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「問い」をカタチにするインタビューメディア

発想とカタチ

クリエイティブディレクター・1PAC.INC.代表・阿部淳也さんが、
ライオン株式会社・中村大亮さんに聞く、
「企業で働く会社員だからできること」

カンバセーションズには2回目の登場となるクリエイティブ・ディレクターの阿部淳也さん。前回のサントリーホールディングス株式会社・若林 純さんに続く"企業人"インタビューシリーズ第2弾となる今回は、ライオン株式会社の宣伝部でデジタルマーケティングを中心にしたお仕事をされている中村大亮さん。公私共に付き合いがある同世代の中村さんに対し、阿部さんがさまざまな角度からインタビューをしてくれました。

阿部淳也
どうやって現職に就いたのですか?

中村さんはすでに長いキャリアをお持ちですが、ずっとライオンにいたわけではなく、他のメーカーやメディア企業にいらっしゃった時期もあり、少し変わったご経歴なんですよね。まずはどういう経緯を経て現職に就いたかを聞かせて頂けますか?

中村:初にライオンに入った時は、正直なところ、高い志があったわけではなく、あまり深く人生を考えていない大学生でした。ライオンという会社に入ったのも、恥ずかしながら、知名度の高さという単純な理由によるところが大きかったんです(笑)。現在は180度考え方が変わっていますが、入社直後の数年間は「マーケティングがやりたい」という強い意志を持っていたわけではなく、営業の仕事をしてました。うちは「マーケティングのライオン」と言われるくらいだったので、マーケティングセクションは花型の職種で同期でも憧れている人はいましたが、自分は特にそういう思いもなくて。ただ、3、4年仕事をしていると徐々に社会人としての自覚や自我のようなものが芽生えてくるんですね。入社5年目に商品開発の部所に移り、オーラルケアのマーケティングセクションで店頭販促プロモーションの担当をするようになり、そこで色々な仕事をしているうちに、いわゆるブログブームが来て、そこに興味が沸いてきたんです。

ブログブームが来たのは、たしか04、05年くらいの時期でしたね。

中村:そうですね。実はその頃にライオンを一度退社しているんです。2005年くらいからブログを使ったデジタルマーケティングというものが出てくるようになってきて、自分も何か仕掛けたいと思うようになったのですが、当時はまだ社内に理解してもらうのは難しかったんですね。若気の至りもあったと思いますが、デジタルをやりたいなら会社を出るしかないと思い、ベンチャーのメディア企業に転職したんです。そこで2年くらい働いたのですが、事業会社でマーケティングに携わりたいという想いもあり、別の大手メーカーに転職しました。その企業でもマーケティングをやっていたのですが、2年間デジタルメディアをやっていた経験をさらに活かしたいと思っていたんですね。そんな時に、ライオンがキャリアリターン制度というものを導入していて、さらにデジタルに力を入れていきたいという話だったので、改めて戻ることになったんです。

ライオンに戻ってからはデジタルの仕事を中心にやるようになったのですか?

中村:最初はテレビとデジタル両方をやっていて、1年半後くらいからはデジタル中心に仕事をするようになりました。ただ、最近はテレビなどのマスメディアもデジタル領域と交わりつつありますし、全社的にデジタルに対して積極的になっています。うちは「ファブリックケア」や「リビングケア」などそれぞれの事業部に分かれているのですが、我々宣伝部の中でもデジタルに関しては、ブランドを横断しながら各事業部と連携してプロジェクトを進めていく位置付けになっています。

阿部淳也
どんなことに興味があるのですか?

大学卒業前後にはやりたいことが漠然としていたという話でしたが、子供の頃に見たことや体験したことというのは、なんだかんだ言ってもずっとその人の根底にあると思うんですね。そういう意味で中村さんがこれまで体験してきたことで、いまの仕事につながっているものは何かありますか?

中村:決して数字そのものが好きだったわけではないんですが、昔からデータを見ることが凄く好きでした。例えば、新聞のスポーツ面に載っている野球の打率ランキングをよく見ていましたし、野球やサッカーのテレビゲームをやっていても、試合後に出てくるデータを見るのが楽しかった(笑)。「15本もシュート打ってたのか」みたいな(笑)。とはいえ、数学が得意だったわけではなく、むしろ嫌いでした。それでも、なぜかそういうデータには目が行ってしまうタイプだったんです。


まさにいまの仕事にもつながっていますね。ちなみに何かスポーツはやっていたのですか?

中村:そこまで強いこだわりやモチベーションがあったわけではないですが、スポーツはやっていました。自分には個人競技よりも団体競技が合っていて、クラブ活動の中で友達のネットワークが広がっていったり、試合に勝ってみんなで喜んだりするのが好きなんですよね。大学時代はサークルではなく、体育会の陸上ホッケー部に入っていたんですけど、体育会って何かを成し遂げた時にみんなで盛り上がる熱量が大きいじゃないですか。そういう青春的なものが好きなんです(笑)。いまの仕事にしても、大きなプロジェクトになると僕の力だけではどうしようもないですし、色んな人たちに関わってもらいながら進めていくというやり方は、当時の延長線上にあるものだと思います。

若い人たちの中には、ノマドやフリーランスなどひとりでやっていく決断をする人もいますが、企業で働く中村さんにとって、会社員だからこそできること、逆に大変なことをそれぞれ教えて頂けますか?

