた大きな愛情の賜物なのだと思います。
『愛してることをストレートにたくさん伝えてあげること。それだけでオールオッケー!』。シンプルだけど、仕事も子育ても心から楽しみ、周りのたくさんの方々から愛されあっている実花さんを見ればすべてが納得! 今日はとても大切なことを教わりました。
実花さんの写真や映画はもちろんすばらしいですが、実花さんの最近の著作『オラオラ女子論』はかなり笑えて本当にオススメ! きっと誰もがスカッと前向きになれるはずです!