中村:会社員というよりはライオンという話になってしまいますが、やはり世の中に対する影響力がある会社だと思うんですね。特に一度退社して、外から見た時にそれを実感しましたし、社会的影響力のある会社で仕事ができるというのは凄く良いことだと思っています。ノマドやフリーランスだと、よほど頑張らないとこれだけ多くの人に貢献するのは難しいですし、ライオンという看板を良い意味で利用しながら、より多くの人に良い影響を与えられるということがいまの仕事の醍醐味です。逆に大変なことというのは、いまの話の裏返しでもあるのですが、ひとつアクションを起こすだけで社会的な責任が伴うので、当然ですが自分一人がこう思ったからといって動くことはできないですし、多くの人間の合意形成が必要で、その辺のさじ加減は難しいなと感じます。

阿部淳也
若手育成についてはどうですか?

社内ではデジタルに積極的に取り組んでいく姿勢が出てきているという話でしたが、その分だいぶ働きやすい環境になっていそうですね。

中村:そうですね。最近はうちの会社だけに限らず、業界全体がIT戦略に投資するようになっていますよね。そんななか、上司からも理解されていると思っていますし、ある程度裁量権を与えてもらっていますので、良い環境で働けていると思います。自分個人としても、こういう取材もそうですが、なるべく外に出て色んな話をさせて頂くようにしています。外に発信していくことで得られる情報やフィードバックがたくさんありますし、特に自分がやっているデジタルの仕事は、社内にヒントが転がっているわけではないんですね。だから、社外で一歩先に新しいことをやった企業の人に話を聞いたりすることもあるのですが、メディアの変化の兆しをいち早くキャッチしておくのは重要なことだと思っています。

デジタルマーケティングのカンファレンスなどにスピーカーとして参加するなど、社外でも色々ご活躍されている中村さんですが、社内の若い世代についてはどう見ていますか?

中村:デジタルマーケティングの領域において、どちらかというと、変えていかないといけないという危機感を感じているのは、同世代か少し上の世代の人たちという印象があります。社外の方々とお話していても、そう感じますし、社内ではこの領域に関して若い人たちともっと議論していきたいですし、しないといけないと感じています。

僕も自分で会社をやっていて、若手育成の必要性は感じていて、社内だけに閉じこもっているよりは、外部の人との接点を持って刺激を受ける方が成長するのではないかと考えているのですが、その辺りは意識していますか?

中村:うちでは、社外からさまざまな方をお呼びして勉強会みたいなこともやっているのですが、そういうものが若手にとって何かのきっかけになればいいなと思っています。僕自身、人との出会いを通して大きな気づきがあり、意識が変わったところがあるので、そういうきっかけや刺激をなるべく提供したいと思っています。そこで大事なのは、「自分たちもそういうステージに行けるんだ」と感じてもらうことかなと。あまり凄い人ばかりに会わせても、「自分はこうはなれない」と思ってしまうかもしれないし、それよりは「自分でもなんとなくやれそうだ」と感じさせた方がいいのかなと思います。

なるほど。たしかにいまの若い人たちはそこまでなれなくても良いと思う傾向があるかもしれないですね。そもそも飛び抜けることよりも、自分の身の丈でやれれば良いという価値観というか。

中村:最近思うのですが、頭ごなしに「ここまで行け」と言うのではなく、意識さえ変われば毎日の仕事が楽しくなるというところを啓蒙してあげないと難しいのかなと。メディアの世界はいま、テレビが登場した時以上に革命的な時代を迎えていて、広告やコミュニケーションに携わっている人間なら、おそらくいまが歴史上最も楽しいはずなんです。いま楽しまなかったら損だという感覚さえ持てれば、自然と外で起こっていることに好奇心が出るだろうし、自分からグイグイ出て行ったりすると思うんです。

阿部淳也
デジタルマーケティングはどこに向かうのですか?

企業の広告というもののあり方は変わり目に来ていると感じるのですが、そのなかで今後デジタルマーケティングはどういう方向に向かっていくと考えていますか?

中村:これまで企業というのは一方的にお客様に情報を送っていただけだと思うんですが、ソーシャルメディアやデジタルテクノロジーが発達するなかで、これらを活用しながら、しっかりお客様とコミュニケーションを図り、役に立っていけるところが生き残っていくのではないかと。これまでのメーカーというのは、商品を世に出すこと=お客様のお役に立つことというイメージでしたが、これからはそこをさらに超えて、お客様とコミュニケーションをしていくなかで悩みを解決したり、お客様が必要としている情報をしっかり用意していくことが大切だと思っています。しっかりしたコミュニケーションと質の良い情報、お客様の役に立つ資産を持っている企業が生き残っていくのかなと。

それに関連して、「DMP(データ・マネージメント・プラットフォーム)」や「ビッグデータ」という言葉も業界でよく話されていますよね。

中村:DMPやビッグデータは広告文脈で語られることが多いわけですが、最も大切なのは「お客様を知る」ということだと思っています。テクノロジーによってお客様を知る精度というのが劇的に高まっているなかで、広告、PR、CRM(カスタマリレーションシップ・マネジメント)などを一気通貫で設計していくことが大切になってきていますよね。

これからのクリエイティブやテクノロジー、ユーザーの関係性についてはどのように考えていますか?

中村:例えば、アドテクノロジーを利用して、ひとつの仮説に基づいてこちらがアクションを起こした時に、素直に数字が反応してくれる場合もあれば、間違った解釈をしていたということが分かる場合もあるんですが、どちらにしろこれまでは全然見えていなかったクリエイティブとユーザーの関係が、データによって可視化されてきているという実感があります。漠然とした表現になってしまいますが、今後は広告とは少し違う大きなうねりというものが、クリエイティブとテクノロジー、そこに紐付いてくるデータによって作れる可能性があるのではないかと思っています。

これまではグラフィックや映像といったものが「クリエイティブ」というイメージでしたが、いまはいかにテクノロジーを上手く使って、データどう取得し、それらを活用したり、組み合わせていくかという部分も凄くクリエイティブな作業になっていますよね。その中でマーケティングを見る人もクリエイティブである必要が出てくるし、企業側も全体設計や仮説立てがしっかりできないといけないと言われるようになっていますよね。

中村:そうした話で言うと、テクノロジーとクリエイティブが別物ではないと感じる分かりやすい事例が、プロジェクションマッピングなんですね。あれこそテクノロジーとクリエイティブの融合だと感じますし、例えば、顔認識のシステムを使って、見ている人の性別を判断して、もし女性が多ければ女性向けのクリエイティブを出すなど、どんどんそういう流れに向かっていく可能性もある気がしています。

阿部淳也
どんなパートナーと働きたいですか?

社内のスタッフや僕らのような社外のパートナーなど、中村さんはどんな人と一緒に仕事をしたいと思いますか?

中村:漠然とした言い方になってしまいますが、やはり志が高い人と仕事がしたいですね。例えば、「ライオンはこんな会社だから、こういう企画が通りやすい」という感じで、自分たちで制約条件を決めてしまうと、どんどんプロジェクトがシュリンクしていってしまうんですよね。そういう考え方ではなく、あるべきライオン、あるいはブランドの姿というものがあって、そこに到達するためにハードルをひとつずつ越えていこうとする発想を持っている人と仕事がしたいと思います。たとえそれが個人的な想いから始まっていたとしても、「ライオンはこうあるべきだ!」みたいな意識を共有できるような、ある意味起業家的な発想がある人とやっていきたいですね。

僕たちの周りには、思いだけでやってしまうような人が多かったりしますよね(笑)。

中村:そうですね。僕自身、劇的にマインドが変わったきっかけも、いま社外でお付き合いのある方たちとの出会いを通してなんです。みなさんと出会って、「こんなに世の中のことを考えているマーケッターがいるんだ」と正直びっくりしたんですね。それまでの僕は、少なくともライオンのことしか考えていなかったですし、さらに言うと自分が抱えているプロジェクトのことばかり考えていたマーケッターだったんです。いま自分にそれができているかは別として、自社のこと以上にデジタルマーケティング業界全体のことを考えている人たちがいると知れたことが自分にとってはとても大きかったんです。この業界には、そういうボランタリーな考え方を持っている人が多いと感じますし、まさに阿部さんもそういう方ですよね。

そうかもしれないですね。このインタビューにしても、読んだ人にとって少しでも刺激のあるものになればいいなと思っています。

中村:そういう方たちと出会い、自分の意識は大きく変わりました。いまだからこそ思うんですが、部所に変革をもたらしたいのであれば、部所の領域を超えないといけない。会社に変革をもたらしたいのであれば、業界を変えるくらいの気持ちが必要ではないかと。デジタルマーケティングという、ある種未知の領域であればなおさら日々の与えられた仕事以外のプラスアルファが求められると思います。業界の環境が整わないなか、自社だけ変革を起こそうとしても絶対壁にぶつかるから、みんなまず業界を変えようと考えている、そんな気がします。


インタビューを終えて

前回のサントリーの若林さんに引き続き、普段は同世代の仲間同士で集まったり、飲む場所で会うことの多い中村さんへのインタビューでしたが、改めて話を聞いてみて、みんなの兄貴分の中村さんの熱さの源泉がどこにあるかを垣間見ることができました。
僕もそこそこ大きい会社で会社員をやっていて、やりたいことを実現するために転職した後に独立したんですが、中村さんも同様に自分のやりたいことを実現するために、異なる企業をいくつか渡り歩いて経験を積んだ後に、いまの環境とポジションにたどり着いたんですよね。だからこそ腰を据えて覚悟を持って望むんだという強い意志があるし、ライオンという会社はそれを実現できるステージなんですよね。つまり会社員だから何もできないのではなく、会社員だからこそできることがある、会社を良い意味で使って社会に貢献していくんだという考え方が、これからの時代を担う若い人たちのヒントになればと思いました。